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死刑2-03 僕たちの夢

 さまざまな体験をした子供時代は、あっという間に過ぎ去った。

 叱られたり、哀しい場面にも遭遇したけど、みんなといっしょならそれも良い思い出かもしれない。


 僕たちはそろそろ自分の将来を考えなければならない年齢になった。


 まず、僕が仲間内で最初に学校を卒業。年齢的にも成績的にも当然だ。

 アサエム家の習わしで、実家ではなく、よその地域の医者に弟子入りして仕事を学ばなければならなかった。

 外国の力をいっさい借りないでの医療の技と、城下以外の現状を知ることが目的だ。


 東部の親戚のところへ身を寄せて、その地域の診療所に世話になる予定だったのだけれど、僕はそれを先延ばしにした。

 父には剣の修行を先にしたいからと言ったけど、それは建前だ。本当は単にみんなと離れるのが嫌だったからだ。

 この国はそれほど広くはないから、どこに居たって会おうと思ったその日のうちに顔を合わすこともできるけど、いっしょにいる機会が減るのは明白だ。


 剣の稽古は散々だった。僕は幼いころは身体が弱いほうだった。それは、みんなと走り回ることで改善された。

 だけど、その分だけ『人殺し』になることへの抵抗が強くなったんだろう。


 「太刀筋が逃げている」

 父に毎日叱られた。


 人形相手でもそれだ。訓練用の罪人の遺体や、生きた死刑囚を斬ることなんて出来そうもなかった。

 もっと悪いことに、処刑を見学させられる頻度も増えていた。

 僕はたった数日のあいだで、“かれ”らの首が転がるのを夢と現実の両方を合わせて十回は見ていた。

 死にかかった患者を生かす父と、健康な罪人を斬り殺す“あの人”。仕事だけど、彼はどこまでも正しかった。

 できれば、僕も彼のようになりたかった。

 悩みを誰かに話すことはできない。だから僕は毎日日記をつけた。

 日記は隠さずに、机の上に置きっぱなしにしておいた。もしも父が覗き見たら、なにかが好転する気がしていたんだ。


「どうしたんだよ、セルゲイ。ここのところテンションが低いな。もっとパーッと行こうぜパーッと」

 アキムが僕へ痛んだ梨を投げてよこした。

「父の手伝いのことでちょっとね。キミはもう少しへこんだらどうだ。学校やめちゃったんだろう?」

「まーな。もともとあんまり行ってなかったしな。おふくろには怒られたが、親父は喜んでら」

「じゃあ、果樹園を継ぐのか?」

「ごめんだね。親父は継がせる気だな。別に俺じゃなくてもいいと思うんだけどな。まだ下に三人もいるんだしよ」

「三人? 弟と妹は四人じゃなかったか?」


「……」

 アキムはいっぱく置くと、調理用の暖炉の前にいるニーナとグレーテを見た。彼女たちは鍋を弄っていてこちらに気付いていない。


「死んだよ。一番下のイレーネ。風邪が治らなくてそのままな」

 声を潜めて言うアキム。

「初耳だな。ご愁傷様。亡くなったのはいつだ?」


「先月だ。西の医者はヤブとは言わないが駄目だな。おまえのところと違って物がないよ」

「話してくれればよかったのに。父が駄目でも僕が診れたかもしれない」

「それも考えたが……まあ、寿命だろうよ。それに、おまえに話すと他のふたりに気付かれるだろ。あいつらは絶対ヘコむ」

 そう言ってアキムはグラスをあおった。彼は学校をやめてから飲酒を始めていた。

 ちなみに、こいつは酒に弱い。アルコールの少ない梨ワインでもすぐに酔う。だから、グラスにたっぷりと綺麗な雪を放り込んでいる。ほとんど雪を飲んでいるようなものだが、経済的だ。

