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2 選ばれた聖女様

 今まで視界に入っていなかったのだが、カンサス第二王子殿下がガンガンと私の視界に入ってくるようになった。

 エリー姉様にはセージ義兄様が居て、リマはラデス神官様と良い雰囲気。となると、王族との婚姻は私…?って、自意識過剰ですよね~、ないない。

 田舎者の聖女がやらかさないか、見張っているだけ、そう思いたい。


 はい、早速やらかしそうな場が設けられてしまいました。

 聖女教育の合間に何故か私だけ王宮に呼ばれ、わざわざドレスに着替えてお茶会です。

 私に用意される服は青系が多い。エリー姉様は赤系でリマは黄色系。年齢も体格も似た三人なのでドレスも小物もどうしても似たものが多くなる。

 結果、最近は『青の聖女』と呼ばれることもある。『赤の聖女』と『の聖女』もいる。黄ではなく太陽をイメージして『陽』らしい。

 聖女という立場はイメージも大切なのだ。


「ベンダー公爵家の娘、レイカと申します。フラン聖女様にお会いできることを楽しみにしておりました」

 輝かんばかりの金髪に宝石のような瞳はエメラルドグリーン。白く透ける肌に桜色の唇でめちゃくちゃ可愛らしいご令嬢だ。家に持ち帰りたい可愛さ。

 リマよ…、ここに本物の愛されヒロインがいたよ…。

 まとっている空気が違う、いい匂いもしている。

 リマに話せば『一見、そう見えても裏ではわからない』と言われそうだが、こんなに愛らしい方が実は極悪ヒロインだったら、私、人間不信に陥るよ。

「私は第一王子のマートル。レイカは私の婚約者だ。今後は何かと顔を合わせることもあるだろう」

「私、エリー聖女様と同じ年なの。エリー聖女様同様、姉と思ってくださいませね」

 い、いや…、エリー姉様も美人ではあるが、レイカ様とは次元が異なるというか、やだ、私、同じ空間に本当にいるのかしら。

 思わずそろりと周囲を見渡してしまう。

 う~ん、素晴らしい庭園。

 ゴージャスな薔薇の花が当然のようにこれでもかと植えられている。薔薇のアーチなんて初めて見たよ。ガゼボもちょっとした家ですよ、壁があったら一家五人で暮らせる広さ。

 できる限りバレないように目だけでキョトキョト周囲を観察していると。

 クッ…と声が。

 カンサス殿下が肩を震わせて笑っていた。

「なんですか?」

「おまえ…、落ち着き、なさすぎだろう。庭が見たいのなら後で案内してやるから」

「け、結構ですっ。ちょっと笑いすぎではありませんか?」

 むーっとしていると。

「なるほど、これは珍しい」

「私も…、幼少の頃より存じ上げておりますが、カンサス様が笑う姿などほとんど記憶にございませんわ」

 いや、めっちゃ笑っているから。ってゆーか、腹の立つことに『私が』笑われているから。聖女選定の儀で真っ先に笑ったの、絶対にこの人だと思う。

「よくわかりませんが…、私の言動が笑いのツボにスポンとはまるようです」

 ぐふっ…と、また笑う。

「見た目に反してなかなか豪快で愉快な聖女だからな」

「褒めていませんよね」

「いや、褒めている。絶賛している」

 笑いながら言われても説得力がない。

「すこしは我慢を覚えないと、苦労しますよ?仮にも王子でしょう」

「安心しろ、普段はこんなに笑わない」

「説得力がございません」

 カンサス殿下がずっと笑っているものだからこちらも気が緩んでしまう。

 マートル殿下とレイカ様はお忙しいようで一時間ほどで席を立った。

 仕方なくカンサス殿下に庭を案内してもらう。

「神殿での生活で困ったことはないか?」

「そう…ですね。リマがすぐにサボりたがるためお目付け役のラデス神官様が大変そうです」

「フラン個人では?」

 ちょっと考えてみたが、これといって思い浮かばない。

 神殿内にある個室は『かなり質素』と説明されたが、飾り気がないだけでベッドなどの家具は上質なものだ。服も小物も神殿側が用意してくれた。

 食事は三食きちんといただいているし、リマも私も何でも食べる。普通のご令嬢ならば卒倒しそうなものでも食べる。なんなら自分で捕まえてきて、捌いて食べる。

