表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/54

死刑3-06 夜明け

 やっぱり、私たちは親友ですねえ。

 私はずっと計画を悟られないように、サーシャさまを避けていました。そのあいだはずっと、つらい思いをなさっていたはずです。

 それでも彼女とは少しのおしゃべりであっさりと仲直りが出来ちゃいました。

 ところが、サーシャさまは「晩にもお城を発つ」とおっしゃっていて、私は慌てました。

 なんとか我がままを言って、一晩だけ引き延ばしてもらうことに成功しました。


 そのさい、私があんまり騒ぐものだから、サーシャさまに口を塞がれてしまいました……。へへ。

 これは浮気かな? セルゲイにはハグ以上は駄目なんて言ったけど、女の子どうしなのでセーフです。それとやっぱり、彼へもニーナの件の仕返しということで。


 計画が失敗したらきっと、もう会えなくなります。

 私とサーシャさまは最後の夜を楽しみました。

 お風呂は怪我人の治療のために開放してしまっていたので、ふたりでのんびりとパジャマトークです。

 本当はアキムとセルゲイのお話をしたかったのですが、これは生き延びてからのお楽しみに取っておきましょう。

 私たちはベッドの中で獣の子供がするようにじゃれあい、互いを暖め合いました。


「グレーテ、あなたにはちゃんと話しておかないと。私……死刑姫サーシャはきっと、革命達成の象徴として処刑されてしまうと思います。いっしょに眠るのも、これできっと最後になってしまうでしょう」

「……いやです。どうしても行ってしまうのですか?」

「行かなければ、国民への示しがつきません。私さえ死ねば、他の臣下はみんな赦されるでしょう」

「私はサーシャさまの命のほうが大切ですよう」

「あなたが私を大切に思ってるように、私もあなたや国民みんなのことを大切に思っているのです。戦いが長引けば長引くほど、誰しもが疲れてしまいます。早ければ早いほうが良いのです」

「サーシャさま、酷いですよう。私と他の人はみんな、同じですか?」

 拗ねてみせたり。

「ふふ、ごめんなさい。いちばんの友達でしたね。だから今もこうして、特別にしてるでしょう?」

 おでこを引っ付けられます。良い匂い。

「足りません。もっともっと、いっしょに色んなことがしたかった」

「そうね。わたくしも、もっと色々としておけばよかったと思うわ。またお城を抜け出したり、何ならみんなを連れて旅行に行ったり。お父様とも、公務でなくプライベートでもっと……」

 鼻をすする音。サーシャさまは泣いているようです。私は黙って彼女の頭を抱いてやります。


「最後に一つ頼みがあります」

 サーシャさまが言いました。


「最後なんて言わないでください」

「わたくしの机の引き出しの中に、日記帳があります。いちばん新しい物にはここ数年のソソンの変化や、わたくしの想いや信条などを書き記してあります。それを、どこかよその国を通して世界に公表して欲しいのです」

「サーシャさまの日記……。分かりました」


 分かりましたなんて、嘘っぱちです。

 サーシャさまはご自身の手で日記を公表するか、その口で語らなければなりません。


「グレーテ。あなたは暖かいわね。あなただけじゃなくて、みんなにこうして貰いたかったわ。スヴェトラーナやニコライ、それにお父様にも……」

 私はほかの人たちのぶんまで気持ちを込めて、サーシャさまのさらさらの髪の毛を撫でました。


 それからしばらくして寝息。ようやく寝入ってくれたようです。

 私はテーブルの上のワイングラスに向かって溜め息をつきました。やっぱりアキムの仕事は雑です。早く、みんなのところへ行かないと。


「では行ってきます、サーシャさま。愛してますよ……」

 額にキッスをしてベッドから抜け出します。いちおう、彼女が心配しないように日記は持ち出しておきます。



 毛皮に着替えて、メイドと思われないように変装。すでに他のメイドたちは準備が済んでいるはずです。

 これでこのメイド服ともお別れだと思うと、とても寂しく思います。でも、またいつか着れる日がくると信じて……!


「セル……レオニート! 遅れてごめん。サーシャさまを寝かしつけるのに時間がかかっちゃった。朝、ちゃんと起きれるかなあ」

「そっちは任せておけ。だけど、問題が発生した。ニコライ将軍とロジオンが……」

 会議室にはセルゲイと衛兵さんが数名だけです。衛兵さんは泣いていました。床にはズダ袋があります。それは赤く濡れていました。


「ふたりとも、死んじゃったの?」

「残念ながらニコライ将軍はお亡くなりになった。ロジオンのほうは行方不明だ。亡命の手筈は整ってるから、あいつはもう居なくても構わないといえば構わないが……。CHSは今すぐにでも城と王女を引き渡せと言ってきている」

