表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

1 男爵家の三姉妹

 その国では数十年に一度、聖女に関する神託が下される。

 聖女…とは。浄化の力に優れた聖なる乙女。

 歴代の聖女は可憐な乙女が多く、その身を保護するために大半が王族、または王族に連なる者達と婚姻していた。


 さて、今代の聖女は。


「バジル男爵家の娘…との神託でございます。急な話ではございますが、聖女就任の儀は一週間後となりますゆえ、急ぎご出立の準備をお願いいたします」

 神殿より超ド田舎であるバジル男爵領まで一週間かけていらした神官様に家族揃って首を傾げた。

 確かにうちはバジル男爵家。娘もいるけど。

 父が代表して質問する。

「あの、我が家には十八歳を頭に三人の娘がおりますが、どの娘のことでしょうか?」

 年の頃は二十代半ばほどだろうか。若く見えるわりに落ち着いた雰囲気の神官様が優しく微笑みながら答えた。

「わかりません」

「………はい?」

「神託はそこまで具体的ではないのですよ。過去の神託では〇〇地方に住む娘。や、〇〇村の娘。といったものもあり、探し出すのに苦労したとか。しかし今回は『バジル男爵家』と家名がわかっております。素晴らしい、既に三人に絞られている」

 そう…なのか?

 ともかく一週間後には聖女選定の儀式に参加しなくてはいけない。

 王都まで行く…、行こうと思えば行けなくもないが旅費が必要となる。神殿で払ってくれるのだろうか?


「信じられない、恥ずかしい、あり得ない、あんな美しい神官様に旅費をたかるなんて」

 バジル男爵家の三姉妹、長女であるエリーが恥ずかしい、恥ずかしいと連呼していた。

 神官様が用意してくださった馬車の中で。

 お洒落や乗り心地よりも大きさを重視した馬車は両親と私達三姉妹が対面で座れる広さだ。快適とは言い難いが、平民が使う乗合馬車よりはずっと良い。お尻の下に敷いたクッションも良い仕事をしている。

