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死刑1-26 たとえ応えてくれなくとも

 わたくしは使命へと復帰しました。

 プラチナを花弁雪(ハナビラユキ)と舞い踊らせ、白に映えるブラックベルベットのドレスで国民たちの前へ立ちます。白魔に隠された罪を明らかにしましょう。


 “かれ”は偽った名目で会合を行い人を集め、不当な変革を唱えた詐欺師。

 とりわけたちが悪いのは、わたくしが隣人の心配と声掛け運動を推奨するように演説したことを看板に掲げたことです。

 王室への侮辱、愛の否定。詐欺師は参加者を閉じ込め、酒を振る舞い熱弁を振るったそうですが、結果はごらんのとおり。

 いろいろと振り振られた会合の場で、最後に振りかざされたのはこぶしでした。青き革命の戦士は守るべき老人を昏倒させたのです。

 彼の言を信じて参加したおじいさんが望んでいたのは、雪かきの手伝いと、たまにおしゃべりをしに来てくれる友人でした。

 一命はとりとめたものの寝たきりに。あまつさえ、たくさんのおはなしを知っていたであろう舌も痺れてしまいました。


 おじいさんは近所のかたが雪かきを肩代わりし、毎日お見舞いを受けることができる身分になったのです。

 さすがは革命の戦士ですね。


「王室を盲信する老人なんざ、ソソンの未来には害悪にしかならない!」


 化けの皮が剥がれた“かれ”に相応しいのは生き剥ぎの刑。

 全身に切り込みが入れられ、わたくしの手が“かれ”の皮膚を丁寧に奪っていきます。小さな震えは革の手袋越しでもよく分かりました。意外と気持ちよく剥げるものですね。

 みなさんも自身のさかむけや、かさぶたを剥いだことがありませんか?


「ちくしょう! じじい一人を殴っただけで死刑かよ!」


 正体を暴かれた“かれ”は燃えるような色でした。剥き出しの身体へ当たる雪さえも灼熱でしょう。叫び、身体をよじりますが、縛り付けられた“かれ”はけっして逃げることはできません。


「王族への侮辱は処刑に届きうる罪です。わたくしだって殺したくはありませんでした。騙すのはいけませんが、ただ集会をしただけなら一度は赦したのですが」

「それが後進的だってんだ! サーシャ。俺はおまえが嫌いだ! おまえの親父さんも、こんな風に全身が焼けるように痛かったんだろうな!」

「|CHS《シャルル=アンリ・サンソン》のかたがたがわたくしを嫌っているのは知っています。ですが、王室そのものは否定していないと聞きました。ソソンを世界へ開き、近代化への道筋を立てるという、ルカ名誉国王と同じ方針なのでしょう? 考えは違うとも、ソソンの民を思ってくれているのではないのですか?」

「そんなもん、建前だ。民主制になればどのみち王室はお飾りだ。そうなりゃ、いずれは廃止さ。世界と繋がれば力を持つのはカネだ。商人だ。俺たちは“冬眠の王国(スリープキングダム)”の住人なんかじゃない!」

「毎週欠かさず意見書を集めてるソソンが民主的でない? 出て行きたければ、出て行けばいいでしょう。そのための法律だってあるのです! 世界の世話焼きなかたがただって手伝ってくれるでしょう。なのになぜ、静かに暮らしたい人たちの血が流れなければならないのですか!?」


 壇上での叫び。テロリズムに言ってやりたいことはこれだけです。ソソンの血を引くわたくしは否定はしませんが、拒絶はします。

 ただ……嫌いだって面と向かって言われるのは、やはりつらいものですね。


「そうだそうだ!」

「危ないことはよそでやって!」

 賛同者たちの声。多くの国民だって、同じ想いなのです。


「アレクサンドラ王女陛下。もう充分、国民は暖まりました。これ以上彼を喋らせるべきではないでしょう」

 レオニートの進言。わたくしは刑吏へ合図をします。

 執行官の一人が頭に一撃を加えたのちに、別の執行官が舌を奪い、“かれ”の口からまっかな嘘が流れ落ち始めました。


 罪人は叫びます。それは獣のような唸り声でしたが、わたくしはすっかり聞き慣れてしまっていたようで、血の唾が飛ぶ中に「ルカ」や「サーシャ」をたやすく見つけることができました。


「王女陛下。放していただけませんか? これでは護衛の任に支障が出ます」

 “かれ”の招いた“なにか”のせいで、わたくしは無意識のうちにレオニートの腕につかまっていました。

「石投げが始まります。早く」

「ごめんなさい……」

 わたくしは、彼とほかの護衛の兵のあいだに引っ込みました。身動きがとれなくなれば、目の前で石に打ちのめされるルカ王以下の愚か者から逃げることもできません。

 正義の礫の中、未だこちらを睨んで穢れをぶつけ続ける“かれ”。赤い海が広がります。

 いやおうにも罪へ寄り添うわたくしが“かれ”と一体化していくのを感じます。

 投石のひとつが彼の頭に当たり大きな痙攣を招いた瞬間、わたくしもさざなみを感じました。こちらの海はグレーテといっしょにというわけにはいきませんね。

 幸い、恐怖と性愛(エロス)はそれ以上の盛り上がりをみせませんでした。

 レオニートや男性刑吏のあいだで昏倒してこの秘密に気付かれてしまえば、おとめは処刑されたも同然です。スヴェトラーナに処刑の退場にも給仕室の助けが得られないか相談してみましょう。

