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暇空茜と自我の病

作者: 相浦アキラ
掲載日:2026/02/11

 暇空茜は2年ほど前にネットの一部で祭り上げられていたTwitterアカウントで、中の人は40代の中年男性です。彼は有名なフェミニスト女性が運営する女性支援団体に対する公金不正等の疑惑を大量に流し訴えられる事となります。その時に行われた提訴記者会見が議員会館で開かれ錚々たるメンツの左派弁護士等が連帯していたことから「一般人をサヨクが寄ってたかって潰そうとしている。これは何か都合が悪い事があるに違いない」といった風に大衆の陰謀論が加速し、女性支援団体は連日レイプ予告や殺害予告を受けたり活動を妨害されたりといった大きな被害を受ける事となってしまいました。


 結局暇空は女性支援団体相手の民事裁判で全敗し、全く根拠のないデマを流して女性支援団体を攻撃していた事が裁判所にも認定され、ついには刑事告訴され3件起訴される結果となりました。その他にも著名人にTwitter上でいきなり喧嘩を吹っ掛けたり、自分は悪の裏組織に命を狙われているなどと陰謀論的な主張をしたり、批判しただけの一般大学生をシンパとネットリンチしたり、内ゲバをしたりと色々と残念な面が知れ渡ってきて、最早ネットでも表立って支持しているのはかなり少数派です。やたら攻撃的な陰謀論者というのが一般的な見解になっているように感じます。そんな暇空を私はかれこれ1年以上ウォッチしています。もちろん彼を信奉しているという訳ではありません。なら何故追っているかというと、現代的自我の行きつく果てのモデルケースとして興味深いと思っているからです。


 直感的に見れば「私」の自我は絶対的なものです。しかし客観的に見れば「私」は世界の一部でしかありません。「私」の視点と誰かの視点で世界が全く違う見え方をしています。「客観的に見て自分はこの世界の一部でしかない」「自分の直感的な感覚は客観とは限らない」本来であれば子供の内にそういった矛盾した現実を学んでいくのですが、現代という時代のシステムはやたらと自我を肥大化させ客観を喪失させようとしてきます。


 特にインターネットは一瞬で世界中の情報を知ることができ、自分と同じような考え方を肯定してくれる人がいくらでも見つかります。例えば納豆が嫌いな人がネットで検索すれば一瞬で納豆が嫌いの声が見つかって納豆のまずさを他者と共有する事ができます。「納豆は美味しい」なんていってる連中が視界に入ってうっとおしいならブロックすれば見なくて済みます。そうやって納豆嫌い同士のエコーチェンバーの中で納豆嫌いの正しさが増幅されていくと、そのうち「納豆好きは味覚がイカれてる」「納豆好きは人間じゃない」といった極端な意見まで奔出するようになり、ここまでくると納豆が嫌いな自分は主観的にも客観的にも正しく、納豆が好きな連中はどう考えても間違っているという事で結論が出て、自我と客観が完全に一致してしまいます。これは極端な例ではありますが、政治談議については同じような事態になりがちで、右派も左派も同様に自分と違う考えの人を「救いようの無い馬鹿」「日本を衰退させた諸悪の根源」として攻撃する言説が溢れています。ネット上では敵と味方の極端な議論になりがちで「他者」を発見するのはかなり難しく、油断しているとすぐにエコーチェンバーの中で相互補完的に無批判な自我ばかりを増大させていく羽目になります。そういった現象の極致が暇空茜ではないかと思っています。


 今の暇空だけ知っている人は驚くかもしれませんが、彼の旧ブログは今と比較にならないほど自省的な筆致で描かれています。暇空は当時から色々問題のある人物だったようですし書いている内容に賛同できるかどうかは置いといて、現代の中で思い悩みながらも孤独と向き合って生きる一人の人間が確かに感じられます。(興味ある方は空白雑記で検索してみてください)しかし彼が色々あって6億を手にし、大物フェミニストへの攻撃がバズったあたりから自省的な態度は消失してしまいます。そして女性支援団体への攻撃が大バズして大衆が彼を神輿に担ぎ政治家が動く事態にまで発展した事で、彼は完全にネット上の虚像である「暇空茜」と同一化してしまったようです。彼は自分が「何者かに成った」と自惚れているようですが、むしろ自己を喪失してしまっています。世界と自己の矛盾の中を生きるのが本来的な人間としての生き方なのに、矛盾を恐れるあまり神のように自己を絶対化させようとしても滑稽なだけです。人は神になることはできません。


