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はじまり


 下弦の月が街を照らす月夜。

 高層ビル群の屋上でカラスが街を見下ろしている。




 月明かりをかき消すように看板や残業の賜物の窓明りが煌々と輝き、米粒より小さな人々が(せわ)しくうごめいている。

 街角の大きなモニターでは化粧品や番組の宣伝動画が流れている。


「ニュースをお伝えします」


 広告を垂れ流していたモニターに女性アナウンサーが映し出された。

 はっきりと心地よい発音でアナウンサーが手に持ったニュース原稿を読み上げる。


「昨晩未明、〇〇株式会社社長の××が窃盗の被害に遭っていたことが当局の調べにより明らかになりましたーー」


 街を行き交う人々はあまり関心がないようで、モニターを見ている者はほとんどいなかった。


「ーー被害者宅には、犯人のものと思われるカードが残されており、カードには招き猫の絵とともに『今宵も金がよく回る』と書かれていたということです。警察は過去にも同様の窃盗事件があることから、同一犯の犯行とみて捜査を続けています。……次のニュースです」


 アナウンサーは水路に落ちた子猫が救助されたこと、とある企業の経営者が脱税していたことを伝えると、ニュースの終わりを告げ、深々と頭を下げた。

 そして、またモニターにはモデルが化粧品の宣伝をしている映像が流れ始めるのだった。




 カラスはしばらく街の様子を眺めていたが、ひと鳴きすると飛び上がり、風に乗って進み始めた。

 日常が流れゆく街を越えて木々の生い茂る山の方へ向かっていく。




 月明かりを吸い込み黒くたたずむ山の麓。木々に隠れるように木造の小屋がある。


 その小屋の、ある部屋。床には本や紙が散乱し、壁にはクナイや手裏剣のような武器、拳銃、剣から刀、クモの糸ほどのヒモから太い麻縄まで、様々なものが吊るしてある。


 そんな物置のような部屋のたった1つの窓から月明かりが差し込んでいる。


 月明かりに照らされ机の前に立つ女が1人。

 髪を低い位置で2つにくくり、室内だというのに肩から大きなカバンをかけている。


 そんな女が向き合う机の上には乱雑に紙や本が積み上げられており、そこに木箱が1つ置いてある。


 仲間外れのように違和感を放ち机上に存在する木箱の蓋に女が手をかけた。

 ふーっと息を吐き、そして意を決したように箱の蓋をあけた。

 その中には、黒いモヤのようなものが渦巻いているガラス玉が1つ入っているだけだった。


「こんなので、本当におねえを……?」


 女はそう呟き、訝しげにモヤの渦巻く玉を眺めていた。

 しばらく玉に触れることなく観察していたが、何かを察知したようにハッと顔をあげ、ふり返り、ドアをじっと見つめる。ドアを見つめたまま後ろ手に箱ごと玉を手にした。


 荒々しい足音が聞こえる。だんだんと足音が大きくなっている。

 女はゴクリと喉を鳴らした。


 足音がドアの前で止まる。


 刹那。

 

 ドガンと大きな音を立ててドアが木っ端微塵に吹き飛んだ。

 女は風圧と破片から顔を守るように左手をかざす。


「モナァ!!!!! こんな所で何をやっている!?」


 足音の主らしい荒々しい怒鳴り声。

 粉塵が収まり、部屋の入り口に立つ人物の姿が月明かりに照らされる。

 筋肉隆々の体躯。左肩から胸にかけての大きな傷跡が月明かりで白く浮かび上がっている。


「……なんだ、おじいか。あんまりにも野蛮だから、猪でも突っ込んできたのかと思っちゃった……」


 モナと呼ばれた女は、男ーーおじいに見つからないように背後に隠している箱をギュッと握る。


「俺の部屋になんの用があって入った……。この俺から、なんか盗ろうってんならーーわかってんだろぉな、モナァ!!」


 声で空気が震える。モナは少し顔をしかめながら言った。


「盗る……? アタシごときが、おじいからなんて、毛の1本すら盗めると思ってないよ」

「フン、ならなんでここに……」

「でも! 壊すくらいなら、できる!!」

「おま、まさかっ……!!」


 モナは後ろに隠していた箱を前に持ってくると、右手を振り上げた。

 おじいが凄まじい剣幕でモナに飛び寄る。しかし、おじいの手が届くよりも早く、モナは黒く渦巻く玉を叩き割った。

 ぶわっと黒い渦が膨れ上がり、ブラックホールのごとくモナを吸い込む。


「モナァ!!!!!」


 モナはおじいを見つめ、ニヤリと笑う。


「還暦のおじいちゃんは、ここで待ってて」


 吸い込まれゆく中、スローモーションのように近づいてくるおじいを、ただぼんやりと目に捉えていた。

 はるか彼方から響くように、微かにおじいの声がモナの頭にこだまする。


「……ねず……れ……! ねずみを……頼れ……!」


 薄れてゆく意識の中、おじいの言葉に笑いが込み上げてくる。


「にゃは……、()との別れの言葉が、ねずみだって……にゃはは……」


 そう笑うモナの脳裏から、最後に見たおじいの表情が離れない。

 激しい怒りーーそして不安そうな心配そうな顔。


「ごめん、おじい……。もう一度、おねえに会いたいんだ……」


 そう呟き、首から下げたリングをギュッと握りしめる。そして、モナの意識は完全に漆黒の中へと溶け込んでいってしまったのだった……。



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