死刑1-11 梨の実はお好きですか?
みなさまは、梨はお好きですか?
雪国の夢見る緑色に、少女の恥じらいのような赤み。そのフォルムはとても蠱惑的で、鼻を近付ければさわやかな香り。
ソソンでポピュラーな果実である梨は、ザハールの移民団が雪山で投げ棄てた種から始まったと言われています。
雪山と一口に言ってもいろいろあります。
ソソンの西にはザハールたちのいのちを繋いだ豊かな森を擁する落葉樹の山があり、東は針葉樹が競って天を目指しています。
南北は岩肌の死の山であるかわりに地下水脈がソソンの氷湖へと続いています。
ソソンの梨はその西側に群生しており、年間を通して冬に見えるこの国でも梨の実りや落葉で季節を知ることができるのです。
冷帯に適応した梨はいのちを必死にその果実へと溜め込み、非常に甘く美味です。身が太っているぶん、乾いた雪が降るとしばしば裂果が起こります。
割れ目からあまいあまい蜜が染みだすと、それは一晩のうちに素敵なシャーベットになります。『ザハールの宝石』と呼ばれるお菓子のできあがりです。
城外への買いだしは、おもに下っ端のメイドの役割です。グレーテのそばかすの頬っぺたもよく霜焼けで梨のように赤くなっています。
グレーテは果実園に知り合いがいるそうで、たまに出荷のできない割れた実をいただいてくることがありました。彼女は城外のどこかにそれを隠してシャーベットを作るのです。
秘密の時間に熱い暖炉の前に身を寄せ合って、冷たい結晶を口にする……。まさか果樹園のかたも、王女は立派な梨よりもできそこないの梨のほうが好きだなんて思わないでしょうね。
……グレーテ。勇敢で優しい子。わたくしの最愛の友人。
あののちすぐにローベルトは衛兵に捕えらえました。彼は「サーシャに呼ばれた」「襲ったという物証がない」と勇者らしからぬ言葉を並べたてました。
前回にわたくしが免罪してしまったために、正確には再犯と呼んでいいものかわかりませんが、過去にわたくしに不当に近づこうとした実績もありますし、彼の偏執的な性格は給仕や衛兵の長も目の当たりにしています。
何より、王室に害をなそうするのは死罪です。
わたくしは、できれば彼の処刑を遅らせたかった。ですが、臣下たちが一刻も早く八つ裂きにしろと言って聞きませんでした。
サーシャはローベルトを赦したかったのか? ですって? そうではありません。本来ならば彼は尋問、あるいは拷問に掛けられるべきだったのです。
あの“錠剤とカプセル”をどうやって入手したのか調べる必要がありました。これまでの死刑執行の映像は、全てが世界へリークされています。
その件との関連は? 国民の勇者を強姦魔に貶め、王女を白濁の穢れに誘おうと考える輩がいるのではないか? だとして、その目的は何か?
あの夜のできごとは、本当に恐ろしかった。貞操に危機が迫り、梨の実が砕けた夜。それでもわたくしは君主として、冷静を欠くことは許されないのです。
『ルカの語らい』。ローベルトの処刑には、これまでで最多の国民が集いました。
壇上には刑吏たちの他にもそうそうたる面々。
黒き執行のドレスを身にまとったわたくし、将軍ニコライ、氷のメイド長ことスヴェトラーナ、もろもろの大臣。そして多くの人の前だというのに、いまだにたんこぶを撫で続けるグレーテです。
彼女へは千回キスをしても足りません。わたくしを救ったうえに突き飛ばされて頭をゴチン!
それでも規則を破った罰として、書庫で七時間もメイド長とふたりきりにさせられたのです!