 ゆえに座っているだけで美味しいご飯が食べられるのはとても楽だ。

 そして聖女としての修行だが水晶に触れたことにより力が目覚めたらしく、自身の中にある気の流れ?的なものを感じ取れる。

 力はただ使えば良いものではなく加減が必要だ。軽いけがに全力で治癒魔法をかけていたら疲れてしまうし、効率も悪い。効果的に治癒魔法を使うためには経験が必要だ。

 大変なことではあるが、辛いと泣くほどでもない。

「特には。楽しく生活していますよ」

「困ったことがあれば言えよ?」

「はぁ…、でもたぶん大丈夫ですよ。大抵の事は自分で解決できますから」

 姉妹に鍛えられて、口も達者だが腕力もなかなかのものなのだ。


 春頃に聖女見習いとなり三カ月が過ぎた。三人とも順調に成長しているようで能力に差が出始めた。なるほど最初に説明された通り、私は治癒力に適性があるようだ。

 浄化も結界もできるがごっそりと力を持って行かれる感じがする。だが治癒に関してはどれほど使おうとほとんど疲れない。

 魔力的な疲労はないが精神的、肉体的には疲労限界がある。ゴリゴリと精神が削られるような日もあれば、身体に疲れを感じる日もある。

 エリー姉様とリマは治癒魔法を使うと『ものすごく疲れる』ようで、今後はそれぞれの適性を伸ばす。秋頃には教育も終わり、進路が決まる。


 大変不本意ながら、私はカンサス殿下の婚約者候補となっていた。


 カンサス殿下はダークブロンドの髪に藍色の瞳で黙っていればクールな雰囲気の王子様だ。

 黙っていれば。

 神殿内で仲良くなった神官見習いや看護師さん達の話では『氷の王子様』と呼ばれているらしい。

 王族の皆様や高位貴族の方々は魔力を持った方が多く、カンサス殿下が得意とする魔法が水魔法。攻撃する時は氷の礫を打ち出し、魔物本体を凍らせてしまうとか。

 私が聞いても『暑い季節に便利そうだ』としか思わないが、年頃のお嬢さん達にしてみればクールで素敵…らしい。

 そんな王子様と婚約って…、気が重い。

 本来、私達のような下っ端貴族や平民に強い魔力持ちは現れない。

 聖女だと言われるまでは三人姉妹とも『魔力なし』だと信じて生きてきた。

 力を持たない者が大きな力を手に入れると勘違いをしてしまう…こともある。聖女だって人間だ。ましてや平民で、虐げられていた生活から急に『聖女様』となれば偉くなったような気がするのも無理はない。

 私達が『聖女様にひれ伏せ』と威張り散らさなくても、勝手に『下級貴族のくせに生意気な』と思う人達もいる。

 聖女になりたかった人、カンサス殿下の婚約者になりたかった人、その両方を手に入れたかった人。

 そんな野望に満ちた目のご令嬢が私の行く手をふさいでいた。

 ゴージャスなブロンドの髪をきれいに巻いている。これが噂の縦ロールだろうか。真っ赤なドレスが良く似合っている。どういった関係かわからないが似たようなご令嬢を三人程引き連れて、エリー姉様よりも悪役令嬢っぽい。

 リマに見せたい理想的な仕上がりだ。

「貴女がフラン聖女ね。聖女としての修行もせずふらふらと遊び歩いて、恥ずかしくないのかしら」

 そんなことを言われても。

 私が勝手に遊び歩いているわけではない。聖女達の予定は神殿の女官が月間、週間、日間…で組んでいる。

 私達には一週間の予定表が渡され、細かな予定は当日の朝、部屋付のメイドから教えてもらう。

 私はうっかりカンサス殿下の婚約者候補となってしまったので、週に二、三回、王宮に来ていた。来たいわけではなく、拒否権がないだけだ。

 これでカンサス殿下が物凄く嫌な奴だったら断固、拒否するのだが…、好きでも嫌いでもない。よく笑う人だなぁ…程度の感想しかない。

「黙っていないで何とか言いなさいよ」

「申し訳ございません」

「王宮は選ばれた者しか入れない場所なのよ」

「申し訳ございません」

 面倒なのでひたすら謝っていると…。

「あっ」

「何よっ!?」

「皆様、そろそろ切り上げたほうが…」

「何なの、逃げる気?貴女、さっきから謝ってはいるけど、まったく誠意が感じられないわ」

 バレて~ら。いや、でも、これって私が謝るようなこと?

