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第4話 アイマイモコ野朗の結論

 あの時、その場でキッパリと終わらせていたら今の人生はどうなっていたのだろうか。ひたすらキツイ仕事に明け暮れ、有給を使っては呑んだくれていたに違いない。


 もしその場で関係が終わっていたら、終わらせることが出来たのなら、この尊い感情の昂りと底なし沼に足を踏み入れてしまったような不安に毎日悩まされることはなかったであろうに…。


     

    ――――――――――――――――



 「おう、じゃあ店出よっか」


 微笑む彼女の口から出た誘惑という名の分岐点に俺は迷いもせず即答してしまった。


 既に俺の心を揺さぶる存在となってしまった越谷凪の目は満点の星空の如く、綺麗な目をしていた。そんな目が最後の一滴が残ったビールに移り、綺麗な顔を正面に向けた時の美しい金髪の毛先が靡くと共にマスターが伝票を持ってきた。


 「大和ちゃん、凪ちゃん、今日こんな感じだけど、悪いねぇ」


 俺の金額は10000円丁度、彼女の金額は5000円、時間的には妥当な金額だったが、まるでぼったくってしまったかのような申し訳なさそうな顔をして伝票を渡してきたマスターはやはりマスターであった。



    ――――――――――――――――



 店を出た後は、お互いを求め合うDNAのように絡み合った。柔らかい肌に体を密着させ、愛し合った。俺には愛を感じた。心の底から優しさを感じさせてくれる愛を。


 それ以上のことは酒が急速で回り始めたことで覚えてはいない。気がつけば朝が訪れ、電車の走る音が目覚めの合図だった。無論、家ではなかった。


 何事も無かったかのように目覚め、互いに口付けを交わし、自然と身の上話を始めていた。


 「そうか、そうなんだ…」


 「うん、でも死ぬこと以外かすり傷だから」


 陽気に笑いながらも、どこか悲しみと無念さを隠せていない切ない表情で笑っていた。そんな姿を見た俺はさらに彼女を知りたくなった。


 でも、敢えてその場で自ら深く聴こうとは思わなかった。ある程度の互いの人生事情や性格は分かったが、ここで終わらせておこうと思った。


 「じゃぁ、連絡先も交換したし、今日は帰ろっか」


 酒の影響でさらにしゃがれた声で凪はそう言って、一つ結びにしていた髪をゆっくりと下し、ソファに綺麗に畳まれて置いてあった上下の服を手に取った。加えていたタバコを灰皿に置き、時間をかけて着替えた。


 その姿をまじまじと見つめていた俺は、つい先ほど見せた切なく美しい瞳とは真逆の、まるで凪と娘の人生を狂わせた元旦那へ復讐を誓うかのような目をしていた。単純に酒が残り気分が悪いからそうなっていたのか…、俺の感じたことが事実なのかは定かではない。


 その後、特に特徴のないホテルを出てタクシー乗り場に向かい離れて行く凪を見えなくなるまで目を離さなかった。

 外は昨日の夜の寒さを感じさせないくらいの暖かさを交えた優しい風が線路を横切り、俺たち2人を見送った。



 「不思議な人だったなぁ。なんだこの感覚は…こんなことでよかったのか」



 初対面の人間と一夜を共に過ごしたのは人生で初めての経験だった。しかし、思っていたような感覚に陥ることはなかった。後悔もなければ、寧ろ離れることに寂しさを感じていた。


 一目惚れとはこのことなのか。すぐに恋に落ちるとは、好きになるとは、こんなにあっさりしていて良いものなのだろうか。


  

   ―――――――――――――――――――



 駐輪場に置いていた自転車を取り、サドルに跨りゆっくりと漕ぎ出した俺は、ただひたすらに酒に酔っていたことを自覚し、だからこそ昨夜に抱いた彼女への感情は本物なのか偽物なのかを、家に着くまでにハッキリさせたいと願った。


 若干暖かいと感じた下町の朝の空気は、顔に当たるとやはり冷たい。自転車を走らせながら片手でニット帽をさらに深く被るが、目に掛かってほんの一瞬だけ暗闇が俺を覆った。


 「年齢、41歳か。シングルマザー、ガキが1人…」



 一瞬の暗闇は俺が目を逸らしている感情を口に出させていた。


 「俺は確かに好きかもしれない。でも、現実的じゃない。よく考えた方がいい。でも…でもなぁ」


 何事もハッキリさせるのを欠かさずに生きている俺が初めて会った女性に見惚れ、素性を聞いたことで何もかもがぐちゃぐちゃになっていた。もう考えるのをやめたいくらいだ。


 具体的に自分でも抱いている感情が何なのかわからなくなっていた。本当は分かっているのに、分かってないふりをして欲に負けているのだとも自覚をしていた。



 「まぁ、仮に付き合っても結婚とか無いし、純粋な恋愛をしてみたいもんだなぁ」



 深いため息をつくと白い息が上に登った。こうして俺は嘘をつき、偽りの自分を作り出し、彼女に接触しようとしている。もしまた会う機会があるのなら、今の俺は会うべきでは無いと分かっているのに。


 仮に会うのであれば、もっと簡易的に関係性を築ける手段を考えなくてはならないのだが、残念ながら俺はそう言ことはできない人間なのだ。


 飲み友、女友達、etc…、俺には異性をそのような関係性として築こうとは思えないし、できない。


 好きなのかもしれないし、好きになりたいのかもしれない。会いたいかもしれないし、会いたく無いのかも知れない。様々な感情が荒ぶり一文として脳内を駆け巡る。


 「うん、疲れたから考えるのやめよ。好きっちゃ好きだし、あんなに楽しい人他に居ないよな」


 家の前に着いた時には、もう考えるのはやめた。今の俺の心情は曖昧模糊と言う言葉で表現するべきなのだろうかと……。


 また考えてしまっていた。今度こそ考えるのはやめろと自分に言い聞かせ、無心になろう。


 だから今の俺の感情に結論を出す。



 「好きじゃ無い。あの人を救ってあげたい」


 

     ――――――――――――――


つづく




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