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死刑1-17 重すぎる罪、軽すぎる罰

 続く公開処刑の日々。自身の中の異常性に気付くまでは、処刑に対してある種の積極性すら持っていた気がします。

 今や“なにか”への恐怖に加えて、処刑の中に不当なものがないかも恐れなければなりません。

 処刑が非公開でなかったのが幸いです。広場に集まった群衆の反応で死刑囚の人徳や処刑の妥当性が推し量れますから。わたくしの倫理と臣民たちの倫理が掛け離れていないことを知れれば安心できます。


「アレクサンドラ王女陛下。折り入ってご相談が」

 次なる処刑までの少閑に日記を書いていると、ニコライ将軍がたずねてきました。

「……なんですか? 何でも言って」

 ニコライの太い眉はめいっぱい寄せられていて、額に深いしわが刻まれていました。

「処刑の順番を変更していただきたく。先日、逮捕された罪人を割り込ませてほしいのです。早急に。星室にも掛け合って、すでに刑も確定させています」

「すこし落ち着いて」

 ニコライは屋外勤務用の毛皮の軍服のままです。彼の袖からは水が滴っています。

「落ち着いています!!」

 怒鳴り声。本当にどうしたのでしょう。

「午後の処刑内容の告知はすでに済んでいますから、明日の処刑で」

「なりません! 連中よりも早く動かねば! 急いで刑を執行しないと!」

「連中? 何があったの? 説明してください。お茶を入れますから」

 わたくしはテーブルの上のティーポッドを振り返ります。

「あ、いや。王女陛下にそのような……」

「説明してくれますか。革命軍を名乗る者の活動があったのね?」

「……はい」


 ニコライ将軍からことの顛末を聴き取ります。


 彼は兵を引き連れて南部へと赴いていました。かねてから氷湖の天然ガスの掘削施設に不法侵入する者があったのですが、どうやらその者が何らかソソン王国を害するための活動をしているとの情報を受けてのことです。

 施設は建設途中で計画は凍結されており、建物だけが存在する状態です。氷湖を狩猟や移動ルートとして利用する者はおおぜいありますが、立地としては人々の生活圏とは対岸になるため、施設へは誰も近寄らないはずなのです。

 ですが、軍隊が到着すると施設のそばに馬車の荷車だけが置いてあるのが発見されました。


 不審な馬車を調査させようと、隊が近付いたとき、荷車から一本のボルトが飛び出しました。それは軍部の長を狙った一撃と思われます。しかし、狙いが甘かったのか、彼のそばにいた兵の右目に突き刺さりました。彼は即死でした。

 ニコライ将軍は声を張り上げ、兵士たちに馬車を取り囲ませました。そのうちの勇敢な一人が果敢に荷車へ飛び込みました。

 中には一人の凶賊の姿。兵は敵を取り押さえようと奮闘しましたが、相手の持っていたナイフでめった刺しにされてしまいます。

 命を懸けた大捕り物のすえ、国賊は逮捕されました。罪状は公務執行妨害と殺人、殺人未遂ふたつに傷害です。勇者は大けがを負いましたが、今のところ命は繋がっているそうです。