 騒いでいるご令嬢達の背後にカンサス殿下がいるのだが。ずんずんと歩いてきているので、もう、何も言わない方が良い。

「あの、皆様、カンサス殿下が……」

 背後に迫ってきていますよ。と、言わせてはもらえなかった。

「そうよ、憧れの方なのよ。なのにポッとでの下級貴族の娘が婚約者だなんて納得いかないわ」

「辞退しなさい!」

「おとなしく聖女の仕事だけしていればいいのよ」

「同感です。聖女の仕事だけしていたいです、王宮に呼ばれる意味がわかりません、殿下の婚約者は高貴な血筋のご令嬢が良いと思います!」

 大きな声で言い切ったが。

「諦めろ。既に婚約者にする方向で神殿とも調整に入っている」

 カンサス殿下の登場にご令嬢達が真っ青になった。

「だから、背後に居ますよって教えようと思ったのに…」

「なかなか来ないから迎えに来た」

「今日はこちらのご令嬢達とお茶したいなぁ。女子会って言うそうですよ。可愛らしい女の子達と楽しくおしゃべり」

「いじめられてなかったか?」

「どうでしょうか」

 ご令嬢達に聞く。

「皆様、私をいじめていましたか?」

 四人とも真っ青になって震えていた。

「では私と友達になろうとしていた。そうでしょう。なんといっても、聖女ですからね。仲良くしておくほうがお得です」

 そーゆーことにしておきなさい。と、目で促すとカクカクと頷いた。

 すごく動揺している、ちょっとおもしろい。

 レイカ様とは格が違う感じだ。こちらはごく普通のご令嬢達だが、レイカ様は既に王者の風格があった。見た目は可愛いのに、不思議。

「では、次の機会がございましたら女の子だけでお茶会を開きましょう。あ、うちは貧乏男爵家なので、場所とお菓子の提供をよろしくお願いしますね」

 ひらひらと手を振ってから歩き出す。

「いいのか?」

「はい、まったく問題ありません」

 カンサス殿下と並んで歩く。

「彼女達は恋に恋するお年頃というヤツですよ。可愛らしいものです」

「おまえ…、いくつだよ。オレより年下だよな?」

「ぴちぴちの十六歳です」

「ぴちぴち…」

「そういえば…、カンサス殿下は?」

「十八歳だよ、おまえ、本当にオレに無関心だな」

「地位や見た目にはあまり興味がないもので…、結婚相手はセージ義兄様に探してもらう予定でしたし」

 お金がない下位貴族の娘は平民よりも結婚が難しい。男爵位は姉夫婦が継ぐため、爵位も資産もなく、見た目もパッとしない。

 かといって平民と結婚するのも難しく、下位貴族の四男か五男あたりで誰かいないだろうかと考えていた。

「確かに…、セージの知り合いなら騎士爵が多いな」

 騎士爵は一代限りが多く、騎士の子は騎士に進むことが多い。継ぐ家がなければ男爵領まで来てくれるかもしれない。

「そういえば…、セージの剣の師匠と会ったことはあるか?」

「剣の師匠…ですか?いえ、ないと思います」

「温厚そうな見た目に反して、セージの剣はなかなか苛烈でな。オレ達の世代ではセージに勝てる者がいない」

「まぁ…、子供の頃からおもちゃの剣で遊んでいましたからね」

「オレも幼い頃から習っているが…、何が足りないのかさっぱりわからん」

 いや、王子は護る側より護られる側でしょう。自身の身を護るための剣を教えられてきたはずだ。

「足りないままで良いと思いますよ。カンサス殿下は手を汚してはいけません。それは家臣の役目です。権力者が人殺しだなんて、庶民から見れば悪夢です」

「そう、か…。でも、弱いわけではないからな」

「当然です。自分の身は自分で護る。私だって騒乱の場にいたらレイカ様を護ります。彼女は愛されヒロインですからね、正直、カンサス殿下とのお茶会よりもレイカ様を木の陰から眺めているほうが楽しいです」

「何か所かツッコミたいところがあったが…、ベンダー公爵令嬢はそんな可愛らしい生き物ではないぞ。あの兄上の婚約者だからな。腹黒い。まぁ…、そこは置いといて。オレとの婚約はほぼ決まっている。そんなに嫌か?」

