[短編]今日もお味噌汁をふたりで食べる
毎朝のルーティーンで、鰹節を削る。
味噌汁の出汁取りと、茹で野菜にのせるためだ。
「おはよう。いい匂い」
「おはよう。お味噌汁、よそってくれ」
化粧済みだが寝ぼけたままの恵理が部屋から出てきた。
勤務地まで1時間かかる彼女の方が時間に余裕がないので、歩いて5分の通勤時間のオレが毎朝ご飯を作る。
お互い50も過ぎて、去年それぞれの親も看取った。
健康には気をつけたいなと話しながら食事内容を決めるが、作るのはほぼオレだ。
子どもを産めない年だからと、籍を入れないままにだらだらと暮らしている。
お互い面倒なことは避けて生きている。
「やりたくないことはやらない方がいいわよ」
さっぱりと言い放った彼女には時々びっくりさせられる。
今もそうだ。
いつも通りにテレビを見ながらお味噌汁を食べていると、オレの顔をじっと見ている。
髭の剃り残しかと思っていたら、『車を買い替えようと思うの』と言った時と同じテンションで言い始めた。
「きみが天寿を全うするまで面倒見るよ。
病院に付き添うし、入院したら着替え持っていくし、葬式もなんとか済ませる。
墓は無いから、すぐに納骨できないけど、樹木葬なりなんなりなんとか見つける」
「…急にどうした?」
「なんか顔見てたらそう思って。葬式も喪主はしてないけど、何度も済ませればなんか慣れ?みたいな?
入院前の初診の段階から付き添いしてれば、なんかこんな感じかなぁって分かったし。
まあ、自分の入院も何度かあったからね」
ずずっとお味噌汁をひと口啜って、ひと呼吸分の間を空けると、彼女が言った。
「なんか人生の張り合いじゃないけど、世話しなきゃって思えばボケないで最期まで生きていけそうじゃない?」
「それ、プロポーズより凄くないか?」
突然の事に返事らしい返事も思いつかないまま、間抜けな相槌を返した。
「婚姻届出しても出さなくても面倒見ようと思っただけよ。私のボケ防止になってくれればそれでいいの」
「…オレの方はボケる前提なのか?」
「できればボケて欲しくないけど。どうなるかわからないじゃない。本人の意思とは関係なく。
そうじゃなくて、なんか末期まで面倒見ようと思っただけよ」
この話はもうおしまいと言うように、茶碗を流しに片付けると、
「先に出るから洗っておいてね〜」
と歯磨きしながら部屋に消えていった。
「いや、面倒見てるの、オレの方じゃ…」
思わず誰もいないテーブルで呟いた。
今日も変わらず、ふたりでお味噌汁を食べている。