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死刑3-04 私の大好きな人たち

 さて。やっぱりアキムは処刑されてしまいました。しかたのないこと。

 あれからサーシャさまは私を避けてるみたい。

 本当は、私のほうから会いに行かなきゃいけないのだけれど、手遅れにならないうちにお城の外の問題から片付けなきゃいけないの。ごめんね……。


 本日は休暇。毛皮の私服に着替えて城下町へ。外へ踏み出してみて分かった。もう何も怖くありません。

 ……いや、テロリストはちょっと怖いけど。

 城外のお仕事も馬車の襲撃を受けてから停止しちゃってるから、お城の外に出ること自体が久しぶりです。


 とうとう、|CHS《シャルル=アンリ・サンソン》の人たちが武器を持って町の占拠をしたそうです。

 だから不要な外出は避けるようにって軍部からお達しがあったの。だけど、まだ完全に禁止ってわけじゃない。


 戦いが起こっているのはソソンの西部、少し暖かで農園がたくさんあるのどかな場所。

 アキムの家のある地域だけど、彼の家族は大丈夫かな?



 私は以前そうしていたように、ニーナのお店の裏口に立ちました。

 ……サーシャさまみたいに上手くできるかな?


「おじさーん!」

 とりあえずはいつものように呼びかけたました。だけど、三度のノックは無しです。


 声をあげてしばらくすると、扉の向こうで騒がしく木床を鳴らす音がしました。

「グレーテ! 来てくれたか。大変なことになっちまったなあ!」

 ニーナのお父さん、マルクさんは涙目です。

「アキム、とうとうやっちゃいましたねえ。ニーナは居る?」

 私は苦笑いで返してたずねました。

「ああ、すっかり塞ぎ込んじまってる。上に居るから、励ましてやってくれ」

 招かれてお店の中へ。お店は休業中みたい。グラスはしまわれ、積まれた食器には布が掛けられたまま。

 西部での戦いのせいで、食料の流通が上手くいかなくなってるって話は本当みたいです。お城でもお茶の時間が消えてしまってるし。


「なあ、グレーテ」

 私が階段を上がろうとすると、おじさんが呼び止めました。

「なあに?」

「おまえとその……セルゲイの話。あれ、本当か? ニーナが言ってたんだが」

 おじさんはとても申し訳なさそうな顔をしてました。

「ううん、違うよ。私、セルゲイにレイプされてないよ」

「レ……。あ、いや。されてないなら良いんだ。だけど、セルゲイも居なくなっちまったしさ」

「セルゲイはお城でサーシャさまのそばに居るよ。私たちを襲ったのはアキムだねえ。おじさん、ニーナとふたりきりにしてね」

 私はそう言うとさっさと階段を上がりました。

「えっ、ちょっ!? どういうことだ!?」

 おじさんは何やらもごもご言ってたけど、説明はややこしいので後回し。おいおいニーナにしてもらいましょう。



「ニーナ、起きてる?」

 私が扉を開けると、暗い部屋に光が差し込みました。ベッドに突っ伏するニーナの姿。相変わらずの素敵なダークブロンドの巻き毛。

「グレーテ?」

 ニーナが顔を上げました。髪のほうは綺麗だけど、顔は涙と鼻水ですごいことになってます。

 これがお化粧をするサーシャさまだったら、おばけみたいになっちゃうんだよねえ。

「そうだよ、グレーテですよう」

「アキムが……アキムが……」

「とうとう、やっちゃったねえ」

 あえて笑い掛けると、ニーナの目からぼろぼろと涙が零れ落ちました。

 それから、私はランプを点けて扉を閉めて、彼女のベッドに腰掛けます。


「私、とうとう独りぼっちになっちゃったわ……」

 ニーナは鼻をすすりながらベッドに腰掛けました。

