表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/54

死刑3-05 最後の悪だくみ

 大丈夫、大丈夫!

 ニーナには全部言えた。だからあの人にも言えるはず。誰かに決めてもらったことじゃない、私が自分で決めたこと。

 でもこれでもし、レオニートがセルゲイじゃなかったらどうしましょうかねえ? ……笑うしかないか!


 ということで、レオニートを呼び出しました。

 「サーシャさまに聞かせたくないお話」という文言だけで簡単に引っ張り出すことに成功。思いのほかちょろいですねえ?


「ユーリエヴナ、王女陛下のお耳に入れたくない話とは何だ?」

 呼び出した場所はお城の倉庫です。古くなったり、使われなくなった物がしまってあります。

 狭くてうす暗いところでふたりきりというのは、少々厳しいものがあります。

「えっとですね……」

 呼び出したものの、実は心の準備もまだ万端では無かったりします。時間に余裕があったら逃げてたかもしれないので、結果オーライです。

「どうした? もしかして、西へ戦闘にでたニコライ将軍が?」

「そうではなくてですねえ……」

 まったく。いつもならストレートに切り出すのは得意だけど、こればっかりはちょっと“ずる”をするしかないみたい。


「セルゲイ、眼鏡ズレてるよ」


「なっ!? ……セルゲイ? 誰のことだ?」

 なんて言いながらも彼は眉間に手をやりました。私にはこれで充分です。


「“レオニート”は眼鏡を掛けてないでしょ? 何で今直そうとしたの?」

 恐怖や心配はどこへやら。私は思わずにやけてしまいます。これはもう白状したも同然でしょう。逆に彼の内心はものすごいことになってると思うけど。

「条件反射だ。言われたからつい手が伸びただけだ」

「悪くないのに謝っちゃったりね。私もそう。セルゲイ、あなたは悪くなかったんだね」


「……何の話だ」

 やっぱり、すぐには認めてくれないようです。


「私を襲ったの、本当はセルゲイじゃなくてアキムでしょ? でも、私が騒いじゃったから逃げなくちゃいけなくなったんだよね? それで人前に出られなくなったけど、まだやらなきゃいけないことがあって、別人に成りすましてお城に来たんだよね?」

「……」

 “レオニート”は返事をしません。相変わらずの無表情。目を逸らして蜘蛛の巣の張ったお鍋なんて眺めています。

「セルゲイ、ごめんね。本当にごめんなさい」

 赦してくれるでしょうか?


「……何の話か分からない。セルゲイとやらに会えばそう伝えれば良いのか?」

「駄目だよ! そうやってまた逃げようとしちゃ。私以外は誰もセルゲイのことを見つけようとはしてないよ。探させないようにお願いしてあるし平気だよ」

 “レオニート”はまた沈黙です。そうだ、それでも認められない理由があるんだった。

「もう一つ、謝らなきゃいけないことがあるの。日記と贈り物のハンドクリーム。勝手に持ち出しちゃった」


「なっ!? あれはキミが持って行ったのか!」

 彼……セルゲイは後ずさりました。残念、そっちは壁です。

「ごめんなさい。日記も全部読んじゃった」

「なんてこった。てっきり証拠品として持っていかれたのかと思っていた」

 セルゲイの目の色が変わりました。恐がっています。私のことを……。

「大丈夫だよ。あなたのやったことを告発したりもしないし、それで軽蔑したりもしないよ」


 私は彼に向かって両腕を伸ばしました。


「戻って来て。大丈夫だよ、大丈夫」

「キミが大丈夫でも、あれを読んだのなら僕にはその資格がないことは分かってるだろう?」

「そうだよ。資格なんてないんだよ。そんなものなんかなくったって、飛び込んできても良いんだよ」

 サーシャさまだってそう言ってましたし、あのとき私はちゃんと飛び込めました。


「駄目だ。今さら。僕はもうセルゲイじゃないんだ」

 彼は力無くがらくたの上に腰をおろしました。

「私は抱きしめに行ってあげないよ」

「そうか。そうしてくれ」

 セルゲイはうなだれてしまいました。

「セルゲイ、生きてる限りは“今さら”なんてないんだよ。お父さんの言葉を思い出して」

「あの人の言葉……」


「人は……」

「人は……」


「「人は、誰かに手を握られながら死ねるように生きなければならない」」


 強い強い抱擁。

 セルゲイとは長い付き合いですが、こんな風に抱き合ったのは初めてです。でも、これはたしかにセルゲイです。


「ごめん。本当にごめんグレーテ」

「やっと呼んで貰えた。ス、プリエーズダム。おかえり、セルゲイ」

 お互いに情けない鼻声です。

「帰ってもいいのか? 僕は本物の人殺しなんだぞ」

「いいよ。どんな人でも、顔が変わっても、セルゲイはセルゲイだよ」

「日記に書いてるぶんだけじゃない。本物のレオニートを斬ったんだ。ゲルトの手先だったんだ。本当ならそっちが城へ来るはずだった。ただ殺すだけじゃ、代わりが送られるだけだし、なによりキミと同じ城に居ることが自分への罰だと思ったんだ」

