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バラック小屋に入る。

 僕とミミの横にはトラさんが立っていた。

「どうだい調子は?」

「あ、ああ。痛みはないかな」と僕は立ち上がりながら言った。

「だろ。じゃあ、行こうか。箱はもう壊されつつあるね。エクストラもだいぶご立腹だったようだ」とトラさんが『心臓』を指差しながら言った。外壁にところどころ穴が開いている。屋上の方からは黒煙が上がっていた。なにかが破壊される音がずっと鳴り響いていた。そんな中僕はまだ座り込んでいるミミに手を差し出した。ミミは素直にその手を取った。ミミを抱き起こしているとトラさんはそのようすを微笑ましそうに眺めていた。

「どうしてトラさんはここに?」

「チヒロくんを助けに来たんだよ。そして僕の目的をはたしに来たんだ。この世界を終わらすよ。とりあえず目障りでいちばん怪しい人形遣いから行こうか」とトラさんは歩き出した。その足取りは『心臓』とは別の方向だった。

「どこに行くんだよ?」

「ん? ああ、ごめんごめん。人形遣いの本体はこっちに居るんだ。そういうことはこのスプレーで分かるのさ」

「そうか」と僕は言って、隣に居るミミを見た。ミミはぼんやりとトラさんが持つスプレー缶を見つめていた。トラさんはその視線に気がついて相好を崩した。

「気になるかい? 立川さん。これはね、キミたちが血眼で捜していた『聖杯』だよ。じつは僕のほかにも教団の宮野ってやつも持ってる。いや持ってたかな。さっき殺したからさ、バンって」

「殺した……?」と我々は聞いていた。

「そうだ。ウソついたからね。死者をこの世界で生き返らせられると。そういうウソはだめだ。殺すしかない」

 我々は口を開けなかった。なぜなら宮野宗司が森の奥から歩いてこちらへと来ていたからだ。トラさんも我々の様子に気がつき、振り向いた。

「やあ、寅須くん。四時間ぶりだね」

「お前は殺したはずなんだけどな。カワイさんといっしょに脈もないのも確認した。なのになぜ生きてる?」

「だから言っただろう? 私は死者を生き返させることが出来ると。この世界ではなんてことない奇跡なのだ。どうだい、興味が出てきたかい?」

「ああ、すごく出てきたよ」

「じゃあ話をしようじゃないか。この世界のこれからを。三人とも着いてきてくれ」

そう言って宮野はまた森の奥へと引き返して行った。地面に転がっていたグロック17を拾って考え込むトラさんに聞いた。

「どうする? いま殺すか?」

「いや、どうかな。僕の考えが正しいのなら、彼についていく方がいい。おそらくね」

「トラさんがそういうならそうなんだろうけど。でもいやだぜ、まとめて殺されるのは」

「大丈夫さ、僕が居る限りそれはないよ。行こう、見失う」

 トラさんはそう言って宮野の背中を追った。僕は手をつないでいるミミを見た。ミミは不安そうに僕を見返した。大きな爆発音が白い建物からした。

「行くか。ここにいてもミミはエクストラと戦うことになりそうだし」

 ミミはうなずいた。そうして我々は宮野の後を着いていくことにしたのだった。ハルさんの死体が消えていたことにも気がつかずに。


 宮野は暗くなりつつある森を悠々と歩いていった。たどりついた先は古びたバラック小屋だ。錆びたトタンの屋根が目に付いた。壁には無数のツタが這っていて、ところどころ穴が空いている。宮野はその小屋の中へと入っていった。

中には机があった。天井からランプがつるされていた。揺らめく影が宮野の表情を隠している。宮野は机に触りながら言った。

「かつてここには聖杯が置かれていた。それを協会が入手したはずだったが、なぜか行方不明になったのだ。おそらく寅須くんの持つそれがそうなんだろう?」

「ご名答。あのときはこの世界に来てまだ時間が経ってなくて心許ないから奪ったのさ」

「その情報を流したのは我々でね、そのときはかなり言われたよ。だから人形遣いを創った。人に触れさえすれば『人形』を作れる。そういう能力者だ。おかげでもうとやかく言われなくなった。表の世界でも我々シムの意見を通せるようになったからね」

