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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

金魚の標本

作者: 徒華

残酷な表現を一部含みます。

幼い頃から蝶が好きだった。

五つの歳。

ひらひらと舞い踊る様に魅了されひたすらに追いかけた。

七つの歳。

偶然捕まえたアゲハ蝶が籠の中で死んだ。

生前私を魅了して離さなかった羽の輝きは失われ崩れた。

十二の歳。

博物館で羽を開かれたまま死んでいる蝶を見た。

生前の輝きは失われず崩れもしていなかった。

『標本』

その言葉を知り私はまた蝶を追いかけ始めた。


二十四の歳。

その頃には標本は部屋の壁いっぱいになった。

美しく今にも羽ばたいていきそうな蝶たち。

だが採集にも限界は来るし、その歳になれば蝶の選り好みだってするようになる。私は飽き飽きしていた。

小さい頃に感じていた高揚感や幸福感耽美全て消え失せた。

虚無。私は部屋に入ること自体辞めた。

二十六の歳。

他人(ひと)に連れられて行った縁日で私は出会ってしまった。

子どもがたむろっている小さいプールの中。

ふわりと揺らめく物体。

金魚だった。赤い赤い金魚。

なぁ金魚を真後ろから見たことがあるかい?

蝶そっくりなんだよ。二股に分かれたあの尾っぽが。赤く水に揺らめくその二枚はまるで空を悠々と飛ぶ蝶の羽そっくりだ。

魅了された。昔感じた高揚感が私を支配する。

「こいつを一匹くれ。」

私はいつの間にか興奮気味にそこの店主に言った。

「…はいよ。300円。」

私を怪訝な目で見たその人の顔はよく覚えていない。

帰りにいるものを揃え、私は金魚を迎えた。

狭く四角い水槽のはずなの金魚は悠々と泳ぐ。

昔捕まえたアゲハ蝶なんかよりも快適そうだ。

だが魚も虫も同じ。ましてや縁日でいじめ抜かれた金魚。三日そこらで死んでしまった。

私は悲しみにくれた。また私は蝶を失ったのだ。

水槽の底で閉じたその羽はとても無惨だった。

もう蝶を飼うのはやめよう。そう思ったが私の頭の中は赤色の蝶で頭がいっぱいだ。

夢の中でもふわりふわり。水の中で赤く揺らめく蝶。私の蝶。

次の日気づけば私は車を走らせ金魚で有名な地へと赴いていた。

水槽や金魚鉢に入れられた金魚はまるで私を誘うかのように尾っぽをひらめかせて泳いでいる。

うっとりと眺めているとそこの店主に声をかけられた。

「ほぉお目が高いねぇ。こいつぁ蝶尾という種類でなぁ上から見ると尾びれが蝶みたいだろ?」

何かほかのことも言っていた気がするが記憶にない。

覚えているのは目の前の金魚は蝶であることだけだ。

「こいつをくれ。」

「おぉ!何色がいい。黒もいるしパンダ柄だっているぞあんたは運がいいなぁ。」

「赤。」

「おやスタンダードな色でいいのかい?」

「あぁ。」

「あいよ。ちょっと待ってな。」

少ししてスチロールの箱に入った金魚が蝶が来た。

「育てるのはそんなに難しくはないが一応飼育の説明書だ。」

「ありがとう。」

私は高揚感に包まれたまま自宅へと帰り空になっていた水槽へ蝶たちを解き放った。

水の中を優雅に飛ぶ蝶を見ているだけで満足だ。

だが一週間程が経った日。片方が死んでしまった。

適応できなかったのかもしれない。

朝水槽を見ると少し水が濁り底では力をなくした金魚が横たわっていた。

尾はまるで金魚に止まる蝶のようで美しかったがやはり死んで血の気が無くなると色あせてしまう。

私はまた悲しくなった。

結局崩れてしまうのだ。

生きていた時と同じなぞ出来ないのだ。

蝶の標本とは画期的なものだ。

生きている時に薬を打ち込み綺麗なまま保存する。

生きているまま残す。死んでいるのに生きているように残す。

魚もできるのかもしれないが乾燥させては意味が無い。蝶は地上で生きるが魚は水の中で生きるのだから。

