死刑1-27 ケーブルはどこへ?
「あなたたちは、どうして暴力的な手段に訴えるのですか? 意見書もあるでしょう」
石床の地下室。椅子に縛られた男へたずねます。尋問中のテロリストです。衛兵と争ったために彼の顔はぼこぼこです。
「意見をしたところで、じっさいに変えるのはあんただからだよ。俺たちは俺たちの手で変えたいんだ」
「君主だからといって、わたくし一人の意思で決定しているわけではありません。巡検室の者が意見書に目を通しますし、ほかの大臣たちと会議だってしています。みんなで変えているのです」
「みんな、ねえ。ルカ王のやりかけた仕事をばっさりと切り捨てて方向転換をしたのもかい?」
男がにやりと笑いました。
「あの人のやりかたは早急過ぎたのです。資金難から将来のための資源にも手を付けていましたし、たったひとりの外国人に心を奪われていました。世界だってルカ王を広告として利用していましたし、ソソンをひとつの国というよりはビジネスの舞台としてしか見ていなかったのです。あのままでは今ごろソソンはどこかの国や企業に食い物のにされていたに違いありません」
「そんなことは聞いてねえ。あんたが勝手にしたんだろって聞いてんだ」
「それは、ルカ王といっしょに外遊に出たわたくしにしか気付けないことですし……」
「ほら見ろ! おまえは独裁者だよ!」
地下室に反響する高笑い。
「口を慎め。国賊は君主の質問に答えるだけでいい」
レオニートの冷たい警告。
「色男だねえ。これも王女の権限ではべらせてるのかい?」
「将軍の推薦です。臣下たちはなるべく公平に扱うようにしています」
なんとなく痛いところを突かれた気がしますが……。
「そうかい。ま、テロリストでも囚人は囚人だ。俺も公平に扱ってくれよ」
「国賊は処刑か国外追放です。なるべくなら殺したくはありません」
「ははは! 死刑姫じゃなかったのか? おっと、処刑のたびに気絶してるんじゃ、この名前は不釣り合いか」
「その不遜極まりない名前で呼ぶな!」
レオニートは『秘密のフォルダー』事件以来、この名前を酷く嫌います。
「はいはい。血を見て倒れていいのは処女だけだって決まってるしな。俺は追放されてもまた戻ってくるぜ。壁があるわけじゃなし、警備だってがばがばだしな」
「二度目の逮捕は処刑ですよ。テロリストへの嘆願書は望めないでしょう」
「どのみち殺されるってわけだ。だがな、処刑を続ければ世界中に睨まれるぜ。処刑をやめれば俺たちの勝ちだ。一つ要求が通れば二つ目もぐっと近づく。死刑を廃止すりゃ、パパと同じ勲章が貰えるかもなあ?」
「要求は通りません。もはやあなたたちはソソンの敵なのです。国が総力をもって活動を停止させます」
「皆殺しにでもしなきゃ止められないぜ! 世界にどう見られるか! それに、あんだけ卒倒を繰り返しちゃ、そのうち誰かのたましいといっしょに地獄に連れていかれるかもしれねーな!」
「死後の世界を信じてるのですか?」
「馬鹿言え。たとえだよ、たとえ。俺たちが欲しいのは電子機器や自動車だ。十字架や仏像じゃねえ。なあ、王女さまよう、俺はインターネットのゲームってのがやってみてえんだ。銃で人を撃ち殺すやつが良い。eスポーツって言うらしいぜ」
「スポーツ? 人を殺すのを模した遊びはジョークでも感心できませんね」
「死刑姫が言うことかね。あんたにとっては処刑はお遊びで、気絶も実は“イっちゃって”るだけなんじゃねえかってな、俺たちのあいだじゃよく言われるジョークだ」
ジョークだったらいいのですが。わたくしはレオニートに「落ち着いて」と目配せをします。ニコライが外していて良かったです。
「あなたたちは軽々しく近代化を望んでいますが、ソソンには電気すらもないのです。借りるとなれば相手国と決定的な力関係ができてしまいます。自力で発電所やインフラの整備を行うのには長い年月がかかります。世界に助力を申し出れば同じことですし、輸出品として有効な氷湖の資源開発もルカ王が失敗したとおりです。あなたの望むゲームのためには、世界とのもっと複雑で大規模なゲームを制さねばならないのです」
「力を借りりゃいいだろ。プライドなんか捨てちまえ」
「そんなことをすれば、そのうちにソソンは消えてなくなります。そもそも、それを言ってしまうのなら、あなたたちが他国の力を求めて亡命すればそれで終わりではないのですか? 外にはあらかじめすべてが揃っているのです。非人道的のレッテルを貼られている今なら、亡命者として手厚い保護が得られるかもしれません。わたくしだって、出て行きたい者を無理に引き止めはしませんし、罪を犯す前なら出国のお手伝いだってします」
