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ショート 喋らずに伝えられるもの

作者: 間の開く男

連作の2作目。

 私がチームに呼ばれたのは5年ほど前だった。義肢ぎしへの神経接続に関する論文を書き上げてほっと一段落したところで、鳴り止まない電話のベルに……深夜だというのに数コールで諦めない、頑固者に対しての怒りで目を覚ました。

「はい、どちら様でしょうか、こんな夜分に」

 不機嫌だと伝わるように、はっきりと区切りながら告げる。相手にもそれは分かってもらえたようで、謝罪の一言から始まった。

 

「大変申し訳ございません、論文を読ませて頂きこの方なら手伝って頂けるのでは、と」

 その女は、ある画家の娘だと名乗った。幼い頃に母を亡くして、父の財産を受け継いだ、とも。

 金の話となれば、態度を変えるべきだ。

 

「それは失礼いたしました。私の論文を読んで頂けたとは、光栄でございます。それで私でお力になれることがあるのでしょうか」

「……母が亡くなる前に、まだ小さかった私に話してくれたんです。お父さんが描いた絵が好きなんだって」

 彼女の口調はどこか言い(よど)んでいるようで、話すのを躊躇(ためら)っているようにも感じられた。

 

「絵の事となると専門外なのですが、それと私がどう結びつくのでしょうか?」

 無理矢理にでも喋らせないと、怪しいオーダーを受ける訳にはいかない。金も大事だが、まっとうな事だけをして生きたい。これだけは譲れないポイントで、信条だ。

 

「母の言っていた3枚は、まだ見つかっていないように思えるのです。現在博物館に展示されているもの、画廊のオーナーへと譲ったもの全てを照会し、その中に女性を描いたものは数点ありましたが、母ではなかったのです」

 つまり、彼女の母親を描いた絵を探す……そんなものは美術商か探偵にでも頼めばいい。

「その、絵を探すために私の技術が必要だと?」

「ええ、その通りなのです。既に視神経の医師と言語学の教授、クローン技術者にも声をかけておりまして、それぞれご納得頂けるだけの金額をお渡ししました」

 先程の弱々しい声とはまるで違う、何かに取り憑かれたような強い声。

 

「視神経、言語学、クローン、私は神経接続と義肢。なんとなく分かってきましたが……それが実現出来るか約束は出来ませんよ?」

「構いません」

「……実物は、まだ手元にあるのですね?」

「あります。保存状態は良好です」

 有無を言わさないとは、この事か。

 

「わかりました、それでは明日……どこかでお会いできませんか。電話だけで済ませるわけにはいかないでしょう」

 金を持っているのかだけでも確認しておきたい。他の研究者との打ち合わせなんかよりも、金だ。

 

 連絡先と待ち合わせ場所を電話横のメモ帳へと書き残し、静かに受話器を置いた。目を閉じて数度呼吸したところで一番鶏に叩き起こされたが、頭の中は電話の前よりクリアになっていた。


――――――


 指定された場所へと向かい、彼女と実際に会ってみた。私なんかよりもヨボヨボの婆さんだとは思わなかったが、背筋もまっすぐのままで貴婦人と呼ぶにふさわしい品格と、老化とは無縁の……電話で聞くよりも美しい声に驚かされた。

 

「初めまして」

 第一声はお互いに同じようなものだったが、向こうは早速と言わんばかりに……封筒を喫茶店のテーブルへと置いた。

 

「……これは?」

「いくらが相場かはわかりませんが、研究にはこれぐらい必要なのだと他の方々も仰られてましたので、その額を」

 ……小切手には、おおよそ見たことのない量のゼロが並んでいた。これだけあれば確かに優秀な人材も機材も揃えられるだろう。

 しかし成功するとは限らないし、契約書云々も無い。

 

「これを持って国外逃亡、なんてことはしませんが。少々不用心では有りませんか?」

「なりふり構っていられなくなった……とだけ」

 喋りながらハンカチを口に当て、軽く咳き込む。その姿や咳の調子……重い、何かしらが絡まるような咳き込みを聞き、思い出す。 祖父も最期はこんな状態だった。

 

「……それで、何年以内に仕上げればよろしいのでしょうか」

「何年? 私が生きているうちであれば。そうでなければ意味が無いのです」

 その言葉にはやり場の無い怒りも、切なさも込められている。表情はさほど変わっていないが、これは意図的に変えていないのだろう。弱い部分を見せないようにしているのか、余所者には分かるまいと意地を通したいのか。

 

 彼女に協力しないという選択肢は、既に消え去っていた。

 これだけの金があれば研究も出来るし、その成果を転用すれば誰かを救えるはずだ。

 恐らく、このイカれた女は。臓器に眠る記憶を、喋らせようとしている。

 

「一つ条件が。成功した場合の技術は誰のものになるのでしょうか。我々が好き勝手に使ってしまっても問題は……」

「興味がありません。人助けに使おうが何をしようが、ご自由になさってください」

 

 きっぱりと言い切るこの女の目は、執着心という魔物に取り憑かれている。背筋に走る冷たさは、季節外れの汗が一筋伝ったものに違いない。人とはこのような邪悪な顔になり得るものなのか。

 自分の目的のためならば何を犠牲にしても構わない。その目的のため、私は手を貸すことにした。

 喋らせたいのは、彼女だけではないのだから。

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