無力感に包まれたまま金魚を埋葬する。

来世は蝶として生きて欲しいと願いながら。

部屋に戻り残された一匹を見つめる。

ひらひらと舞うこの蝶も近いうちに死んでしまうのだろう。

苦痛だ。

生きたまま残せれば。

いやそもそも私は蝶が好きなのであって金魚が好きなのではないのだ。

その瞬間私に悪魔が取り憑いた。

切り離せば良いのだ。

金魚ではなく。蝶とそれ以外に。

そして水の中で生きる蝶として水の中で保存すれば良いのだ。

自分で吐き気がし身震いした。

しかし切り離された蝶の標本を想像すると口元が弧を描いた。

一度思いついてしまうと考えは離れない。

それが悪魔のような考えであっても、だ。

次の日私は家中の引き出しを開けて綺麗なハサミを探していた。

美しい蝶を切り出すのだ美しいハサミを使うのは当たり前だ。

だが普段物に無頓着な私の家には汚れが付いたもの、刃こぼれしたものしかなかった。

その場で買いに行きたかったが仕事が立て込んでおり行けない。明日や明後日も同じ理由で行けないため私は仕方なく通販で頼んだ。

一等美しい。アンティークの彫りが入ったハサミを。

二日後仕事の途中にそれは届いた。

そわそわしその場で開けたい衝動に駆られたが流石に出来ない。

手早く仕事を終わらせると湯浴みや食事も先に済ませた。

なんたって神聖な儀式の前なのだから。

深呼吸をして箱を開けるキラリと光る美しいハサミ。

目の前にすると大きく、切り離すのも容易そうだった。

それを手にしたまま水槽の前へ行く。

悠々と泳ぐその姿を見ると躊躇いが生まれたが好奇心には勝てない。

ゆっくりと手を入れ体を掴んで固定する。

じたばたと暴れるそれをなんとか押さえつけてハサミを近づける。

一瞬の恐怖。今止めれば私は人間のままでいられる。

ふわり。蝶が私の手に触れた瞬間私は人間であることを辞めた。

ばちん。

肉を切り離す生々しい感覚に思わず手を離す。

切り離された胴は推進力を失って下へと落ちていく。

尾は本物の蝶のように揺らめきながら少しずつ舞い落ちていく。

ことん。

既に事切れた胴は底に落ち光を映さぬ目で私を見た。

屍に蝶が触れないよう私は水槽に手を入れ蝶をすくい上げた。

色褪せない美しい赤い蝶。

もう私の目には蝶しか映らない。

うっとりと見つめながら私は用意していた別の水槽へ移す。

平べったい水槽。まるで標本箱だ。

仕切りが中に付いているものでひとつの水槽につき八つ入れれる。

その中のひとつに紐で括り付け酸素を水槽に行き渡らせる。

そうすれば蝶はまた飛び始める。

泡に押されるようにそれを受け流すように色褪せぬ羽は揺らめく。

予想以上だ。私はまた興奮した。

それからまた金魚を集め始めた。

ばちん。ばちん。ばちん。

ことん。ことん。ことん。

ひらり。ひらり。ひらり。

あっという間にケースは3つまで増えた。

ある日縁日に連れていってくれた他人(ひと)を家に呼び感謝の意を込めて標本を見せたが気味悪いと一言言い捨て去っていった。

この美しさが分からないなんて趣味の悪い人だ。

学生時代私をファーブルと呼んだ他人(ひと)にも見せたが見た瞬間に顔を真っ青にして化け物と叫び去っていった。

皆なぜ分からない。この美しい蝶の良さが。

ばちん。ばちん。ばちん。

ことん。ことん。ことん。

ひらり。ひらり。ひらり。


一年が経った頃から私は変な夢を見るようになった。

私は暗い水の中にいる。

目の前には赤く大きい何かがいる。

手を伸ばそうとするが触れられずにいる。

少しずつ苦しくなるが浮かぶことは出来ない。

赤い何かがこっちを振り返る。

その瞬間に目が覚める。

何となくその夢が標本を見る度に思い出されてしまい集めることが怖くなってきた。

ここが潮時か。部屋に積まれたざっと十五はある水槽を眺める。

妖艶に煌めく様は美しく、不気味に思えてしまった。

