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ちょっと安全に拘束される。

 目覚めたら僕は椅子に座っていた。完璧に身体を拘束された状態で、その上目隠し、猿轡までもされていた。現状を把握するのに時間は必要なかった。なぜなら、覚醒したと同時に男の声が説明してくれたからだ。

「キミは、安全に拘束されている。キミが我々を傷つけるのを防ぐためではなく、キミが自分自身を傷つけないようにするためだ。その点は了解して欲しい。分かったら、首を縦に振ってくれ」

 僕は、いつか殺すと思いながら頷いた。

「よろしい。キミには聞きたいことがいくつかある。まず第一にキミは立川ミミとエクストラとの戦闘を覚えているか?」

 僕は首を横に振った。そんな人々など知らない。

「あぁ、失礼。立川ミミとはキミの山に登ってきた少女の事だ。髪の毛をお下げにした娘だよ。エクストラというのは、確かそのときは、背広の男だった。覚えているか?」

 僕は頷いた。

「キミは前にもあのような光景は見たことはあるか?」

 僕は眉をひそめた。それから、否定の仕草をした。

「シム、という名称に覚えはあるか?」

 僕は首を振る。

「そうか。となればキミは『不定』なのかもしれない。キミのことは調べさせてもらった」

 それから、紙をめくる音がした。

「キミの名前は、座間チヒロ。年齢は17歳。私立の高等学校に通っている。クラスは2年5組。得意科目は数学である。クラス関係は良好だったが、一年の三学期中ほどから学校に通わず、母方の祖父である田中千造が残した家に泊まっている。その家の裏山は、キミの持つもっとも大きな財産だ。家族構成は子一人の親二人。父、ヒロシは弁護士、母、チアキは専業主婦。キミのいる家庭に問題はない。あるとすればキミが進級できるかどうかくらいだ。そうだろう?」

 僕は鼻でふんふんと酸素を取り込みながら、男の言った内容とその意味を処理していった。何も間違っちゃいない。正確な情報だった。僕が首肯を与える前に男は話し出した。

「今までのキミはごく普通の人間だ。我々に安心を与える日常的な人物と言える。しかし、キミは我々の前に現われた。それが問題なのだ。ココの世界に来るとなんだって作れる。キミみたいな略歴を持つ人間だと三十分ほどだ。もちろんこれは書類上の話だけではない。この現実のありありとした、いわゆる現存在としてでも創りだせる。我々には簡単に出来るのだ。問題はキミが作られたのか、なったのかそこなのだ。そのためには申し訳ないが『キミ』はもう必要じゃない。一度、消えてもらう」と男は優しく憐れみさえ感じさせるような声色で言った。僕は腋から汗がつたうのを感じた。空気が重たくなった。思わず僕はがたがたと身体を強く揺すった。誰かが僕を抑えつけた。

「静かにしたまえ。痛いのは一瞬だ」

 

 ぷすり。どかん。どさり。


 そこは夜の森だった。少し先に明かりのついた窓が見える。僕はフクロウの鳴き声を聞きながらその小屋へと向かった。木製のドアの前に立つとそれは音もたてずに開いた。僕が中に入るとテーブルに一人の老人が座っていた。祖父さんだ。

「やあ、チヒロ。ここまでくるとは」

「だって話の途中だったじゃないか」

「そうだったかな。老いぼれの脳みそは少しばかり忘れやすい」

「祖父ちゃん、なんで延命断ったんだ? おかげで何も食べられずに骨と皮だけになって死んじゃったじゃないか」

 祖父さんは答えずにただ僕を見て微笑んだ。

「胃に何か詰めこんでおけばいつかは助かるかもしれないじゃないか。いいや、そこにいてくれるだけでよかったんだ。ただそこに生きてベッドにいてさ、そうだったら僕はときおり、いや毎日見舞いに行ってたよ。そういう機会すら奪われちゃった。僕の日々の出来事を話しかける機会すら」

「どうしてかとジイサンが話してもチヒロは納得できないだろう。遺された側が納得できる論理なんてこの世にはありゃしないからね。だから私がチヒロに言えることは、」

「いいよ、そんな言い訳。謝らなくたっていい。ただ納得させてよ。どうして祖父さんが死なないといけないのか。この世にはほかに腐るほど死ぬべき奴が居るのに、どうしてそいつらより先に祖父さんは死んじまったのか。そうさ、いつか人間は必ず死ぬよ。けどさ、少なくとも僕がまともになるまで、アナタを思い出に出来るくらい成長するまでは生きててくれよ。そんな時間もなにもないじゃないか。僕は納得できない。どんな手を使ってでも祖父さんはもっと生きるべきだった」

「だからチヒロはそこにいるのかい?」

「そうだよ。僕はきっと僕の願いを叶えるためにここに来たんだ」

「そうか」と祖父さんは目をつむった。それから黙った。僕は身体を震わせながら声を出した。

「何か言ってよ。僕は納得するまでここを出ない」

 祖父さんは目を開いて僕を見た。

「チヒロ。探すといい。お前の答えをここで探すんだ。私がそうしたように」


 僕の意識がふわりと僕のどこかに着地した時、僕は縛られて硬く平べったい地面に転がされているようだった。口を利くことは出来なかったし、視界は相変わらず失われていた。

「キミはシロだった。すなわち、ただの『不定』だった。喜ばしいことだ、お互いに。キミは解放されるが我々の事を話すことは出来ない。両親にも、友人にも、そして赤の他人にも。話したとしても、キミは信じてもらえないだろう。そして、何かが起こったと我々が気付いたら、キミはふと居なくなる。そういうことを承知していてもらいたい。それではもう会わないでおこう。さよならだ、連れて行け」

 僕は担架にのせられ、どこかへと運ばれた。ごとごとという環境音の中、僕は今が何時なのかが気になっていた。それから、僕は椅子に座らせられた。人が僕に付き添っているのは分かったが、どういう人物がそこにいるかは分からなかった。エンジンがかかるような音がした。ナビのアナウンスが聞こえた。車は軽やかに加速していき、僕をどこかへと連れて行った。

 車が止まると、僕は外に叩き出された。それから古びた絨毯を捨てるときのように担がれてから、ふたたびぽいっと放り投げられた。肩で着地をした僕は、鼻で山の木々と湿った土壌の匂いを、肌で初夏のぬらりとした暑さと腐葉土のやわらかさを感じ取った。痛みと鼓動が減衰していくほどに、遠くの方から聞こえる街の呼吸、その他もろもろが僕にそこが僕の土地であることを伝えてくれた。僕を不法投棄した奴らは無言で去っていった。僕のラッピングを外さなかったのは宅配業者に徹しているからに違いない。

 コロコロとコオロギらしき虫が鳴いていた。僕はひたすらにこの不条理へと突き落とした人々を恨み始めた。そして、大腸が活発になり、膀胱も膨らみ始めて、副交感神経があらゆる括約筋を刺激しだした時、その憎しみは最高潮に達した。モグーモグーと唸り、のた打ち回りながら僕は洩れそうになるのを十数分ほど我慢していた。そんな僕に誰かが話し掛けてきた。

「やあ、月が綺麗だね」

 それは若い男の声だった。目を瞑っていてもそのことは分かった。

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