ジャックとルーク
ーー盗族の基地、2階、廊下ーー
盗族団員らしき男が太ももから血を流し、うずくまっている。
その団員に銃口を向ける者がいた。
背中にライフルほどの大きさの銃を2丁さし、腰にも銃を携えている。
この銃男の名はジャックと言う。
「ここのボスの部屋はどこだ」
「ーー侵入者にボスの居所を教えると思うか?」
団員は荒い呼吸をしながら、そう答えた。
「別に、テメェらのボスを殺そうって訳じゃねぇんだ。ちょっと探し物しにきただけなんだよ。だから、な?」
ジャックはそう言いながら、銃口を団員の額に押し当てる。
しかし、団員は固く口を閉じ、居場所を吐く様子はなかった。
諦めたように小さくため息をつくと、ジャックは銃の柄で団員の頭を殴り、気絶させた。
「困ったなあ、迷っちまった。あの時もっと詳しく場所聞いとくんだった」
どうしたものかと悩んでいたジャックのそばで、緩やかに空気が揺らいだ。
窓の開いていない廊下で、不自然な風を感じたジャックは辺りを警戒するように見回した。
そして背後を確認したとき、見知らぬ女がそこにはいた。
「……!!?」
バッと女から距離を取り、銃を構える。
女は、そんなジャックを意にも介さず、自分の手に持った銃を興味津々で観察していた。
「んにゃ? 見たことない種類の銃だ。面白い!」
「そ、その銃……!」
ジャックは女が持つ銃を見て、慌てて自分の腰のホルスターを確認するが、先刻まであったはずの物がなくなっていた。
「勝手に取ってんじゃねぇ! 返せ!」
ーーパキューン
女の足元に威嚇するように弾を撃ち込む。
しかし、女は全く動じない。ただニコニコとジャックに微笑みかけている。
ジャックの額に冷や汗が伝う。
(こいつ、今まで会った奴の中で、1番ヤバイ……)
本能的にわかる、というのはこういうことを指すのだろう。
全身のあらゆる器官が女から離れろと訴えている。
(でも、ルークを見捨てる訳には……!)
ジャックは銃を女に向けたままどうすべきか悩んでいた。
「……?」
ジャックは自分の目を疑った。
銃を向けていた女がいなくなっている。
まばたきをしただけだ。目を逸らした訳ではない。
ほんの一瞬、まばたきする間に女が消えたのだ。
(どこに行った……!? 何が起きたんだ……!?)
カチャリ、と後頭部に何かが押し当てられた。
「にゃは! じっとしてね……」
背後から女の声。
銃口を突きつけられたジャックは、虚空に銃を向けたまま、身動きが取れなくなってしまっていた。
心臓が耳元で脈打っているかのようにうるさい。
強い力で押しつけられている訳ではないのに、背後から有無を言わさぬ圧を感じる。
僅かにでも動けば、死あるのみーー。
「バァン!」
女の声に、ジャックはビクリと身体を竦ませた。
(撃たれた……!! 死ぬ、のか……)
「にゃはは! 驚きすぎだよぉ!」
女は、銃を頭から離してそう言った。
ジャックは混乱していた。
何故か撃たれることなく、極度の緊張から急に解放されたからだ。
恐る恐る振り返って見ると、相変わらず、楽しそうにニコニコしている女がいた。
「殺す気のない脅しは怖くないんだよ? 本当に撃つ気があるかは本能がわかっちゃうんだもん。ーーアタシみたいな人種だと、特にね……」
相手がアタシじゃなかったらホントに撃たれてたよー、なんて物騒なことを女は軽い口調で言う。
まだ、心臓がうるさい。
ーー怖い……。逃げたい……。
バチンッ! とジャックは自分の両頬を叩く。
(弱気になるな! やばい奴らがいるのはわかってただろうが! 早く、アイツを探すんだ!)
女は急に頬を叩いたジャックに驚き、目をパチクリしていた。
ジャックは女に銃を向ける。
「ルークを返せ! ボスの居場所も吐け!」
震えそうになる手を支えるように両手で銃を構える。
「ルーク? ボス?」
女は意味がわからないというように首をかしげる。
「銃を、返せって言ってんだよ! いいから早くボスの居場所を言え!」
「んにゃ? この銃、“ルーク”って種類の銃なの??」
「違う! その子の名前だよ!」
女は衝撃を受けた。
この男は、銃に愛称をつけて呼んでいるのである。
「ほえ〜。ルーク、ルークねぇ〜」
「早くしろっ!」
バン、バン、バン、と女の頬や腕を狙い撃った。
しかし、女は焦る様子もなく、軽やかによける。
(当てるつもりで撃ったのに……! 1発も当たんねぇ! クソッ、どうしたらいいんだ……!)
「うーん、あんまり何発も撃たれると困るんだけどなぁ。居場所がバレちゃう……」
女の姿が揺らぐ。
気付くと、ジャックの目と鼻の先に女がおり、ジャックの腕を掴んでいた。
「静かにしてほしかったんだけど……、時すでに遅しだぁ……」
そう呟く女の視線の先には、こちらに向かって、のっそりのっそり走ってくるヴァイスの姿があった。
「げっ、マジかよ……!」
そして、ヴァイスと反対側ーージャックが向く方向からは、盗族たちが、わらわらとやって来ていた。
「挟まれちゃったか〜」
そう言う女の声に、顔に、悲壮感は微塵もない。
それどころか、おもちゃを与えられた子供のように無邪気な笑顔を浮かべている。
「お宝持って向こうからやって来てくれるなんて、いい人たちだなぁ。にゃはは! お宝さんがひとり、ふたり、さーんにん……」
女は悠長にやってくる盗族の数を数えている。
ジャックは焦りを顔に滲ませながら、女の手を振り払う。
「何やってんだよ! 逃げねーと、いや、でも、アイツのこと聞くために来たのに……! クソッ!!」
狼狽え、髪をくしゃくしゃに掻きむしりながら、ブツブツ言うジャック。
女は、その様子を見て、少し考え込む。
そして、ジャックの耳元で囁いた。
「一緒に逃げるよ……。ちゃんとついて来てね、侵入者くん」
ジャックは驚いたように女を見る。
ニコリと女が笑う。
次の瞬間、女が盗族に向かって走りだした。
「早く!」
(……なるようになりやがれっ!)
ジャックは女を追いかける。
「女は捕らえろとの指示だ! 男は殺してもいい」
盗族たちが剣や銃を構える。
ニコニコと笑う女の目が鋭く光った。
パン、パーンと銃声が響く。
撃ったのは、女の方だ。
放たれた弾は1発も無駄になることなく、正確に盗族たちの足や武器を持つ手に撃ち込まれていた。
ひるむ盗族たちの横を女がスルリと通っていく。
ジャックは遅れを取らないように、必死に着いていった。
「もういい……! 女も殺せ! 撃て!!」
痛みに耐えながら反撃しようとする盗族たちの手には何も握られていない。
「お、おい、剣がなくなってる……!?」
「俺の銃もねぇぞ!?」
パニックになっている盗族たちを尻目に、2人は走った。
(この女、あえて急所を外して撃ってやがった……。あれだけの精度があれば、全員仕留めれたはずなのに。ーーよくわかんねぇ奴だな)
前を駆ける女は味方なのだろうか。
盗族団の一員ではなさそうだが、それだけで味方だとするのは早計だろう。
ジャックは銃をギュッと握り、警戒心を高める。
しかし、この女のおかげでピンチを切り抜けられたのも事実。
(様子見、だな)
突如現れた女。
この女との出会いはジャックにとって、吉となるのか、凶となるのかーー。