「おじさんがいるでしょ? 私も来たし!」

「ありがとう。遅かれ早かれ、ああなっちゃうとは思ってた。だから……」

「アキムを止めようと思ってたんだよね? ニーナは逮捕されるようなことはしてない?」


「……」

 私がたずねるとニーナは黙りこくりました。


「テロとかしたの?」

「えっ!? 活動は何も。私がその……アキムのために“あっち側”に行ったこと、話してなかったでしょう? 誰から聞いたの?」

 ニーナの顔から哀しみが消えました。ありゃりゃ、警戒してますねえ。

「えっとね。セルゲイからって言ったらいいのかな?」

「そう。彼はほかには何か……?」

 何かっていうのはニーナがセルゲイに手を出したことだよねえ。一緒のベッドに座ってるから、彼女が既に腰を浮かしているのが分かります。


「だいたい全部知ってる……かな? セルゲイを盗ったのとか」

 どうせ話しちゃうんだから隠してもしょうがない。たぶん、今の私の顔はめっちゃ怖いです。これはニーナへのちょっとした仕返し。


 やっぱり、ニーナは立ち上がって部屋から逃げ出そうとしました。私はがっちり彼女の腰に抱きついて阻止します。

「駄目だよ、逃げちゃ。ちゃんとお話をしよう」

「いや、いやよ」

「逃げちゃってももう、追いかけてくれる人は居ないんだよ! 私だけだよ!」

 いつだったかな。ずっと昔に、セルゲイの診療所で患者さんが亡くなりそうになったときもニーナは外へ飛び出したんですよねえ。

「とんちんかんなことを! あなたから逃げようっていうのに! 怒ってるでしょう!?」

 ニーナは声を荒げます。

「ちょっとね。ニーナは、アキムがニーナのことが好きで、セルゲイが私のことを好きで、私がセルゲイのこと好きだったの知ってたはずだからね」

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

「落ち着いてって。おじさんが驚いて上がって来ちゃうよ。おじさんには知られたくないでしょ?」

 私がそう言うとニーナは抵抗を止めました。

「ごめんなさい……」

 ニーナは座り直しました。

「もう、いいよ。脅かしたからスッキリした」

「ごめんなさい。本当にごめんなさい」

「いいからいいから」

 私は何度も謝るニーナをハグしてやります。

「本当はニーナがあんなことしなきゃいけなくなる前に、みんなでお話が出来たら良かったんだよねえ。アキムの借金のことも、最初からみんなが知ってたらねえ。私がサーシャさまとお店に来たときに、お話し出来てれば良かった」

「やっぱり、あの人は王女陛下だったのね。セルゲイが言ってたわ。でも、アキムはもう、死んでしまったのよ」

「そうだねえ。サーシャさまが処してしまいました」

「見たわ、処刑。私、あのかたが憎いわ」

 ニーナは私の腕の中から抜け出しました。

「そっか、そうだよねえ。でも、アキムだって悪いよ」

「それはそうだけど。グレーテは自分がお仕えしてるからって憎くないの? 私たち、ずっと友達だったじゃない!」

 涙目のニーナに睨まれます。

「憎くはないよ。サーシャさまとも友達だったから、申し訳ないなあって。だけど、あのかたは君主なんだよ。友達の友達だからって処刑しませんなんて言えないんだよ」

「そうだけど……」

「逆の立場になって考えたらいいよ。友達の友達を殺さなきゃいけないなんて。絶対につらいよ」

「そのくらい分かるわよ。それとこれとは別よ。私には赦せそうもないわ……」

「いいと思うよ。赦さなくても。サーシャさまはね、刑務所の囚人や被害にあった人にもお忍びでお話を聞きに行く人だから、全部分かっててやってるんだよ。この前なんか、お城のスパイを処刑してから、その子供にまで会いに行ったみたい」

