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死刑1-21 なんてかたなんでしょう!

 そうそう。遅ればせながら申し上げますと、わたくしの付き人にグレーテが加わったときに、もう一名、別のかたが護衛として配属されていました。


 そのかたの名前は、レオニート・レヴォーヴィチ・トルストイ。


 わたくしと同年代の……少し年上でしょうか? 男性のかたです。

 ソソンのカラーと正反対の黒髪に鳶色の瞳。すらりと長い体躯に低くて良い声。あまり感情を顔に出さないかたです。顔の作り自体は相当良いほうなので損だと思います。だからどうしたということでもありませんが。


 レオニートはニコライ将軍のお気に入りの新参者らしく、西方で発生したデモ活動が暴徒と化したさいに、鎮圧に一役買った一般市民で、腕も立つとのことです。


 そうです。とうとう、ソソン王国の各地で、死刑制度や鎖国状態へのおもてだった反対集会が行われるようになり始めたのです。

 といっても、散発的で活動家も現在確認できているのは二十名にも満たない数。今のところ革命の風は微風。彼らのおこないは街頭などのひと気の多い場所での呼びかけ程度で、ソソンでは許されている自由の範囲です。

 もしもそれで国民全員が革命を望むようになれば、わたくしにはいっしょにその道を歩む覚悟があります。ソソンの君主ですから。


 ただ、振るう熱弁の中身が多くのかたの逆鱗に触れるらしく、言い争いや喧嘩の種となってしまうようです。人の考えかたはいろいろですし、押しつけがましいのはあまり賢いやりかたとは言えないでしょう。

 かつて囚人の格差についての直訴をした団体も同じ手を使って仲間を募ったようですが、あれは国民も死刑廃止に頭を悩ませていた時期だったから上手くいっただけのこと。

 反対意見の噴出しやすい提案については、まずはわたくしや巡検室に意見を届けて、こちらから国民にアンケートをとれば穏便なのですが、デモやテロルは少しづつエスカレートしていっています。

 相変わらず通いの城の者への脅迫の投書があります。窃盗や器物損壊などの被害も出てきました。隣国と細々と行っている交易の馬車の車輪にも悪戯がありました。

 城内やわたくしへ直接どうこうということは今のところありませんが、衛兵さんたちの肩は凝る一方です。


「格好が良いと思っているのでしょう。ソソンは静かで平和な国です。刺激を好むパーソナリティを持つ者は、どこにでも一定数居るものです」


 この発言はくだんの護衛、レオニートのものです。彼は普段は寡黙です。

 護衛や衛兵が寡黙なのは普通のことですし、意見自体は大歓迎なのですが、彼には扱いにくいところがあって、発言が前置きもなく行われるうえに、容赦のないものが多いのです。


「被害感情など、そうそうに切り捨てるべきです。人格形成にゆがみを与えます。ゆがみを持った者が誰かと関われば、悪しき影響が病のように伝染を起こすでしょう」


 これは被害者の面会を終えて城へ帰還するさいの発言。ある点では正論ですが、被害にあった女性に玄関まで送って来ていただいていたので、この発言が彼女の耳に入らないかと肝を冷やしました。

 デリケートな話題なので、レオニートには室外で待機してもらっていたのですが、しっかりわたくしたちの面会内容を聞いていたようです。


「トルストイといえば、旧き帝国の大作家が有名ですね。お父様のお名前もレフのようですし、もしかしたら……息子さん?」

 これはわたくしが、彼と初めて会ったときに友好を深めようとしておこなった発言です。

 もちろん冗談です! この時点で、すでにわたくしはグレーテと楽しく会話をしている姿を見られていたので、あまり堅苦しく接しないほうが良いと思ったのです!