「そうは言うけどエリー姉様、我が家はとっても貧乏なのよ?正直、五人揃って王都に行く意味がわからないわ。聖女はエリー姉様ってことでいいじゃない」

 私の言葉に末っ子のリマも頷いた。

「きっと聖女はエリー姉様よ。だって三人の中で一番美人ですもの」

「あら、歴代の聖女は可憐な乙女だという話よ。それなら美人よりも可愛い系のリマのほうが聖女っぽいわ。一番、若いし」

 そう、エリー姉様は目鼻立ちくっきりの美人顔でスタイルも良い。バジル男爵家の美しい娘…は大抵、エリー姉様のことを指している。

 三人ともブロンドに碧眼だが、エリー姉様のブロンドは緩くウェーブしていてなんだか色っぽい。そして末っ子リマはくるくると跳ねたくせっ毛で愛らしい。

 美人と可愛いに挟まれた私は真っすぐストレートの髪で『賢そう』と言われることが多かった。

 わかるよ、わかる。とりあえず褒めようと思ったら、落ち着いている、とか、賢そう…になるよね。なんとか褒めようとしてくれるその心意気は評価する。

 嬉しくはないけど。

「でも、こういった話だと…、中間子のフラン姉様が大本命かも」

「こういった話って…、リマ、また自習の時間に教科書ではなく娯楽小説を読んでいたわね」

「いいじゃない、どうせ読むのなら楽しい話のほうがいいわ。それでね、今の流行は『悪役令嬢』や『ざまぁ』なのよ」

 リマが言うには。

「エリー姉様は悪役令嬢顔よね。気が強そうな美人。大抵、物語の冒頭で婚約者に捨てられてしまうの」

「や、やめてよ、セージ様は私を捨てたりしないわっ」

 『セージ様』とは、ラムズ子爵家の三男で我が家に婿入り予定の婚約者である。穏やかそうな見た目通りとても温厚な性格で、エリー姉様にベタ惚れしている。

 派手なイケメンではないが、真面目な努力家で、何より幼い頃からエリー姉様一筋。まだ五歳、六歳の頃からの付き合いで、出会ったばかりの頃はエリー姉様に泣かされていた。

 うちの三姉妹、わりとお転婆なので。

 いつの頃からかセージ義兄様もすっかりと男らしくなり、今は貴族が通う学院で勉強中だ。二年後に卒業予定で、卒業後はすぐにでも結婚したいと話していた。

その頃には私も婚約者の一人や二人、決まっていると良いのだけど。

「安心して。最近の流行りだとこの悪役令嬢が実はとっても良い子で、可愛らしいヒロインのほうは極悪ってパターンが多いの。つまり、私が極悪ヒロインよ!」

 自分で極悪ヒロインって。笑う。

「リマに極悪は無理じゃないかしら」

「そうよねぇ。この間も寝室に虫が出たからってフランの部屋に逃げ込んでいたでしょ」

「虫も殺せぬ極悪ヒロイン」

「淑女教育より娯楽小説を読む極悪ヒロイン」

「台所で瓜を丸かじりする極悪ヒロイン」

「あの瓜、リマがかじったせいなの?ネズミが出たのかと思ったわ」

「や、やめてよっ、もうっ、お腹が空いて死にそうだったのよっ!」

 ぷんすこ怒りながらも説明を続ける。

「で、最近、頭角を現してきたのがフラン姉様ポジション…、よくよく見れば美人だけど一見、地味で控えめ、影が薄いご令嬢で、気が強い長女や我儘な妹に振り回されているの」

 お、おぅ…、でもエリー姉様は顔立ちのわりに気は強くないし、リマも我儘というより怠け者よね。

「一見、毒にも薬にもならないご令嬢が、実は大本命で幸せを掴むの!」

「いや、そーゆーの、いらない、かな」

 わりと本気で。

「えぇ、どうして?聖女だよ?王都で聖女になれば、王子様との婚姻だってあるかもしれないよ?」

「じゃ、リマが目指せば?」

「………いや、私は…、ほら、極悪ヒロインだから。または我儘な妹ポジ?」

「あなたは我儘じゃなくて、怠け者でしょ。面倒だからって自習もサボッてばかりだし、家の手伝いもいい加減だし」

「うぅ、藪蛇だぁ。蛇がにょろにょろ出てきたぁ」

「リマが聖女に選ばれたらいいと思う。それで、真面目に修行しなさい」

「だからぁ、聖女になんかなりたくないんだってば。性格でいったらフラン姉様が適任じゃない。婚約者もいないし」

 冗談ではない。私は自領地に残りエリー姉様夫婦のお手伝いをしながらのんびり暮らすのが夢なのだ。

 旦那様はセージ義兄様に紹介してもらう予定。贅沢を言うならば体格のがっしりとした方が良いわ、顔より体、田舎暮らしは体力がないと大変なのよ。

 三人できゃいきゃい騒ぐ私達を両親が疲れた目で見ていたが…、ふと気がつく。

「そえいえば…、うちはお父様が婿入りしたのよね。ということはお母様もバジル男爵家の娘になるのでは…」

 私の言葉にリマが『ダークホース、キターッ』と絶叫した。

 うん、さすがに怒られた。


「もう、あんた達のせいで私まで怒られたじゃない」

 エリー姉様はプリプリ怒っていたが、王都のホテルにセージ義兄様が会いに来るとコロリと機嫌が良くなった。

「御無沙汰しております、男爵。この度はおめでとうございます」

 セージ義兄様の言葉に父が苦笑する。

「めでたいのか、どうか…。神託だと聞いてはいるが、実は他にバジル男爵家があるのではないかと…」

「さすがに、それは…。神託が下った後、神殿だけでなく王家でも一通り調べているそうですよ」

 あらゆる可能性を考慮した結果、我が家の三人娘の誰かだろう…ということになった。

「何か心配事でもありましたか?」

「心配事というか…」

 正直に話す。

「なるほど、エリー嬢と私の婚約ですね。心配はいりませんよ。さすがに婚約中…、それも相思相愛の者達を引き裂くようなことはありません」

 貧しい村の美しい娘だと、権力者へ身売り同然…という輿入れがある。

 聖女本人が望まない結婚を阻止するために、相応の支度金と相手を用意して権力者達には納得してもらう。

 政略結婚の場合も、聖女としての活動を応援する形で解放したほうが貴族としての対面が保たれる。

 エリー姉様の場合は超ラブラブなので、聖女だった場合は私がバジル男爵家を継ぐ方向で調整することになる…と?

 なんですと?