彼女のために新しい王室のルールでも設けてやりましょうか? 近世フランスのような公式寵姫の制定などはどうでしょう。
わたくしのグレーテへの愛はソクラテス的なものではありませんが、見せつけてやるのも一興かもしれません。……ちょっとしたジョークです。わたくしとあの子はたがいの恋を相談しあう将来を楽しみにする仲です。
さて、今回は刑への参加者と群衆の数が過去最高となりましたが、衛兵の数もまたいちばんです。臣民たちは執行前からこぶしを振り上げ、かつての勇者へ怒りと呪詛と叩きつけています。
それでも、わたくしが前へ出て肘を直角に挙手すれば、静寂の魔法が広場を包み込みました。
「これより、国賊ローベルトの処刑を行います。罪状は王室への叛逆、王女への強姦未遂、給仕への傷害、王城への不法侵入。そして、法定されていないゆえに罪に問うことはできませんが、彼は何らかの薬を国外より持ち込んでいます。あまつさえ、わたくしにそれを飲ませようとしました」
檀上の臣下たちはノーリアクションでしたが、外国の薬の件を公表したことはわたくしの独断です。このさい、臣民たちの世界への嫌悪感を強化しようと考えてのことです。
政治とは国民感情の操作です。ですが、目論見は失敗に終わりました。
「死刑だ! ×××を輪切りにして百ぺん殺せ!」
「尻の穴に焼けた鉄の棒を突き刺せ!」
「××××を破裂させろ!」
みなさん、そっちのほうにご執心のようで……。ちなみに、彼らはみんな石を握っています。今回の処刑は国民すべてに参加が許されています。
死刑のいくつかには、直接は死に繋がらない内容のものがあり、『刑を生き延びた場合は、国民の投石により後始末をする』と規定しています。
ローベルトは白い囚人服を着せられて、さるぐつわと目隠しの状態で椅子に座らされています。椅子は重い金属製で、刑吏五人がかりでここへ運ばれました。
まずは前座。グレーテへの罪のお返しからです。
グレーテは刑吏からこん棒を受け取り、ローベルトの前へと歩みます。優しい彼女は一撃を加えることを拒否していました。しかし、給仕室の先輩たちがそれを許さなかったのです。
「……私、やっぱりできません」
振り上げたこん棒がゆっくりと降ろされます。わたくしは素早くグレーテのそばへ行き、彼女を抱き締めてやりました。群衆からはブーイングの代わりに悩まし気な溜め息が届けられます。
「わたくしが代わります」
こん棒は思いのほか軽かったのですが、彼の頭と衝突したさいに、小指を痛めてしまいました。
この痛みには感謝です。グレーテへの傷害に見合う打撃を与えたと、ちゃんと納得出来ますから。
仕返しの一発がお見舞いされたあと、いよいよ本番が始まります。彼はまず、国民の前で服を脱がされます。これはわたくしの毛皮に手を掛けた罰といったことろでしょうか。
寒空の下、彼のすべてが晒されました。白き風花が、ちらちらと“ロブさん”を見せたり隠したりしています。
それから、さるぐつわが外され、国賊の口へ“代わりの物”が挿入される段です。
この処刑には、“ふたつの梨”が使用されます。
みなさまは、『苦悩の梨』という器具をご存知でしょうか? その名の通り、梨の形をした金属の拷問器具で、ねじを回すことで花弁が開くように尖端部分が大きく広がっていく仕掛けになっています。
イメージがしづらいですか? 五本の指を口へ突っ込み、その指を開いていくのが近いかなと思います。
梨の仕掛けにはいくつかのバリエーションがあり、ねじ回転とともに鉄の棘が伸びるものや、使用箇所にあわせた様々なサイズが用意されています。
これらはおもに、口を塞いで飢えさせるのと、性交に関する罪を犯したものへの罰として使用された歴史があります。
貞操観念の乏しい女性へでしたら罪深きき穴へ、摂理外の愛に挑戦をした男性には菊門へ挿入してそれらを裂くのです。
ローベルトも性犯罪を犯したので、これが使用されるというわけです。
……ちょっと待って。少し考えてください。ローベルトの犯した罪は男から女へ向けたもの。ある点では正しい形式でした。となれば、梨はどこへ使うのが正しいのでしょうか?
今回は処刑具工房のボグダンの意欲作が用意されています。その名も『恋人の交代』。
通常、梨の形状は“穴”へ挿入して開くのためのものですが、これの場合は“それ”を固定するために用いられます。
ねじを回して動くのは、小さく鋭い凹凸のある鉄の芯です。
罰を与える“ロブさん”を梨に挟み込み、鉄芯の先を“ロブさんのおくち”へ挿入します。“ロブさん”からぶら下がった“ナッツ”はナシの裂け目のあいだに挟んでおきます。
ひと回転させるごとに鉄の棘がゆっくりと奥へと侵入していき、それと同時に梨がゆっくりと閉じて、ふたつの果実を締め付けるのです。
鉄芯は根元へ行くほどに太くなっており、最終的には“ロブさん”は花開くように裂け、ぶら下がった“ナッツ”はブドウのようにぶつり! と、もがれるとのことです。
それなのに、国民の代理人であり、いちばんの被害者であるわたくしの役目は、口のほうの梨を広げることでした。王女が下のほうの梨を扱うことは絶対に駄目だと、将軍から犬までが反対をしたのです。
わたくしはしぶしぶ引き下がりましたが、引き換えに別の権利を得ました。それは、グレーテが実行できなかった場合の代理です。
正直なところ、自身が穢されかけたことよりも、グレーテの頭が石床に衝突したことへの怒りのほうがはるかに強かったのです。