それ(・・)の原因も妹さんか?」

「いや、酒は……単なる趣味だよ。嫌なことを忘れられてハッピーだ」

「まだ何かあるのか? 相談しろよ。僕たちの仲じゃないか」

「だからだろ。先月はニーナの誕生日とグレーテの卒業式があったからな。グレーテはともかく、美人の哀しむ姿は見たかないね」

「一理あるな。キミも気を落とすなよ」

 晴れの日を邪魔するのは良くない。だけど、ふたりがアキムの妹へ向ける憐れみにも少し興味があった。

「へこめと言ったり気を落とすなと言ったり……。ちょいと家が静かになった、くらいにしか思ってないんだよな。子供は産めるだけ産むもんだろ。クソ寒い国じゃほかにやることもねえしな。それに、兄弟が死んだのは初めてじゃない」

 彼は以前に弟も亡くしていた。城下と比較して他の地域では大人に成り切れない子供が多いため、多く産んで育てる家庭が多数を占める。

「命を落とす子供は珍しくない。だけど僕たちは、幸運なことに大人になれた」


 僕は食事の支度をする女子たちのほうを見た。


 アキムの言ったとおり、ニーナは町いちばんと噂される美人に成長していた。

 ダークブロンドの巻き毛は長く伸ばされ、前に垂らして胸へかけられている。飲食店の仕事を手伝うには邪魔だろう。

 だけど、彼女はそれの髪で何かヘマをやったことはない。いっぽう、今日もグレーテは皿を割っている。

 ニーナは幼いころから可愛らしいと評判のパブの看板娘だったけど、今は彼女目当てに夜のバーへ通う男の姿までもある。

 彼女の父親のマルクさんは、ふだんはあまり怒った姿を見せないのだが、娘への誘いには常連客相手でも威嚇を辞さない。


「果樹園を継がないとしてどうするんだ? せっかく死なずに済んでも、ちゃんとした大人にならなきゃ一緒だぞ。この前はさすがに肝が冷えた」


 アキムのいたずら癖は治っていなかった。子供のころは説教で済んだが、この歳になるとそうはいかない。

 この前は他人の馬を“借りて”揉めに揉めた。僕たちがカヴァーしなければ逮捕されていただろう。

 今のところ経歴は白いが、彼は死刑で人生を終わらせるような気がしてならなかった。

 ソソンでは犯罪歴のある者が逮捕されれば処刑一直線だ。

 今は父が首切り人をしているが、ひょっとしたら僕が彼を殺すことになるかもしれない。そんなのはごめんだ。


「何か、スリルのあることがしたいね、ソソンは退屈すぎる。城下はましだが、もう飽きちまった」

「スリルか。それに付きあわされて痛い目を見る人たちのことを少しは考えるんだな」

「セルゲイはまじめだねえ。毛皮や雪に隠れてこそこそしてるより、怒ってるほうがまだ健康的だね」

「いつか逮捕されるぞ。西や城下じゃキミは子供のころからお尋ね者だったからお目こぼしがあるが、よそじゃそうはいかないぞ」

「再犯死刑制度は後進的だと思うな。パンを二度盗んだだけでも首を斬られるなんて、馬鹿げてるぜ」

「一理あるな。斬るほうもたまったものじゃないだろうね。でも、それが治安を守っているのは事実だ。向こうの通りの裏手でまた女性が襲われたらしい。二度目だったから死刑だ。ああいう手合いは三度目もやるだろう」