「そ、それは……」

 思わず身を乗り出した私の横でリマも『それは、それで美味しい』と呟いている。

「エリー姉様達を応援しつつ一生、寄生してだらだら過ごす予定だったけど、フラン姉様でも悪くはない、わよね」

「いや、働いて、それか結婚して出てって」

「ひどいっ、フラン姉様っ」

「ひどいのは、リマだから。なんで穀潰しになる気満々なの、働きなさい」

「え~、ワタシ、極悪ヒロインポジだからぁ、働けないしぃ」

「働け」

 この子が聖女だったら、私が聖女って言われるより驚くけど、いっそ聖女として働け、身を粉にして働きなさい。

「ははは、相変わらず愉快な妹達だね」

「恥ずかしいわ、本気で」

「君の可愛い妹達は、私にとっても可愛い義妹だよ、家に居るのなら働いてもらうし、役立たずなら嫁入り先を探して追い出そう」

「私、新婚生活は二人きりがいいなぁ」

「そうだね。私も子供ができるまではエリーと二人で過ごしたいな。しばらくは王都で暮らそう」

 いちゃつき始めたので、話を元に戻す。

「結果的に三人とも聖女でなかった場合はどうなりますか?」

「それはないと思うけど…、もしも三人ともに適性がなかったとしても神託は絶対だ。誰か一人、王都の神殿に残ってもらうことになる」

 過去に神託が外れたことはなく、力の差はあるが神託の乙女は皆、何かしらの力を発現させている。絶対にない…と言い切れない以上は聖女としてしばらく保護をする。

 エリー姉様とリマが『どうぞ、どうぞ…』と私に手を差し出した。

「私は結婚するし、リマはどうしようもないし、ここはフランよね」

「そうそう、エリー姉様の幸せは邪魔できないし、私は堕落しきった妹ヒロインだし、フラン姉様が適任だよ」

「うわぁ、嫌だって言いたいけど、結婚は止められないし、リマは悪い子じゃないけどバジル男爵家の恥になりそうなことをやらかしそうな気がするっ」

「本人もそう思う~」

「神様、この駄目な妹を聖女にしてください、そして徹底的に鍛え直してくださいっ」

「ははは、君達姉妹は本当に面白いね」

 いや、笑えないからっ。


 聖女選定の儀は王都に到着した翌日に行われた。

 豪華なホテルに一泊し、翌日には三人だけでなく両親にも『場にふさわしい』服が用意されていた。

 神殿に行くため品の良いシンプルなドレスだが着心地がとんでもなく良い。上質な素材で作られているとわかる。きっと高価なものだろう。

 私達には淡いピンク、水色、クリーム色のドレスで、遠目で見れば白に近い。汚したらアウトだから飲食は我慢しなければ。

 貧乏性なので『終わった後、この服は返却か貰えるのか…、まさか代金を請求されないよね』と、思わず声に出ていたようでセージ義兄様に笑われた。

 貰えるようだ、良かった。淡い色だからリメイクしてエリー姉様の結婚式で着る衣装にしよう、そうしよう。

 歩いて行ける距離だというのに豪華な見た目の馬車に乗り移動する。そしてリマが『お城?』と勘違いするほど豪華な建物が神殿だった。


 馬車を降りて長い廊下を通り抜けて奥にある祈りの部屋から地下り祭殿へと降りていく。

 一行の説明で終わるけど、時間にして五分。どれほど広いのだろうかという建物の中は本で見た美術館のように美しかった。

 世の中にはこんなにも美しい建物があるのね。

 この中に入れただけでも良い記念になった。

 あとはお手頃価格のお土産があれば嬉しいけど、ちょっと聞けない雰囲気だ。

 地下にある広間には恐らく身分のある方々が集まっていた。

 男爵領まで迎えに来てくれた若い神官…ラデス様が、私達に説明をする。

 聖女が触れると反応する…という水晶に触れるだけ。

 とっても簡単。

 まずエリー姉様が触れると。

 目を開けていられないほどの光が走った。立ち合いの神官や王宮からの見届け人達がどよめく。

 エリー姉様は困惑しながらセージ義兄様の手を握りしめた。

「こ、こんなことって…」

 お父様とお母様も喜んでいいのか、どうしようか…という顔だ。

 わかる。うちは貧乏男爵家だものね。大貴族ならば神殿への寄付もたっぷりできて、聖女として恥ずかしくないように支度を整えることができる。

 必要ないと言われているけど、一応、貴族なので手ぶらというわけにはいかない。

 それから男爵家を誰が継ぐのか。予定通りセージ義兄様にお任せしたいけど…。

 と、今後のことを考えていると。

 パァッと光に包まれた。

 エリー姉様、また水晶に触ったの?と振り返ると、リマが『やっちまった』という顔でへらりと笑った。

「これ、壊れてる?なんか、私が触っても光っちゃった…、みたいな?」

 シン…と静まり返った中、思わず。

