死刑3-03 悪い人たち
疑いは私の頭の中だけじゃなかった。お城中に渦巻いていた。
反乱だとか、革命だとかいう話でしっちゃかめっちゃかなことになっていた。
お城の中にスパイ!
あのときはスヴェトラーナさんもニコライ将軍も怖い顔をしてたし、みんなピリピリしてた。
部屋の抜き打ち検査があった。私はスヴェトラーナさんが話を聞いたときにそばにいたから、セルゲイの家の鍵とハンドクリームはなんとか隠せた。
日記は自分のぶんはつけていなかったから、自分のぶんのふりをしたら見逃してもらえた。
徹夜での調査のすえ、スパイは見つかった。みんなの前で正体を現した。私もおしゃべりをしたことのある星室のユスチンさんだった。
気の良い若いお父さんという感じの人で、よく奥さんや子供の自慢をしていたの。
でも、彼は処刑されてしまった。サーシャさまたちの手によって。
それからというもの、メイドの休憩室でもときおり「誰々がスパイっぽい」みたいな話が挙がるようになった。
ほとんどは冗談だったのだけど、そのやりだまに挙げられる名前のひとつが、私にはつらかった。
私と相部屋のメイドのひとり、ナージャ。
私と同期にお城入りしたメイドで、プラチナブロンドの長髪とサファイアの瞳を持った物静かな女の子。
彼女には悩みがあった。
「アリスタルフのご両親が逮捕されてしまったの」
アリスタルフはナージャの恋人。彼の親族に西で農業をしてる人がいて、家業はその流通の手伝い。つまりは八百屋さん。
ナージャは買い出しに行くたびに彼からアプローチをされて、ゆっくりと仲を深めていってたの。
だけど、アリスタルフの母親はテロ活動……武器の輸送に加担したんだそう。若くて優しそうなお母さんだったのに、どうしてだろう。
彼女一人がそんな活動をしていたわけじゃない。軍部が調査した結果、その旦那さんも活動家だということが分かって逮捕されちゃった。
家にはアリスタルフとその兄弟……幼い弟と妹が残された。長兄の彼には協力者の疑いが掛かったままで、監視の目もあって生活に不自由するようになってしまった。
「私は彼を信じてみます」
ナージャは給仕室を去り、城下で恋人たちのためにいっしょに暮らすことにしたの。
愛だよね。ニーナがアキムを心配するのも愛で、私がサーシャさまと天秤に掛けてセルゲイにしてあげられなかったこと。
こういう情勢だから、結婚のお祝いはしなかったみたいだけど、私はせめてもの贈り物だと思って、先輩メイドの意地悪な噂話に喰ってかかってやった。
アリスタルフが悪い人じゃないと良いんだけど。
今や国中に悪い人がいる。観光に来た外国人さんを殺したり、馬車を襲ったり、軍隊と殺し合いをする人まで。
私は、アキムが逮捕されないように祈ってる。
セルゲイの日記によると、アキムが活動に参加したのは自発的だったものの、商人から借金をしていてそのせいで抜け出せないみたいだった。
だから国を壊そうとする悪い人だとは思わない。
アキムは小さいころからたくさん悪さをしてきたけど、逮捕されたことは一度もなかったし、人を怪我させたりするようなことは絶対にしなかった。
悪だくみだって、彼だけがしてたわけじゃない。私だってよく一緒になっていたずらをしたし、ときにはセルゲイやニーナだって加担したりもした。
それと、アキムの良いところは、自分より小さい子供には絶対に悪さをしないこと。
本当は彼だって良い子なんだよ。
アキムはお兄ちゃんで、たくさん妹と弟がいた。
西の農家は家族が多いの。簡単な野良仕事なら小さい子供でも出来るし、病気でちゃんと大人になれる子が少ないから。
アキムも弟と妹をひとりづつ亡くしている。セルゲイが推測するには彼がソソンを変えたがったのはそれが根っこじゃないかってこと。
腹を立てたり、殴り合ったりしながらも友達でいられる男の人はちょっとうらやましい。
メイドはいっけん、みんな仲良しなんだけど、裏ではたくさん悪口を言い合ってるんだよねえ……。
いちばん言われてるのは、たぶん私。失敗が多いし、サーシャさまと仲が良すぎるからね。
それに、今はもういちばんの親友だったニーナに対しても少しモヤモヤしてしまう。
あの子も寂しかったんだろうけど、腹が立つってことは、やっぱり私はまだセルゲイのことが好きなのかもしれない。
もしもだけど、タイムマシンがあるのなら、このセルゲイの日記をお城に行く前の私に見せに行きたいな。
そしたら、セルゲイといっしょになって、彼にもお城に来てもらって、サーシャさまとセルゲイの両方を貰います。賢いでしょ?