 できればグレーテだけに手伝ってもらえれば安心なのですが、さすがにほかのメイドたちが怒るでしょうね。


 今回の投石では、護衛者の血が流れることはありませんでした。

 ですが、レオニートの言うには「投石をせずに我々を睨んでいる一派がいた」のだそうです。

 石投げは義務ではありませんが、わたくしの投げ掛けた愛に応えてくれないかたがたの存在は寂しく思います。


 この処刑を皮切りに、ふたたび執行の過密スケジュールがおとずれます。

 わたくしは、壇上で罪人と会話をする頻度が増えました。愛や正義を説く演説の回数も増えました。

 意固地なかたがたは相変わらずニコライの過労死を企み続けていましたが、広場に集まる国民はわたくしとともに愛を高めあってくれました。

 別の高まりがメイドの手を煩わせることもしばしばですが……。


 新たな王室儀礼に処刑にまつわる仕事が追加されました。

 壇上に付き添うのを自ら希望するメイドは多いようですが、実際の現場で気丈でいられるかは別問題らしく、気分を悪くしてわたくしといっしょに退場するケースもあります。


 わたくしがあえて処刑前に“かれ”らと話をするのには三つの理由があります。

 ひとつめは、国民の投石の意欲から測れる処刑の妥当さのチェックを精密にすること。

 ふたつめは、“かれ”たちの悪や、そこへ至るバックボーンを少しでもみなさんに感じていただくこと。

 みっつめは、処刑を続ける理由やわたくしの愛と正義を繰り返し説明して、それをなんとか撮影者に広めてもらうことです。


 ですが、やはり以前に起った演説のカットが恣意的なものでないことが示されてしまいました。

 動画サイトにアップロードされるものはどれも編集済み。処刑の最中に挟んだ会話や演説もお構いなしにカットされて不自然に繋がれています。


「もう、必要ありませんね」

 わたくしはディスプレイに動画のリストを表示したまま、扉の外に立つレオニートを招き入れました。


 いちから説明をするのは骨が折れましたが、レオニートは聡明で、インターネットや動画サイト、処刑を収めたそれぞれの動画と、その編集の意図を理解してくれました。


 それからわたくしは、叱られました。


「なぜ、もっと早く相談していただけなかったのですか? この箱が王室の機密だとしても、ニコライ将軍ぐらいには話しておくべきだったでしょう」

「ですから、世界から提示されたメッセージの交換方法だと思っていたのです。ニコライに教えたら撮影者は逮捕されてしまうでしょう?」

「スパイはユーコ・ミナミの処刑時にはすでに入り込んでいた……つまりは死刑の廃止期間中か、それ以前からということです。これがCHSの手の者だとすると、連中がルカ名誉国王の支持者だということも怪しい。初めからソソンを破壊するために活動をしていたとしか思えません!」


 おっしゃるとおりです。わたくしは椅子の上で小さくなりました。ちらと見上げますが、彼は相変わらず怒りの読み取りづらい顔をしています。


「死刑の廃止や再開も、連中にとっては口実に過ぎないのでしょう。名誉国王がご存命でも、いずれ裏切るつもりだったのです。すぐに将軍閣下へ伝えてきます。彼にもこれを見せたほうが良いでしょう」

