3. 愛犬、今世でも従順なり
この世には本当に不思議なことがあると思う。
聖女として生を受け、材料さえあれば神薬と呼ばれる万能回復魔法薬ですらカンタンに作れてしまう自分にも驚くが、
「ああっ、姫! やはり貴女は純白のドレスがよく似合う……! この世の者とは思えぬほどにお美しい!!
前世でも、貴女のお姿を拝見する度にそう思っていたのですっ!」
と、生前は祖父の相棒だったジャーマンシェパードという犬種のレオが、私と同じこの世界に、今度は人 (獣人だが)として転生していたことには驚嘆した。
余談だが、ちなみに祖父のことは "ボス" と呼んでいたそう。
先程にレオの正体を知った後、私はとある部屋へと案内されていた。
どこぞのプリンセスのお部屋? と言えるほどに煌びやかな装飾が施されたこちらの一室。
豪華な寝台に洗練された調度品の数々。照明はもちろんシャンデリア。
貧乏祖国・K王国で与えられていた私の部屋とはまるで雲泥の差だ。さすがは富裕大国。
ちなみに、「今日よりこちらの部屋をお使い下さい」と言われている。備え付けのお風呂にも早速入らせてくれた。
このエンパイアドレスもレオが用意してくれたもの。森を走りまくったので、一張羅の聖女服が大いに汚れてしまっていたのだ。
「……至れり尽くせりありがとう。というか、昔もそんな風に思ってくれてたんだ。それにしても、よく私だって気付いたね」
確かに、転生しても姿形は変わっていない。だが、髪色と目の色は日本人特有の黒髪黒瞳ではなく緑髪橙瞳という、今世ではちょっとファンタジーな色味になっている。
そのため、パッと見ただけでは私が春花だと分からないはずなのだが。
「どんなお姿になっておられようとも、姫のことなら絶対に分かります!
それに、匂いはっ……! 匂いは姫のままですからっ!!」
と、尻尾をブンブンと振り、少し興奮気味に話してくるレオ。
匂い?
なるほど。獣人のため、彼らは鼻が効くのだ。しかもレオは犬人。
「じゃあ私、さっきはやっぱり爆薬と唐辛子臭かったね、ごめん」
「そんなはずないでしょうっ! 貴女からはいつだって、甘い果実のような香りがいたしますっ!!」
そして、またまたガバリと抱きつかれてしまうのだった。
出会った当初はさすがにびっくりしたしドギマギしたが、正体が愛犬のレオだと分かると何てことない。
肩に顔をグリグリと押し当ててくるので、私は彼の後頭部をポンポンと撫でた。
「貴女は全然変わっておられないっ……! 美しく、聡明なままです!」
「あはは……ありがとう。それにしても、レオは随分と見た目が変わったね」
「ハッ! も、もしや人型の俺はお嫌いですか……?」
「まさか! 犬のあなたも今のあなたも、私にとってはどっちも可愛いレオだよ」
そう言うとレオが少し身体を離し、眉間に皺を深く深く刻みつつ私を見つめてきた。
「……姫、俺も男なのですが」
「? うん、そうだね。レオは男の子だよ」
「…………」
さらに、盛大なため息をつく彼。尻尾も下がっている。
「レオ、どうしたの? 大丈夫?」
「……姫。相変わらず鈍いところも変わっておられない……でも、そこもお可愛らしくて好きです」
「? ありがとう。私もレオのこと大好きだよ」
「ぐはぁっっ……!」
今度はレオが、突然ブルブルと震え出した。
もしやまだ少し、体内に毒でも残っているのだろうか。後で中回復薬あたりを渡しておこう。
「……はてさて。感動の再会はお済みでしょうか、レオンハルト王太子殿下。
そろそろ次のお話に進みたいのですが、よろしいですか?」
黒い猫耳を持った小柄な黒髪金瞳の男性が、私たちを見比べながら呆れたようにそう言葉にした。
こちらはレオの秘書官。冷静沈着そうな彼は恐らく 、"猫人"。
レオが回れ右をし、この秘書官の男性に対面する。
「ジュジュ。俺は25年、いや、転生準備期間を入れると100年強も待ったのだ! 少しくらい姫を堪能させてくれ!」