「なんでわざわざそんなこと……」

「処刑を始めたころにおっしゃってたでしょ? 全ての罪に寄り添うって。だから、気持ちの整理がつかないなら、サーシャさまのせいにしていいんだよ」

「そんな風に言われたら、なんだか私が悪いみたいじゃない」

「ニーナもちょっと悪いんだけど……。ニーナはけっこう嫌な子だったんだねえ」

 私は笑ってしまいます。

「そうよ」

「じゃあ、ちょっと言いかたを変えようか。サーシャさまのせいにするんじゃなくって、サーシャさまがみんなのためを思ってやってることだよ」

「言葉遊びよ」

「そうかも。だけどね、アキムだってみんなのためを思って、しかたなく悪さをやめられなかったんだよ」

「どういうこと? 私、外の世界になんか別に行きたくないって彼に言ったわ。借金の話を聞いたときも、いっしょになんとかしよう、だから危ないことはやめてって言ったの」

「愛ですねえ。だけどね、アキムもニーナのこと愛してたから、しょうがなかったんだよ」

 ちょっとうらやましいです。私もそういうことしてみたかったなあ。

「はっきり言ってちょうだい」

「アキムは人質を取られてたんだよ。ニーナや家族のことを」

「果樹園を押さえられたらって考えたら家族や従業員はそうだけど、私のことも?」

 ニーナは首を傾げます。

「うん。お金を貸してくれていたゲルト=ゲルトって人は、地下で娼館の経営を始めてたんだよ。アキムは借金のかたにニーナや妹をとるぞって脅されてたんだよ」

「……」

 ニーナはまた泣きそうな顔になりました。

「だけど、地下娼館は軍の人が摘発してなくなっちゃったの。シードル副将軍が頑張ったんだよ。それでもアキムはやめられなかったから、アキムが悪いかなあ」

「話してくれなかったわ」

「男の人って、そういうところは意地っ張りだからねえ。特にアキムは女の子に弱いところを見せるの嫌いそうだから。それに、ニーナに話したら、ニーナなら絶対アキムのために身体を売ったでしょう? 彼は絶対にそんなことになるのが許せなかったんだよ」

「……そうかも。彼のためにやれと言われたらできるわ。なんでもお見通しなのね」

「親友ですから」

「その話は誰から聞いたの? アキムが言ったの?」

 ニーナはまたも疑いの目でこちらを見ています。

「サーシャさまたちからだよ。模倣犯が出たらいけないからって、事件のことは緘口令が敷かれてるの。まだスパイがいるかもしれないけど、あっち側に都合の悪い失敗だから、メイドさえ黙ればどこからも噂は出回らないでしょうって」

「そう……。良かった、てっきりアキムは私には話してくれないのに、あなたには話したのかと思ったわ」

「ニーナは焼きもち妬きさんだね。アキムといっしょだ」

「そうね。似た者同士だから好きになったのかも。教えてくれてありがとう、グレーテ」


 ニーナはそう言うと私を抱きしめてくれました。


「それでね。まだ話したいことがあってね……」

「分かってる。あなたの話でしょう? 信じてあげなくてごめんね。セルゲイがあんなことするなんて思えなくて、でも彼も居なくなっちゃったし、あなたの言うとおりだったのね」

 ニーナの抱擁が痛いくらいになります。


「その話なんだけど、ちょっと違うの。できたら、彼の家に来て欲しいんだけど」

「診療所に? 分かった。付き合うけど、つらくない?」

「ちょっと。だけどね、たぶんニーナのほうがショックを受けると思う」

「私が? どういうこと?」

「行ったら分かるよ。ニーナならすぐに気付くと思う。だけど、これからすることのために、避けて通れないことなんだよ」


 本当はセルゲイじゃなくてアキムが私を襲ったこと、セルゲイは別人になってお城に来ていることも話さないといけない。

 “レオニート”とはまだ話をしてない。ニーナが先です。

 友達に強姦魔だと勘違いされることは、男の人にとってすごく屈辱だと思います。セルゲイは私からも逃げたんだから、ニーナのことも簡単に諦めてしまうでしょう?