「君主がそんなアドバイスするかね?」
「あなたたちにも幸せになってもらいたいだけです。ですが、それでも出で行かないのでしょうね。自分たちで変えたいっておっしゃってましたし。なにか自身のこれまでに挫折や不満がおありになるのでしょう」
「うるせえ。何でも見透かしたような物言いをするんじゃねえ」
「見透かしていません。だから知りたいのです。あなたが革命に参加した理由はなんですか? どうして世界に憧れを? 自分で何かを変えようと思うに至った引っ掛かりを教えてください」
「勘弁してくれよ! そんなもん誰かに話すくらいだったら、死んだほうがましだぜ!」
男は悲鳴のような声をあげました。
「寄り添いたいのです。あなたがたがそう意固地で破壊的になった理由を知りたいのです。そうなる必要をなくす国にしたいのです。わたくしの考えが世界にも伝われば、ソソンどころか世界すらも幸せになれるかもしれません……」
「お優しいこって! 無理無理、どうやってだよ? おまえが書いたお手紙は俺たちが焼いちまうんだぜ?」
彼は輸出品やわたくしの書状を乗せた馬車を襲いました。国境の施設を介して国家として認められているお隣の国にメッセージの伝達をお願いしたかったのです。
本腰を入れて世界に訴えかけるのはまだ先の予定ですが、放置し過ぎて余計な干渉を招くのは避けたいのです。
「それならそれで、別の手を考えましょう」
「俺たちにだって“手”はある。もう打ってある。今さら何をしても無駄だ。おまえが望む“そうなる必要をなくす国”とやらも馬鹿げてる! 人殺しのくせに!」
「処刑は必要です。更生の不可能な者は憎しみを連鎖させます。加害者の明確な終わりを区切りにして再スタートを切る被害者のかたがいらっしゃいます。心に傷を残したままでは、周りへゆがみが伝播しうるのです。人々の未来や子供たちのためなのです」
次に取り掛かろうと考えている改革は、学校教育です。わたくしや国の機関だけで全てを抱えることはできません。子供たちに愛を教えたいのです。
誰しもが心おきなく相談のできる相手を持つように育てば、自ずと幸せな未来が約束されます。
「子供か……。それは良いさ。でも、俺はどうなんだよ? 手遅れじゃねえか! すでにおまえが殺した連中は? 明日おまえが殺すやつはどうなんだ! 不公平だ! 独善的だ! ヒツジの皮を被ったオオカミってのは、おまえみたいなのを言うんだ。きれいなツラの下は、ちょび髭の鉤十字野郎だ!」
「……そうですね。あなたの言う通りです。きっとあなたがたは皆殺しになるでしょう。それはホロコーストで選民思想でしょう。なんとでもおっしゃってください。死刑姫サーシャは血の道を行きます」
彼との面会は失敗に終わりました。情報は得られず、愛は届かず、わたくしの心はえぐられました。
レオニートやグレーテを求めたくなりましたが、それをすることが彼の指摘を肯定するようで、わたくしは独りで枕を涙に濡らすほかにありませんでした。
処刑、処刑、処刑、処刑。
テロリスト、再犯のこそ泥、人殺し、娼館の運営。石打ち、手首の切断、被害者遺族の仕返し、それから梨。
わたくしは彼らを殺しながら、彼らの話を聞き続けました。
わたくしが助けられなかった人々と、わたくしが自ら処断した人々。おびただしい数の屍が積み上げられていきます。
テロリストを処刑したさい、その仲間たちへ呼びかけを行いました。
話を聞きますからと、どうして乱暴をしなくてはいけないのですかと。しかしこれは、国民たちからあまり賛同を得られませんでした。
ブーイングと、処刑の投石に混じってわたくしのほうへも敵意が向けられました。
それは、テロリストに甘くした苦情なのか、当人たちからの拒絶なのか、あるいは“かれ”の身内でしょうか。家族に隠して活動している者は珍しくありませんから。
今、わたくしは正義の名のもとに怨みを量産しているのです。なんて矛盾なのでしょう。レオニートたちの守りをかいくぐって、靴先に石が当たったときはむしろうれしくもありました。
夜中にわたくしを苛み、ドレスを引き千切る亡霊が増えていきます。
「グレーテ、死後の世界はあると思いますか?」