「そのトルストイは外国人です。それに生きていれば二百歳近いでしょう。アレクサンドラ・ルキーニシュナ・アシカーギャ王女陛下は算数は苦手でございますか?」

「数学はあまり得意では。国政や帝王学に関連深い学問でもありませんし……」

「それはソソンの人口があまり多くなく、科学技術が後進的だからでしょう。良くも悪くも簡略的な道具や手法が活きる環境なのです」

「そ、そうですね……」

 知識や知能は申し分ないようです。デリカシーやユーモアには欠けるようですが。


「アレクサンドラ・ルキーニシュナ・アシカーギャ王女陛下。城外でそのようにはしゃいだふるまいはすべきではないでしょう」

 叱られもします! これは、被害者面会の重く哀しい空気を癒すために、屋外でちょっとばかりグレーテと友達らしくしたときのことです!

「ご指摘はもっともです。ですが、あくまで忍びで行っているのですから、フルネームで呼ぶのは控えてください」

「お忍びであるなら人の耳目につく行為はやはり避けるべきではありませんか? サーシャ」

「おっしゃるとおりですね! レオニート!」


 嫌いです。本人の耳に入れるわけでもないので、はっきりと言います。嫌いです。

 グレーテもわたくしと同じように不適切な行動をいちいち指摘されるので、何度か無言の苦笑いを交換しました。

 公務は真面目にやっているつもりですが、君主の使命と試練は心身の消耗が激しいので、少しくらいのお茶目は許して欲しいところです。


 レオニートの一番の仕事は、危険人物からわたくしを守ること。とりわけ、囚人との面会でわたくしのそばに立っていただくことが最重要です。彼に口を挟まれると厄介なので、その点については先回りして絶対の命令で口を塞いでおきました。

 グレーテは書記官の任に未練を持っていたようですが、彼に横に立たれることへ難色を示して席を外すことに決まりました。

「私、レオニートさんのこと好きになれそうにないですよう」

「わたくしも。スヴェトラーナのいやなところを煮詰めたみたい!」

「私は今はメイド長は大好きです。最近はお仕事抜きでもおしゃべりをしますし。でも、ああいった真面目な男性は、どうしても怖くって……」

 自身を辱めたセルゲイを思い出しているのでしょう。彼も真面目な人物だったと聞かされています。グレーテがつらい思いをしないために書記官の辞退を望んでいたのですが、これではあまり意味がないようですね。


 さて、レオなんとかさんにまつわる話はもういいでしょう。おいおいたっぷりとすることになるでしょうから。

 幸い、彼は囚人との面会中には余計な口出しはしませんでした。


 面会者とのやりとり。名前は伏せます。初回日は被害者との面会ともリンクするであろう、性犯罪者たちをピックアップしました。

 肉体的なダメージが少ない場合でも、相手の心を殺す憎むべき行為です。

 被害者たちの声を知った今でも、狭間の迷子である“かれ”らを心配する余裕はあるでしょうか?


「“匂い”にどうしても抗えないんですよ。街ですれ違ったときとか、酒場で座ってる人の後ろを通ったときとかにね。髪の香りや、フレグランスと汗の混じった匂いに気付くと、年齢に関わらず、どうしてもセクシャルな衝動が湧いてしまうんです」


 ……一人目から何となく心当たりのある話がでてきました。

 もしも、わたくしが一般男性でしたら、処刑を眺めながら痴漢行為でもしたかもしれません。

 じっさい、ヨーロッパで公開処刑の盛んだった時代では、痴漢どころかパートナーと楽しんでいたかたがいらっしゃったとか。


「やはり、衝動に抗うことは難しいのでしょうか。あなたは矯正や治療は可能だと思いますか?」

 わたくしは問いました。

「無理ですよ、刑務官さん。我慢にだって限界もあります。……バーの狭い出入口ですれ違ったときに、果実酒と混じった甘ったるい女の匂いがして。気付いたら後をつけていました。彼女は迂闊にも雪かきの無精な家のそばを通りました。雪が音を吸ってくれるんです。カンテラを消せば何も分かりません。相手は酔っ払っていたし、僕はシラフだったし。あまりにもうまくやりおおせたし、これだと思って」