 しかし彼は神のごとき孤高の天才、暇空茜に成ってしまいました。彼が一人の人間として自問して向き合ってきた「どうして孤独なのか、どうして所属していたゲーム会社を追い出されたのか、どうして婚活に失敗したのか」といった問題は、暇空茜に成ることで完全に解消してしまいました。「俗人は天才の俺に嫉妬している。だから俺は孤独なんだ」たったそれだけの簡単な話です。再生数、いいね数、インプレ数、有象無象の大衆たちの声、敵対相手の攻撃……そしてカンパや収益化で集めた億単位の大金。こういったネットのシステム全てが暇空茜の自我を後押ししています。彼は自身の直感や思い込みを一握りの天才だけが使える「認知プロファイリング」と名付け、無批判かつ自己言及的に神格化させていく事になります。


 しかし暇空が攻撃した女性支援団体からは少額の会計ミス以外には問題は見つからず、暇空が根拠もなくデマを流していた事が裁判でも明らかになっていきます。特にひどいのが「女性支援団体が女性をタコ部屋に共同で居住させている」というデマで、このデマの根拠となる画像は「年末合宿で女性が一部屋に集まった時の様子」とキャプションされている記事に掲載されていました。暇空はこの記事から画像だけ切り取り「こんな狭い部屋に3人も詰め込むなんてタコ部屋だ」と言い張っていたのです。ちょっと立ち止まって記事の内容を読めば間違っていると気づけるはずですがそれができない。大体、悪意を持って女性をタコ部屋に押し込めていたのが事実ならその証拠を誰でも見られる場所に掲載しておく筈がありません。これは単純に注意力が足りないとかそういう次元の話ではなく、自分の感覚を絶対化させるあまり自己批判能力を極端なまでに失い、自分の都合のいい情報には飛びつき都合の悪い情報は切り捨てる悪癖に取りつかれてしまっているという事でしょう。「こいつは臭い」「こいつはむかつく」といった「根拠」に基づいて都合の悪い事実に目をつぶってしまえば相手を攻撃するデマはいくらでも湧いて出てくることでしょう。


 暇空茜に限らず、ネットに毒されてしまうと人は簡単に堕落してしまいます。一方で暇空茜のような自我と客観が完全に一致してしまった人間の高慢なふるまいや、敵対相手への歯に物着せぬ物言いは大衆に魅力的に映りかねないというのも非常に質が悪い話であります。トランプもそういった類の現象で、ノリと直感で突き進み敵対相手を容赦なく打倒して行く姿が強いアメリカの象徴として受けているのかも知れません。


 しかし暇空茜はトランプと違って顔出しを異様に恐れていたりと妙に自信がない所が見え隠れするのが特徴的な所で、彼は表面的には自信満々に見えてコンプレックスを抱えているように感じます。裁判での敗訴といった不都合な現実に着面して沈黙したり八つ当たり的に攻撃対象を探しに行ったりしたりする様も「暇空茜」としての仮面が割れそうになって必死に取り繕っているようにも感じられます。


 暇空は完全にネットと自我が繋がってしまったように見えて、現実に直面して反省する能力自体はまだ残っているのかも知れません。しかし今さら現実に直面してしまうと天才としての自己を否定し現実に向き合うという途方もない苦痛に耐えなければならないので、現実が見えそうになると必死に「暇空茜」になりきって自己を消し去ろうとしてしまうのでしょう。逆説的な話ですが、彼は自分と向き合う事に苦しみ過ぎた為に「暇空茜」にならざるを得なかったし、そのせいで自己に立ち返るのが一層困難になってしまっていると考える事も出来るのではないかと思います。


 もしアホな事をやっている人がいたとして、彼が100%アホだからアホをやっているとは限りません。彼には彼なりの悲しみがあって、悲しみと向き合い過ぎた結果アホな事をやらざるを得なくなってしまったのかもしれません。私の知り合いでも普段おちゃらけているようで話してみると意外とニヒルな考え方をして驚くことがよくありますが、暇空茜にもそういった可能性の片鱗を感じる事があるのです。被害者がいるので不謹慎かもしれませんが、そういう意味で暇空茜は嫌いになれないところがあります。もちろん社会に迷惑かけている以上暇空を誉め称える気にはなりませんし、デマを流した事に関しては完全に間違っています。


 なんにせよ彼は3件起訴されていて有罪はほぼ確実という状況です。現時点で全く反省していないので実刑が付く可能性もあります。執行猶予か懲役何年かは分かりませんが、いずれは判決が下ることでしょう。判決を受けて彼は変わることができるのでしょうか。私はこの判決をきっかけとして彼が「暇空茜」という虚像を脱ぎ捨てて自己に向き合って罪を償ってほしいと願ってやみません。いつになるかは分かりませんし一生無理かもしれませんが。どうか立ち直ってほしいです。この願いは私自身の自戒でもあるかもしれません。彼の苦しみながらも仮面を被り自我に縋ろうとする姿は、どうしても他人事には思えないのです。



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― 新着の感想 ―
暇空茜さんは存じ上げないのですが……、とても面白かったです! 1人の人間から、「人」の心の動き(あるいは、システム)を分析し、自身の内省に至る話は、作者様の心情を想像する余地があり、「驚きと喜び」…
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