 これに、のちの拷問(テロルに関わる罪人へのみ許可されます)によって王室への敵対の罪も追加されました。死罪に値するでしょう。


「施設がねぐらになっていたの?」

「いえ、調査させたのですが使われた痕跡はありませんでした」

「犯人はその一人だけ?」

「はい。ただの尖兵ですが、背後に組織があるようです。ヤツは世界進出やら王室の廃止やらを百ぺんも口にしたのです!」

 拷問の成果でしょう。いまだに袖から滴る水が絨毯を濡らしていました。

「その者の名前は?」

「名前……失念してしまいました。記録は取らせているのでのちほど」

「そうですか。どんな男でしたか?」

「それは……」


 ニコライが言いかけたとき、扉がノックされました。王女の私室を叩くにしては、いささか乱暴な音です。

「王女陛下! ニコライ将軍はいらっしゃりますか?」

「います。入って来なさい」

 わたくしが命ずると、衛兵が現れました。

「将軍閣下。あの、大変申し上げにくいのですが……」

 勢いよく現れた衛兵は、まるで叱られた子供のように縮こまって言いました。


 すると、わたくしのそばにいた大きな身体が崩れ落ちました。


「そんな、あいつが死んでしまったのか……!」

 わたくしの目線よりも低くなったニコライの顔は天井を見上げています。処刑された者のなかにもこれと似た姿勢をとった者がいたのが思い出されました。


「はい。ロマン・ニコライヴェチ(・・・・・・・)・アダモフ軍曹……いえ、ロマン勇士は治療の甲斐もなく」


 聞き覚えのある名前。

 いつかお髭の将軍の自慢話に出てきた名前。ソソンの軍隊では殉職した場合には『勇士』という階級が与えられるのです……。



 テロリストの目的や、その組織について調べるのは後回しで良いでしょう。

 ニコライ将軍の興奮と処刑を急ぐ理由が分かりました。そして、その悲しみも。

 私情といえば私情です。ですが、この処刑もまた、ソソンの民の精神を不当で犯罪的な活動(テロリズム)から遠ざけるのにも一役買うでしょう。

 “わたくし”と君主と、ニコライの世界線が交わる瞬間です。衛兵に命じて予定を急遽変更。本日の“かれ”……強姦殺人犯の余命が二日伸びました。

 今日はロマン勇士のために喪に服し、明日は将軍の演説と国賊の処刑です。


 ロマン勇士には直接会ったことはありません。知っているのは氷湖のクレバスに呑まれた漁師を命懸けで救ったエピソードだけです。

 勇士の葬儀は国王のものを模して行われます。棺桶に入れられた遺体の額、あるいは遺品に、同僚や知人たちがキスをするのです。彼の顔は国賊との戦いで傷付いてしまったため、ついに知ることができませんでしたが、わたくしも葬儀に参列しました。


 翌日の処刑。他の印象深い処刑と同様に、たくさんの国民が『ルカの語らい』に集まりました。

 群衆はいつも死刑囚や事件にまつわるストーリーを噂しています。公式な発表はまだですが、反乱組織の存在も既知のこととなっているでしょう。


 わたくしは黒い執行のドレスを身にまとい、粉雪とともに髪を踊らせながら壇上へ立ちます。


「みなさま、すでにご存じのことでしょう。先日、我らがソソンの守護者である兵が二名、勇士に昇格なさいました。そのうちの一人はニコライ将軍のご子息です。ソソンと王室の転覆を目論む悪との戦いのすえのできごとでした。まずは、戦いで命を落とされた英雄たちへ黙祷を捧げましょう」


 広場を静寂が包みます。わたくしも目を閉じ、舞い降りる雪の息遣いだけを聞きます。


「……では、続いてニコライ将軍の演説です」

 本来なら、王室の廃止を謳う不届きものへのメッセージはわたくしから出すべきでしょう。ですが、今回は彼のために配慮をしました。


「私は、怒りに震えている。包み隠さずに言おう。王室への侮辱と叛逆へよりも、自身の息子を殺害されたことへの怒りが強いことを。国を守護する剣と盾であるこの私がだ。だが、それは肯定されるだろう。なぜなら、我らの娘は寛容であらせられるからだ。歴代の君主たちは、常に国民たちへ目と耳を開き続けてきた。諸君らは餓えればパンを要求することもできれば、国家をより良いものにするために意見をすることもできる。死刑制度のひずみによって生まれた囚人の人権を守る為に立ち上がった団体も記憶に新しい。……なのになぜだ!? なぜ、口や意見書ではなく、卑劣な方法をもってそれをなそうとするのだ!? 我々軍隊は、国の治安と正義を守る為に日々戦っている。もちろん、卑劣な者へは力で訴えかけることもある。偉大な君主や善良な民へ剣を向けるならば、喜んでそうする。だが、剣によってのみ守られる安寧など、真の平和とは程遠いのだ! 残念な話だが……このルカの語らいにも歪んだ正義を宿した者が潜んでおるのだろう。貴様たちの所業は、これから行われる処刑によりすべての民が知ることとなるだろう! 逃げられると思わぬことだ。君主も、我が友人ルカも、将軍であるこの私も、数多の正義の民衆の目も、常に卑怯者を見張っているのだから」


