問題児
それは、一つの時代が終わりを告げ、百年ほど時が流れた頃の話。
時代が神歴と呼ばれるようになってからのことだった。
それまでは、街と呼ばれる巨大な都市国家を、竜が守護していたことから、竜歴と呼ばれていたが、彼等はある日突然、街を守護することをしなくなった。
その理由は多くの人間には分からなかったが、龍が姿を消してから間もなくして、魔王ルシファーが現れ、世界の半分を焼き尽くした。
そのルシファーも、神との七日間にも及ぶ壮絶な戦いに敗れ、世界は再び平和となる。
ルシファーが姿を消すと同時に、幾種のデミヒューマンは、その激しい闘争本能を失い、人間との共存を選ぶようになる。
竜が都市国家を守護していた理由は、当にこの種族感同士の争いのためであり、それまで人間は、竜に守られて生きていたのだ。
今でも、その名残はある。大きな街は、未だに百メートルは優に超す、巨大な外壁の中にあり、其処は今でも人間中心の街として、世界中に点在している。
ただ、街の入り口であるゲートは、殆ど閉ざされることなく、外界との入り口となっている。
人間と対立していた種族の中で、社会に溶け込むようになった代表的な種族は、エルフ、ダークエルフ、オークである。
元々エルフとダークエルフは、交わらないだけのことであり、争っていたわけではない。
激変したのはオークであり、好んで食していた人肉を欲することもなくなり、狩猟と農耕を中心にその生計を立てていた。
ドワーフやホビットは、元々エルフ達との交易があり、人間とデミヒューマンとの関係が和平に向かうと同時に、いち早く交流を持った種族である。
残念ながらゴブリンは未だに、強襲による殺生与奪を止めずに生きている。
ただ、何も彼等だけが天敵ではなく、世界中には、人間の理解を超える超獣と呼ばれる魔物や動物が存在し、翼竜のようなものから、巨大な山のようなイノシシさえ、存在する。
ただ、多くの生物は、人間に対する捕食性を失い、生態系としては、大ざっぱながらも、ある程度のバランスが保たれていると言えた。
加えて、人間達は自由になった分、盗賊稼業を行う者達も現れ、集落を襲撃などしていた。
集落というのは、神歴に移り、世界が解放されてから生まれた人里のことを指し、街とは、基本的に、壁に守られた人間の都市のことを指す。
エルフ達が元からいた土地も、集落や村ともいうが、共通認識としては、それが一般的だった。エルフ達の住まう場所は、基本的に里と表現される。
街と集落には、明確な差があり、街には近代的、あるいは未来的な設備があり、半永久炉で豊かな生活をしており、集落には、そのような設備はないというところである。
交通手段にまつわる技術は、存在しているが、残念ながらこの百年という時の流れの中、その進歩はほぼ皆無と言って良い。
技術の進歩が見られなくなったのは、アカデミーという組織が、神歴が始まると同時に、沈黙を守ってからになる。この世界では、彼等が技術の総てを供給している唯一の存在だった。
何故アカデミーが沈黙を守っているのか?は、謎だが。少なくともそれが理由で、生活ベースでは、人間が一方的に拡充する事も出来ず、種族感のバランスも、比較的守られているのは、確かである。
何せこの時代のハイテクは、オーバーテクノロジーであり、車といえど、半重力エンジンで、地面から一定の距離を空け、走っていると言うより、浮いていると言った方がよい代物なのだ。
それだけの技術を、人間だけが一方的に振るってしまえば、ルシファーから世界が救われた意味そのものが希薄になってしまう。結局支配者が人間に変わってしまっただけに過ぎない。
ただ、竜歴が終わり神歴が百年も過ぎた今日では、事実の大半は忘れられており、アカデミーという組織は、神にも匹敵するほどの存在で、もはや伝説に等しいのが現状となっている―――。
と、言いたい所だが、実は何気に、地道な活動をしていたりする。
たとえば、種族間の争いが勃発したときの調停役などだ。ほかにも色々細かな作業を行っているが、兎に角種族間の苦情処理が目立つ。