買い出しに行った相部屋の子からアキムの悪い噂を聞かされてしまった。
でも、相部屋とはいえ女の友情なんてあてにならないし、私は給仕室の規律を乱した悪い子だし、ただの意地悪で言われたのかも知れないと思って、確かめる気にはならなかった。
セルゲイのことですらちゃんと出来てないのに、アキムのことはちょっと無理。いつもからかうし、後回しにした。
遅かれ早かれ悪い人になっちゃうんだろうなって、ぼんやりと思っていた。
世の中は悪い人だらけ。
テロリスト集団“|CHS《シャルル=アンリ・サンソン》”はもちろん、名誉国王様をたぶらかしたユーコ・ミナミは大罪人だし。彼女から賄賂を受けた人たちだって。
そうそう、ロジオン巡検大臣も悪い人だ。サボってるところはみたことがあったけど、まさかダブルスパイだったなんて。
良いこともしてるみたいだったけど、セルゲイの日記をニコライ将軍に渡せば、たぶんあの人も処刑されてしまうと思う。
だけど、すでにゲルト=ゲルトの名前は将軍の口からも聞いてるし、彼とその一派をやっつけるのが簡単じゃないことは私にだって分かる。
ロジオンがサーシャさまを困らせようとしてるのを知ってて放置するのは悔しいけど、彼を失うとサーシャさまの仕事に差し支えてしまう。
そもそも、サーシャさまも巡検大臣のことをときどき疑ってるから、やっぱりセルゲイの日記を公開する気にはなれない。たとえ今のこの国にとって大事な情報が隠されているとしても……。
言いわけだよね……。だけど、やっぱりこの日記は誰にも見せたくない。
私とセルゲイの最後の繋がりで、もしかしたら私が選んだことが間違いじゃないって証明してくれるかもしれないとっても大切な物だから。
ごめんなさい、サーシャさま。私も国賊だったみたいです……。
私も、セルゲイも、ニーナも、アキムも悪い人。
悪いことだと知っていながら処刑を続けなければいけないサーシャさまもおんなじ。
お父さんもお母さんも最低で、商売人も悪党だらけで……。
外の世界の人たちが言うとおり、ソソン王国は後進的で寝惚けたことばかりしてるのかもしれない。
でも、本当にそうなのかな? みんな、一所懸命に生きてるのに。悪い人になってしまうのだって、理由があるのに。
お金ってそんなに大事? 最先端の遊びが面白いのはちょっと知ってるけど、遊びなんてみんなが仲良くなかったら意味がないよ。
考えれば考えるほど、頭がこんがらがっちゃう。
昔から難しいことを考えるのは苦手だった。だから、困ってる人や悩んでる人へは言葉を濁して、ハグして誤魔化したりなんかして。
ほんと、つまらない子。駄目グレーテ。
だけど、サーシャさまは本当に偉い。
最近はもっともっと難しいこと、愛とか、人の死について考えていらっしゃるみたい。
私は上手く答えようとしたけど失敗して、サーシャさまに気を遣わせてしまった。
本当に駄目な私。
サーシャさまはそんな私を励ますために、大事なお仕事を秘密でお手伝いさせてくれたの。
……。
“ビデオカメラ”を使って、世界へメッセージを発信するサーシャさまを撮影する!
驚いた? ヘヘヘ。大役ですよ大役。
大任を頂いた私は、嬉しくって調子に乗ってた。サーフィンするワンちゃんくらいノリノリだった。
だって、私たちの信じるサーシャさまのメッセージが世界に届けば、本当にソソンが間違っているかどうかが分かるでしょ?
そうすればみんなが、私が間違っているのか、どうしようもない悪い人ばっかりなのかどうかがはっきりとする気がするの。
でも、“ケーブル”という物が無くって、せっかく撮った映像の発信がお預けになっちゃった。
……と、ここまでが昨日までの私。
闇を恐れて、真実を知ることから逃げて、うじうじ悩んでいた私。
実はもう、そんな私は居なかったりするのです!
私は何も間違っていなかったんだ。あのケーブルの事件が証明してくれたの!
今はもう、するべきことをするだけだって思ってる。
最初はね、日記をつけ始めたときはセルゲイに読んでもらいたいと思ってた。
私はこんなにつらかったんだよ、どうしてあんなことしたの? あなたはレオニートなの? って。
みんなが悩んだり怖がったりするのは「分からないから」だよね? だから私も頭と日記の中だけで全部を終わらせていたし。
本当は、このまま悩んだままずっと暮らすんだろうなあ……って思ってたの。
でもね、まだ大丈夫なんだよ! もう大丈夫なの!
確信したんだよ。ケーブルを探しに行った先で出会った友達のおかげで。
アキムが逮捕されてたの。
サーシャさまといっしょに『ソソンの拒絶』の地下に降りたら、彼はニコライ将軍に拷問を受けたあとだった。
やっぱり、とも思ったけど、すごく残念だったよ。ショックで腰が抜けちゃった。
きっと、サーシャさまは彼を処刑するから、またもすごくつらい思いをするはず。いくら大罪人だとしても私の幼馴染みだからね。
だけどね、アキムだって分かった、ちょうどそのときだよ。
レオニートが火を噴くドラゴンみたいな顔になったのを見たの。
あの仮面みたいな顔の彼がドラゴンだよ? ドラゴン見たことないけど!