 そうなったら、元通りとは程遠くなっちゃう。

 だったら私が代わりに誤解を解いてあげなきゃ。


 私はニーナと連れ立って、セルゲイの診療所に行きました。相変わらず休診中の札は掛かったまま。


「あれ?」


 雪かきの道具入れの天井の裏に隠してある鍵が消えています。

 この鍵のありかはセルゲイのお父さんが亡くなったときに教えてもらったもので、私とセルゲイ以外は知らないのです。


「まあ、いいや」

 こんなこともあろうかと日記とハンドクリームといっしょに予備の鍵もくすねていました。

 隠してある鍵がなくなったということは、セルゲイがここに一度戻って来てるということ。

 そして、私ならそれに気付けることも知ってるはず。つまり彼は、本当は見つけてもらいたがってる。


「鍵の場所なんて知ってるんだね」

「うん。早く入ろう。誰かに見られると面倒だし」

 診療所の扉を開けて、ニーナを招きます。

 鍵も盗んだ物だし、私の家じゃないのだけれど、正式にこうしてニーナをご案内する未来もあったのかもと頭によぎって、ちょっと泣きそうになりました。


 家の中は前に侵入したときと変わらない様子でした。私が片付けたときのまま。

「片付いてるね。まじめって感じだわ」

「そう見える? 私が片したんだよねえ」

 そういえば、ここを片付けたときは特に失敗はしなかったな……。

「あなたが!? いつ!? 襲われてからってこと!?」

 ニーナは仰天しています。

「うん。一回来たの」

「信じられない! 普通来ないわよ。たとえ来れたって、私なら片付けどころかむしろ滅茶苦茶にしてやるわ!」

「へへへ、メイドなので、つい!」

「ええ……」

 ニーナが呆れています。

 私は軽い調子でいますが、内心はドキドキしています。

「ちょっと、裏口の様子見てくるね」

 裏口に走って、鍵が締まったままなのを確認しました。アキムが証拠隠滅を図るには鍵を壊す必要があります。来たのは彼じゃないみたい。

 それから急いでキッチンへ戻ります。これでもしワインが無くなっていたら……。

「来たら分かるって言ってたけど、これで何が分かるっていうの?」

「ちょっと待ってね……あった」

 良かった。ワインがありました。中身も無事です。

「これ……アキムのおじいさんのワインね」

 ニーナが栓を開けて鼻を近付けました。

「待って待って。たぶん大丈夫だと思うけど、それには眠り薬がはいってるから」

 私がそう言うとニーナは慌ててボトルを顔から離します。

「これ、セルゲイはどうやって手に入れたのかしら」

「アキムからの贈り物みたいだよ」

 私はそれに添えられていたカードも発見しています。いっしょに棚にしまっておいたのをニーナに見せてやりました。


「確かにあいつの字ね。アキムが調子に乗ってセルゲイにお祝いで贈ったってことか……」

「うん。そうなんだけどね。セルゲイは私の前でこのボトルの開封をしてたんだよ」

 これはきっとニーナにはつらい事実。


「……ピンときた。あなたの言いたいことは分かったわ。私にどうしろっていうの?」

 ニーナはボトルをテーブルに置くと両手を広げました。何のポーズだろう。


「セルゲイはやってないと思うの。だから、彼が戻って来やすいようにニーナにも知っておいて欲しくて」

「そう。……それだけじゃないでしょう? だいたい分かるわ。アキムがそんなことをやらかしたのは、私がセルゲイとしたことがバレたからってことでしょ? つまりはあなたは私のせいだって言いたいんでしょう?」