実はこの日も、オークと人間の間で、トラブルが起きていた。
トラブルと言っても、個人同士の細かなものではない。
交易所をオークが占拠し、ストライキを起こしてしまったのだ。
腕力でいえば、人間とオークでは、オークの方が圧倒的に歩があり、彼等の結束力は、人間よりも強固だった。知恵を使う事はあまり得意としなかったが、彼等のバイタリティは狩猟に向いており、この百年間彼等は、その生活に十分誇りを持った生き方をしていた。勿論他種族との関わりにおいても、それなりに満足をしている。
では、何故交易所を占拠したのか?というところから、この物語は始まる。
そもそも交易所とは、様々な種族がそれぞれの得意分野を生かし、様々な商材食材をやり取りをする場である。
勿論交換には、通貨が用いられ、今ではどの種族も通貨を用いて、交易をしている。
人間は、主にテクノロジーを駆使するが、他種族は魔力を宿したアイテムを用いて、それを商品としたり、人間では狩猟できない食材を捕獲したりしている。
「で?オークが交易所を占拠した理由とは?」
一人のダークエルフが、まず会話の出来る人間達に、事情を訊ねる。
彼女の名前は、ゾフィ=プレアデスという。彼女はアカデミーに所属している。アカデミーには、様々な種族が存在するが、基本的には、非常に理知的な集団であり、商工を得意としたドワーフや、技術的な追求を求めず、平和的なホビットは、あまりいない。
あまり、というのは、中には変わり種もいたりするということだ。基本的に科学技術を求める人間が多く、次いでエルフという構成になっている。
ダークエルフもいるが、エルフと違い、好戦的で気ままなダークエルフは、自治のためのルールは求めても、アカデミーの求めるルールや禁忌などには、無関心である。
その中で、ゾフィという存在も、矢張り変わり種といえるのだろう。
ドワーフや、ホビットなどは、それぞれの技術の追求を求めて、アカデミーに加わる事波もあるが、基本職人気質の彼等は、論理というよりか感性や感覚に頼る生き方をしているため、理詰めのアカデミーとは、あまり肌が合わないのだ。
人間達の理由は、需要と供給の関係だそうだ。供給源が多ければ価格競争が生まれるのは、当たり前のことだ。尤もな理由だ。
ただ、エルフ族は非常に聴力が鋭いのだ。というよりか、五感に関して言えば、人間とは比較にならない。
だから、彼女は一方的に人間の話ばかりを聞かず、オーク達の言い分にも耳を傾けることにした。
解決とは、フェアでなければならない。
別に彼女の信条というわけではないが、今ここに存在するアカデミーは、そう言う組織なのである。そして、こういうもめ事は、ほぼ日常になっている。どちらかを贔屓すると、それが慣習化されかねないのである。
「で、汝等の言い分を聞いてやろう」
高飛車な第一声。
妖艶で美しく気高く、高身長なダークエルフが、前傾姿勢的に前屈みなオーク族を見下げる。
総じて言えることだが、ダークエルフは、細く面長で、眉目秀麗、容姿端麗であり、ネコのように釣り上がった目尻が非常に高慢さに満ちている。
身長は百八十センチにほど近く、九等親である。質量の多い銀の頭髪が、ふわりと風に靡くのだ。その度に魅惑的に甘い香りが周囲を漂う。
ただ、香水をつけているわけではない。食生活で、その色香が際立つように気遣ってはいるが、ダークエルフはそもそも、魔性の性質を持っている。これは、男女を問わない。そして好色家でもある。
しなやかな肢体に、つんと張りのあるバスト、無駄無く引き締まり、それでいて、女性らしい腹筋周りに括れたウエスト。張りのあるヒップに程よく肉付いた太ももに、引き締まったふくらはぎ。
そんな彼女の立ち姿は、間違い無く女帝と呼ぶに相応しい。
ただし……である。
「な!何が聞いてやるだ!ガスマスクなんかつけやがって!ウガ!」
身長が百五十センチ程度で、隆々とした筋肉質のオークが、拳を振り上げて、まず彼女のその出で立ちに、怒りを表す。
