表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

2. 新婚生活の始まり

初回のお見合いから三ヶ月後、私たちは正式に婚約し、さらに二ヶ月後には霧島家の庭園で結婚式を挙げた。怜央斗さんは式の間中緊張で真っ青だったけれど、誓いの言葉だけはしっかりと述べてくれた。


新居は霧島家の敷地内にある離れの平屋。「静かで落ち着く」という彼の希望で選ばれた場所で、本家から程よく距離があり、私たちだけの空間を持てる住まいだった。


そして今、私たちの新婚生活が始まろうとしている。


---


引っ越しの荷物を運び終えた夕方、私たちは初めて二人だけでリビングに向かい合って座っていた。


怜央斗さんは膝の上で指を絡ませながら、視線を床に落としている。私も緊張で手のひらに汗をかいている。夫婦になったとはいえ、まだお互いのことをよく知らない。これからどうやって生活していくのか、話し合わなければならないことがたくさんある。


長い沈黙の後、私が勇気を出して口を開く。


「あの……寝室のことなのですが」


怜央斗さんがハッと顔を上げる。その深いオリーブ色の瞳には、緊張と困惑が混じっている。


「……寝室?」


「はい。この離れは思っていたより広くて、客間もいくつかあるようですし……」


私は言葉を選ぶのに苦労する。


「夫婦は普通、同じお部屋だと思うのですが……でも、どうするのが正解でしょうか」


怜央斗さんの頬が真っ赤になる。しばらく口をパクパクと動かした後、やっと小さな声で答える。


「……え、あの、その」


「私も初めてのことで、よく分からなくて……」


「……俺も、分からない」


二人してうつむいてしまう。政略結婚とはいえ、こういう話は避けて通れない。でも、どちらも経験がないから、どうしていいのか本当に分からない。


「あの……」


私が恐る恐る切り出す。


「もしよろしければ、しばらくは別々のお部屋で……?」


怜央斗さんがほっとしたような表情を見せる。


「……はい。それが、いいかもしれません」


「では、怜央斗さんはお隣の客間を?」


「……お言葉に甘えて」


「お布団の準備とか、一緒にしましょうか?」


「……いえ、自分で。桃香さんに迷惑を」


「迷惑だなんて。でも、分からないことがあったら遠慮なく」


「……はい。ありがとうございます」


次の話題に移るのも気まずくて、また沈黙が流れる。


「それから……お食事は……」


怜央斗さんは困ったような顔をする。きっと料理などしたことがないのでしょう。


「……桃香さんは、料理は」


「一応できますが……怜央斗さんがお嫌でなければ」


彼はほっとしたような表情を見せるものの、すぐに申し訳なさそうな顔になる。


「……嫌なわけでは。でも、負担になるのでは」


私も彼に遠慮して、つい選択肢を増やしてしまう。


「大丈夫です。でも、もし外食やお弁当がご希望でしたら」


「……いえ、桃香さんが作ってくださるなら」


お互いに相手の意向を探り合うような会話。好みを聞いても、彼の答えは曖昧だった。


「……特に好き嫌いは。何でも食べます」


きっと自分の希望を言うのが苦手なのでしょう。私も具体的なことは決められないまま、曖昧な返事をするしかない。


「そうですか……では、少しずつ覚えていきますね」


また沈黙。二人とも相手に気を遣いすぎて、会話が続かない。家事の分担についても同じような調子で、どちらも相手の負担になることを心配して、なかなか話が進まない。


「……俺は全く料理ができないので、掃除くらいは」


「いえいえ、お忙しいでしょうし」


結局、お時間があるときに少しだけお手伝いしていただく、という曖昧な結論に落ち着く。


「……はい」


こんな風に、ひとつひとつの事柄について、お互いに遠慮しながら相談していく。どちらも相手の負担になることを心配して、なかなか自分の希望を言えない。


「あとは……ご家族への報告とか」


「……本家には、定期的に顔を出さなければ」


「はい。私も一緒に伺わせていただきます」


「……桃香さんの実家への帰省も、いつでも」


「ありがとうございます」


「……何か、他に」


「今思いつくのはこれくらいでしょうか」


「……そうですね」


結局、具体的なことはあまり決まらないまま、最初の話し合いが終わった。でも、お互いに相手を思いやる気持ちは伝わってきた。これから少しずつ、夫婦としての形を作っていけばいいのかもしれない。


---


その夜、私たちはそれぞれの部屋で過ごすことになった。


主寝室で一人ベッドに横になりながら、隣の客間から聞こえる小さな物音に耳を澄ませている。怜央斗さんが布団の準備をしている音、畳を歩く足音、そして時々聞こえるため息。


壁一枚向こうに彼がいることを思うと、不思議な気持ちになる。夫婦なのに、まるで隣人のような距離感。でも、いきなり同じ部屋で寝るのは、お互いにとって負担が大きかったでしょう。


「おやすみなさい」


私が小さく声をかけると、しばらくしてから客間の方から答えが返ってくる。


「……おやすみなさい」


その声は襖越しでも聞こえるほど静かな夜だった。私たちの新しい生活が、こうして静かに始まった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