ここは書斎
「全然!! 見つかんない!!」
モナは部屋の扉を開くと落胆したように言った。
部屋の中は古びた本の匂いで満たされていた。
モナはトボトボと部屋の奥へと進んでいく。
そして、んにゃー! と小声で叫び、埃っぽい絨毯の上にへたり込んだ。
(絶対どこかにはあるはずなのに……)
すでにいくつもの部屋を渡り歩いているが、目的の部屋に辿りつけず、意気消沈していた。
「ふぐもごごふがーー!!」
カバンの中からくぐもった怒りの声が聞こえた。
それに気づいたモナは、慌ててカバンを開ける。
「もういいよ、ねずみさん」
カバンが開くや否やメルンが飛び出す。
そして押し殺していた不安や恐怖を怒りに変えて爆発させる。
「おま、おまえ! 忘れてただろ! 何も説明せずに! こんなとこに押し込んだくせに!」
少し目を潤ませながら言いきったメルンは、ハアハアと肩で息をしながらモナを睨んでいた。
「んにゃははは、忘れてたわけじゃ、ないよ?? 別の用があったから、後回しにしちゃっただけで……」
モナはバツが悪そうに目を逸らす。
「後回しにするな!」
「にゃはは……。ご、ごめん」
モナは相変わらず目を合わせずに言った。
「一応、まだ敵陣の中だから、声小さくしてほしいかも……」
モナがおずおずと言う。
メルンは驚いたように目を丸く見開いた。
「まだ盗族の基地なのか!?」
メルンが小声で絶望を露わにした。
この世の終わりだと言わんばかりに縮こまり、震えるメルンの方を見たモナは違和感を感じ、メルンの頭を触る。
「なんだよっ、やめろぅ」
メルンは迷惑そうにモナの手を払った。
「耳はどこいっちゃったの? ーーあれ? 尻尾もない!」
「変化を解いただけだよ。ネズミ族、初めて見たわけじゃないだろ」
常識だろ、というテンションでメルンが言った。
モナは首を傾げる。
「ねずみぞくぅ???」
そんなモナの様子を見て、メルンは信じられないというように口をあんぐりと開く。
「……知らないのか?? なんで??」
「うっ、ご、ごめんなさい……?」
「まあ、いいや。よく見てなよ」
そう言うと、メルンはひょいとカバンから飛び降りーーねずみの姿で着地した。
「これが“ネズミけい”だチュー。そしてーー」
メルンは四足でモナの周りをグルグル駆ける。
モナは好奇心に溢れた目でその様子を眺めていた。
何周か駆け回ると、モナの目の前でピタリと止まる。
そこには、二足でふんぞり返りながら立つ、耳と尻尾を生やしたメルンがいた。
「これが“ヒトネズミ型”だチュー。ふふーん。どうだ、すごいだろぉ!」
モナは目を輝かせ、パチパチと拍手する。
「おお〜〜。すごいっ! ……毛はずっと金色なんだ」
不思議だなぁ、と髪の毛に触ろうとする。
メルンは慌てて避ける。
「だから、触るなって」
メルンはそう言うと、むすっとした顔であぐらをかいて座った。
しゅん、と元気をなくすモナ。
「……ごめん、なさい……」
メルンは耳をひくつかせると、何かを感じ取ったように体を強張らせる。
強張る体を悟らせまいとするように、元気よく立ち上がり、大袈裟にお尻をはたいた。
そして、耳としっぽの変化を解きながらモナのカバンによじ登る。
「オレの名前はメルンだ。まあ、ここから脱出するまでの間、よろしくな」
そう言って、モナのカバンに潜り込むと、自分でカバンのフタをぱたんと閉じた。
モナはその様子を見て、嬉しそうに、にひっと笑った。
「アタシはモナ。よろしくね」
(うへぇ、文字ばっかりだ)
モナは本棚から適当に取り出した本を開いて、ゲンナリしていた。
パラパラとめくるページ全てに細かい字でびっしりと何かが書かれていた。
(絵本とか漫画とかないのかなぁ)
手に取った本を戻しながら、背表紙をざっと眺める。
どれも厚い荘厳な作りをしており、とても漫画がありそうな雰囲気ではなかった。
モナは扉の方へ目をやる。
(まだ廊下に誰かいるなあ。早く武器置いてる部屋見つけたいのに……)
暇を潰せそうな本がないとみると、本棚から離れ窓から外の様子を伺う。
ひたすらに木々が茂っている。
この建物は人の住む町の中にあるわけではなさそうだった。
しばらく風で揺れる木や空を舞う鳥を観察していたが、それにも飽きたモナはくるりと向きを変えると、近くの椅子に座った。
そして、スルリと袖から短剣を取り出した。
ここに来る前に小柄の男ーーマルプチーが持っていた短剣である。
短剣を投げ遊びながらぼんやりと考え込む。
(短剣貰っといてよかったなあ。これなかったら、縄抜け面倒くさかったし。でもやっぱり、銃がほしいなあ)
ふと、短剣に何か刻まれていることに気づき、投げ遊ぶ手を止め、見てみる。
「……靴のマーク?」
ハイヒールの靴のような模様だった。
なぜ短剣にこんな模様が刻まれているのか、と首を傾げる。
「ねえ、メルン」
モナはペロリとカバンのフタをめくると、メルンに短剣を見せた。
「この模様、なんの意味があるか知ってる?」
靴のマークを指差しながら言った。
メルンは迷惑そうに顔をしかめる。
「ルイズ家の紋章だろ。それも知らないのか??」
「う、うん。初めて見た……です」
「ルイズ家はこの3区を治める貴族だよ」
“貴族”という単語を聞いて、モナは想像する。
くるりと上向きに巻かれた髭。
クルクルに巻いた髪を何段も積んだ髪型。
そしてフリルの多い服を着て、杖を持つ男。
モナは頭を振って浮かんだ人物像を振り払った。
さすがに、このご時世に、そんなコテコテの貴族はいないはずである。
王様がいるような国に来てしまった、きっとそういうことに違いない。
「なんでそんなの持ってんだ?」
「ふっふっふー。盗った」
ピースサインを掲げ、得意げに胸を張るモナ。
メルンは目を見開き、驚き顔のまま静止する。
それを見て、モナは変な顔だーなんて言いながら大笑いする。
数秒して、メルンの顔がスンと真顔に戻る。
メルンは深く考えるのをやめた。
「とにかく、一刻も早くここから脱出して、オレを解放してくれ。あと、話しかけるな。いいな」
そう言って、カバンのフタを掴むと、ピシャリと閉じてしまった。
「アタシのカバンに居候してる癖に偉そうすぎる〜。このこの」
不満有り気に口を尖らせながら、モナはカバンをつつく。
しかしカバンからは何の反応も返ってこない。
「仕方ない、脱出方法考えるか」
よっ、と椅子から立ち上がったその時ーー。
パァン
扉のすぐ外で銃声が鳴り響いた。
ニヤリと笑みをこぼすモナ。
「武器探す手間が省けた……!」