「だろうな。女は襲うもんじゃねえ、口説くもんだ」

「口説けてないヤツが言ってもな」

 僕は笑って茶をすすった。


 アキムは手当たり次第に女性へ声をかけるナンパものに育っていた。毎日そのへんでフラれている。ちなみにグレーテにも一回、ニーナには数えきれないほどお断りされていた。

 美人が良いと口にはするものの、あまりにも見境がなくて冗談か本気か分からないのだ。ソソンでは見た目よりも中身が大事にされるからなおさらだ。

 姿が毛皮で覆い隠されているせいで相手を取り違えることもしばしば。老人や男性にも声をかけたことがある。

 幼女でもレディ扱いするあたり、冗談でもあるようだが、そのうちお縄にならないかとこっちのほうでも心配だ。


「スリルが良いって言うのなら、北の採石業はどうだ? あれは命懸けの仕事だぞ」

「田舎は勘弁。宝石を見つけて女の子にプレゼントするのには興味があるがね」

「じゃあ、東へ行ったらどうだ? あっちじゃ紙業が盛んだし温泉も多くて栄えている。山仕事もヘビーだぞ」

「そういうんじゃないんだよな。けっきょく同じことを繰り返してるだけだろ? 木を切ったり樹皮を剥いだりする毎日だ。崖の場所は変わらねえし、クマやオオカミだって西で見飽きてる。どうせ行くなら、国外にまで足を延ばしたいね」

 アキムは頻繁に国外へ行きたがっていた。好き好んで出て行くやつはいない。数年に一度、氷漬けのカップルが国境近くの山奥で見つかるくらいのものだ。

「そうか、じゃあお別れだな。まったく残念だな」

「ああ、おまえもうすぐ東部に行くんだったな。さては寂しいんだろ?」

 アキムが歯を見せて笑った。

「否定はしないよ。どっちにしろ、みんなそろって会える機会は減ってしまうな」

 僕はグレーテを見た。

「“ミス・マルガリータ”はメイド志望なんだって? 女子が王室に仕えることに憧れるのはわかるけど、ルールでがんじがらめらしいじゃんか」

 アキムは鼻で笑った。


 “ミス・マルガリータ”は婦人のミスと失敗のミスを掛け合わせた不名誉なあだ名だ。

 グレーテがそそっかしい娘なのは昔からずっと変わっていない。今はニーナ指導のもと、家事や裁縫、編み物、立ち振る舞いなどの勉強をしている。

 王室に仕える給仕室へ入るためには、メイド長の厳しい審査を受けなければならないんだ。

 いくら品行方正な看板娘の力を借りるとはいえ、今のグレーテじゃ、太陽を三日連続で見るくらいには難しく思える。

 ちなみに、この件に関してアキムと賭けをしている。我らがミスが城へ入れるかどうか。僕は不利なほうへベットしていた。


「グレーテ。そっちを先にお鍋に入れちゃ駄目。火の通りにくいものから順にだよ。クジマ芋は溶けやすいの!」

 ニーナが声をあげた。

「違うの。うちではね、ボルシチはクジマ芋が溶けるまで煮込んでとろとろにするの」

 グレーテは首を振った。

「これはミルクのシチューでしょ。芋は硬いののほうが好きって言ってなかった? っていうか、あんたのところは甘い芋をボルシチに入れるの?」

「今のは嘘です!」

 グレーテは胸を張った。賭けはアキムが勝ちそうだ。

「嘘つかないでよ……。そんなだとメイド長に叱られるよ。お説教のときはホコリっぽい書庫に閉じ込められるらしいよ」

「お料理のときに叱るのは料理大臣だよ! それに、本は好きだから平気! お城に務めたら書庫は自由に使えるらしいよ。お城には城下に出回ってない本もたくさんあるんだって」

「あんた、読書しながら説教される気? クビになっちゃうわよ」

「それは困っちゃいますねえー」

 他人事のように鍋をかき回すグレーテ。


「俺は本に囲まれて説教なんてされたら発狂するね」

 アキムが言った。

「あんたもお城に入ったほうが良いよ。説教されるためにね」

 ニーナは振りかえりもせずに返した。

「どうせ城に入るなら、どっかの部屋の大臣になりたいね。俺には夢があるんだ。俺は、ソソン王国を、変えたいっ!」

「へえ、あんたにはそんな大それた夢があるんだ?」

 ニーナは馬鹿にしたような笑いを浮かべている。

「おう。この国は息苦しいからな。よその国ともほとんどやりとりをしてないし、旅人もいなきゃ、雪山に囲まれて出国だってままならねえ。外には面白いもんがたくさんあるって噂なのによー」