 お髭の将軍さん。厳しくて、怒るとときどき周りが見えなくなることもある人だったけれど、彼もまたサーシャさまをとても大切に想っていた人のひとりです。


「どうしよう。サーシャさまは今寝入ったばかりだよ。たぶん、ワインのお薬も少し効いてると思う」

「そうか。深夜に引き渡してしまうと彼女を連れだすチャンスがない。今はまだ多くの国民は家に隠れて、テロリストどもが徘徊している」

「みんなを逃がしたルートは使えないの?」

「実は早い段階でバレてるんだ。逃げられたのは役職のない職員やメイドだけだ。大臣や副大臣はほとんど捕まってしまったらしい」

 セルゲイは首を振りました。

「そんな!」

「もっと早く準備ができれば良かったんだが」

「私がセルゲイのことに気付くのが遅かったから……」

「そういう話はするな。塗り替えたい過去なんていくらでもあるだろう? 今と未来のことだけを考えよう」

 セルゲイは眼鏡もないのに眉間に手をやりました。


「そうです。若者のため、未来のソソンのため、王女陛下のため」

 会議室に女性が入って来ました。

 長い髪の切れ目の美人さん。毛皮をまとったスヴェトラーナさんです。彼女はメイドたちを脱出させるために変装をしていました。

 普段の、頭のてっぺんの大きなおだんご髪と、三角眼鏡はお留守です。


「レオニート。私が今からCHSのところへ行き、なんとか明日の朝まで時間を引き延ばさせます」

「どうやって? 将軍でも失敗したのに」

「彼のことです、どうせ強硬な態度で交渉したのでしょう。……国民に王女の処刑を告知し、王女陛下に自ら群衆の中を歩かせ、壇上にのぼらせる提案をしましょう。王女の処刑は象徴的なものです。形式ばったものであればあるほど良い。私が王室儀礼なども持ち出して語れば、連中も条件を飲むかもしれません」

 スヴェトラーナさんは懐から眼鏡を取り出して掛けました。それから髪を結い始めます。

「なるほど……。でもそれじゃ、あなたが」

 セルゲイが唸ります。

「そうだよ! 殺されちゃうよ! ニコライさんみたいに……」

 ズダ袋は床に赤い池を作っています。


「グレーテ、あなたは本当に優しい子。私にも、最後くらいは格好をつけさせてください」

 そう言ってスヴェトラーナさんは私をハグしました。

「あなたを選んで正解だった。私の仕事の中でもいちばんの自慢……。あなたに私の、私たち給仕室の矜持(プライド)であるサーシャ王女を託します。メイドたちにはエンマをつけてあります。彼女をメイド長として従うように言ってあります」

「スヴェトラーナさん……」

「もうひとつ、あなたに言付けがあります」

「伝言? 誰からですか?」

「ナージャからです。短いあいだだったけど楽しかった、裏切者になってしまってごめんなさいと言っていました」

「裏切者?」

「彼女の恋人のアリスタルフはご両親と同様にテロリストに協力していたようです。あなたには告げていませんでしたが、ナージャはソソンの拒絶に収容されていました。アリスタルフも西の戦いで亡くなったそうです」

「そんな……」

「ですが、ナージャは今回の計画に協力してくれると。お城への恩義を返すチャンスだと言っていました。刑務所長も当然、私たちの味方ですから、便宜を図ってもらいました」


 ナージャ。あの子も静かに悩んでいた。また会えるかな……。


「では、私は少しお城を見て回ってから、正門より発ちます。その隙に城内の者を退去させてください。グレーテ、あなたも急いで集合場所へ向かいなさい」

「はい……。スヴェトラーナさん、お元気で」

 メイド長は会議室を出て行きました。


 きっと、きっとこれでお別れです。



 ……ありがとうございました。お世話になりました。さようなら。



 続いて私もお城を抜け出します。

 秘密の脱出路は水路を使ったもので、暖かな水脈だとはいえ、足元がべちゃべちゃ。脱出後はほとんど拷問になりそうでした。


「止まれ!」


 男性の声。まずい雰囲気。CHSの人かな……。ふたつの影がランタンを持ってこちらに近付いてきます。


 私はその人物たちの正体に、度肝を抜かれました。


「お父さん、お母さん……どうしてここに?」

「いつかおまえが出てくるんじゃないかと思ってな。CHSのかたがたには話をつけている。死刑姫の友人だったおまえを見逃してもらうのに、ずいぶんと苦労をしたぞ」

 お父さんが言いました。

「友人だった、じゃない。サーシャさまとは今も友達。私、何も頼んでないんだけど。今さらになって、助け出しに来たってこと?」

「馬鹿な死刑姫のことは忘れなさい。おまえは私たちと新しいソソンで生きるの。ソソンの夜明けですよ」

 お母さんは微笑んでいます。

「ソソンの夜明けはこんなんじゃない! ふたりはサーシャさまがどれだけ苦労してきたか知らないから、そんなことが言えるんだよ!」


「はは。まったく、毒されている」

 お父さんは肩をすくめて眉を上げます。どこか馬鹿にしたような笑い!