 将軍の言葉からは雪を溶かさんばかりの怒りが感じられます。それでも、断固とした武力解決を宣言しなかったのはソソンの民として立派です。


「これより、逆賊の処刑を行う! 二名を殺害し王女陛下に仇なした罪は、決してひとつの命で償えるものではない! ボウガンの使用、ナイフの使用。馬車への潜伏。これらを加味した方法での執行である!」


 手順はこう。壇上に設置した水車のような車輪に“かれ”を縛り付け回転させます。下にはナイフを設置したパネルが待ち受けており、無数の刺し傷ができます。

 深くは刺さらないように調整されていて、“かれ”の肉体は繰り返しの回転に耐えるでしょう。

 『車裂きの刑』の一種で『車輪刑』とも呼ばれるものです。二百年程度前には世界のあちらこちらで使われていました。

 主に宗教と親殺しの罪人に用いられ、車輪を使った引き裂きの刑は中国の多くの民をばらばらにしました。

 こたびは将軍を狙った罪による、罪人の耳元へのボウガンの発射を開始の合図とし、屈強な兵士が車輪を回し、ダメージを蓄積させたのちにわたくしがナイフで腹を裂き、最初に殉職なさった兵士の弟がボウガンで右目を貫いて終了となります。


「罪人を連れて来い!」


 将軍の命令に従い、刑吏長が縄を引いて壇上へ上がります。

 ソソンの正義と王室の慈悲を穢した国賊は、いったいどんな輩なのでしょうか?


 ……。


「えっ……?」


 わたくしは、凍える風のなかに身体が溶けて消える思いがいたしました。


「“かれ”が……?」


 壇上に連れて来られた者の姿に目を疑います。



 それは、わたくしやグレーテの……半分も生きていないような子供でした。



「本当に、あの子がテロを行ったのですか?」

 思わず将軍にたずねます。

「そうです! 馬車に居たのはヤツひとりです! 無論、背後には黒幕がおるでしょう。連中は無垢であるはずの存在を歪んだ思想に染めて、悪の尖兵と成したのです! 卑劣な連中へ己の行為の残虐さを国中に知らせしめなければなりません!」

 ニコライ将軍はボウガンを確かめながら言いました。その顔は鬼か邪龍ズメイかといったところです。


 こんな馬鹿なことがあるでしょうか! 確かに黒幕のやり口は最低です。確かに“かれ”の行いも、法律上は死罪の条件を十二分に満たしています。

 でも……だけれど! “かれ”は子供です! 見てください、聞いてください! 集まった国民たちからも明らかな動揺が!


「王政は絶対悪だ、死刑姫は馬鹿者だってみんな言ってる! パパもママもそう言ったんだ!」

 ああ! 幼い目がわたくしを睨んでいます!


「やめろ! 放せ! 放せ! あいつを殺せば、サーシャを殺したらパパとママに会わせて……」

 “かれ”がさるぐつわをされ、車輪に縛り付けられていきます!


 ニコライが刑の執行を割り込ませたのは、愛息子を害された怒りだけではなかったのでしょう。この刑をもってして、テロリズムへの牽制としたかったのです。

 行き過ぎた正義は、ときに毒となります。再犯死刑制度だけではありません。この件もまた酌量の余地があったのではないでしょうか?


