セダンにちょっと乗る。
両親を殺されて以来、僕がはっきりと目を覚ましたのはやはり立川ミミと再会してからだろう。タネベが言う『心臓』に向かうため我々は地下のしゃぶしゃぶ屋から出てきた。そのときに一人の少女が道をふさいだのだ。それが立川ミミだった。
「あ、あの」とその少女は僕を見ていた。
「君と話すことはないよ」
「わあ、つめたいなあ、座間くんは」と駒場は僕の横で言う。
「実際そうだろ? こいつらは人形遣いの仲間なんだから」
「たしかにそうかも」
「じゃあな、これから人形遣いを殺しに行くんだ」
「殺せるといいけどねえ」
そう言って我々は立川ミミの横を通り過ぎようとした。が、背中の服をつかまれた。僕はたちどまり立川を睨んだ。
「時間がないんだ」
「それならわたしも連れて行ってください」と少女は悲壮な顔をしていた。
「どこにだ?」
「その、人形遣いの場所に」
「また裏切るためか?」
「ちがう! そうじゃなくて、お姉ちゃんがそこに行っちゃったから。わたしにそこの場所言わないで一人で行っちゃったから。お姉ちゃん、あれからずっと人形遣いを殺し続けてて、それでとうとう禁足にまでいっちゃったから、お姉ちゃんもう殺されちゃう。あそこは強力な人形がたくさんいるから、だから早くいかないと、でもわたしは場所が分からなくて、ナナ姉さんも分からなくて。けど、チヒロの場所ならわかるからそこにいくといいって言ってくれて。だから、だから来たんです」
「ぼくに何を望むんだ?」
「お姉ちゃんを助けて」
「どうして両親殺しに加担したようなやつを助けないといけない」と言いながら僕は震えていた。どうしてこの目の前で死ぬほど青ざめ、震え上がっている少女が、そんな因果に関ってしまったのか。どうして世界はこの少女をふつうに勉強させ、ふつうに学校に行かせ、苦しいときも悲しいときもあるだろうがそれでもハルさんと共に穏やかな日々を過ごさせないだろうか。そもそも僕はどうしてここまでこの少女に、システムの歯車にしか過ぎないこの少女に憎しみを抱いているのだろうか。
「座間くん、考えてる時間はないよ。彼女の情報が正しいのならすぐに向かわないと。擬音使いが『心臓』で暴れてるっていうんならさ、人形遣いも出てくるだろうしなにより擬音使いがやられた後『心臓』を移動されるかもしれない。また一から探し出すとなると時間がかかる」
駒場はそう言いながら目の前に止まったセダンの助手席に乗り込んだ。僕は後部座席のドアを開ける。立川ミミは僕の背中の裾を掴んだままだ。僕は振り返らずに言った。
「乗りなよ。ハルさんを助けに行くんだろ」
「ほんとにいいの?」
「いいも悪いも僕が決めることじゃない。駒場、この子も乗ってもいいんだろ?」
「うーむ。まあいいかな。協会のやつらにGPS付けられていようが、なんかしてきたら対応するだけだし。それになによりもあたしが協会のやつらなんかに手こずるわけないし。ね、立川ミミちゃん?」
駒場にそう言われた立川ミミを見ると青い顔をさらに青くしていた。駒場がどのような人物なのかミミも理解していたようだ。僕は後部シートに座った。ミミはためらいのあと僕の隣に座った。そうしてセダンは発進する。我々を『心臓』へと向けて。
なぜ立川ミミは天野ハルコをここまで助けようとするのか。これに答えるには天野ハルコの人生をダイジェストで見ないといけない。だが、僕はそれを記そうとは思わない。あの語りはこの僕だけのものにしたいのだ。夏の夜に直接聞いた彼女のあの話は。
なので端的に説明しよう。立川ミミには記憶がない。正確には天野ハルコに立川公園でエクストラに囲まれているところを助けられた以前の記憶がないのだ。立川という名も立川公園で出会ったから付けられたものだし、ミミというのもハルさんが勝手に命名したものだ。
初めは言葉にも不自由していたという。ただハルさんの愛のこもった世話のおかげで立川はだんだんといまの立川ミミとなっていた。
そして十三歳になったときミミはシムに目覚めた。
そのときハルさんは協会と随分ともめたようだ。自分の妹のようにみていたミミを協会所属のシムにせず、エクストラとも、そしてレーテとも戦わずにふつーの日常を送って欲しいとハルさんは願っていた。なのでハルさんはミミが協会員になることを死ぬ気で抵抗し、実際に死にかけたという。というのもあまりに頑なに反抗するハルさんに手を焼いた協会は『教団』に援助を求め、ハルさんが過去に負けたことのある『巫女』を刺客として差し向けた。その巫女と死闘の果てにハルさんの死を予感したミミは自ら協会員になると宣言し、ハルさんは重傷を負いながらも生きながらえた。ハルさんはその巫女に負けたことを悔いていた。すごく。
そういう経緯あるからミミはほとんどハルさんを肉親のように思っている。そして本当に死んで欲しくない人だとも。
はてさて教団の『巫女』というのがまた出てきた。この『巫女』というのは教団内で強力なシムを持つものを称するものだ。かつては二人の少女がそうだった。だが今は一人だと駒場今日子は言う。
「だって、あたしがぬけちゃったもん」
「なんで抜けたんだ?」
「親友を人形遣いに殺されたから」
そういうシンプルな理由で『教団』から抜けた駒場は『会』の存在を知り、その幹部になった。それ以来ずっと復讐にすべてをささげている。その復讐を邪魔するものをすべて消し去りながら。駒場今日子は言っていた。
「あたしのシムは正確には『支配』すること。相手の動きをとめたり、動かしたりそういう感じ。対シムなら負けないかな。たぶんアイツ以外には」
「アイツって?」
「もう一人の巫女。さっちゃん。今もやってる。座間くんも知ってるよ」
「はあ?」
「天川笹子って覚えてるでしょ?」
「ああ」
「あの子とはずっと勝ったり負けたり。訓練で戦ってたけど。今はどうかなあ。勝てるかね。座間くんどう思う?」
「しらねえよ」
「座間くんはつめたいなあ」
「そういうのはメンタルの問題だろ。駒場が死ぬ気で戦えば勝てるんじゃないか」
「だといいけど」