「何、やってんの、あんたって子は。ただでさえも寄付金や支度金で頭が痛いのに、二人分、捻出しなくちゃいけなくなったじゃないっ。うちは、貧乏なのよっ」

「ご、ごめん、フラン姉様。ちょっと記念に触っておこうかなって」

「旅行のお土産にしおりを買いました、ってノリで触るんじゃありませんっ!」

「ごめんって、でも、これ、誰が触っても光るのかも?」

「なんてことを言うの。これは聖女選定の水晶なのよっ。そんな、ほいほいピカピカ軽々しく光るものじゃないのっ!」

 叱り飛ばす私の手をリマがぐいっと引っ張った。

 そして。

 本日、三度目の光がほとばしった。

 なんなら、今日、一番の光だったかも…しれない、認めたくはないが。

 いや、そうよ、認めなければいいのよ。

「こ、これ、壊れているようですよ、ほほほ」

 うふふ、あはは…と笑うリマと私に、司祭様が神々しい笑みを見せた。

「その水晶は壊れるようなものではございませんよ」

「………そ、それでは、神様の気まぐれでしょうか?」

「おそらくお三人ともに聖女としての資質あり、ということなのでしょう」

 ダラダラと冷や汗をかきながら。

「そ、そうだ、お母様、お母様も触ってみてっ。お母様も男爵家の娘ですもの、資格があるわ。それで、水晶の故障か不具合を証明できるかも!」

 思わず叫んだ言葉に誰かが、ぶはっ…と笑い出した。

 誰だ、今、笑った奴は…。こっちは今後の生活がかかっているのに。

 恨めしい顔で辺りを見回すと、笑いが連鎖してしまったようでわりと皆様、笑ってらっしゃる。若い方もお年を召された方もにこにこと…、人によってはお腹を抑えて『苦しい…』って、そこまで?

 私、ちっとも笑えないんですけど。

 ぶすったれる私に司祭様が。

「こんなに楽しく賑やかな聖女様達は歴代初かもしれませんねぇ」

 と、まったく楽しくない言葉を言った。


 その後、私達は改めて水晶に触れ、授けられた力を教えてもらった。

 エリー姉様は浄化能力に優れているとのことで、魔物の死骸や人の怨嗟で呪われた土地を浄化できる。

 呼ばれたらその土地に行き、浄化することになるのだが、過去の事例によると、要請があっても年に一度か二度。それなりの広さがある国土だが、常日頃からきちんと管理しているため、危険な場所は少ないようだ。

 リマは結界術に強い適性があり、魔物が多く出る森の封印が主な仕事となる。結界術は聖女一人ではなく神官と共に行うとのことで、サボり魔のリマでも逃亡することは難しいだろう。

 しかし…、二人はまだ良い。必要な時に、だから。

 私の適性は治癒で習得後は神殿で働く事になる。

 そんな予感はしていたものの、リマに『やっぱり本命はフラン姉様だったね』と言われた時は殴りそうになった。

 神様、あんまりです。真面目で目立たない中間子である私に、さらに辛い試練を何故、与えるのですか。


 聖女の力は主に浄化、結界、治癒。得手不得手はあるものの聖女ならばすべて使えるようになるとのことで、修行のために私とリマは神殿で暮らすことになった。お姉様はラムズ子爵家が王都にもっている屋敷から神殿に通う。

 セージ義兄様と婚前同棲となるが、もともと早く結婚したいと話していた二人だ。男爵家に婿入りするとはいえラムズ子爵家をないがしろにするわけにもいかない。

 エリー姉様は聖女としての修行をしつつラムズ子爵家のしきたりや伝統、それに王都での暮らし方も学ぶ。

 両親は一旦、男爵領に戻ることになり、なんと護衛がついた。

 聖女の家族を誘拐して良からぬ事を企む者もいるそうだ。うちの両親は護衛などつけなくても大丈夫な気がするが、抑止力として居たほうが良いと説明された。

 確かに屈強な騎士が側にいた犯罪に手を出しにくい。

 幸い寄付や支度金は不要で、私達の衣食住にかかる経費は全て国家予算から支給されるが、やっぱり聖女になるほうが損をしている気がする。


「自由がないっ」

 リマが涙目で叫んだ。

「だらだらしたい、昼寝したい、朝寝したい、夜もしっかり眠りたーいっ」

「いや、夜はしっかり眠っているじゃない」

「そうだけどっ」

「ご飯も美味しいって完食しているよね」

「確かに、美味しいし、デザートもあるけどっ。なんか、こう…、心の自由がないっ」

 もうその言動が自由すぎると思うのだが…。

「リマ様は相変わらず元気いっぱいですね。少し散歩でもしましょうか?王都の町をご案内しますよ」

 男爵領まで来てくれた若い神官らです様は伯爵家の四男で、どうやらリマの世話係に就任したようだ。十四歳のリマとは倍ほどの年齢差があるが、落ち着きがなく飽きっぽく怠け者のリマにはそれくらい年上のほうが良いのかも。