「仕方がなかろう?ダークエルフの五感にには、汝等の体臭は少々堪えるのだ。それに、これは消臭マスクであり、ガスマスクではない。別に汝等を毒扱いしているワケではないぞ」
煌びやかな魔導師のローブを身に纏い、ガスマスクをつけている彼女のその姿は、何とも滑稽なものではあるが、オークとしては笑えない話だ。
「失礼だウガ!俺達は、毎日風呂に入ってんだ!ウガ!」
「清潔であるかのどうかではない。趣味趣向の問題だ」
ゾフィは、ふんぞり返りつつ、全く悪びれる様子もなく、ただオーク達の前に立ち塞がるのだった。
オーク達は、苛立ちながらも言葉の出る限り、ゾフィに人間達の対応の不平等さを訴える。
変われば変わるものだとゾフィは思う。元々オークは、人肉を好む種族である。
その彼等が、ルシファーの消滅と同時に、人肉に対する興味を削ぎ、家畜を育てたり、狩猟中心に、生活をするようになった。
農耕も行っているが、農耕に関しては、ホビットの方が歩があり、同じ農作物を売買するのなら、圧倒的にホビット側だった。
ゾフィは、一通り話を聞く。
「なるほどのう。つまりあれだのぅ。主等は、圧倒的に交渉術に遅れを取っておるの」
何度この結論に行き着いたか……である。今更の話なのだ。
オークは、それほど知恵の回る種族ではないのだ。好戦的で短絡的。そんな彼等がこうして我慢しているのは、とある約束があるからだ。
しかし、彼等の様子を見ているとどうにも腹の虫が治まらないようだ。
「まぁしばし待て。もう一度人間側に話を聞いてきてやる」
「ほんとうかウガ!」
「待つウガ!ダークエルフの公証人は、パフェ一つで、買収されると、SNSに書いてるウガ!」
「ぬぐ……」
この世界は非常にアンバランスであり、古典的な魔法が存在する反面、衛星ネットワークを介した通信網などは、非常に発達している。
こちらもサテライトネットワークシステムといいSCSをベースに、より軽量化、大衆化されたシステムをいい、通称SNSなのだが、彼等のいうSNSは、所謂ソーシャルネットワーキングサービスの略のことである。勿論そんな彼等の手には、スマートフォンが持たれていたりする。
「だ!黙れ。だれだ、そんなデマを流すのは!大体オークのくせに、スマホとは、生意気ぞ!」
ゾフィは身振り手振り否定するが、今までの高慢で高飛車な態度から一転して、慌てふためいている。
それにしてもオーク達がそのようなものをやり始めているなどとは、中々小癪なものだと、ゾフィは思うのであった。そして、もう言葉に出してしまっている。
疑心に満ちたオーク達の視線がゾフィに突き刺さる。
「ええい!この、下等民族が!」
そう言って、一発爆炎系の魔法をぶちかますゾフィであった。更に、この後同じように人間達の所へ出向いて、オークとの説得は出来たのか?と、散々に責め立てられた挙げ句、同じように魔法をお見舞いして、事態は悪化の一途をたどる。
となるところだったのだが、これ以上彼女に暴れられては困ると思った両者は、ゾフィに帰って貰う貰うために、速やかに交渉へと入るのだった。
雨降って地固まるとでもいうのだろうか。結果的に目的は、果たされることとなる。この結果から少し、そうほんの少し後、ゾフィは、アカデミーの本部へと帰還することとなる。
アカデミー本部―――。
アカデミー本部は、現在ジパニオスクという、島国のあった海上に位置し、浮遊した人工島に存在している。
いや、島そのものが建造物といってよい。
なぜ、島国があったと表現しなければならないのか?というと、過去二度にわたるルシファーとの戦闘のうち、最初の戦いの時に、大半が吹き飛んでしまったからだ。
其処には今でも強い磁場が存在し、世界の中でも尤も不安定な場所でもある。
アカデミーは、いつその歪みが不安定になるかもしれない磁場を管理し続けているというわけだ。