「そんな理由で国を変えられたらたまったもんじゃないわよ。だいいち、国王様が許してくれないでしょ」

「そうかな。この前の演説を聞いたぶんじゃ、目はあると思うけどな。ルカ国王陛下はソソンが世界からみて遅れてるのを憂慮なさっているからな」

「あんたがかしこまると気持ち悪いわね。国王様が遠く先まで見渡さなきゃならないのは分かるけど、アキムはまずは自分の世話をちゃんとできるようにならないと。私も世界のことに興味はあるけど、それよりも身近な幸せのほうが大事かな」

 ニーナは鍋へ材料を放り込むグレーテを見ながら言った。


 ……それからちょっと、眉をあげた。


「じゃ、俺も自分の世話をしてくれる人を探そうかね。身近なところから。なあ、ニーナ?」

 アキムが席を立ち、ニーナの肩に手を掛けた。

「私はお父さんの世話で手一杯よ。最近つまみ食いが多くて太っちゃってね。叱っても聞かないんだから。手伝ってくれるならともかく、これ以上世話をする人を増やすのはごめんよ」

「いっそのこと、俺ともっと増やそうぜ」

「お断り。酔っ払いでもそんな誘いかたしないよ。それより、グレーテの作ったシチューの味をちょっとみてやって」

 ニーナがアキムへ小皿を差し出した。僕は眼鏡を外してミルクシチューをよく見た。……やけに黒い。

「おっ、待ってました! 結婚するなら旨いメシの作れる子が良いね」

「グレーテが傷付くわ」

「なんでだよ? まだ食ってもいないから分かんねえだろ」


 そう言ってアキムは男気を見せた。それから顔をしかめて舌を出した。 


「馬鹿みたいに辛いんだが。それに、具はまだ煮込めてないだろ。この茶色いのは木みたいに硬いぞ」

「っていうか木だし。それ、コショウの容器のフタよ」

「どうりで辛いわけだ。コショウは育てるのが大変なんだぜ。もとはインドの植物だからな。ソソンじゃコショウはどうやって育てるか知ってるか? わざわざ小屋を建ててな、その中に畑を作るんだ。屋根に仕掛けがしてあって、太陽が出たときには欠かさず天井を開けて……」

「あんたの農業ウンチクはいいから」

 ニーナはもう一度シチューをすくいながら言った。グレーテは舌を出して頭を掻いている。

「ともかく、食べ物は大切にしろよ」

 溜め息をつくアキム。


「次はセルゲイの番。食べて」

 僕の前に小皿が差し出される。

「僕も食べなきゃいけないかい?」

「余分なコショウはすくってアキムに食べさせたから平気だよ!」

 グレーテが元気よく言った。

「じゃあ、いただこうかな」


 シチューは辛かった。


「おいしくない?」

 不安気なそばかすの顔が僕を覗きこむ。

「……黒麦パンが欲しくなるね」

「やっぱり、メイドにはなれないかなあ……」

 栗色のおさげ娘はしおれてしまった。何とか励ましてやりたいところだ。

「料理は料理室のコックが作ってるって聞いたけど。メイドはお手伝いだから平気さ」

「そうなんだけど……私が駄目なのって料理だけじゃないし……」

「王室のかたの身の回りの世話をするんだっけ?」

「うん。でも、身近なお世話の係に入れてもらうには、やっぱり“出世”しなきゃいけないらしくって。もしもメイドになれても、サーシャさまのお世話はできないだろうなあ」

 グレーテは溜め息をついた。

「王女様のお世話がしたくてメイドになるの?」

 ニーナがたずねる。

「うん。ほら、覚えてる? 入学のときに、国王様だけじゃなくってサーシャさまも挨拶をしてくださったでしょう? そのとき初めて近くで見れて、一目惚れしちゃったの! ああ、このかたにお仕えできたらなんて幸せなんだろう……って!」