愛の問題が解決してからは、死者の呻きに耳を傾けることに注力をしています。臣下たちをこういった問答に巻き込む回数も増えてきました。
「またあ。そんな暗いことを考えて! サーシャさま、またお痩せになられたでしょう? 抱き心地がちょっと悪くなりましたよう!」
「あなたもね。やっぱりまだ、つらい?」
「つらいはつらいですけど。痩せたのは別の原因ですよ」
「何かあったの?」
「何かって! お菓子が! 私の楽しみが! 減らされちゃったんですよう! テロリスト許すまじ!」
グレーテはかんかんです。
テロリストの活動は国内だけではおさまりませんでした。隣国との交易の馬車が国境の外で攻撃をされたのです。
世界から矢面に立たされた上にこうなってしまえば、これまでずっと助けてくれていた隣国も考えを改めざるを得ません。
ソソンは孤立しました。もともと、食料は自分たちでやっていけていましたが、王室や城勤めの臣下のための贅沢品は例外的に輸入に頼っていました。
小麦粉や白い砂糖はこの国では上手く育たないのです。新規開拓に向いた充分な土地もありません。使える土地は芋と毛皮の動物の生活圏です。
王室への失望を招くといけませんから、国民の目に映らない範囲ですでに節約が始まっていました。メイドたちにもこの件は城外へ漏らさないようにと緘口令を敷いています。
「わたくしのぶんを分けてあげてるでしょう?」
「それは感謝してますけど……」
グレーテはお皿を恨めしそうに見ています。
「わたくしとはんぶんこじゃ不満?」
「はんぶんこ。へへ……不満じゃないです。そう言われてみれば、最近のお菓子はかえって美味しくなった気がします」
「いっしょに食べる相手がいれば、わずかでも充分です」
「そうですねえ。サーシャさま、死後の世界があると思うかっておたずねになられましたよね? 私は、あっても良いと思います。たぶん、いっしょなら天国でも地獄でも楽しいかもしれませんからねえ」
グレーテは無邪気に笑いました。天使とはこういう子のことをいうのですね。
天使ならば彼女はもちろん天国行きでしょうね。ごめんなさい、グレーテ。
「あっ……」
グレーテから笑顔が消えました。
きっと、伝わってしまったのでしょう。彼女は席を立つとわたくしの後ろへ回り込み、必要なものをあたえてくれました。
「また、雪合戦でもやります?」
「二回目の逮捕はスヴェトラーナに処刑されてしまいます」
「二度も捕まったら私も地獄行きですねえ」
「多くの宗教で語られるところでは、地獄は地面の深くにあって、血と炎でまっかで、生前に犯した罪に応じた罰を受けるのだそうです」
「……サーシャさま。私も、処刑のお仕事を手伝いたいです」
グレーテの抱擁が痛いくらいになります。
「駄目です。ほかのメイドたちに嫌われてしまいますよ。処刑の手伝いのローテーションからも外されてるんでしょう?」
「はい。今でもたまに小言を言われたりするんで、おんなじです。みんなに嫌われたっても構わない」
「わたくしが構います。グレーテ、あなたはあそこに上りたいなんて言わないでください」
「でも、もっともっとサーシャさまの力になりたい」
強い強い抱擁。椅子に座ったままではお返しができないので、本当に困った子です。
「じゃあ、ひとつ秘密のお手伝いをしてくれる?」
わたくしは努めて明るく言いました。まだ早いかもしれませんが、“あれ”をしましょう。
……。
「サーシャさま。どこですか? ここ?」
「ん……もうすこし上です。出っ張ったところがあるでしょう?」
「でっぱり? こっちですか?」
「そこは触っちゃ駄目!」
思わず腰を浮かせてしまいます。そこはいちばんデリケートな部分です。
「ご、ごめんなさい!」
「汚れちゃったわ。拭いてちょうだい。そっとよ」
「……オッケーです。ここを押したらいいんですか?」
「そう、そこです。乱暴にしないでね」
「レオニートじゃないんですから……あっ!」
「……えっ!?」
グレーテの動きに思わず身体が跳ねます。
「なんかでてきました!」
「●RECってでてる?」
「はい! RECORDってことですね! なるほど、分かってきました。あ、サーシャさま、もうちょっと左にずれてください。ちゃんと真ん中にいかないと……」
グレーテに頼んだお手伝いとは、撮影の協力です。CHSから押収した品の中に、ビデオカメラがあったのです。インターネットはまだ使えます。これを使ってメッセージを世界へ届けるのです。よい考えでしょう?