実際人工島の真下は、本来海上であるべきなのだが、其処には大闇が、さながらブラックホールのように渦巻いている。ただ海とこの闇の間には、境界線があり、海水が闇の中に落ち込むことはない。
島の直径は三十キロメートルほどあり、浮いているのが信じられないが、それでも事実として浮いている。
島の全体の家贓物としては、ガラスのように透明感のある高さ数百メートルはある高層ビルと、豊かな緑で埋め尽くされており。非常に優れた交通網が整備されている。
大半が半重力で制御され、燃焼ガスを一切出さない動力で動いているのだが、その源は、無限のエネルギーを生み出す魔力炉から得ている。
アカデミーが世界に多大な影響を与えているのは、当に無限魔力炉があるからなのだが、これそのものは、私利私欲のために、彼等が管理しているわけではない。
その成り立ちは後日談だが、世界のオーバーテクノロジーの九割は、間違い無くアカデミーが世界に寄与したものであるといえた。
そんなアカデミーの一室。
「全く!ゾフィ貴方という人は!」
ソファで寛ぎながら堪えない説教を受けているゾフィであるが、彼女のいる一室は、当にアカデミーの中枢で、そのトップが君臨する場所でもあった。
そして、ゾフィを説教しているのは、レーラ=グレアスというエルフで、当にダークエルフとは犬猿の仲と言うべき存在なのだが、この二人はこの百年来の友人であり、お互い切っても切れない腐れ縁である。
こちらも容姿端麗、眉目秀麗であるエルフだが、鋭さのあるダークエルフとは違い、エルフは非常に上品な様相で、切れ長の目元も、目尻が柔らかく、口元にも優しさがあり、雰囲気も容姿もバストも非常に清楚で清潔感のある種族である。
そして程よく無駄無く過不足無くあるのが、エルフのバストである。
ダークエルフは、頭髪が銀であるが、エルフはプラチナブロンドの頭髪であり、肌も透き通るように白い肌をしている。
艶やかさのあるダークエルフに、しっとりときめ細やかな柔肌のエルフという組み合わせだ。
「五月蠅いのう……纏まったから良いではないか」
レーラのお小言を毎度聞かされているゾフィは退屈そうにしている。それでもゾフィノ前には、ガトーショコラのケーキと、すっきりと後味の良いアールグレイのストレートティが出される。
それを見たゾフィは、顔を賑やかにさせ、金色の瞳をキラキラと輝かせて、ご相伴にあずかろうとする。が、レーラは、反省のないゾフィから、一度それを取り上げる。
「我のものぞ!一々意地悪よのぅ!出したり引っ込めたり!」
スイーツを取り上げられたゾフィは、まるで駄々っ子だ。それでもレーラはじっとゾフィを見つめている。
「解った!我が悪かった!しかし、爆炎魔法で死者はでておらんぞ!?」
「当たり前です!その後、予定より一日遅れての帰還の、理由を聞きたいのですが?」
「べ……別にも何もないぞ。それに、帰還命令も無かったではないか……」
「ありませんし。出すのはストームさんですから、貴女の行動を制限する理由はありませんが……」
「が……なんじゃ!はよう、それを寄こさぬか!」
ソファーからは立ち上がりたくないらしく、両手だけでガトーショコラを追い回すゾフィと、それを弄ぶレーラだった。
「ストームさん……」
レーラが振り返り、立派なオフィスデスクに腰掛けている一人の青年に、話を振る。
「え?」
苦笑いをしながら二人のやり取りを見ているのは、ストーム=イースターという青年だ。
金髪をオールバックにしている、ベビーフェイス気味の爽やかな青年である。西洋人だが、顔の彫りはそれほど深いわけではなく、表情全体は非常に明るさがあり、少々頼りない雰囲気もあるが、彼自身は非常にしっかりしている。
彼の立場は、アカデミー総帥代行というところで、現在アカデミーの本総帥は、不在である。彼はそれまでの、代理なのだが、これもまたいずれ語られる話としておこう。
彼は人間……いや、元人間というべきか。
外見は青年だが、その年齢は、百を超えており、人間の寿命は十分振り切っている。
