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婚約者の心


 茶会ではとてもびっくりした。想像外のことを発言されたこともそうだが、まさかあの控えめな婚約者が思いを告げてくれるだなんて思ってもみなかったからだ。愛されていることは全身から伝えられていたものの、婚姻がなったあとも告げるつもりはないのだと思っていたのだが。政略結婚なのだから感情は不要だとでも考えていたに違いないが、彼女の心は驚くほどにわかりやすかった。隠し事ができないのは貴族としては失格かもしれないが、エドウィンにとってはこの上なく美点であった。それに、隠し事ができないなら隠し事の必要な仕事を割り当てなければいいだけの話だから失格も何もないと判断した。エドウィンのために一生懸命になる彼女がとても愛おしかった。


 初めて会ったときはほかの少女より圧がないことが楽だと思ったし、婚約者となったあとに再会した時にはビジネスパートナーとしては最適だと思い、それ以降も関係を崩さないための付き合いだけして過ごしたものだ。


 それが変わったのはいつ頃だっただろうか。ある日彼女の瞳の奥に慕情のようなものを見つけ、少しだけ困惑した。失礼なことだが、お互いに恋愛感情を抱くことになるとは到底考えていなかったためである。彼女が変わってしまうのではなどと考え、憂鬱になったこともあるがそれは杞憂であった。彼女は変わらなかった、いや、少しだけ自分との距離が空いたかもしれないが、彼女自身は変わりなくこちらを慮ってくれた。


 それがなんとも悔しく悲しかった。なぜ距離をとられなければならない。きみは私のことを愛しているのだろう。それならばずっと隣にいればいいじゃないか。そう思ったとき、気づいたのである。エドウィンはエミリアの隣に立っていたいと思っていることに。そのときからよくエミリアのことを観察するようになって、彼女の可愛いところをたくさん見つけた。そして、手放したくないと思うようになっていた。たぶんこれは恋だ。知らないうちに恋に落ちていたのだ。


 だからエドウィンは、レーラという、欲に塗れた不思議な作り物のような女性なんかいらないし、どちらかというと嫌いである。できるならどこか遠い国に捨ててきてしまいたいくらいだ。彼女はどこか、自分に酔っているような物言いをする。セリフを前もって準備しておいて、合致するシチュエーションがあればそこで発言しているような不自然さがある。作家か、舞台女優にでもなればよかったのに、治癒の能力などというものをこんなのが得てしまったがゆえに接待してやらねばならない。心から面倒だと思っている。エミリアとの時間も減らされてしまった。


 両親にはレーラという娘の危険性とエドウィンからの悪感情、そしてどれだけエミリアを大事にしているかを軽く語っているので、両親から押し付けられるなんてことはまずないだろう。養父の伯爵も急に転がってきた権力に目が眩んで迷惑なことをしでかしそうだし、両親はそういう意味で彼らを注視することにしたらしい。治癒の能力は国の益だが、なくて国が回らないこともない。レーラを婚約者に挿げ替える案は、なかったことにされた。


 そう、なかったことになったはずなのだ。エドウィンはレーラと必要以上に近づいていないし、「次期王妃の変更がある」という内容の噂を否定している。それなのにしつこくアピールをしてくる娘とその家、そして一向に消えずにむしろ膨らんでいく噂に辟易していた。そんなときだ、エミリアはが思いつめた表情をし始めたのは。


 エミリアは優秀だし、それを誇示しない素敵な女性だが、少し自分の価値を低く見るタイプだった。いつも上を見て努力をする姿勢はたいへん好ましく思うが、一方で卑下しすぎているとも言える。そんな彼女がやりかねないことはひとつ。「婚約者を降りたいと思う」とエドウィンに伝えに来ることだ。もしそう言われてしまったらきちんと説明したうえで継続してくれるよう誘導しなくてはならない。そう遠くない日に必ず話をしにくるはずだと、できるだけエミリアに負担にならないような説明を必死に考えていた。


 そんなときに「好きだ」なんて言われればびっくりもする。知っているし、言わないつもりなんだと思っていたし、それでも嬉しいし可愛いし、でも本当にそれを言いにきたのか、なんて混乱しかけて。どうやら乳母殿のおかげとのことだから心から感謝しておいた。いずれ会う日があれば直接伝えようか。


 何にせよレーラという娘がいることでエミリアから「婚約者を降りる」と言おうとしたことには変わりない。次がないとも限らない。であるならば、さっさと関係を断った方がいいと思うのもおかしい話ではないはずだ。変な噂も根強くあることだし、国民全体に受けるような理由を付けねばなるまい。こっちに都合のいい状況に勝手に陥ってくれることが一番楽なのだが。



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