「じゃあ、しょうがないよ。私たちのためだったんだよね」

「だけど、キミが王女陛下の仕事にまで付き添ってるのは予想外だった。さすがに肝が潰れた」

「バレバレだったよ。眼鏡をいじる癖があったし、怒ったときの声が誤魔化せてなかったよ。すぐに分かったんだから!」

 バレバレは流石に嘘ですけど。でもたまには、彼に勝ちたいときもあるんです。

「それなら僕が不甲斐ないことも分かってるだろう? どうやらキミたちを護り切れそうもない。ときどき商会側の人間とやりとりをしていたんだが、城にとって有益な情報はほとんど得られなかった。いつか内戦が始まるとは思っていたが、CHSは止められそうもない。連中は外国から武器の支援を受けてる」

「うん……」

「このままじゃ、全員殺されてしまうだろう。サーシャ王女は恐らく、ルカの語らいで処刑されてしまう」

「そうだね。サーシャさまも気付いてるみたい。それでもまだ国のみんなのことを何とかしようとしてるけど」

「難しいだろうな。戦闘の音がここまで聞こえるようになってる。鎮圧に出た将軍たちが押し返されてるんだ」

「西の人たちはどうなっちゃったんだろう」

「分からない。だけど、連中も無闇に殺すようなことはしないはずだ。民あっての革命だし、商売だ。だが、戦いが長引けばそのぶん被害が増える。王女もそれは理解していらっしゃるはずだ。近いうちにソソンは崩壊するだろう」

 やっぱり、セルゲイからみてもこの国はもうおしまいのようです。


「あのね、ニーナにも私を襲ったのがアキムだったってことと、セルゲイがお城に居るってことは教えたよ。処刑人とか患者さんの話はしてないよ」

「良かった、ありがとう。彼女のことも少し気になってたんだ。……つまりは、あの話も?」

 あの話。ニーナがセルゲイを盗った話だ。

「うん、怒っといた。セルゲイもそこは断らなきゃ駄目だよ!」

「ごめん。それがなければ、アキムがキミを襲うことも……」

「そういう次元の話じゃありません! 馬鹿!」

 いやはや焼きもちのお話でございます。

「ご、ごめん……」

「もう、その話はもういいよ。赦してあげる」

 ハグを強くしてあげます。ずっと抱き合いっぱなしです。

 セルゲイからの抱擁はもどんどん強くなります。そろそろどこかが、ぽっきりと折れそうです。

「できたら、アキムとも仲直りがしたかったな」

「そうだな、謝らせてやりたかった。だけど、捕まって処刑されてしまった。アイツが死んだことで、もう冤罪から逃げられないと思った。覚悟を決めて来たはずなのに、心のどこかでは疑いが晴れることを期待してたんだ。でも、キミと本当にお別れになってしまったって」

「私はアキムの顔を見たときに、あなたが怒ってたのに気付いたよ。それで、確信したの」

「そうだったか。本当に勝手なヤツだったな。独りで突っ走って、みんなを置いてけぼりにして、勝手に逝っちまって」

「うん。でも、最後にニーナとセルゲイと仲直りできて良かった。あとはサーシャさまと……」


「最後なんて言うな」

 身体が突き放されました。彼はちょっと怒ってるみたいです。


「でも、もうこの国は……」

「おしまいだろう。だけど、キミたちを死なせるつもりはない」

「どうするの? 逃げ場なんてないよ。それにサーシャさまは絶対に逃げないよ」

「アキムがニーナによく言ってたろう。外の世界に連れ出してやるって」

「亡命するってこと?」

「王女の本意にはそぐわないかもしれないが、それしか手はない。ダブルスパイをしてるのは僕だけじゃないんだ。その伝手を使えば亡命の手配もできるはずだ。たぶん、あいつは喜んで協力するだろう」

