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死刑1-10 お薬のみちびき

 執行の日々は続きます。


 酒場での喧嘩沙汰のすえ、手伝いの幼い少女の脾臓を破裂させた者。腹裂きの刑。

 ソソンには二種類の酒場があります。表通りにあり、家族でおとずれ隣人と語らうための暖かなパブと、裏通りにあり、孤独を愛する労働者が一日の疲れを癒すバー。事件はその後者で起きました。

 酔っ払いには喧嘩沙汰は珍しくなく、殴り合いのあとは雪解けの酒をおごりあう暗黙の了解があるとメイドに聞きました。よろめいた対戦者が他の客の席を引っ繰り返すこともしばしばだとか。

 それでも次の瞬間には痛みをつまみにお酒が飲めるのですから、男の人って不思議ですね。


 しかし、不幸なことに倒れ込んだ人の下敷きになった者がいたのです。もう少し早く少女に気付く者があれば、彼女は死なずに済んだでしょう。

 過失であり殺人ではないのですが、“かれ”は過去にも暴力沙汰でしょっ引かれているので、遅かれ早かれ処刑の定めにあったようです。


 酒太りをした腹を繰り返し棒で打ち、赤黒く出っ張ったところをナイフで切り開く。熟れた果実に刃を通すごとくのそれは、期待どおりにその場の罪と正義をわたくしに重ねてくれました。


 次。牛泥棒。ソソンの民の生活に寄り添う獣でポピュラーなものは、馬、牛、羊、犬などなど……。これらはどれも豊かな毛を生やしています。

 我が国の牧場は世界共通の柵で囲うやりかたをしていません。雪かきで出た雪を積み上げた壁で家畜の森への視線を遮り、暖かな農家の家の熱に自然に寄り添うように仕向けるのです。これはオオカミ対策にもなります。

 エサは与えますが、繁殖は自然に任せます。その方法で代を重ね続けた彼らは野生でも人馴れをしています。


 『毛むくじゃらのボラサ』という、雪かきを手伝う賢い牛がいたのですが、狙われたのは彼でした。

 下手人は町の肉屋(ブッチャー)。逮捕後の調査で地下室から潰すのを禁止されている仔牛や仔羊の骨が発見され、ほかにもおびただしい余罪が発覚しました。


 “かれ”へ執行では、死刑に関する道具の作成を請け負っているボグタンとその息子に特別な品を作って頂きました。

 書物から見つけたユーモラスな死刑器具。ソソンの民の友人に対する罪へぴったりの一品を拝借。


 その名を『ファラリスの雄牛』といいます。


 真鍮で作られた原寸大の雄牛の像で、中が空洞になっています。そこへ死刑囚を入れて、外から炎で熱するのです。もちろん、中の罪人はたまらずに叫ぶでしょう。

 そしてその声が中で反響し、頭部に仕掛けられた楽器のような筒を通して、像の鼻先から牛にそっくりな音色となって響いてくるのです! むぅーむぅー!


 群衆には大うけでした。とはいえ、処刑は大切な儀式でもあるので、笑いに貶められるわけにはいきません。

 わたくしは機転を利かせて、「この罪人を笑っても良いのは犠牲になった獣たちだけです。わたくしはこの場を借りて、家畜たちに感謝を捧げます」と言ってひざまずいて見せました(膝をついた理由は他にもあるのですが)。

 結果は語るまでもありません。もしかしたら、遠い未来には雄牛がソソンの神様になっているかもしれませんね。


 最後。今回はソソンの歴史では珍しい政治犯です。

 彼は集会を開き、「この国を開かれたものにしよう」と訴えました。それだけなら無罪です。思想も集会も自由です。


 しかし、ルカ王が公開した世界の技術に心酔しており、「宇宙へ飛び立ち惑星ソソンをつくり、タイムマシンを使い世界中に王家の威光を輝かせよう」と語りました。


 世界にはそんな技術が……? 残念、ありません。


 それらはルカ王自らが技術ショーを行ったさいに口にしたジョークです。ソソンの民も馬鹿ではありません。ショーの会場だって、笑いと王への称賛で盛り上がっていましたから。


 憐れな道化師(クラウン)が行ったのがそれだけならば、もちろん死罪には値しないでしょう。

 ただ、“かれ”はどうも、何らかの薬物で脳が冒されている可能性があると医師が指摘し、ニコライ将軍がその思想の危険性を重く見たために星室裁判の審判を厳しくしました。

 わたくしも、どうしてだか“かれ”がけがらわしく思えたので反対をしませんでした。


 国民の思想を毒に冒せしめんとする者は毒殺刑。

 ソソンにはあのドクニンジンの変種があります。植物には厳しい深雪と凍った地面、掘り返すギンギツネやユキウサギ。これらとの戦いの末に、通常種よりも遥かに赤くて毒素の強いアルカロイドを含有しました。