 カンサス殿下が嫌いなわけではない。見た目はかっこいいと思うし、背も高く体つきも騎士に近い。鍛えているのだろうとわかる。

 お互いポンポンと話しているので、相性も悪くないのだろう。

 下位貴族の娘だからと見下されることもない。

「カンサス殿下に嫁ぐのが嫌なのではなく、王子妃になるのが…めんどうそうだなって」

「兄上に子供ができれば王位継承権は返上して、他の貴族と同じ立場となる。王子妃ではなく公爵夫人だな」

「公爵…」

「大丈夫だ、公爵領を賜ったからといってオレ達二人で管理するわけではない。オレだって一人で公爵としての仕事をすべてこなすことは難しい」

 今もそうだろう?と聞かれる。

 聖女としての修行と王宮でカンサス殿下と会う以外は、全て神殿にいる女官やメイド達がフォローしてくれている。

 彼女達がいなければ私はもっと聖女業に振り回されていただろう。

「確かに…、そうかも」

「前向きに考えられそうか?」

「そうですね。ここでドレスや宝石、何でも買ってやる、みたいな説得をされたら断固、拒否するところでしたが…、現実的な話をありがとうございます」

 カンサス殿下が苦笑する。

「ドレスや宝石で誤魔化されてくれる女の方が楽だが、そういった女は…、なぁ」

 素敵な王子様との結婚。夢をみるのは自由だが、リアルな結婚は夢だけでは成り立たない。高位貴族の奥様の中には『永遠の夢見る少女』もいそうだが、それは旦那様がそれで良いと思っているから成り立っていることだ。

「フランはドレスや宝石よりも菓子のほうが良いだろう。土産も用意してある」

「こうやって外堀を埋められていくのですね」

「諦めろ。フランを守るためだ」

 自分の身は自分で護れる…と思うが、家族や使用人、領民のこともある。

 私がカンサス殿下と結婚をして王家とのつながりを作ったほうが、多方面に良い結果となるのだろう。

「結婚しても里帰りはできますか?」

「年に何度も…は難しいが、祝い事や節目では帰れるだろう。それにエリー聖女はセージと結婚したらしばらくは王都暮らしだ。セージは兄上の護衛騎士に内定している」

 うちの両親が元気なうちは騎士として働きつつ、男爵家を継ぐ準備をする。

「リマ聖女もラデス神官と婚姻すれば神殿近くで暮らすことになる。浄化や結界で他領や友好国から呼ばれることもあるが、むしろ普通に男爵家の娘として婚姻するよりは自由がきくぞ」

 結婚相手によっては他領地に嫁入りした後、実家に戻ることを禁止される。禁止されなくてとも遠すぎて無理な場合もある。きついお姑さんに当たれば、冗談ではなく本当に二度と実家には帰れない。

「過去にはひどい司祭も居た。聖女の行動を制限し働かせられるだけ働かせていたら…、当然のことだが疲弊して聖女としての力を失ってしまった」

 そんなことが…、ん?

「ということは、頑張ればこの力を失くすこともできるのですね?」

「安心しろ、フランの性格なら、ストレスで力を失くすことなど、絶対にない」

「でも、もしかしたら…」

「ない」

「私もか弱い乙女ですし」

「ははは、相変わらず愉快な聖女だな」

「冗談ではなく」

「フランが精神的に病んで聖女としての力を失ったとしても、婚姻はするし、離婚もしない」

 ムッキー、そんなこと、わからないじゃない。

 もしかしたら…。

 過去にあったつらい出来事を考える。つらい出来事…、つらい……。

 おやつが少ないとか、夕食のお肉が少ないとか?食べ物から離れよう。えーっと、つらい出来事…って、どういったことが『つらい』のかしら?

 そうだ、司祭様に無理矢理働かせられ…。

 そこまでの労働を強いられたら、さっさとボイコットして実家に帰るな。我慢できないほど働かせられる…って、男爵領でも結構、働いていたよね。人手が足りないから、家事はもちろんのこと畑仕事も狩りもしていた。

 他に何かストレスになるような…。

「カンサス殿下との結婚が一番のストレスかも」

「おまえは、ほんっとーに、失礼な女だな。何が不満だ、王子だぞ。顔か?性格か?それとも…」

「高貴な生まれのイケメン王子と結婚するなんて、想定外すぎて、無理ですよ。今だってまともに顔を見ないようにしているのに…」

「いや、そこはきちんと見て、意識しろよ。未来の旦那の顔だぞ。一生、まともに見ないままで過ごす気か?」

「まともに見たら、今よりもっと無理になりますって、緊張で。かっこよすぎるんですってば」

 真剣に言ったのに、カンサス殿下は嬉しそうに笑って顔を覗き込んできた。

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