「誰?」

「ロジオン巡検大臣だ。日記に書いてなかったか? あいつはサーシャ王女が困ってるところを見るのが好きだからな。この前は喜びのあまり宙返りをしていたほどだ」

「大臣さんと副将軍だっけ? 書いてあった気がする。あの辺は難しくてよく分かんなかったよ。……えっ、あの人宙返りができるの?」

「あの辺りに書き留めていたのはまあ、僕の性癖的な面でのプライドの話と言うか。理解出来なかったのなら忘れておいてくれ。ロジオンは本当に宙返りをするよ。床が悲鳴をあげてた。子供のころに身につけた特技らしい」


「へえ……」

 驚いたのでたずねてみたものの、どっちの話も割とどうでもよかったです。


「それで、サーシャさまをどうやって脱出させるの?」

「説得はたぶん聞かないだろう。強引に連れ出す。キミたちがマルクさんの店にやって来たときと似た手口を使おう」

「なるほど。変装すればサーシャさまだって気付く人はいないもんね」

「連中も王女が逃げないように見張りはしてるから、簡単にはいかないだろう。だから、城下に人が多いタイミングでやるしかない。なんとか誤魔化して、どこかで匿ってもらって亡命の機会をうかがうんだ」

「そっか。じゃあ、ニーナとマルクさんにお願いしてみる。でも、ニーナはアキムを処刑されたこと怒ってた……」

「信じよう。よそに頼んでも、裏切られたり拒否されればアウトなのは同じだ。亡命させる手はニコライ将軍とも相談したことがあったが、そこで引っ掛かって立ち消えになってた。彼女たちになら賭けてみる価値はある」

「分かった。それじゃ、早速行ってくる」

「その後でいいから、もう一つ頼まれてくれないか?」

「オッケー、なんでも言って」

「協力者は多いほうが良い。打てる手はなるべく打っておきたい。ニコライ将軍は生きて戻って来れるか分からないし、いちばん当てにできそうな人に協力を取り付けて欲しいんだ」

「いちばん当てになりそうな人……」

 といえば、三角眼鏡にお団子頭のミス・リョート。

「メイド長の助けがあれば心強い。あの人なら城内の信用できる人間も見分けられるはずだ。僕に関する事情も全て話してもらって構わない。将軍は戻ってき次第、僕が話をつける」