私は頭を抱えた。先日もう一匹買ってしまったのだ。

もともと大きい種類でアゲハ蝶ぐらいの大きさがありそうな個体。

だがこんな夢を毎日見てしまっては作る気にはなれない。

だが死んでから分けるのは違う。あくまで生きた状態を保存したいのだ。

ふと苦しさが蘇る。

作るのはもうやめよう。

そう決めて私は部屋を出た。

数日後私は手にハサミを持っていた。

目の前には届いた(きんぎょ)

ダメだったのだ。私は欲求に負けてしまったのだ。

届いて水槽に移し替えた瞬間こいつは私を誘惑した。その尾で蝶で。

赤く揺らめくその蝶は本当にアゲハ蝶ほどの大きさがある。これを標本にせずどうしろというのだ。

ごくり。これを標本にしたらどれだけ美しいのだろう。きっと世界で一番美しい蝶の標本になるだろう。これで最後。

尾の根元を持ち嫌がる頭も気にせずに

ばちん。

なんの躊躇いもなく蝶を切り離した。

胴体は推進力をなくしたが必死に身体をくねらせて泳ごうともがいている。

切られた断面からは茶色っぽい液体が流れくねらせるたびに水に溶けだしていった。

何となく目を離せず下に落ちていく様を見続ける。

ことん。

数分かあるいは数十秒か。

落ちた胴はぐったりとしていたがまだ生きているのか光の灯る目で私を見つめている。

恨んでいるのかもしれない。蝶を取られたから。

一瞬の気味悪さと後悔は蝶を標本にした時に吹き飛んだ。

やはり美しい!色むらもない美しい朱。

水の中で揺らめく様は本当に燃えるアゲハ蝶のようだ。紛れもなく私の最高傑作だ。この子だけいればいい。

標本を抱え私は書斎へ向かい一番見えるところに置いた。

これで毎日見れる。美しい蝶を。


夜。いつの間にか私は水辺に立っていた。

温かい水が足にかかる。海か?

後ろからひらひらと蝶が飛んできた。

赤い赤い蝶だ。

その蝶は少し生臭い気がしたがすぐに気にならなくなった。手を伸ばすと蝶は水の中へ入っていった。

まるで私を誘うよう。

誘われるまま水の中へ歩いていく。

膝が浸かり、腰が浸かり、肩が浸かる。

最近のあの悪夢が頭をかすめ足が止まる。

溺れたくはない。

ふわり。身体に何かが触れた。

下を見ると無数の赤いものが私にまとわりついていた。目を凝らしてみると蝶。

私を少しずつ引っ張っているようだ。

抵抗もできずに落ちていく。

どぼん。

完全に沈んでしまった。

上に向かおうとしても蝶たちは許してくれない。

ゆらり。周りの水が揺れた。

いつの間にか目の前には大きな金魚。

あの目そっくりだり

ああ。これは罰なのだ。きっと。

好きにしてくれ。私は腕を開いた。

ばちん。

聞きなれた音と共に目の前が赤く染っていく。

頭が真っ逆さまに落ちていく痛い痛い。

断面から流れる血は蝶となって飛んで行く。

見上げる先には蝶。

ああ。ああ。あれは最後の蝶。蝶の尾だ。

抵抗することも出来ず落ちていく。

当たり前だ抵抗出来る胴体など付いていないのだから。

濁っている水の中を落ちていく。目が濁っているのかもしれない。

蝶はひらひらと喜ぶように飛んでいる。

ああ。私も混ぜておくれ。どうかどうか。



ことん。

お会いできて光栄です。

美しい金魚を見たんです。最近。

悲しい出来事もあったんです。

私がいつもの人間に戻る前に狂気的なホラーを。

ではまた次の夜にお会いしましょう。

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― 新着の感想 ―
∀・)これは純文学の想像の産物として現実に生じたものでない世界のはなしと読むべきか、それともリアルにそういう異常事態が発生した作品として読むべきか。興味深いですが、大変読み応えのある作品でした☆☆☆彡
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