「人形遣いを創った?」と僕は聞いていた。ミミは僕の手をぎゅっと握っていた。

「そうだよ、座間チヒロくん。我々はシムになる条件を見つけていたんだ。それは死に際に、いや死をもっとも感じているときに願うことだよ。ただその能力にも制限がある。あまりに大きな能力を願った者はそのまま死んでいった。世界のシステム、すなわち『シムとエクストラの永久的な闘争』を否定しうるものはどんな能力であれシムとはならなかったのだ」

「なに言ってるの?」とミミが言った。

 そんなミミを見て宮野は暗い影の中で微笑を浮かべた。

「たしかに。もう難しい話はよそう。私が君たちに提案したいのはもっと簡単なことなのだ。人形遣いの悪行を償いたい。座間チヒロくんにはご両親を、立川ミミさんには天野ハルコをそれぞれ生き返らせたいと思っている」

「はあ?」

「私が生き返ったように彼らもこの世に戻すことが出来るのだ。彼らが蘇ったら我々はもう君たちには干渉しない。この世界で平和に過ごしてくれるといい」

「チヒロくんたちにはいい話かもしれないけど、ぼくにはメリットが無いね」とトラさんは言った。宮野はトラさんを見た。

「君の願いは死者を蘇らせることだろう。君がその死者の情報を渡してくれれば蘇生も可能かもしれない」

「どうやるんだい。いや、いい。あらかた見当はついている。人形遣いのコピーにこれをかけるんだろ?」

 トラさんはスプレー缶をポケットから取り出した。宮野は声を出して笑った。

「素晴らしい理解力だ。さすが幾千の世界を渡ったというだけある。そうだ。人形に『聖杯』をかけるのだ。生前の記憶を持つように願いながらね。すると人形は真に実体化する。彼の人形でなく自律した人間になるのだ」

「だが元がシムの能力ならば、チヒロくんに触れられると消えてしまうんじゃないか?」

「いい疑問だ。確かめてみよう」と宮野は僕の肩に手を伸ばし、触れた。僕はその手を払った。

「消えないな。残念だね」とトラさんは言った。宮野は満足そうにうなずいた。

「ああ。ただこれで彼の能力がキーでないことを示されたわけだ。キーは常にシステムの枠組み外にあるべきだからね。このスプレーに負けるということはシステム内の能力に過ぎないということだ」

「その考察があてはまらないこともある。システム内にキーがあるということはある程度はシステムのルールに従う必要がある。そういうキーをもつ世界のほうがより強固だからね。神が勝手気ままに世界を変えてしまったらわけが分からなくなるだろう?」

「世界はわけの分からないものだよ。だが、そうか、つまりはある意味で擬態しているわけだな。キーというものは」

「そうだね。強い世界ほどキーは上手く隠れている」

 宮野はその言葉を聞いて考え込むように俯いた。

「寅須くんは誰がキーだと思うかい?」

「データが足らない。協会やレーテの人員情報を探ってもあんましピンと来なかった。キーというのは世界のおける強さで目立つわけじゃないんだ。その世界の例外として目立つのさ」

「ならば寅須くんはどうやってこの世界を終わらす気なんだね?」

「まず君を殺す。それから人形遣いを殺す。そうすると世界の均衡が崩れる。そうだろ?」

 宮野はじっとトラさんを見た。トラさんはその視線を嘲笑った。

「君たちは手広くやりすぎだ。世界中に人形を作り、それを使ってこの世界を統治しようとしているんだろう? だがもし人形遣いが死んだらどうなる? 君たちがコツコツ増やしてきた人形がすべて消えたら? それで世界は終わるよ。簡単な話さ」