 彼は常習犯でした。今回、再犯で死刑が確定したからという理由で、余罪についても話してくれたのです。

 最初の逮捕の時点で七人だったそうです。ソソンでは余罪も逮捕理由と同等かそれ以上の罪であれば、再犯者として扱われます。

 七人目と八人目にのときには目撃者がいて、どちらでも逮捕に至りました。

 最初の逮捕のときに余罪が明らかになっていれば、更生のチャンスはなかったはずなのです。

 そして記録の残っていない六人が闇に落とされることもなかった……。

「顔も憶えていないでしょうね。僕も思い出せるのは彼女たちの暖かさと、雪に膝をついた冷たさくらいだ」

「憶えていても、言いだせないだけかもしれない。あなたはどれだけ酷いことをしたのか自覚しているんですか?」

「していますよ。だけど、氷湖の冷たい水中に落ちたとして、どれだけ我慢しても最後には肺に水が入って死んでしまう。そういうことです」


 彼は悪びれもせずに言いました。反省はもう無意味ですし、理性の敗北者ですから。わたくしもそのラインを越えないように気を付けましょう。


 今回のケースに限らず、積まれた雪の陰というのは犯罪や事故の温床です。

 いちおう、ソソンの城下街では雪かきは義務となっています。

 雪かきをサボると交通室から指導が入ることになっていて、さらに放置され危険と判断されれば強制的に雪の山は撤去されるのですが……。


「王女陛下、そのような癖は控えたほうが良いでしょう」

 囚人の交代のあいだにレオニートに突っ込まれました。考えごとをすると中指をくわえる癖は相変わらず抜けていません。


 のちの話になりますが、交通室に市井の雪かきの取り締まりについて確認したところ、家主が老人や病人であっても特別な処置はないそうで、「強制撤去をしたのちにまた放置されて……そしてまた撤去」というパターンに陥ることが多いと判明しました。

 雪かきは重労働です。毎日雪が降るソソンではとりわけ大切で大きな仕事です。土地の持ち主に配慮すべき事情がある場合は、代理の雪かき人を派遣する制度を設けて、たんなる無精者へは具体的な罰則を設けるべきでしょう。

 多くはマナーやモラルでどうにかなってきた話でしたし、お城の者が通るような路では誰しもが見栄を張るでしょうから、これはわたくしたちの落ち度といえそうです。


 一人目の面会は狙いどおりではありませんが、意義がありました。さて、二人目。

「若い刑務官さんだね。お嬢ちゃんは、人間はどうして服を着ると思う?」

「それは……寒さから身を護るため、怪我から身を護るため、着飾って立場や個人を強調するため、あるいは変身……などでしょうか」

「変身。面白い発想だね。アレクサンドラ王女陛下がルカ名誉国王の仇を討ったとき、ドレスを脱いで着替えた演出があったよね。おじさんは、あれはこの世で一番うつくしい変身だと思ったね。おじさんもあれ、やりたいなあ」

「……」

 わたくしは頬が熱くなるのを感じました。あのときはユーコ・ミナミや世界、それに愚王に対するさまざまな思いで少々混乱したというか、行き過ぎたことをしたかもしれません。

 国民を奮い立たせるためとはいえ、婦女子があのような姿を衆目に晒したのは恥ずべき行為……。

「どうしてお嬢ちゃんが赤くなるのかな? まあ、おじさんの場合はね、変身というよりは、本当の自分を見て欲しいからかな? うーん、違うかな? 本当の自分に気付いてない周りを考えるのも好きなんだよなあ……」


 ええと、彼は『露出狂』というかたです。陰茎(マイ・サン)大公開(パブリッシュ)なさった罪で逮捕されました。いちおうは初犯です。

 噂になっているので余罪もあるのでしょうが、本人は否定をしています。


「誰も見てない路地とかをぶらぶらしてね。そう、言葉通りぶらぶらしてね。ああ、この窓の向こうには人が普通に生活してるんだ、とか、あの角の向こうから人が出て来たらどうしよう、とかね。毛皮のコートの下は全裸ってスタイルで散歩してたんだけど、とうとう我慢出来なくなっちゃってね。出会い頭に衝動的にコートを広げて……変身! しちゃったんだよね」