「うん……! 任せて!」

 セルゲイの言うとおり、スヴェトラーナさんならきっとサーシャさまに生き延びて欲しいはずだし、ほかのメイドたちからの協力も約束してもらえるでしょう。


「じゃ、行って来ます!」

 私はセルゲイから離れて敬礼をしました。

「僕も王女のそばに戻ろう。彼女のことは必ず護る」

 カッコいいセリフを言っちゃってまあ……。サーシャさまにまで焼きもちを妬く日が来るなんて思いもしませんでした。

 サーシャさまはけっこう“レオニート”のことを気に入っていらっしゃるみたいですし。


「……セルゲイ君にひとつ質問」

「なんだい?」

「サーシャさまと変なこと、してないよね……?」

 しっかりと睨んでおきます。

「レオニートはハグをした。それだけだ」

 セルゲイ君は目を逸らしました。まあ、サーシャさまもそう言ってたし、信じてあげましょう。


 私は彼に近付きなおすと、強引に顔をつかんでキッスをしてやりました。


「……これで良し!」

「あまり乱暴に扱われると顔が崩れるかもしれない」

 なんて言いながらもちょっと照れてるご様子。

「顔が? 何それ、怖い。……とにかく、私がサーシャさまと仲直りするまでは、ハグまでは許可します! それ以上は駄目ですからね!」


 何となく不安になったので、もう一回だけしてから任務開始です。

 私も“それ以上”になると怖いかも知れないので、これが限界です。そこから先へ行くはきっと時間がかかちゃうんじゃないかな……。

 そのためにも、今はやれることをやらなくてはいけないのです。


「行って来ます! セルゲイ、愛してるよ!」

 ウィンクいっぱつ。セルゲイは目をぱちくりさせました。


 ということで、急いでメイド服から毛皮に着替えてニーナのお家へと走ります。

 すでに空には大きな黒い煙が見え、地面の揺れとともに爆音が聞こえています。


 顔に出ていたんでしょうねえ。ニーナは私を迎え入れると「良かったわね」と笑ってくれました。

 私は単刀直入に亡命のお手伝いをお願いしました。

 ニーナは「任せなさい」とカールしたダークブロンドを手で払って言いました。

 とはいえ、ただではありません。アキムのことでサーシャさまへ文句を言うのと交換です。

 おじさんは「バレたらまずくない?」なんて言ってましたが、けっきょくはニーナの意見に捩じ伏せられました。


 さて、もう一人。私の尊敬するメイド長にも事情を説明します。

 やっぱりスヴェトラーナさんは良いかたです。私の事件の真相を聞くと、眼鏡の下をハンケチで拭いました。

 それから亡命の話も快く協力を約束してくれました。


「でも、サーシャさまは納得なさらないでしょうねえ」

「あの子は意地っ張りなところがありますから。国やお父上のこととなると、意見をなかなか曲げようとしないのです」

「スヴェトラーナさんは、サーシャさまの教育係もしていらっしゃったんですよね?」

「ええ。いたずらの多い子でいらっしゃって、よくここでお勉強ついでにお説教をしたものです」

 スヴェトラーナさんは立ち上がり、書架から一冊の本を引っ張り出すと埃を払いました。

「いっしょに読書もしました。あの子はませていて、小さなころから恋愛小説ばかり読みたがったものです」

「サーシャさまにも、させてあげたいです。恋愛」

「そうですね。王女の立場だとなかなか難しいでしょうが」

「亡命したらできますかねえ」

「当分は難しいでしょうね。亡命はそれなりの立場があってこそ、保護してもらえるものですから。それに、国を放って逃げたとなれば、あの子は絶対に苦しみます。そのときは、あなたたちが力になってあげなさい」

 メイド長はこちらを見て優しく微笑みました。

「スヴェトラーナさんはいっしょに来ないんですか? 一緒に逃げましょうよう!」

「ありがとう、グレーテ。でも、私は国に残ります。部下たちを放って逃げるわけにはいけませんし、全員連れては無理です。ニコライも同じことを言っていました」

「将軍も?」

「逃がすための相談を何度かしたことがありますから。私たちにとっては、王女陛下は妹や娘のようなものです」


 スヴェトラーナさんはお日様のような笑顔を見せました。こんなに素敵なのに独り身だなんて不思議。

 でもすぐに、氷の仮面が付け直されました。


「……なので、たとえ己を犠牲にしようと、誰かに恨まれようと、この計画は絶対に成功させます。使えるものはすべて使いましょう。……国民は君主のために」


 お説教のときよりも怖い顔。私は背筋が凍りつきました。



 それから数日、私たちはこっそりと集まっては秘密の会議を繰り返しました。

 会議のときはレオニートは消え、セルゲイが現れます。

 二重の斥候をしていたことが明かされ、いくつかの情報の提供がされます。

 ロジオン巡検大臣は批難の的にされました。とはいえ、彼の協力は必要不可欠なので見逃されました。


 ニコライ将軍はシードル副将軍も反乱軍と通じていたことにビックリしていました。

 副将軍は先の戦い、西の地にて命を落としています。でもそれは、ニコライ将軍の撤退を助けるためだったのです。


「あいつにも色々あったのだな。右腕だと信じていたのに、何も気づいてやれなかった」

 彼らも私たちと同じです。もっと話し合いをしなきゃいけなかったようです。

「でも、娼館の摘発をしたのはシードル副将軍でしたよね?」

 スヴェトラーナさんが首を傾げます。

「彼も息子さんのことでゲルトに縛られてはいたものの、国のために行動してましたから」

 セルゲイが言いました。

「シードルは正義の男だった。最後はその正義を貫き通したのだな……」

 ニコライ将軍が敬礼をして涙を流します。私たちも彼のために敬礼をしました。


 計画は進み、ロジオンが宙がえりを披露し(!)、あとはチャンスを待つだけです。


 ところがどっこい、お城の包囲は予想以上に早く行われてしまいました。


 私たちは計画を急がなくてはいけません。サーシャさまが公式にCHSと会談をすることを決定してしまいました。

 でも、“レオニート”が言うにはあちら側には交渉する気など始めからまったくなく、王女を公開処刑するつもりなんだそうです。


 時間稼ぎが必要です。ニコライ将軍は連中と交渉、あるいは戦闘をして外から時間稼ぎ。

 スヴェトラーナさんは計画のためにメイドや兵隊をこっそりと外へ送り出す役目です。

 そして私は、内側から。サーシャさまを説得して何とか準備の時間を少しでも伸ばす役割になりました。


 サーシャさま、私たちはあなたを、絶対に死なせはしませんからねえ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