 ニーナは胸に手を当てて、早口で言いました。

「私はニーナのことを怨んでないよ。アキムは別の手段を選ぶことだってできたはずでしょ? 男同士のことなんだから、はっきり言って殴り合いでもすれば良かったんだよ」

 私は溜め息一つで流します。

「怨んでないなんて本気で言ってる? アキムもどうかしてるわ! ほんとあいつ……セルゲイによりもグレーテを酷い目に遭わせてるじゃないの!」

 ニーナはかぶりを振って額に手を当てました。

「アキムにみんなが困らせられるのは、昔からでしょ? 私はそのたびに割を食って、勘弁してきましたからね!」

 なんて言ってみます。本当はまだ腹が立つけど、彼はもう死んじゃったし、これからのためには必要な強がりだから。

「かなわないわ。あなたの言うとおりね。あいつはいつもそう」

 ニーナはちょっと笑いました。

「でしょ? 次は現場へ案内します」

 私はニーナの腕を引っ張って寝室へ行きます。


「酷いありさまね……」

 ニーナが呟きます。寝室もやっぱり前に来たときのまま。

「さすがにここは片付けられませんでした」

「それはそうよ。何があったか誰でも分かるわ……」

 やっぱりあのときのことを思い出して、ニーナの腕に抱き着いてしまいます。やったのがセルゲイだろうとアキムだろうと、そこは変わらないみたい。

 セルゲイが犯人じゃないと信じれて、真犯人は処刑されちゃったのにね。だったら、治すにはどうしたら良いんだろう?

「これはセルゲイの仕業には見えないわね。たしかにアキムっぽい感じ」

 ニーナは散らかった部屋を見回しながら言いました。

「ははあ、やっぱりベッドを共にしたことがあると分かりますか」

「そうじゃないわ。シーツを乱すのは私のほうだし……って違う。セルゲイが最初からそういうつもりだったなら、このまま放置しておくのはありえないし、やるにしてももっと丁寧に襲いそうじゃない? 彼ってまじめだし。だいたい服を切り裂くのとかも意味が分かんないわ」

「あのね、目を醒ましたときに目の前にセルゲイが居てね、私、セルゲイにどうしてこんなことしたのって聞いちゃったの。しかも決めつけて、大声で叫んじゃった。セルゲイがー! って」

「……そっか。もしも私がセルゲイだったら、やってなくても逃げたと思うわ」

「だよねえ。さっきのニーナみたいに、私がかじりついてでも止めて、どうしてか聞けばよかったんだよ」

「無理よ。叫べただけでも偉いのに」

 ニーナが私の頭を撫でてくれます。

「ヘヘ……。まあ、叫んだのは失敗だったんですけど。セルゲイは去って行ってしまいました。しかも裸で」

「ええ……。彼も混乱してたのね。戻って来てないのかな?」

「予備の鍵はなくなってたけど、最初にここに戻ったのは私だったみたい。日記もプレゼントも机に置いたままだったし」

「机にはペンしか見当たらないわ」

 ニーナが首を傾げます。

「私が盗っちゃったからね。泥棒です。日記も盗み読みしました」

 舌を出してみたり。

「それで、何でも知ってたわけね」

「正解。でも、いちばん大事なことには気付けなかった。あのね、プレゼントはハンドクリームだったの。私へのお手紙付きだった……」

 なるべく軽く話したかったのですが、どうにも繕えそうにないみたいです。私はまたもニーナに抱き着いて誤魔化します。

「馬鹿ね。あなたにそんな贈り物を用意する人が、襲ったりするわけなんか、ないでしょう」

 本当に大きな見落とし。日記を読んだせいで、セルゲイがちぐはぐなことをしても不思議じゃない、なんて思ってしまったんです。

「アキムもだらしがないんだから。証拠も残したままだなんてね。バレたらどうするつもりだったのかしら?」

「うん……。みんな馬鹿だったの」

「そうね、私も……」


 それから私たちはしばらく泣きました。


「王女陛下には相談したの? あの人なら、あなたのために何とかしてくれそうだけど。アキムは処刑ではその罪も?」

「ううん。サーシャさまに相談したのは、セルゲイがやったと思ってたときだから、アキムは私を襲った罪については裁かれてないよ。セルゲイのことは捕まえないようにお願いしてるから平気」