「寅須くんの言うとおりかもしれない。ただまだ人形をそこまで増やせていないのが現状でね。人形遣いを殺しただけでは世界は崩壊しないだろう」と宮野は片手を上げた。金属がぶつかり合うような音がどこかでした。トラさんが胸を抑えて片膝をついていた。その口から血が流れた。僕は倒れかけるトラさんを支えた。

「スプレーをかければいいだろ。渡してくれよ」

「動くな、座間チヒロ」

 そう言われた方向を見るとサイレンサを付けた銃口があった。火薬のくすぶった匂いが鼻についた。僕はトラさんを持つ手を離した。トラさんはどさりと汚れた床に倒れこむ。そんな様子を浅黒い肌を持つ男が銃を持ったまま見つめていた。

「ユタカ、座間チヒロくんはまだ撃つなよ。彼はまだ選択をしていないのだから」

「兄さん、コイツはどうせ俺たちに従うことは無いよ。そういう子どもだ」と言ってからその男は顔をしかめた。それから銃を落とし、胸を押さえて倒れた。どさりと。僕は口をあけたままその一連の出来事を眺めていた。ミミも同じ感じだった。横で服をはたく音がした。

「僕は世界で異能力を得るたびにその能力に名前を付けるのが趣味なんだが、今回は『因果応報』と名づけた。自分が受けたダメージをそのまま相手にお返しする。そういう能力だ」

 トラさんはそう言って僕に笑いかけた。

「チヒロくんに触れて少し発動が遅れたけどね。ただ僕のことを心配してくれてうれしいよ。さて、僕の手札はすべて見せた。それでも君たちはまだ僕と戦うか?」

 宮野はため息をつき、観念したように笑った。

「寅須くんもシムであったことを忘れていたよ。我々の敗北かもしれないな。たが、一つ話をしてもいいかい? キーについての話だ」

「今さらだな。もはやキーを探す必要はないんだ。まず君を殺してから話を聞くよ」

「ちょっと待ちたまえ。そこの二人の答えがまだだよ。さっきも言ったように彼らはまだ選択をしていない。君たちは奪われた大切な人を蘇らせたくないのかね?」

 宮野はそう言って僕たちを見た。トラさんも見ていた。僕とミミは状況をつかめていなかった。この目の前の書生風の詐欺師が言うには僕の両親も、ハルさんも蘇るのだという。そしてまた日常へと戻れるのだと。それはそれでいいことなのかもしれない。この腹の底でわだかまる復讐心を除けば。

「今のこの状況で日常へと帰れると思うのか?」と僕は聞いていた。

「記憶の問題は『聖杯』が解決してくれる。彼らは殺されていないし、君たちは大切な人を失っていない。そういう世界になる。その上で我々は君たちにも関わらないと約束する。となれば君たちは日常へと帰ることが出来るのではないだろうか」

 僕はトラさんを見た。トラさんは僕を労わるように見つめ返してきた。

「チヒロくん。たしかに『聖杯』はそうできるよ。チヒロくんはシムに出会ってから今までのことを無かったことにしてもいい。なんだったら君が日常に戻ってから世界をこっそり終わらせてもいいんだからね。僕はこの通り彼らをいつでも殺せるわけだから。あとは君たちがこれからどう生きたいかだよ」

僕は俯いた。それから音を聞いた。シャカシャカシャカ、カシュッ、カシュッ。プシュー。

 宮野はトラさんに向けてスプレーをかけていた。白い煙をかけられたトラさんは僕に微笑を向けたまま固まっていた。

「カウンター型の能力には拘束することが最も有効だ。彼にはここで永遠に固まってもらおう。さて、これで安心して選択が出来るね。君たちはすべてを無かったことにして日常へと戻るか、それともここで死ぬか。どっちがいいかい?」

 宮野はそう言って我々を見た。

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