「そうですか……」


 被害者は主婦のかたでした。彼女はすでに女性としての経験を一通りこなしたかただったからか、怒りはしましたがトラウマにはなっていないそうです。とはいえ、声なき被害者のかたがどこかにいるかもしれません。

 ですが、コートで隠しているうちは無罪ですし、さらけ出す行為も人目につかなければ……軽度の犯罪でしたっけ? わたくしも大公開(パブリッシュ)してしまっていますが……。


「またやったら死刑なんだよね? おじさん自信ないなあ。今このテーブルの下でも丸出しでいたいもんね」

「現状の法律ではそうです。この面会は再犯死刑制度の改正の参考にしますから、その点を留意した発言をなさってくださいね」

「えっ!? 今さらだなあ。でも、死刑はやりすぎだと思うな。見せたくらいでなんだっていうんだい? 誰も損してないじゃないか」

「心の傷になるかたもいらっしゃるのです。あなただって、四六時中、他人の性器がちらついて良い気はしないでしょう?」

「そりゃね。ソソンに海がなくて良かったよ。貝料理がポピュラーだと大変だ」

 彼は下品な笑いを浮かべました。

「……処刑はやめて、ちょん切る罰とかで済ませる提案をしましょうか」

「ごめんて。おじさんのことはともかく、ヴィクトルに前科がついたのはかわいそうだと思うな」

「ヴィクトル?」

「うん。もう出所しちゃったんだけどね。彼は自宅で“独りで暖炉になっていた”ところを通行人に見られてね、その人が騒いだから逮捕されちゃったんだよ。カーテンを開けていたのが運の尽きだね。でも、家の中で何しようとも勝手じゃない?」

「一理ありますね」

 通報できないで苦しんでいるかたがいるいっぽうで、不当な通報を受けている状況もあるようです。

 部屋でなんらか“致す”ときはカーテンを閉めるようにルールを設けましょうか?

 しかし、この次元になるとモラルやマナーの話になります。雪かきのようにカーテン閉めを派遣するわけにはいかないでしょうし、プライバシーへの過干渉は国の破滅の第一歩です。

 ヴィクトルさんがわざとやったのか、たまたまだったのかも客観的に判断はできないでしょう。これも難しい問題です。


 こちらの露出狂さんのほうは、自己責任で処刑を回避してもらいたいところです。

 抑止力としての死刑ですが、これで本当に死んだら『カフカの変身』ほどでないにしろ不条理というものですから。

 いちおう、嘆願書による死刑取り消しは新たな条文に盛り込む予定ですし、彼がボロンしてもありあまる人望があれば赦されるでしょう。

 わたくしはまあ……書類が回って来たらサインしてあげます。「罪無き者のみが石を投げなさい」でしたっけ?


 三人目。小児性愛者ロリータコンプレックスのかたです。

 一度目は他人の子供の毛皮の下に手を忍び込ませた罪。二度目はさらに深くまで自身を侵入させた罪。裂傷と残留物もあり、死刑が確定しています。


「何でも仰ってください。どうぞ」

 わたくしの声はつららのようになっています。


「何でもいいですか? じゃあ、俺のやったことじゃなくって、個人的な話を聞いてくれませんか?」

 ロリコンのかたはそう言ってテーブルに視線を落としました。横に立つレオニートが短く鼻息を吐いた気がします。

「聴きましょう」

「……小さいころ、俺には、おじいさんがいたんです。すごく可愛がってくれて、両親よりも懐いてたと思います」

「そう」

「いつも通り暖炉の前でおじいさんの膝に座って、おはなしを聞かせあっていたんですよ。そしたら、おじいさんのがっしりとした手が、俺の……僕の服の中に入って来て……」

 彼もまた被害者だった?