「フラン姉様は?」

「私は治癒院のお手伝いをしてくるわ」

 リマを見送ってから神殿に併設された治癒院に行く。神殿内の限られた場所は、一人での移動も許されている。一般の人が入り込めないような作りになっているとのこと。

 歩いていると横に若い男が並んだ。身なりは良さそうだが…、この神殿内で働く神官ではない。服装が騎士のものに近い。

 誰だ、こいつ。歩調を緩めると同じように緩め、速めるとやはり速くなる。

 ほんと、なんだ、こいつ。

 よくわからない時は…、逃げるに限る。

 全力で走り治癒院に飛び込んだ。

「おや、フラン聖女、どうしました…」

「不審者がいます!」

「誰が不審者だっ」

「うわっ、ついてきたっ」

 ささ…とおじいちゃん医師の背中に回る。

「この人に追いかけられました」

「逃げるからだろうが」

 年配の看護師さんが『あらあら』と笑う。

「カンサス第二王子殿下もフラン聖女相手ではいつもと勝手が違うようですねぇ」

 第二王子…?

 うわぁ、めんどうくさい…。

「あからさまに嫌そうな顔をするな、失礼な奴だな」

「申し訳ございません。田舎者ゆえに貴族らしい腹芸が苦手でお世辞のひとつも言えません」

 頭を下げて謝罪する。

 早くどこかに行ってくれないかな。高貴な方とか顔を合わせるだけでも疲れるのに…、視線を床に落としていると蟻がいた。なかなかのビッグボディだ。麦より大きい。

 どこから入ったのだろうか。

 季節的に居てもおかしくはないのだが、男爵領と異なりここは蟻の餌が少なそうだ。

 頑張って生きているのかしら。そう思うと親近感がわく。私も同じ。小さな蟻だけど、頑張って生きていますとも、むしろ見た目に反してたくましいって言われるけど、何かと存在が薄くなりがちな中間子なので、タフでなければ姉妹戦争で生き残れない。

 私達姉妹は仲が良い方だと思うけど、それとこれとは別で…。

「おい」

 床の間にぬっと顔が現れ、声にならない悲鳴をあげて飛びのく。

 何、ほんと、なんなの?嫌がらせ?ちゃんと頭、下げていたのに…。

「あぁ、蟻!」

「は?」

「あ、良かった、逃げてる…。踏みつぶされることなくたくましく生きるんだよ」

 蟻さんは床の隙間に消えた。けど。

「あれ、今の、シロアリではなかったよね。シロアリだったら建物を食い荒らされる…」

 おじいちゃん医師とおばちゃん看護師が苦笑しながら言う。

「フラン聖女、ここは石造りの建物が多いので、シロアリに食われたとしても大丈夫ですよ」

「そうですよ。王宮の魔法師の皆様が魔法で補強もしておりますからね」

「おぉ、魔法ってそんな事もできるのですね」

「フラン聖女も結界術が上達すればできるようになりますよ」

「わぁ、聖女になって一番の朗報です。使いこなせるようになったら実家が崩れないように補強できますね!」

 一応男爵家としての体裁を保った屋敷だが、あちこち古くなってきている。崩れることはないとは思うが、安心安全とは言い難い。なんせ隙間から蟻…だけでなく、わりとシャレにならない虫も入り込んでくる。

 リマが悲鳴をあげて逃げた虫はムカデだった。あの子、大抵の生き物が平気なのに、何故か虫だけは駄目なのよね。

 ちなみにお風呂に入っていたら天井からナメクジが落ちてきたこともある。害虫を捕食してくれる手のひらサイズの大蜘蛛はもはや友達と言って良いだろう。

「実家の補強に貴重な聖女の力を使うな。修繕ならオレが手配してやるから」

「え、でも自分の力を使えばタダですよ?」

「聖女の力を少しは出し惜しみしろ。ありがたみが薄れるだろう」

「大丈夫ですよ、三人いますから。三人居る時点でありがたみが薄れているような…」

「見た目は可愛らしいのに、中身が残念過ぎるな…」

「田舎育ちですから」

 手のひらサイズの蜘蛛が肩に乗るような環境にいると、図太くなるって、絶対。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