表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
皇帝陛下の旧式戦艦   作者: 夕月
海路一万五千余里
5/36

万苦をしのび西洋に

 マージェリー・ベルグソンと紹介された少女は、弓削島に向かい一礼した後、

「あらお久しぶり。また会えて嬉しいですわー。ウネビの件以来かしら」

と、やたら親しげに話しかけてきた。

「おや、やはりお知り合いでしたか。わざわざUSRI(※非科学研究所の対外的な略称)の所長でなく人事部長のあなたに面会を申し込む辺り、そんな気はしておりましたが」

 読みが当たって嬉しかったのか、隣でエリオット大使がやたら笑顔を浮かべている。その笑みのまま「紅茶をもう一杯入れさせましょう、積もる話もありましょうので、私はこれで」と自分の執務室に引っ込んでしまった。

 応接室にはベルグソンと弓削島、そして半ば空気と化していたその秘書、吉田の3人が残された。

 如何にも弓削島はベルグソンと面識があった。あれは1889年、フランスから購入し、廻航されている最中の防護巡洋艦「畝傍」が突如として消息を絶ったときのこと。当時陰陽寮の最若手であった弓削島が任された初めての大仕事であり、その時に製造国フランスの要請を受け、英国魔法省から「手伝い」に寄越されてきたのが彼女だった。弓削島は当時、書物で文字列を目にするだけであった「魔法使い/魔術師」という存在を初めて目の当たりにし、科学の世にも生き残っている異国の「同類」に会えたことに感激を覚えたのだった。

 彼はそのとき21歳であり、あれから33年経った。今では若い陰陽師からひそかに老いぼれ呼ばわりされるようになったが、彼女の方は…

「あなたは全然変わらないですね。33年前もそれくらいの見た目だったのでは?」

「変装よ変装。わたくしゃ昔も今も中身は婆さんですよ」


 なぜ英国が非科学研究所のことを把握していたか。それは当の英国が同じような組織を持っており、一種の「横の繋がり」があったからである。

 その名も「英国魔法省」。中世から近世にかけて迫害された「魔法使い」達が国家からの庇護を求めた結果成立した役所であり、現在は日本の非科研同様表社会には出ず、魔術研究や非科学事象の調査研究を専門にしている。また政府からの要請で秘密作戦への従事もする。

 今回の調査依頼はその魔法省を通して行われたものであった。これはつまり、当の英国は本件について、「非科学的な大事件」の線を主張する一定の勢力が居るということであり、何を隠そうその「一定勢力」とは、()()()…つまり実際に相手した海軍兵だった。


 ベルグソンの口から出たのも、その主張を裏付けるものが中心であった。

 曰く、乗組員の証言、また撮影された数多くの写真から見て、今回グレートブリテン島南部で暴れまわった正体不明の戦艦は旧ドイツ帝国のバイエルン級戦艦がどうしても最適解となってしまうこと。

 曰く、その艦が一度だけ「明らかに不自然な砲撃」を行い、その結果彼女に向かっていた魚雷がすべて水中暴発を起こしたこと。

(このあたりで紅茶のお代わりが入ってくる)

 曰く、その一帯のその日の海水温が他の日と比べて若干低かったこと。

 曰く、混乱に乗じて本格的な内戦を起こそうとしていたアイルランド反英愛条約派をこっそり鎮圧したこと(内部ゲバルトが激しかったため、魔法とかあまり使わず離間計でどうにかなったとのこと)。

 革命の混乱により欧州からシベリア鉄道が使えず、やむなく英領インドにいた自分が昼夜兼行で飛んでくる羽目になったので、あとで魔法省に給料を割増してもらう交渉をすることなど。

「そんなに不安定でしたか、アイルランド情勢は」

「現状『次いつまたあの艦が攻めてくるか分からないので、今のところは抗争を休止しよう』で収まってはいるけど…そんな保証は無いし、いつまた揺らぐか分からないですわねぇ」


 弓削島からも、国際連盟からのゴーサインが出次第調査団を送り、英国魔法省の手伝いをさせる旨を説明した。「畝傍の時の借りをまだ返していない気がする」と付け足しもしておいた。

「調査団を送るのはいいけど、一つ問題が…。そちらのオンミョウジはたしか我々のように長距離を迅速に移動することはできないでしょうに。それにあの事件以来英国行きの船便は殆ど欠航続きですし、チャーターするにしても皆嫌がると思いますよ。弓削島さん、何か考えをお持ちで?」

 それに対し帰って来たのは、移動手段に対する懸念であった。計画に対する反対ではなく、あくまで懸案を示した助言である。

「男女混合チームでしょうから通常の軍艦を使うのも難しいでしょうし…」

 弓削島はその言葉に「心配無いさ」という意味の微笑みを返した。怪訝な顔をするベルグソンを尻目に、彼は傍らでメモを取っていた吉田に発言の機会を与えてやることにした。

「それに関しては、我々はこういった任務におあつらえ向きの船を備えております。丸腰の客船で調査対象にむざむざと狩られるつもりはありませんので、ご安心を」

 ベルグソンはまだしばらく怪訝そうな顔をしたままだった…が、やがてある一つの船に思い当たり、ぽん、と一つ手を叩いた。

「ああ、そういえば」


「そういえば笹島さんにお別れ言うの忘れたわ、今から東京帰って伝えてくるから先行っててくださるー?3年後くらいに追いかけると思うから」

 大使館での会合(おちゃかい)から12日後の7月6日、ようやく国際連盟からの正式な要請が下り、調査団のメンバーは広島県は呉軍港に集められていた。

 鶴舞橘花も嫌々ながら同行している。特急を使わせてくれれば良かったのに陰陽省はそれをケチり、結局急行列車で三原まで、そのあと呉線に乗り換えるという、丸一日かかる汽車旅をする羽目になった一行は、橘花を含め誰もが疲労し、身体は2等車のボックスシートの形に固まっていた(高官は1等だった。羨ましい)。

「何を馬鹿なことを。ほら、見えてきましたよ」

 案内役の陰陽師、中尾茅子に促された橘花の目に、今回の旅の足である「弩級戦艦」が見えてきた。


 いくら紛争地帯に丸腰の商船を派遣するのが危険とはいえ、ベルグソンの基本的に男性の乗組しか考慮にない軍艦を使用するのには難があるという忠告は無視されたのか?

 いいや、陰陽省とて無策ではない。むしろこの問題を全て解決できる、都合の良い存在がこの「弩級戦艦」であった。

「あちらが今回使用する特務艦『伯耆』になります。乗組員は海軍から派遣されていますが、運用は海軍軍令部ではなく我々陰陽省が担っております」

「へぇ、三笠より大きいのね」

 軍艦にそれほど明るくない橘花が抱いた感想は、横須賀に係留されている最も有名な前弩級戦艦との比較であった。

 主砲は連装砲塔が前後左右に1基ずつの4基8門。全長はざっと170〜180mくらいだろうか。此間就役したという最新鋭の戦艦「長門」と比べるとやや古いスタイルをとっている。

 ただそれでも、橘花は今まで『伯耆』という戦艦を全くと言って良いほど聞いたことがない。

「そのはずです。この艦の存在はある程度秘匿されていますから」

 貴方の反応を見るに、秘匿は成功しているようですね、茅子は安心した様子である。

 まだ珍しいものを見る目の橘花を含んだ一行は、これからこの特務艦に身を委ねることとなる…

後日改稿予定なのでこれは後書きを含め仮の文章となります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