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皇帝陛下の旧式戦艦   作者: 夕月
海路一万五千余里
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兵どもよ錨を上げろ

 会議(というか打ち合わせ)は予定通りに始まり、予定通りに終わった。すでに事前に顔を合わせていた面おもであったため、「改めて宜しく」と簡単に挨拶が済まされたあと、日程および業務の確認、簡単な今後の予定を伝達して終了。基本的に調査団長の惟宗博士が取り仕切り、須崎艦長は参加はしたもののほとんど口をはさむことはなかった。

 大まかな旅の行程としては以下の通り。

 呉(7月1日深夜出港)―基隆―シンガポール―ペナン―セイロン―ボンベイ―アデン―スエズ―ポートサイド―マルタ―マルセイユ(下船、鉄道乗換え)―パ・ド・カレー(航路)―ロンドン(到着予定日:8月11日)

 見ての通り寄港予定港は英連邦国家の港が大半を占める。というのもこの調査派遣に関し、日英以外のほとんどの国は「うちを巻き込まないでおくれ」とばかりに「支持はするが協力はしない」の立場をとったためである(唯一フランスは事変の隣接国家という関係上便宜をはかってくれた)。そもそも時間のかかる海路を使う羽目になったのはロシア国内の動乱によるものであり、実際日本も2年前にニコラエフスク領事館ほかをパルチザンに襲撃されるなど他人事ではなかった。

 またこの「伯耆」は諸般の事情により航続距離が他の日本軍艦と比して短めであり、その都合でこまめに給炭が必要になっている。


 さてこの調査団に同行させられる「陰陽師以外」の人物は橘花を含め5人。うち4人が科学畑である。その4人は生物学者の槇野の発案により、親睦会も兼ねてしばし上甲板で語らおうということになった。

 橘花以外の皆も多少なりとも嫌々連れてこられたらしく、非科研人事の弓削島氏への恨み言で語らいはしばし盛り上がった。しかしそのとき、

「やや、おい君たちあれを見給え、あれは当の弓削島氏ではないかね」

 物理学専攻の衣川さんが指差した先の埠頭には、なるほど確かに弓削島氏が居た。

「噂をすればとは此の事だ、おい君、先生はくしゃみをしておられるか。私は近眼故良く見えん」

「何を非科学的な、噂話でくしゃみなど…しておられるな。た、多分西日が眩しいんじゃろうて」

 まさかの本人の登場に驚く面おもだったが、そんな中橘花はふと弓削島氏の隣の人物に気が付いた。

「あれは…女の子でしょうか?えーとあの子です、右隣の」

 槇野達3人も橘花の言わんとする人物にようやく気付いた。

「なるほど、確かに若い娘だな。鶴舞君も大概若いがそれ以上の」

「弓削島氏の妾…いや隠し子かもしれないですぜ」

「いや、よく見給え明科くんあれは金髪だ。西洋人だ」

「西洋人の隠し子?いろいろ興味深いですわね」

 距離があるのをいいことに、科学者たちの下世話話はある程度の盛り上がりを見せていた。

 彼らは知らない。弓削島氏の隣にいる少女が英国から飛んできた本物の魔法使いであることを。なぜなら彼らは英国魔法省を「(どこかの陰陽寮と違って)現代社会とほとんど関わりをもたない集団」という一般的な認識で見る事しかできないのだ。


「へっくしゅ」

「おや、噂話が移りましたかなベルグソンさん」

「西日が眩しいだけじゃないかしら」

 出港にあたり、弓削島佳孝とマージェリー・ベルグソンの二人もはるばる帝都から見送りに来ていた。彼らは何となく自分たちがどのように見えているのか自覚していた。中年のおっさんと(見た目上)年若い西洋娘である。そりゃ想像も拡がるだろうて。

 それにしても、とマージェリーが繰り出した。

「長いこと他の非科学的組織と交流を絶っておりましたので、この技術交換が有意義なものになることはある一種の楽しみですわ」

「それもこれも、日英同盟あってのものですな」

「それもこれも、誰かさんが軍縮条約でゴネを重ねて下さったおかげですわね」

 違いない、と弓削島は相好を崩した。20年前に締結された日英同盟だが、現在ではほとんど死文と化しており、今度のワシントン軍縮条約を機に正式に破棄されることになっていたのは事実なのだ。ところが先日の事変で条約は有耶無耶になり、魔法省はどうにかこの同盟を利用して日本政府に協力を依頼することができた。

「そういえば、あのときのカトウ代表、近々内閣総理大臣になりなさるそうね」

 条約のゴタゴタの責任をとり、高橋内閣が解散するのもちょうどこのころである。まったく、厄介な時期に厄介な仕事が来たもんだ。

 しばし沈黙が流れる。やがて二人に浮かんだ話題は、目の前の弩級戦艦…の形をした「特務艦」についてであった。

「この艦…こういう使い方をしてるのね」

「海軍省自体は受領を断ったからなぁ…しかし、我々にはこの艦が必要だった」

「その結果導き出された処遇が、舎密院お召の研究施設なのね。見た所まだ戦艦として使えそうだけど」

 この艦が我々の手に渡る時、海軍省は「こんな旧式の戦艦は要らん、時代は超弩級戦艦だ、高速艦だ」とスクラップにしようとした。それに異を唱えたのが非科研の当時の所長だったらしい。結局この艦は「海軍が保有し、乗員も海軍兵卒だが、管轄は舎密院の『特務艦』」という立場に収まることになった。

なぜ所長が強固に保有を主張したか、それは非科研と魔法省だけの極秘事項だった。

「ヘンリエッテは…元気にしているかしら」

「元気ですよ。久々の長距離航海だって張り切ってました」

 そしてこの特務艦の『名誉艦長』のことも、彼女は知っていた。

「何はともあれ」

 マージェリーは「伯耆」をしげしげと眺めながら言った。

「本来の用途と違うとはいえ、彼女もまだ働ける、って喜んでるんじゃないのかな」

「そうかもしれませんな」

 日本語が堪能なマージェリーだが、未だに感覚的に船に対しては「彼女」という人称代名詞を使う。弓削島はやはりまだそれには慣れないが、そのほうが艦に対し親しみが持てて良いのではないかというきもしていた。


 1922年7月1日1700時。若干名の見送りと「帽振れ」を背に、特務艦「伯耆」は欧州に向け、定刻通りに呉を出港した。この航海が彼女が“帝国海軍籍に入って以来2度目”の長旅となる。


ようやく出港。長いことお付き合い下さりありがとうございます。でもまだ続きます。

今回出てきた科学者sのご紹介をば。

槇野博士:生物学(とくに植物学)博士。気さくな人物だが近眼。最年長

明科教授:医学教授。橘花以上の非科学排斥論者。盆栽が趣味らしい。

衣川助教授:やや若くして助教授。専門は物理だが詳しくは不明。目がいい

鶴舞:ただの天文台職員なので実質下っ端。紅一点


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