「ま、待って。ほかにも見せたいものが」

 わたくしは背を向けようとするレオニートの上着をつかみました。それから、椅子から腰を浮かせて彼の身体に腕をまわします。

「サーシャ王女。こちらの子供っぽい癖も直したほうが宜しいかと」

 レオニートはつれません。


 白状しましょう。あの抱擁の夜から、わたくしは何度も彼の身体を抱きしめています。嬉しかったときや、不安になったときに衝動が抑えられなくなります。

 ただ、こちらから抱き返すように求めることはしていません。ノーの返事を恐れて待つくらいなら、我慢するほうが良いと思うのです。

 二度目からは中指噛みの癖と同等に扱われていますが、そのくらい軽く流して貰ったほうがこちらとしてもやりやすくて都合が良いです。

 彼が棒立ちで抱擁に応えてくれなくとも、この腕の中のぬくもりは変わりません。


「なにか見せたいものがおありなのでしょう?」

 促されて身を離し、マウスをクリックして『秘密のフォルダー』をオープンします。

 憶えていますか? 『死刑姫サーシャ』が一部の界隈でもてはやされて、世界のイラストレーターによって描かれたという話を。


 わたくしはそれらを彼に見せました。可愛らしいものから、ゆがんだ性愛としか思えない侮辱のかたまりまで、全部。

 見せる画像が過激になっていくにつれて、レオニートのコメントも辛辣になっていきます。


 そしてとうとう、激怒してしまいました。


「なんたる無礼な行為だ! ソソンが君主アレクサンドラ・ルキーニシュナ・アシカーギャ王女を娼婦だとでも思っているのか!」

 レオニートはコンピューターに向かって怒鳴り散らします。

 相変わらず表情は面白くありませんが、わたくしを満足させるだけのリアクションではあります。

「王女もこのようなものを保管などなさって、どういうおつもりですか!?」

 また叱られてしまいました。

「何を笑っていらっしゃるのですか!」

 わたくしは舌を出して返事とします。

「ええい! 焼き払いましょう! 叩き壊しましょう! どうやったらこの絵は消せるのですか?」

 レオニートがディスプレイにつかみかかります。

「ちょ、ちょっと! レオニート! ちゃんと消しますから! 乱暴はやめて!」

 わたくしは必死にお願いします。それでもレオニートは止まりません。

「揺らさないで! 壊れちゃう! 壊れちゃうから!」

 さすがにこれを壊されてはしゃれになりません。懇願は悲鳴にも似てきました。


「サーシャさま! レオニート! あんた、やっぱり!」

 扉が乱暴に開かれる音。


 わたくしとレオニートはぴたりと静止しました。訪問者は、勇敢なるわたくしのグレーテでした。スパシーバ。彼女は手に花瓶を握りしめています。

 グレーテのあんな怖い顔をみたのは初めてです。サプライズでしたが、しっかりと心のメモリーに焼き付けておきます。


「あれ……?」

 きょとんとするそそっかしい娘。

「これはね、違うのよグレーテ」

 襲われていたのはわたくしではありません。この世界の詰まった憐れな箱です。

「わ、私、早とちりしちゃいました」

 グレーテは慌てて花瓶を背後に隠しました。挿してあった花と中の水が石の廊下を汚します。

「ううん。ありがとう」

 わたくしは彼女へ歩み寄り、額にキスをしました。

「すぐに片付けます」

 頬を染めたグレーテが一瞬、わたくしの背後を睨んだ気がしました。彼は無実なのですが……。

「お願いしますね。レオニートも落ち着いて。あれはちゃんと目の前で削除しますから」

 わたくしは『秘密のフォルダー』を完全に消去しました。

「こっちのほうはニコライは秘密にしておいてくださいね。外国へ戦争を仕掛けかねませんから」

 もっとも、あんな恥ずかしいものを見せてやる気は初めからありませんでしたが。

 可愛らしいイラストならともかく、王女が死刑に処される風刺画や、死刑囚たちに××されるコミックは、さすがに、ねえ?

 撮影者と世界の画家たちはじゅうぶんにわたくしの役に立ってくれました。わたくしのために怒ってくれる大切な存在をふたつも再確認させてくれたのですから。


 すこし騒がしい一幕となりましたが、動画の撮影とリークは臣下と国民も知るところとなりました。

 そして、動画の撮影者はその次の処刑の場で逮捕されました。

 ニコライたちが本気を出せば、何千もの群衆の中から一匹のネズミを見つけ出すのも不可能ではありません。正義の臣民の眼だってあります。


 撮影者はスマートフォンを使用していました。スマホは国内で唯一電子機器に通じているわたくしが検めました。

 機能をいくつか試しているうちに、会話用のアプリケーションに気付きました。

 連絡先にCHSXX(XXは数字です)というものが並んでいたので、しめたものとおもいましたが、ログは無し。消されたのかあらかじめ残さないようにしていたのでしょう。

 試しに持ち主のふりをしてメッセージを入力してみましたが送信も失敗。ともあれ、これでCHSの仕業だということが判明しました。


 分からずじまいなのは、撮影者の正体です。

 実は逮捕された者がスマホを持っていたのは間違いないのですが、それは誰かに持たされたものだと主張するのです。

 いちおう本人の許可を得て、自宅や知り合いの捜査も行われたのですが、ニコライさえも彼の釈放に反対をしませんでした。

 したたかな犯人は捜査の手が迫ったのに気付いて、彼にスマホを押し付けたのでしょう。


 ともあれ、革命団体“|CHS《シャルル=アンリ・サンソン》”を正式に国家の敵として取り締まることが決定されました。

 世界からの口出しや手出しに不安が残りますが、まずは自国の足元を固めなければなりません。世界への拒絶と理解への行動はあとまわしです。


 レオニートの推測が正しいのなら、CHSは正義を持たない身勝手な悪です。君主として、無情となって殲滅せしめねばなりません。たとえどんな理由や背景があろうとも……です。

 きっとこれからも、この手へ血を塗り重ねるでしょう。この脚は壇上で崩れ落ちるでしょう。反乱を鎮圧しても、世界との対話が残されています。もしかしたら、世界は応えてくれないかも知れません。


 ……でも、大丈夫です。わたくしには支えてくれる、たくさんの愛があるのですから!


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