 ……そうです! 正しくない! 刑の執行を停止しなければ。さあ、今こそ君主の、王女の絶対の権力を使うときです。


 ニコライのボウガンが宙へ放たれました。


「ね、ねえ、ちょっと」

 待って。わたくしの声は将軍の「回せ!」に打ち消されてしまいました。


 執行の様子を詳しくは語ることはできません。記すことができません。

 ただ、“かれ”は革命の戦士などではなく、平凡な子供だったということと、“かれ”に合わせてわたくしや多くの国民が悲鳴をあげなければいけなかったとだけ申し上げておきます。


 無能な小娘の内面なら、いくらでも晒しましょう。あの悲鳴は何の興奮も呼びませんでした。胸も打たれませんでした。ただ、耳を塞ぎたかっただけです。


「何をなさっているのですか、アレクサンドラ王女陛下。ナイフをお取りください!」

 耳元で猛るニコライの声。わたくしの前には銀色の罪が光り輝いていました。


「で、できない」

「できない、ですと!? 本当ならば兵や刑吏を使わず、すべて私自ら行いたかったというのに! ヤツはロマンの仇なのです!」

 王女に対して凄むなんて。ニコライの中に。父親の中に燃え盛る炎が見えます。


「やめろー!」

「やめてあげて!」

 臣民たちからも叫びが。もちろん、わたくしの中からだって。


「できぬというのなら、私が手伝いましょう!」

 ニコライはナイフを取ると、震えるわたくしの皮手袋の中へ押し込み、その大きな手で包み込みました。なぜでしょう、お父様と乗馬をした遥か昔の光景が頭を過ぎりました。


 木製の床を四つの靴が鳴らします。それはまるで、ゆっくりと走る馬の蹄の音のようでした。


「さあ、国賊の顔をしっかりと見て! 正義の執行を! すべての罪に寄り添うのでしょう!?」

 顔なんて上げられるはずがありません。


 視界に入るのは……赤い血の海です。


「お、お父様……」

 なぜわたくしの口からその言葉が漏れたのかは分かりません。


「そうです! ルカ名誉国王の気高き娘、アレクサンドラ・ルキーニシュナ・アシカーギャ! 父より継いだ偉大なソソンを穢させてはならないのです!」

 わたくしの腕が持ち上げられます。それが自分の意志だったのか、ニコライの腕力によるものだったのかは分かりません。


 どうしてこうなってしまったのでしょう?

 国民の正義と愛を過信して、子供を守るための法整備を怠り続けたからでしょうか。

 でもそれは、わたくしひとりのミスではありません。歴代全ての君主の落ち度です。

 あはは! 言いわけです! 今の君主はわたくし! ならば、わたくしが正すべき! 動いて。動け、この凍り付いた口よ!


「人殺しーーーっ!!」

「ミロンを殺さないで!!」


 なるほど、今になってようやく“かれ”の名前が分かりましたね。叫んだのは誰でしょうか?


「さあ、早く!」


 ああ、ニコライ! 父の友人よ! これは、これは決して正義ではないのです! 分かり切ったことでしょう!? 刑の断行は、愛と正義への裏切り行為です!


 ふふ……もう一つ、分かったことがあります。こんなときにでも、わたくしの中の獣は裏切らないということ。

 早くも膜を作り始めた血の海に粉雪が乗るのを見つめていると、足のあいだがぎゅっと抱き締められたようになり、震えるくちびるからもれる息はその意味を変えました。


 感謝しなければなりません。この変態的な性癖に。上手くすれば気を失って無理矢理にでも刑の執行を止めることができるかもしれません。

 最低な考えですが、少なくともわたくしはやらなくて済みます。もはや舌と肺は氷湖の奥深くに沈みました。


 もうすこし、もうすこし快感を。至りへの恐れを。どうすれば快感は高まるのでしょうか? 実体験として、そうなることは知っていますが、具体的に処刑の何がわたくしに響くのかわかりません。

 悲鳴はどうやら悪人のもの限定。血の海は高まれども至るに足らず。ならば、“さす”しかないのでしょうか?


 来て。早く。わたしの中の獣よ! 早くわたくしを喰らい尽くしてちょうだい! こんなに、こんなにも待ち焦がれているのに!!



 ……わたくしは、わたくしは裏切られてしまいました。自身の本性にも、大きな手にも。



 無様になり果てた小娘は血塗れの両手で顔を覆い、将軍と刑吏たちに無理矢理に死刑台のすみに転がされ、狩猟の道具が役目を果たす音を聞きました。

 “かのじょ”に対して与えられた罰は、なんて軽いものなんでしょうか。


 ……執行完了(アナザコンチリアス)

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