 その名は『踊りニンジン(ホパーク)』。

 ホパーク、我が国に伝わるダンス(ウクライナから発生、流入した文化で、いわゆるコサックダンスです)。

 この根を口にしたものは幻覚を見て、身体が踊るように引き攣って死ぬと言われています。

 巨体の牛や馬でもひとかじりでそうなってしまうので、ソソンの民にとって大問題です。雪かきや橋掛けに携わる交通室がこの植物の駆除も担っています。


 “かれ”は檀上に上るまではさるぐつわをはめられていました。そうでなければ刑吏は全員、耳を医者に診てもらわなければいけなかったでしょう。


「おい、俺をどうして死刑にするのだ!? それは誰が言ったのだ!?」

 目隠しをされたままの“かれ”は、誰もいない方向を見て叫びました。


「口を開けさせなさい。噛まれないように、気を付けて」

 わたくしは刑吏たちに命じ、“かれ”の口をいっぱいに開かせます。そして、喉に向かって真鍮製の漏斗(ロウト)を挿入しました。

 それから、今回はニコライ将軍が踊りニンジン(ホパーク)を煎じて作った毒薬を流し込みます。

「ルカ名誉国王の名を穢す国賊め。苦しんで死ぬがよい」

 流し込まれた赤茶色の液体は、こぽこぽと音を立てて“かれ”の中へと入っていきます。

 しばらくは身体と胃が跳ねていたようでしたが、刑吏たちが“かれ”から手を放すと、うなだれて荒い息を吐き始めました。さようなら、憐れなソクラテス。

「漏斗を外しなさい」

 わたくしはそう命じました。理由は、特にありません。終わったと勘違いして、つい言ってしまっただけです。


 ……すると“かれ”が叫び始めました!


「ああ! その声は私たちの娘のアレクサンドラ王女ではありませんか! どうして、どうして私は死なねばならないのでしょうか!?」

 “かれ”は縛られたままで膝立ちになりました。ところでそっちはわたくしではなく、おひげのニコライ将軍です。

「私はこんなにもルカ王を愛しているのに! ソソンにおいて民と君主は一心同体! つまり……!? 私も王なのだ!!」

 “かれ”を縛ったロープがきしむ音がします。

「地面の下から、亡き君主たちの声が聞こえる! ザハール! ソソン! クジマ! アガフォン! 私は英雄の再来だあ! 王としてお前たちに命じる。タイムマシンを作れ! 惑星間航行装置を作れ! 見たまえニコライ! ソソンの民がより豊かになったぞ! 愛しているぞサーシャ! 新しいお母さんを作ったぞお~!! わはははは!!」

 激しく身体をくねらせて、嬌声をあげる“かれ”。

「貴様! まだルカ王を侮辱するか!!」

 わたくしの視界の端で、ニコライ将軍がサーベルを抜くのが見えました。雪のように輝くやいば。このままでは将軍はルール違反を犯しまうでしょう。


 ですが、そのときのわたくしには止める力がありませんでした。


 衆目が許すのならば、わたくしも“かれ”と同じように身をよじりたかったからです。


 もしも将軍が剣を振るえば、彼の首が胴体と決別をするのでしょうか? そうすれば、『ルカの語らい』はふたたび血の海に穢されることでしょう!

 いいえ、斬首をするには“かれ”は暴れすぎています。腹を刺すのが確実でしょう! やはり血は“かれ”の腿をつたい、壇上にぬめりを広げるのでしょうね!

 ああ、これは想像なのか、実際にニコライが剣を振るったのか? ただこのときのわたくしは、限りなく“かれ”に近付いてしまっていたのです!


 この場にいながら、どこか知らないところへ行くような……いいえ、“なにか”が来るような気がしました。


 その気配は処刑の最中に、何度か感じたことがありました。ですが、わたくしは“なにか”がおとずれるのがあまりにも恐ろしくて、気を失ってしまうのです。

 ニコライ将軍が刑吏たちに取り押さえられなければ、わたくしは“なにか”と出逢っていたに違いありません。


 国を侮辱した囚人が間一髪で中毒死するのと同時に、黒いドレスも横たわりました。



 しばらくのあいだ、刑の執行は休止されました。わたくしの昏倒は初めてではありませんが、ニコライ将軍の抜刀は国民にもショックを与えたようです。ふたつが重なったのがいけなかったのでしょう。

 わたくしは死刑囚の漏斗を外したことを叱られてしまいました。君主なのに! 叱ったのは将軍とメイド長です。

 スヴェトラーナは顔を立ててやってから、処刑の場に参加するようになっていました。彼女は刑の執行中でも氷湖のごとき無表情を崩しません。さすが氷のメイド長(リョート)です。


 過密スケジュールだったこともあり、わたくしはしばらく公務のすべてをお休みにさせられました。

 執行が停止しても巡検室が調べた国民の意見に目を通さねばなりませんし、ちょうどソソンの学校の卒業式シーズンでしたから、わたくしが挨拶にたずねるのを心待ちにしていた者たちもいたのですけど……。

 絶対の君主の権限を口にして公務への復帰と処刑の再開を訴えたのですが、将軍も大臣もスヴェトラーナもグレーテも、城で飼っている犬すらも首を横に振りました。

 巡検大臣に至っては勝手に国民へアンケートを取り「臣民たちは王女の休息を望んでいます」だなんて紙の束を突き付けてきました。あの小太りさん!