それでも彼は若さを損なわず、また、その思考も若いときとあまり変化がない。レーラは、ストームをじっと見ている。ゾフィの素行は、すでに彼の耳にも届いているのだ。レーラはそれを発表するように、無言の圧力をストームにかけているのだ。
特に二人の立場に上下があるわけではないのだが、それだけレーラがきっちりとしている、エルフらしい性分だということである。
「っと……。十代の少年をホテルに連れ込むとかは……止めた方がよくない?」
ストームは、苦笑いをしながら、やんわりとゾフィの素行に注意を促す。
それを指摘されたゾフィは、ぎくりとした表情をして、ガトーショコラに伸びていた手が、一瞬止まる。
「よ!良いではないか!互いに同意の上ぞ!?」
「いや、同意っていってもさ……」
「全く……」
レーラは呆れてしまう。これが自分の相方かと思うと本当に頭が痛くなってしまうのである。ただ、ゾフィの言うとおり、彼女の節操のなさは、在る一定の良識の上になりたっており、無理矢理どうこうという訳ではないのだ。
ただ、ダークエルフの色香であれば、大半の男性は魅了されてしまうため、そこに強制力は働いていないのか?というのは、甚だ疑問なのである。
勿論清楚なレーラが同じように男子に声を掛けたとしたら、それはそれで彼等を逆上せさせてしまうに違いないのだが―――。
ゾフィは、お預けにしていた、ガトーショコラをゾフィの目の前におくことにする。
「し、仕方がなかろう?我も考え事をしていたし、その少年も考え事をしていたらしく、我の持っていたソフトクリームが、こう胸元にべたっとなってしまったのだ」
ゾフィは大きく開いた胸元を、一度さらりと撫でる。
指先で撫でた瞬間弾力のあるバストがプルンと微かに、そして魅力的に揺れる。
それは可成りの手触りなのだろうと、ストームは少し行けないものを見てしまったかのように、視線を反らす。
「まぁ……少々その少年の悩みとやらをのう?」
「同意を求められても困りますが……」
「悩める少年が、背徳感に苛まれなつつ瞳を潤ませながら、我によじ登ってくるのじゃ……もう、可愛ゆうて可愛ゆうてのう!」
思い出すだけで、興奮するゾフィは、スプーンとフォークを手放せないまま、自らの両肩をギュッと抱いて、感極まって震えているのだった。
大体の構図は想像の付くレーラが、ぷい!と、そっぽを向いてしまうが、好色家であるダークエルフは、同時に非常に強い母性も持ち合わせている。
残忍さと狡猾さも持ち合わせているが、そうした深い愛情もまた、彼女の魅力なのであるが、少々行き過ぎの感が否めない。
それを見たストームは、本当に苦笑いをするしかなかった。
「全くこのエロエルフは……」
其処に現れたのは、非常に豊かなで質量のある黒髪の女性である。
ダークエルフほどではないが、彼女も猫目がちで釣り上がった目をしている。眉上で揃った黒髪が印象的である。
彼女も美しいが、頬のラインが尖り気味であるエルフ族に比べて、薄らと柔らかみがあり、気高さと麗しさが感じられる。
鼻筋は静かに落ち着いているが、芯の強さを示すように、すっと流れている。
彼女の名前は、フィル=アロウィン=イースター。ストームの妻であり、彼女は十七歳という若さで結婚をしており、ストームとは二つ離れているだけだ。
「隊長は?」
「泣き止んだわ」
「そか……」
彼女のその一言に対して、非常に心配げなストームだが、フィルのその一言を聞くと、ケーキばかりに目を奪われていたゾフィも、手を止めてしまう。
「普段が元気なだけに、心配だよ……」
ストームは両手を組んで、デスクに肘をつき、その両手の上に額を置く。
「やれやれ、我が主がそんな調子だと、食欲のほども失せてしまうのぅ」
そう言って、ガトーショコラを、二口三口食べて、半分ほどを残し、ソファーから腰を上げる。
「なら、私が」
ゾフィに負けじと、レーラは歩き出そうとするのだが、それをゾフィが止め、首を横に振る。
「汝程度の乳では、包容力の欠片もないわ」
「な!それと包容力とは、関係ないと思います!」