「僕はびっくりしておじいさんの顔を見たら、やっぱり優しいおじいさんで安心したんです。おじいさんも暖かいだろう? って言ってきて、僕も、うんって返事をしました」

「それで?」

「それのあと、僕はお返しにおじいさんの胸元に手を入れて、暖かいでしょって言ってあげましたよ。そしたら、ズボンの中を触ってくれないかいって。そのときの顔は、怖かった。知らない人みたいだった。汚いから嫌だっていったら、急に僕のアレを握ってきて、さあ、お返しをするんだ! って」

 彼は泣き始めてしまいました。

「おじいさんは裁かれましたか?」

「いいえ。二人だけの秘密だから言ってはいけない。おまえも触ったんだから、いっしょに捕まってしまうよって。それからは、おじいさんとふたりきりになるたびに怖かった。何度も……何度も……。彼はその秘密を隠し通したまま、今は土の下です」

「そう……つらかったですね」

「だから、この性癖はね、血のせいなんですよ。じいさんが変態だったから、俺も変態になった。変態の血統! そういうことなんです!」

「本当はあのとき、あなたを護る者がいるべきだったのです。あるいはこうなる前にその体験を誰かに話しておけば、罪を犯さずに済んだかもしれませんし、制度の改正後に嘆願書を集めることができたかもしれません」

「言えるわけないでしょう! 言っても信じてもらえません! じいさんはモミの木のように誠実で立派な人で通っていたし。彼にまつわる“おはなし”は一族でも語り草だ。だいたい、俺は男なんですよ。男が男に襲われるなんて普通じゃないし、負けたみたいで情けないでしょう!」

「それでも、犯した罪は罪です。あなたもそうですし、おじいさんもそうです。あのときのあなたは、小さな子供だったのです。あなたに辱められた子がまた別の子供に手出しをしないとも限りませんよ」

「そんなことあるわけ……ないですよね?」

 彼は不安そうな顔をしています。

「分かりません。我が国の統計だけではなんとも言えませんが」

「いや、あるかもしれませんね……俺はあの子をやってるとき、じいさんと同じことを言って黙らせようとした。あの子も僕と同じで嫌だって叫んだんだ。ああ、だから、俺は慌てて逃げたんだ。本当なら、場所も下調べしてたんだし、最悪は殺せば隠しとおせるって考えてたのに」

「罪を重ねなくて良かったでしょう」

「そうでしょうか。あの子は僕と同じだった……あの子は僕と同じだった……」


 彼はそれきりまともな応答をしなくなりました。「あの子は僕と同じだった」は取り調べのさいにも起こったそうです。

 ようやくです。わたくしの探していた狭間のひとつ、連なる罪の鎖をつかみました。

 処刑だけでは足りないのです。この鎖の先につながった鉄球を叩き壊さねば、真の愛と平和はおとずれないでしょう。


「男だと信じてもらえない……か。でも、血筋のせいにするのは良くないわ」

「王女陛下は、血筋によるという説を信じないのですか?」

 囚人の交代のさい、レオニートがわたくしのつぶやきに問いかけました。

「あまり信じていません。歴代の英雄たちは、過去の君主の欠点を補う形でソソンをより良い国に変えてきました。わたくしもそうあるつもりです。彼に悪さをしたのが祖父ではなく、赤の他人だったとしても、同じ道を歩んだ気がしませんか?」

「おっしゃるとおりです、王女陛下。養父や養母に似る子供の話だってありますから」

「こういったのは医学の分野になるのでしょうか?」

「精神医学や心療の範囲かと。ソソンは外科や内科だけでなく、こちらの方面でも世界におくれを取っていますから。世界では、ここ百年のあいだの心の医学は大きな進歩の過程にあると聞きます」