でもグレーテったら、スイッチをちっとも憶えてくれないし、レンズに指を触れてしまうし、撮影中にくしゃみをするしで、とっても骨が折れました!
本当はわたくしのメイクや服装が変じゃないかスヴェトラーナにチェックして貰おうと考えていたのですが、けっきょくはふたりだけの秘密です。
メッセージを世界へ発信すること自体は、ほかの臣下にも説明済みなので問題ないでしょう。
「では、あとはこれをコンピューターに繋いで……あっ」
わたくしは固まってしまいました。せっかく良いのが撮れたのに、接続用のケーブルがありません。
「楽しみですねえ。全世界にサーシャさまのお言葉が流れるんですね。ちゃんと伝わると良いですねえ」
「ごめんなさい、グレーテ。投稿はまだあとになりそうです。映像をコンピューターへ送るためのケーブルがないのです」
わたくしは肩をすくめました。ささいな失敗ですが、ここのところ上手くいかないできごとが多い気がします。
「ケーブル?」
「コンピューターと他の機器を繋ぐ、紐状のものです」
「紐ですか? 毛糸とか麻糸なら持ってますけど……」
「専用のものじゃないと駄目なの。ニコライにケーブルが無かったかたずねないと」
「あらら。お預けですね。せっかく私が頑張って撮ったのに!」
「グレーテは良いカメラマンになれますよ」
「カメラマン! 撮影のお仕事、やってみたいですねえ。でも、どうせ撮るなら堅苦しい挨拶や処刑なんかじゃなくって、楽しいことしてるとこが良いですね」
「そうね。楽しいことって何があるかしら?」
「お菓子を食べることとか……?」
「それはかえってお腹が空くんじゃ?」
「そうかもしれませんねえ。じゃあ、サーシャさまとハグしてるところとかがいいです。見返すと寂しくないですし、うっとりしますよ」
「そんなの、いつでもしてあげます。せっかく記録するなら、もうちょっと貴重なことがいいです」
「貴重といえばお風呂ですね。サーシャさまのお風呂はサザンカの花びらが浮かんでて良い匂いです」
「あれね、浮かせてるのはサザンカじゃないのよ。ツバキよ。サザンカじゃちょっと香りが弱いの」
「あれ? そうでしたっけ? お風呂に侵入できるチャンスはあまりないので、それを撮りましょうかね? サーシャさまのお身体を余すところなく!」
「それは変態です!」
「うへへ。他の人には見せませんからあ」
「勘弁してください。今晩また連れて行ってあげますから」
少しばかり話が変な方向へ行ってる気がします。でも、グレーテ。インターネットには本来隠されるべき行いの映った“もっとすごい動画”がたくさんあるんですよ。
そんな映像でも、ふたりでこそこそ見れば楽しいかもしれませんね。
別に、“そういうつもり”だったわけではありません。ただ何となく、いつもの癖で動画サイトに接続したのです。
わたくしはそこで大きく出遅れたことを知りました。
撮影がまだ早いとか、ケーブルがないとか言っている場合ではなかったのです。
「やられた……!」
わたくしが世界へメッセージを発信する前に、連中に先を越されてしまっていたのです。
スマホを奪ってからは動画がアップロードされる頻度も下がっていて油断をしていました。先日捕えた者からビデオカメラを巻き上げたのも手伝っていたでしょう。
動画は、毛皮をまとい目だけを出した男がCHSを名乗り、『ソソンの惨状』とやらを語る内容です。彼はボスや幹部でしょうか?