どうしてこんな簡単なことに気付かなかったんだろうね?
私、ワインが飲めなくなってたんだよ。ワインに眠り薬が入ってたから。
シチューは同じ鍋からよそって食べたし、私はお代わりして、セルゲイは先に食べ終わって食べてる私を見てたからそっちには入ってなかったはず。
そのあとセルゲイは、戸棚から持ってきたワインを私の前で栓を抜いてからグラスに注いだの。ワインは初めから仕度されていたんじゃない。
だから、眠り薬はもともとワインのボトルに仕込まれていたんだよ!
あのワインはこっそりと味見をしたことがある“お城の隠し味”と同じものだった。つまりあれは、アキムの家のワインなの。
こっちも自信あり。だてに食いしん坊をしていませんから!
薬を仕込んでから栓を戻せるのはアキムだけ。
レオニートはセルゲイかもしれない。そして彼は、アキムをものすごい顔で睨んでいた。
つまり、私を……ううん。私たちを酷い目に遭わせたのはアキムってことだ! また彼のせいだよ! まったく!
馬鹿だから、気付くのに時間が掛かっちゃった。
日記には「グレーテが来るのが楽しみ」ってところまでしか書いてなかったし、「どうして私を襲ったのか?」ってことばかりが気になっていたから。
私が最初に目を醒ましたときに真犯人に気付いていれば、セルゲイは逃げなくて済んだのにね。
ごめんなさい! ほんと、私ってそそっかしいなあ。
ところが、せっかく気付いたんだけど、そのときは腰を抜かしたまま泣くことしかできなかったの。
ばらばらだったパズルのピースが、いきなりぴたりと合わさったものだから、こんがらがっちゃった。お皿をばらばらにするのは得意なんだけどねえ。
重ねがさね駄目な子ですみません。
そのせいで、アキムに怒れずじまいになったし、心配してたニーナへ謝らせることもできなかった。
みんなね、しょうがないヤツなんですよ。
アキムは馬鹿でいたずらばっかりだし、ニーナは寂しがり屋さんだし、セルゲイはこっそり私の顔を見てる変態さんだし、私はこんなだし。
だけどもうひとり。私たち以上に大変な思いをしていながら、戦い続けている人を知っている。
そしてその人は、座り込んだ私の前でまたも苦しんでいた。だけどきっと、彼女は“かれ”を断罪するに違いない。
走って現場から逃げることも、駄目な自分から目を背けることも簡単なの。
彼女も「始めは憎しみからの処刑だった」っておっしゃってたし、自分のいやらしい性癖から逃げようともしてた。
だけど、自分からは逃げられないって悟って、全部受け入れるって決めたんだ。
彼女は何万人もの人の罪を背負って、何万人ぶんもの罰を受け続ける気高き女性。
我らがソソン王国第八代目君主アレクサンドラ・ルキーニシュナ・アシカーギャ王女陛下。
私の憧れで、私が自分で選んだ大切なひとり。
私は彼女から学んだことを生かさなきゃいけない。そして、これからも命を懸けて支え続けたい。
みんなと話をしよう。レオニート……ううん、セルゲイと。
お城に閉じこもっていないで、ニーナとも話をしないと。アキムがああなってしまった以上、あの子もまた独りぼっちだからね。
ちょっと文句を言って、それからまたハグをしてあげなくっちゃ。
ごめんね、アキム。きっとニーナが先にセルゲイのほうに行っちゃったのが悔しかったんだろうね。分かるよ。
それに、お城の暮らしで楽しそうにしてる私に焼きもちを妬いたんだろうね。それなのに何も気付かずサーシャさまの自慢ばかりして。
助けてあげられなくてごめんね。みんなが話してくれない、じゃなくて、私がもっと聞くべきだったんだよね。それもサーシャさまとのお仕事で最近気づいたんだけどね。
アキムはたくさん間違って、もう手遅れになっちゃった。
セルゲイもレオニートになっちゃったし、ニーナとも変な感じ。ソソン王国も王室もピンチになっちゃった。
だけど、私たちはまだ生きているんだよ。
生きているなら、やり直すことができるよ、きっと。
サーシャさまだってそれを信じたいから法律の改正を頑張ったんだよ。
間違いだらけで終わりなんかにさせたりはしない。
みんなが苦しんで歩いてきた道には、必ずゴールがあるはず。
サーシャさまが犠牲の上に幸せを目指してるんだから、私たちだってアキムが処刑されちゃっても頑張って幸せを目指さなきゃいけないんだよ。
「君主は国民のために。国民は君主のために」
だからね、サーシャさま、ごめんなさい。私はもうちょっとだけあなたのことを後回しにします。