わたくしの指がねじを回していくと、ローベルトの頬は膨らみ、顎も開かれていきます。梨の亀裂から、熱く鉄っぽい吐息が漏れ、その蒸気がわたくしの頬をひんやりとさせました。
ローベルトは唸り、梨はさらに熟していきます。彼の口のはしから、まるで蜜のように血の混じった唾液が垂れていきます。ねじが最後まで回されると同時に、顎から「コキッ」という小気味の良い音が鳴りました。
それでわたくしの役目は終わり。あとは彼女たちに仕事を任せます。
執行人、つまり刑吏は刑務所『ソソンの拒絶』に勤める者の役目です。服役者にだって女性はいますから、刑務官にも女性はいます。
普段、処刑の檀上に上がるのは男の刑吏ばかりです。重たい台を持ち上げたり、暴れる者を取り押さえたり、頑丈な人体を破壊するのにはそのほうが都合が良いからです。
ですが、ねじくらいなら、か弱い女性の手にだって回せます。メイドの噂で聞いたのですが、ローベルトへの刑で壇上に上がる役は、女性刑務官の志願者が圧倒的に多く、執行人の枠が取り合いになったそうです。
彼女たちもわたくしと同じなのでしょうか? 良く分かりませんが、下のねじを回すのがそれだけ魅力的な仕事なのでしたら、もう少し食い下がっておくべきだったかもしれません。
裸のローベルトは立たされ、処刑用の柱に縛り付けられます。それから女刑吏たちが順番に彼の前へと行き、ねじを一回転づつさせ始めました。
梨をくわえ、梨にくわえられた男は怒り狂った熊のような咆哮をあげました。
かつての勇者の奏でる響きは、王女の愛へと届きました。
ああ、彼の罪がわたくしの中へと入り込み、君主の使命と彼を縛る縄とが入れ替わるのを感じます。
刑吏たちは代わる代わる彼の前へ行き、ねじを回していきます。刑務官なだけあって、規則正しく、一糸乱れない動作は見事です。
ピストン運動のように往復りする女たち。わたくしは目が回りそうになりました。女が前へ出るたびに、“かれ”がさえずるのです。
その様子の全てを見逃すまいと、目を凝らしました。鉄の芯が通っていっているのでしょう。下の梨はどんどんと持ち上がり上を向いていってるようです。群衆からは男性の青い悲鳴と、女性の黄色い悲鳴が聞こえます。
罰せられている“ロブさん”は梨に覆い隠されてしまっていますが、それが血泡を吹いているのは床を見れば分かります。
“男性”から流れ出た血が、父の墓上に染みを作っていく……。
わたくしは、気配を感じました。“なにか”の気配です! ああ、恐ろしい“なにか”がやって来ます。恐ろしくも、待ちに待っていたそれ。
いよいよ“なにか”に会えるのでしょうか? それとも、またも意識が闇へ逃げて行ってしまうのでしょうか?
いいえ、今回は違いました。
わたくしは、処刑が盛り上がってこちらに注意が払われていないのをいいことに、グレーテの身体を抱き寄せていたのです。
「怖い。恐ろしいことです。サーシャさまはいつもこんなものを見せられていたのですね」
彼女も強く抱き返してくれます。暖かです。これならば、“なにか”の恐ろしさに耐えられそうです。
“かれ”が声もなく大きく痙攣しました。梨の隙間から、赤とは違う液体が落ちたのが見えました。まるで、屋根から雪が落ちるように。
ニコライ将軍も気付いたようで、苦悶の声をあげました。男性にとっては酷く痛々しい場面なのでしょう。
“なにか”が近付くにつれて“かれ”と一体化していくのを感じます。ああ、お腹の疼きが激しくなっていく……。
わたくしは弱い君主です。小娘なのです。もはや、脈打ち続ける“かれ”を直視することができなくなってしまいました。あんなに求めていた“なにか”から逃げることに決めました。
“かれ”を見るふりをしてピストンの女たちへと視線を逸らし、グレーテの温かい身体と締め付けに意識を集中しました。
それがかえっていけなかったのでしょうか?
ローベルトがユキウサギのように跳ねたとき、わたくしの身体と“かれ”の身体がすっかり入れ替わってしまいました。
目の前が点滅したかと思うと、腰から下が消えてしまったかのようにお尻が地面へ落ち、熱と痺れの雪崩が身体の中心から駆け登り始めました。“かれ”と同じように蜜を垂れ流し、喉からは仔犬のような悲鳴が漏れてしまいました。
“なにか”がとうとう来てしまった!
あついあついため息とともに見上げると、反り返ったローベルトの身体がありました。勢いよく溶けた鉄のような血潮が発射され、壇上へと、わたくしの顔へと降り注ぎます。
「穢れた血が王女さまに!!」
「殺せ! 石をぶつけろ!!」
群衆の絶叫。
「サーシャさま危ない!」
グレーテがわたくしを抱きかかえて力任せに引っ張ります。力が加わるとそれに呼応して、もう一度身体が大きく震えました。触られるだけでおとずれる“なにか”はやや不快でした。
友人と他数名の手によって、わたくしは壇上から退避させられました。
耳は怒号で一杯になっているはずなのに、投石の風切りの音がはっきりと聞こえます。下半身は溶けたようになっていましたが、無軌道におとずれる身体の震えは確かに感じられます。
“かれ”が、ローベルトが、あるいはローベルトだった者が遠ざかってゆきます。
わたくしは、あのとき確かに梨がはじけるのを見ました。その瞬間に“なにか”がわたくしを征服したのです。そして、“なにか”はわたくしをつれてどこかへいってしまったのでした。