 わたくしはときどき子供扱いです。たしかにみなさまの娘ですけど、あれは比喩であって、ソソンの法律では成人ですし、絶対の君主なのに!


 これだけ仕事へこだわるのには、わけがあります。ソソンの君主としてのプライドもありますが、あの“なにか”の正体が知りたかったのです。

 その正体をつかめば、もう子供扱いされない気もします。


 公務の停止は六十日間というご立派なものでした。これでは卒業式だけでなく、入学の祝いにも出向いてやれません。

 代理の大臣や将軍が学校や公共施設の記念式典に出向いたようですが、彼らに気の利いた祝辞が述べられるとは思えません。


 “なにか”の正体に思いを馳せ、滞る処刑に焦りを憶え、公務の穴を心配し、眠れぬ夜が増えました。

 深夜に部屋を抜け出して一人でお風呂に入るのが常習化したのはこの頃です。


 ただ、この退屈と焦燥の期間にも、楽しいことがありました。グレーテをたびたび盗みだしてお喋りをしたり、ボードゲームに興じることができたのです。

 わたくしが退屈だと、その分メイドも退屈なのです。一度なんて、いっしょに王室専用のお風呂で水泳大会をしました。どちらも泳げませんでしたけど。


 さて、この休暇が六十日も続いたかというと、実はそうではありません。


 公務へ、刑の執行へ戻らざるを得ない大事件が起きたのです。


 深夜、わたくしが私室のベッドで横になっていると、ノックもなしに扉が開きました。

「誰?」

 声をかけるも、返事はありません。慌て者が扉を閉め損なっていたのが、ひとりでに開いたのかもしれません。

 わたくしはベッドを抜け出し、部屋履きも履かないで、素足の裏にふわふわの絨毯を感じて扉へ近づきます。

 半開きの扉は闇の口から冷たい石床の吐息を静かに届けています。

「気のせいかしら?」

 わたくしはドアノブへと手を伸ばしました。


 すると、扉が勢いよく開かれて、何者かが現れ、わたくしを抱きすくめ、その大きな手で口を覆ってしまいました!


「叫ばないで。僕はキミを慰めに来たんだ」


 ローベルト!


 わたくしは何とか拘束から逃れて悲鳴をあげようと、身をよじります。

 年上の若い男性の力というものは、あんなにも強いものなのですね。わたくしがどうしようもないことを悟るのに、時間は要りませんでした。


「サーシャはやっぱり、処刑に参加するべきじゃないよ。若い女の子が手を血に染めて、倒れるほどに無理をして。休暇の署名もね、僕は千枚書いたんだよ。僕がいなくてもキミは休めたかも知れないけど」

 わたくしは「やめて、放して」と彼の手のひらの中で叫びます。塩っぽい味が舌先に触れました。それは、わたくしの中指の味(クリーク)とは違いました。

「今のキミに必要なのは、愛だ。公務を休んでいる今なら、強い愛だって受け入れるだけの余裕があると思う。僕はね、ある伝手を使って、キミのためにいくつかの用意をしたんだよ!」

 ローベルトはわたくしを抱いたまま、何かを取り出して見せました。


 “錠剤とカプセル”です。薬効は見ても分かりませんが、それがソソンの品でないことはひと目で分かります。


「痛みを止めるものと、キミを導くのを助けるためのものだ。これを飲んですこし落ち着いたら、ともに運命に従おう。キミは春を待てと言ったけど、冬眠から早く目覚めることだってあるんだよ」


 そう言いながらも、彼の手はわたくしの毛皮を奪おうしました。



「誰か助けて!!」



 大きな悲鳴。わたくしの? ノンノン。それは、ベッドの陰から発せられ、開いたままの扉を抜けて石の床を反響していきました。


「クソッ! 部屋に誰か居るなんて聞いてないぞ!」

 ローベルトはわたくしをベッドへ突き倒しました。

「サーシャさま! 大丈夫ですか!? 誰か! 誰かーーっ!!」

 そう、グレーテです。この夜はわたくしの我がままで、彼女といっしょに眠っていたのです。

 バレれば叱られるでしょうし、彼女の抜け駆けが知られれば他のメイドたちのプライドを酷く傷つけることでしょう。


「サーシャ、必ずまた来るから!」

 踵を返すローベルト。

「待ちなさい!」

 追いかけるグレーテ。


 わたくしは恐ろしさのあまり、動くことができませんでした。


「放せ!」

「誰か! 誰か! サーシャさまのお部屋に不審人物が! 王女陛下が襲われました!」

 ああ、わたくしの勇敢なお友達マルガリータ! 彼女の必死の叫びが城中に響き渡りました。


 しかしそれは、硬いなにかが床に当たったような音とともに、すぐに止んでしまいました。

 

 ……次に聞こえてきたのは、男の舌打ちと遠ざかって行く足音でした。

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