メッセージ映像には、処刑の現場や貧困や城の贅沢な場面などが切り貼りされていました。
ソソンに貧困はありません。あれは持ち主の亡くなった農場です。城のお茶会の現場は星室のメンバーが多く映っているので、ユスチンが撮影したものでしょう。
動画投稿は一日前。ソソンに対する批判のコメントがブドウのように連なっています。
「こんなの、ずるいですよう!」
グレーテも声をあげました。
「すぐにケーブルを探してこないと。……レオニート!」
レオニートを呼びつけ、ニコライの居場所をたずねました。ちょうど撮影者の尋問に向かったということです。押収品は『ソソンの拒絶』に保管されているはずなので、探すにはちょうど良いでしょう。
わたくしはグレーテとレオニートを伴い、馬車で刑務所へと急ぎました。転げ落ちそうになりながら石の階段を降り、尋問室へ駆け込みます。
「むっ、サーシャ王女陛下」
振り返った髭の男は、酷くばつの悪そうな顔をしていました。別のうめき声も聞こえます。
「ニコライ! また被疑者を乱暴に扱ったのですね?」
「う、すみません。ですが、こいつはもう被疑者ではありません。しかも、撮影器具を見知らぬ者へ押し付けたことも認めました」
「それでも、拷問は許可しません」
わたくしが駆け寄ると、石床の上の男がこちらを見ました。ぼこぼこだった顔がさらにひどくなっています。
「ごめんなさい。拷問は禁止していたのですが。後ほどわたくしとまたお話をしましょう。嫌でなければ手当ても」
「……まじかよ。そりゃラッキーだな。ほんっとに、間近で見ると美人だよなあ。俺もそっち側だったら良かったぜ……」
「撮影係だったのなら、人を殺したりはしていないのね? 罪の内容次第では、協力いただければ処刑は免れるかもしれません」
「うへえ! マジで甘ちゃんだね。悪いが革命の風はもう止められないぜ。俺だって、すでに王女陛下と同じ血みどろさ! あーあ。ソソンで一番良い女がいるってのに、酒の一杯もいただけないのは残念だね!」
「それだけ軽口が叩けるのなら平気そうですね。今は他の用件で急いでいるのです。ニコライ、押収品に黒くて長い紐のようなものはありませんでしたか?」
「紐……ですか? 例のビデオカメラとやら以外は変わった物は所持しておりませんでしたが」
「あー、USBケーブルを探してるのか。悪いが、それは持ち歩きゃしねーな。エッチなことしてるところでも撮ったのか?」
本当に軽口の減らない男!
……?
背後で何かが倒れる音が響きました。
「う、うそ……アキム?」
グレーテは、グレーテは部屋の入口で崩れ落ちていました……。メイドのスカートがお花のように石床に咲いています……。
「そうさ、アキムだよ。グレーテ……元気にしてたか? はははっ! 笑えるぜ!」
わたくしは、愚かな君主で、駄目な友人でした。
気付けたはずだったのです。彼の名前が珍しいものでないからって、一度しか顔を合わせていなかったからって。
「グレーテ、落ち着い……」
わたくしは絶句しました。親友のもとへ駆け寄ったものの、こちらを見上げる彼女の視線の中に、恐怖や非難のようなものを見つけてしまったから……。
本当に見つけたのでしょうか?
もしかしたら勘違いだったかもしれません。本当は、彼女はわたくしを求めていたかも知れないのに……!
グレーテは、独りで涙をこぼし続けました。
わたくしはただ友人たちのあいだに立ち尽くしました。
ケーブルは見つかりませんでした。ソソンへの非難は募るばかりです。
きっと、わたくしとグレーテを繋ぐケーブルも、すっぽ抜けてしまったに違いありません。
その晩、最低なことにわたくしはレオニートを求めました。
言いわけをしましょう。グレーテが応えてくれなかったからです。
わたくしだってつらい。でも一番つらいのはあの子で、わたくしは拒絶をされても、彼女の部屋へ乗り込んででも、抱きしめて、恨み言を聞いてやらなければいけなかったのに。
その大いなる罪への罰はすぐに下されました。
わたくしはまるで、自分が被害者になったかのように泣きながら、レオニートを抱きしめました。いつも通りの一方的な抱擁のつもりでした。
ですが、その日に限って彼はわたくしを抱き返してくれたのです。
「お可哀想なサーシャさま」
それは、憐れみでしょうか、皮肉でしょうか。答えを返したのはわたくしの身体です。彼に抱かれると、腹が……わたくしの女の器官がです! 逃げるようとするのです。
ですが、この恐怖が何だというのでしょうか。この苦しみが、可哀想?
あの子に比べたら、わたくしなんて涙のひとつぶを流す権利だってないのに!!