「だからお父さんの言うとおり、お城勤めなんてやめておけば良かったのに……」

 お母さんも呆れ顔になりました。


「大人しく結婚していれば良かったのだ。さんざん私たちに逆らいおって。だが、水に流してやろう。私が紹介した商人を覚えているか? この任務は、彼が便宜を図ってくれたんだ。革命が終わったら、彼と結婚しなさい」

「やだよ。一回会っただけじゃん。顔も覚えてない。私にはちゃんと好きな人がいる!」

「おまえの意見などは聞いていない。どうせ、王室派の愚かな職員か何かだろう」

「違う。私が好きなのはセルゲイよ」

「セルゲイ? おまえを襲ったとか言う、あの医者の?」

 お父さんは首を傾げました。

「違ったの。犯人はセルゲイじゃなかったの。別の人だった。私はあの人を愛してるよ」

「なんだか分からないけど、それだったらやっぱりお父さんの言うとおり、医者の彼と結婚しておけば良かったじゃないの」

 お母さんが追従します。

「ともかく、今はもう話がついているんだ。おまえの夫は世界を股に掛ける立派な商人になるぞ。愛せないのならメイドのように仕えなさい。それなら、おまえが城に行っていた時間も無駄にならないだろう」


 本当にいやな人たち。


「勝手に決めないで! 私はあなたたちの所有物じゃない! お仕えする人ならちゃんといる。アレクサンドラ・ルキーニシュナ・アシカーギャ王女陛下が私のたった一人の君主です!」


「なんてことを! グレーテ、お父さんに謝りなさい!」

 お母さんが声を荒げます。


「おまえのためを想って言ってるんだがな。それにどうせ、あの死刑姫は君主ではなくなるぞ」

「そうかもしれない。だけど、王女じゃなくなったって、サーシャさまはたった一人のサーシャさまなんだよ。私の大事な友達なんだ。私が選んだんだよ。サーシャさまも、セルゲイも、ニーナもアキムもお城で仲良くなった人たちもみんな! でも、あなたたちは私が選んだんじゃない!!」

「またその話か。子供のようなことを言うな! 私たちは親子だぞ? 血の絆からは永久に逃げられん。だがもちろん、おまえを愛している。便宜を図ってもらうために、私たちがどれだけ苦労をしたと思ってるんだ!」

「そうよ。この寒い中、脱走者のチェックもさせられて」


 脱走者のチェック? そういえば任務がどうって……。


「ひょっとして、あんたたち、お城の人たちを密告したの!?」

 お城からの脱出は、上手くいった人と捕まった人がいる。つまりはこの二人が密告してたんだ。


「親に向かってあんたとはなんだ。大したことじゃないだろう。王室派はどうせみんな殺されるんだ。そもそも、おまえがこれまで捕まらなかったのは、私たちのおかげなんだぞ。私たちはおまえのためを想って……」

「どうしてなの!? どうしてお父さんとお母さんはいつも、私のことを勝手に決めようとするの!? お城の人たちだってみんな家族がいたんだよ! 捕まったり殺されたりなんかしたくなかったのに!」

 思わず叫びました。


「ひとのことなどどうでも良いでしょう。あなたは他人の面倒をみれるだけの器量もないのに。私たちだってあなただけで手一杯。恥ずかしい噂だって流れてるのよ。王女と友達になれても、メイドの仕事のほうは失敗だらけだって」

 お母さんが続けます。

「ねえ、グレーテ。お城に務めていい加減分ったでしょう? あなたは駄目な子なのよ。私たちが居ないと駄目なの。言うとおりにしなさい。人並みに幸せにしてあげるから」


「そうだぞ、グレーテ。私たちはおまえを愛しているんだ」

「愛しているのよ」


 これが私の、お父さんとお母さん。

 私のことをずっとずっと縛り付けていた人たち。


「押し付けるな!」



 これもきっと、愛なんでしょう。



「何をするグレーテ!」

「なんて子! 親をぶつなんて!」



 うん、それからこの私のげんこつもラブだよ!



「……あんたたちのところには戻らない! 私は、自分が選んだもののために生きる。たとえその先が地獄だったとしても、いっしょに手を握り合える人たちとなら構わない!」


 私は睨みつけました。お父さんは座り込んでいます。お母さんはそれに寄り添っています。


「さようなら。おとうさん、おかあさん。ヤ、リュブリュー(愛していました)


 私は振り向き、走り出しました。

 とおく、空が白み始めているのが見えます。


 夜明け。


 ソソンの夜明け? これで終わりになんてさせない。本当の私の人生は、今日から始まるのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