「じゃあ、ちゃんと話さなきゃ。日記は? 見せなきゃ駄目よ。ふたりは革命軍とも繋がってたんだから、捜査のお手伝いになるはずでしょ?」

「大したことは書いてなかったよ。だから見せない」

 私はしらばっくれました。

「……はい、嘘。大事なことがかいてあったんでしょ。でも、セルゲイのために見せたくない。そういうことね」

「正解です。できれば、ニーナにも見せたくないんだけど……」

「なにか都合の悪いことが書いてあるの? 私、できればまだアキムを信じたい気持ちも残ってるから、そういうのはちゃんとしときたいんだけど……」

 ニーナは怒っていません。困ったような顔をしています。

「セルゲイのプライバシーに関わることだから。もしも私がそれを勝手にみせたりしたら、セルゲイは自分が犯人じゃないって信じてもらえても、絶対に帰って来れなくなる」

「他にも大変なことが書いてあったのね? 私との秘密もバラされてるんだけどな……。まあいいわ。分かった、信じる」

「でもやっぱり、これから話すことのために、ちょっと話しておかないといけないこともあるんだよね。それはできれば、私の口から話すよ」

「あなたの口から聞くと余計こんがらがりそう。あなたの言いわけって、いつもややこしいのよ。とにかく、事実と、これからどうしたいのかどうかだけ教えてちょうだい」

 ニーナが笑い掛けてくれます。アキムと叱られてるときにセルゲイと助けに来てくれるとき、いつもこんな顔でした。


 私は、セルゲイが今はレオニートとなって、私とサーシャさまのそばにいるんじゃないかという話をしました。

 彼の家の事情や、変態さんっぽいところは伏せて、特別な権利のあるお医者さんであることと、国とサーシャさまのために反乱軍に身を投じたことは伝えます。


「整形手術ねえ……突拍子もない話にしか聞こえないんだけど」

「顔は変わってるけど、癖とか怒ったときの声とかが同じなんだよねえ」

「でもね、グレーテ。仮にレオニートがセルゲイだとしたら、味方として来たとは限らないのよ」

「ちょっと疑ったけど大丈夫。サーシャさまが襲われたかと思ったけど、コンピュータが襲われていたし」

「何それ? とにかく、“レオニート”の家はもともとゲルトの息のかかった馬具屋なのよね。バーのおしゃべりでも話題にあがる有名な馬鹿息子よ。セルゲイに悪意があるかどうかは別にして、革命軍と繋がりがあるのは変わらないわ。もしも忍び込んだのなら、連中が噛んでるはずだから」

「そうなの? 難しい話は分かんない」

「しっかりして。さっきまでいた名探偵マルガリータはどこへ行ったのよ」

「信じたいほうを信じただけだから。それに、国のことはもう、どっちにしろ駄目だと思う……」

「どうしてそんなこと言うの? 私たち、ほかに行き場なんてないのよ? もし革命軍が勝ったら、メイドのあなたや大事なサーシャさまがどうなると思ってるの!?」

 ニーナが怒って私を揺さぶります。

「殺されちゃうだろうね。今、西で戦いになってるでしょう? サーシャさまが言うには、外国が援助してるから、ソソンの軍隊の武器じゃ勝ち目はないって」


 私がそう言ったとき、遠くで雷のような音が鳴りました。それから小さな地震。


「……! 今のは何!?」

「きっと、戦いの音だよ。将軍や副将軍が兵隊さんを連れて鎮圧に行ってるけど、きっと負けてしまうでしょうって。もうね、時間の問題なんだよ。だからね、最後に仲直りをしたいの」

「最後って!」

「たぶん、もうあまり時間はないよ。お城から出れるのもこれが最後かも。でも私は、セルゲイをあのまま放っておけない」

「グレーテ……」

 

「人は、誰かに手を握られながら死ねるように生きなければならない。セルゲイのお父さんの言葉。最期に手を握り合うのは難しいと思う。だけど、心くらいは繋ぎなおしたいの」

 私がそう言うと、ニーナは目を閉じて何かを考えているようでした。


「……分かったわ。なんでも言って。できる限りの協力はするわ。その代わり、諦めるようなことなんて言わないで」


 私とニーナはもう一度手を繋ぎなおしました。

 あとふたり。セルゲイと、サーシャさま……。

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