「聞きますって、どこから?」

 レオニートを見上げます。彼は雪景色のように表情を動かしません。

「書物ですね。王室が把握していないだけで、城下には外国の本も皆無ではありませんから」

「そうですか? でも、さもありなんですね。匿名のお医者様からも似た意見書を受け取ったことがあります。読み応えのある素晴らしいものでした」

「書庫にそういった分野の本を入れさせてはどうですか? 医療器具や薬に関しては国内で賄えないので発展させようもありませんが、心の分野なら別です。外国にもソソンに有用な著書があるかもしれません」

「そうですね。お説教部屋には歴史書や文学ばかりですから。フロイトの著書は一冊あったんですが、難しくてすぐに投げてしまったんです」

「フロイトですか。それは……読まなくて正解でしたね」

「なぜですか?」

「……時代遅れですから」


 知的な話ができるのは良い点です。グレーテはこういう話はさっぱり駄目ですから。


 さて、本日のラストを飾る面会に、大事件が起きました。護衛の彼へ加点をした数分後のことです。


 もう、本当に……なんてかたなんでしょう!


「女なんて妊娠してなんぼのもんだろ。男だって子孫を残せりゃ万々歳だ。死刑で結構だよ。俺は死ぬが、五人の女に種を残したんだ。うち二人は“当たった”。ちゃんと育ててやがるんだから、俺の勝ちだよ」

 眉の太い歯抜けの男が言いました。罪状は説明するまでもないでしょう。

「……生物学的には否定しません。動物界でも珍しいことではありません。ですが、ここは人間の世界。それもソソン王国です!」

「へっ! 上品ぶっても同じことだ。俺もてめえも人間だろが。ガキみたいなツラしてるが、てめえだってもうやりゃできるんだろ? 俺はな、てめえみたいな偉そうにしてる女にぶち込むのが大好きなんだよ! このまえ仕切り屋の女店主は最高だった! クソ姉貴とクソババアもギャーギャーうるさかったが黙らせてやった!」

「最低」

 思わず口に出てしまいました。

「そうかね? 心の底じゃ喜んでたと思うぜ。唾や油もなしに出来たんだからな。女ってのはそうできてるんだろ?」

「クズだわ」

 男の口から汚いものが発射されました。わたくしの顔を狙ったようですが、テーブルの上に泡ができただけです。

「……あなたは処刑されます。男であることを奪われてから」

「お楽しみってのは何もペニスだけでするもんじゃねえ。今ここでてめえを楽しませることだってできるんだぞ!」


 彼はそう言ったかと思うと立ち上がり、テーブル越しに身を乗り出してわたくしへ飛びかかりました。手足に拘束具を着けているにもかかわらずです。

 醜い醜い笑顔が眼前へと迫り、それから異様に長い舌がわたくしのほうへと伸びた気がしました。


 悲鳴をあげる暇もありませんでした。男はそれ以上わたくしに接近することはなく、いっしゅんにしてテーブルへ捩じ伏せられたのです。


「憐れなやつめ。彼女には指一本、舌先一本触れさせはしない!」

 いっしゅん、誰が言ったのか分かりませんでした。レオニートはわたくしへ手厳しかったし、このときの彼の声はいつもよりもかん高かった気がしましたから。


「けっ! ナイトきどりか? だったら、こっちの女はお姫様だな。なあ、お姫様よう。こいつの剣は立派かい? はははは!」

 下品な笑い。もう一度、彼の顔がテーブルへ叩きつけられました。


「レオニート! 危害を加える必要はありません! どうせ処刑するのです!」

 わたくしは罪人の髪をつかんだ彼を制します。

「へへへ。そうだ! どうせ死ぬんだから、やりたいだけやるってことよ。せっかくまた女に会えたと思ったのによう!」

「……彼女には、また会えるさ。そのときは面接官などではなく、死刑姫としてだがな」

「レオニート!」


 なんてかたなんでしょう! 助けてくれたのはともかく、わたくしが王女なのは秘密だって言っておいたのに!

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