「ええ、存じておりますよ。ルカ殿をお側に置かれることに反対はしませんが、貴方自身も自国の不届き者にお命を狙われているということはお忘れなきよう」
「心配せずとも姫には指1本触れさせん。
此度俺がかかった、体内に侵入した毒から派生した病気、 "毒病" が最初に確認されたのは王城内だ。
……父上と母上が、その最初の被害者だ。
つまり、俺たちのすぐ近くに毒を盛った犯人がいたということになる」
レオが両手をぐっと握りしめた。
「……レオ。あなたのご両親は、その」
「程なくして亡くなりました」
「そう……残念だったね」
まるで、1年前のK王国のようだ。
疫病を発症した最初の人物は、例の第2王子。そのため、王城で暮らしていた私が犯人ではないかと、証拠もないのに疑われたのだ。
何とも理不尽だが、私も普段から怪しげな魔法薬の研究ばかりしていたから仕方がなかったのかもしれない。
だから思わず、こう言わずにはいられなかった。
「K王国もそうだったよ。最初に毒が確認されたのは王城内だったの。だから、疫病の原因になる毒薬を作ったのは私だって疑われて……
王城に住んでる人たちの中で、薬を調合出来るのが私しかいなかったから。
婚約者を殺そうとした魔女っていうレッテルを貼られて、それで……」
「婚約者……?」
レオが再び、ゆっくりとこちらに向き直った。しかし私を見つめる彼の顔が、何故だか青ざめているように感じる。
「元、ね。もう婚約破棄されたけど」
「……破棄の理由は今おっしゃったことが原因ですか?」
「そうだけど……って、レ、レオ? 今度は何だか顔がすっごく強張ってるけど大丈夫?」
「姫は、その男のことが好きだったのですか?」
「え?」
「こっ、答えて下さいっ……」
レオが私の両肩を掴んだ。心なしか、その手は少しばかり震えている。
「……レオ。あのね、婚約者って言っても国王様たちが勝手に決めたことだったし、実を言うと話したことすらないの」
祭事の時や彼を治療した際に顔を見たことはあったが、喋ったことはない。
本当に、名ばかりの婚約だったのだ。
「……それは、本当ですか?」
「本当本当! しかもその人、もう別の人と婚約したみたいだから」
と、話したところでレオの額にビキッと数本、青筋が走った。
「それも本当ですか?」
「う、うん。ちなみに愛人もいっぱいいるみたいだけど」
「ほほう……」
そしてさらに、彼の目が大変に据わり出した。
……私、また何かまずいことを言ってしまったのだろうか。
と思ったところで、今度はこちらの様子をしばらく見守っていた秘書官の男性が、ゆっくりと口を開き始める。
「殿下。此度よりルカ殿を我が国でお預かりすることを、まずは国王陛下にご報告申し上げねば」
「……そうだな。しかし元婚約者やらと、姫に謂れなき罪を負わせた極悪人らどもは絶対に許さん。奴らめ、今後覚えておけ」
「殺してはなりませんよ、国交問題になりかねませんから。ほどほどに、しかし再起不能に。お得意でしょう?」
「超が付くほどにな」
……何やら物騒な会話が繰り広げられているが大丈夫だろうか。
いや、そもそも私のせいでK王国やN王国の罪なき民たちに危険が及んだり、なんてことは……
「あの、レオ……」
「姫が心配されることは何もありません。
……前世ではトラック事故より貴女をお救いすることが出来なかった。
だから、今世こそは必ず貴女を守り、誰よりも幸せにいたします」
レオはそう言葉にし、私の額へと口付けた。
「……ありがとう、レオ」
「ちなみに姫。今、俺にキスされてドキドキしましたか?」
「え? ドキドキって?」
「くぅっ……! 今世こそっ、今世こそっ……!」
レオはとても悔しげに、再び私をぎゅっと抱きしめてきた。
チラリと隣を見やると、私は黒猫の秘書官の人に、それはそれは気の毒そうな目を向けられていたのだった。