このことに対しては、普段冷静なレーラもムキになる。
彼女のバストが決して貧弱というわけではないのだが、それでもゾフィの豊満さに比べれば、レーラもフィルも敵いはしない。
兎に角ダークエルフのバストというものは、唯豊かなだけではなく知的さがあるのだ。
怠惰なように見えるゾフィではあるが、自由気ままなだけで、その頭脳はエルフ同様、非常に優れているのだ。
ただ、性格的には問題の多いのが、玉に瑕であり、ゾフィの場合はそれが顕著に表れている。
ムキになったレーラを横目に、意地悪な笑みを浮かべているが、彼女が自分の主というものに対して、非常に真剣なのは、彼女がスイーツを全部食べきれなかった所に、よく現れていた。
ムキになったレーラだが、確かに女性の胸というのは、それだけで母性なのだ。勿論その母性の使い方を間違うと、途轍もなく淫らな方向に行くのである。
ゾフィーがストームのオフィスを出て行くと、レーラは自分のバストを持ち上げて、少し真剣な表情をしている。
「矢張りバストは豊かな方が良いのでしょうか!」
彼女は実に真面目であり、自らの主に対して、非常に従順である。
そんな真剣な眼差しを受けながら、ストームは、胸も揉み上げて強調しているレーラに釘付けになってしまう。
ゾフィと比べるから控えめに見えるだけで、比較対象がいなくなってしまうと、それでも十分なものだと思えてしまう。
少々疚しいことを考えた、そんなストームの耳を、フィルが引っ張る。
「イテテ!」
「私も……ソコソコあると思う……」
ツンと拗ねてしまうフィルだったが、彼女のちょっとした嫉妬は可愛いものであり、軽い自己主張でもある。
「わ、解ってるよ」
そう言って、苦笑いばかりして、フィルを宥めるストームだった。
ストームのオフィスを去ったゾフィの向かう先は、そこから数部屋先だった。
屋内の壁面や扉などは、基本的に浅く青みがかった白が基調となっており、清潔感のなかに、未来的な要素が加わっており、非常にすっきりとした作りとなっている。
その凹凸の無さは、完全なバリアフリーを思わせるほどに無駄がない。
この建物は、現在彼等の仕事場であり、居住スペースとなっており、殆どのことは、フロア内で間に合ってしまう。
本来彼女達には、戻る家もあるのだが、戻らない理由は、泣いている彼女にある。戻ってしまうと、それこそ大泣きをしてしまうのだ。その場所の管理は、今は別の者達に任されており、いつでも戻れるようにはなっているのだが、未だその心境に至れないでいる。
「やれやれ、我が主様は、いつから引きこもりになられたのじゃ?」
ゾフィは、灯り一つつけられていない真っ暗な室内に入ると、普段通りに寝室へと向かう。
エルフ族は、人間より目が良いし、何よりこの部屋そのものは、彼女達のよく知る場所でもあるため、何かに足を取られることなど殆ど無い。
寝室に入ると、ゾフィは漸く間接照明のスイッチをいれ、室内に灯りを灯す。
程よい暗さの照明は、泣き疲れて眠っている彼女を起こすほどのものではないし、手元が暗くて見てないと言うほどのものもない、程よいものだった。
ソフィは、キングサイズのベッドに腰掛け、シーツのみを身に纏った、癖毛で茶髪の少女とも大人とも付かない寝顔の彼女の頭に、そっと手を触れるのだった。
そんなゾフィが彼女に向ける眼差しは、主というよりも、手の掛かる妹を見るような優しい眼差しであった。
城華兄 京矢ともうします。
小説家になろう!初投稿となります。
Twitter: @kyouuya999
作品としては、ずいぶん以前から書いてはいたのですが、なかなか投稿の機会もなくこちらで掲載させていただくこととなりました。作品としては、現段階で四部作となっております。
不定期ではありますが、ご愛読していただければと思います。
仕様に関して理解不足の部分も多いため、もしミスを発見下方は、ご一報いただければと思います。
誤字脱字に関しては、ホントにすいません( ̄▽ ̄;)