「確かに美人だよな。ニーナの次くらいに」

 アキムが言った。

「不敬だよ。私よりアレクサンドラ王女のほうが綺麗よ」

「化粧とドレスでかさまししてるんだろ。裸になりゃニーナの勝ちさ」

「やめてよ。見たこともない癖に」

 ニーナが睨む。

「それはどうかな?」

「もしかして、また(・・)覗いたの? 次やったらお父さんに言いつけるって言ったよね?」

「覗いてない覗いてない。ここを出入り禁止になるのは勘弁だ」

 アキムは肩をすくめて言った。どうだか。


「でも、もしかしたらニーナも負けちゃうかも。サーシャさまはスタイルも良いってメイドさんから聞いたから!」

「そうなんだ。じゃあ、いっしょにお風呂に入って確かめないとね」

 今言ったのは僕だ。

「俺もご一緒したいね。……ってセルゲイにしては珍しい冗談だな」

 アキムが首を傾げる。

「そうじゃないよ。入浴に付き添えるくらいのベテランメイドになれたら良いねって意味だ」

「そうよ。セルゲイが下品なこと言うわけないでしょ」

 ニーナが味方をする。

「へへ……なれたら良いな」

 グレーテは顔をにやけさせながら、なにやら宙を揉んでいる。よく分からないが、笑顔になれたのならオーケーだ。

「無理無理。おっちょこちょいには務まらないって」

 アキムは空のグラスをテーブルに置こうとした。彼はいつのまにか赤ら顔だ。


 グラスはテーブルに落ち着かずに宙へと転げた。


「あっ、落ちちゃう!」

 グレーテが大声をあげて、落ちるグラスをキャッチした。


「ナイスキャッチ、グレーテ! アキム、また酔っ払ってるの? ちゃんと雪で割った?」

「コショウが辛すぎて緊急で口を癒す必要があったんだよ。グレーテのせいだ」

「何を偉そうに。グラスが割れなかったのはグレーテのおかげ」

 ニーナが睨んだ。

「グラス一つ救ったからってなんだ。こいつは何枚も皿を割ってるから差し引きでマイナスだね」

「二人とも喧嘩はやめてよう」

「うるせえ」

「あなたは黙ってて」

 理不尽な怒りを受けたグレーテは「えー……」と言った。僕は彼女の肩を叩いてやった。

「いつものやつだね。グレーテ、さっきの身のこなしは良かったよ。王女のボディガードになれそうだった」

「ヘヘ……ありがとうセルゲイ。でも私は護衛じゃなくてメイドが良いな」

 グレーテは苦笑いだ。


「アキム、お酒はやめなさい。危なっかしいあんたにはあわないわ。国を変える話や国を出る話もね」

「なんだよそれ。なんでそこまで言われなきゃいけないんだ。押し倒すぞ!」

「ほんと、酔っ払うと性格が悪くなるんだから。私はあなたのためを思って言ってるの」

「性格が悪いのはもともとだ。俺の世話じゃなくて、親父さんの世話でも焼いてろよ」

 アキムがテーブルを叩いた。グレーテが首をすくめた。

「あんた、最近ちょっと変だよ。何をイラついてるの? 何かあったんなら言いなさいよ」

「うるせえ。ほんとに押し倒すぞ!」

 アキムは立ち上がった。ニーナを睨む目が座っている。

「……どうぞ。それで気が晴れるんだったら喜んで」

 ニーナは笑いもせず、肩の髪を払って言った。


 ふたりはしばらく睨み合ったが、アキムは「ごめん」と一言だけ残して店を出て行った。


 妹さんの件が響いているのだろうか。学校のこともあるのか。たしかに、ここのところのアキムは、なにかに対してイラつき通しだった。

「アキム、どうしちゃったんだろう」

「……最近、妹さんが亡くなったらしいよ。一番下のイレーネだって」

 僕は彼の隠していたことを話した。


「そっか、それじゃあしょうがないね」

 グレーテは鼻をすすった。

「……あの馬鹿。何も言わないんだから」

 ニーナの顔も台無しになった。


「アキム君が本当は良い子なのは知ってるよ。でもニーナ、さっきみたいなことを父親の前ではやらないでね……」

 マルクさんが溜め息をついた。

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