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皇帝陛下の旧式戦艦   作者: 夕月
海路一万五千余里
3/36

非科学遺風

次の文章は設定未成熟の頃に書いていた第4,5,6部分を全面的に書き改めたものの前半部です。これまで読んで下さった皆様、お手数ですがご確認宜しくお願いします。はじめての方は「なんのこっちゃ」でそのまま読み進めて頂いて差し支えありません。

 なぜ大正時代にもなって舎密院に「陰陽省」などという時代錯誤なあだ名がついているのか。


 そもそも古来の陰陽師は科学者・数学者を兼ねており、彼らの領分が江戸幕府の天文方その他と共に舎密院(舎密とは「科学」の古い呼称)に移管されただけである。陰陽道は維新の際にかなり勢力を削がれたが、西洋文明導入がとやかく叫ばれたその頃でも未だに世の中で物の怪騒ぎが頻発していた。そのほとんどは民衆のいわゆる集団催眠でしかなかったが、他の機関では対処(迷走した民衆をなだめすかすこと)が難しかった。そこで明治政府は彼らに「陰陽」のネームバリューを着せ、それらの事象に対応する際、民衆に容易に納得してもらえることを期待した。

 その名残として、現在でも多くの人が未だに好んで「陰陽省」と呼び続けている。

 ただし旧来から権力を握っていた土御門家については特に機関のトップに据えられることもなかった(これは維新以前の体制を嫌った学者たちからの圧力といわれている)。

 こうして、律令時代から続いた陰陽師たちは、その名前だけ残して表舞台からは身を隠した。


 しかし、あくまで「陰陽省」はあだ名であり、正式には「舎密院」。業務内容は天文・暦法や生物学などといったいわゆる「科学」の研究であり、陰陽道ときいて思い浮かべるようなオカルトシャーマン集団の占める割合は「少ない」。実際対外的には「Science and Shamanism Agency」で通っている。


 そんな陰陽省こと舎密院にも、英国近海で暴れまわり、そして忽然と消えた正体不明の戦艦についての噂は伝わっていた。


 やれやれ、今日の客は手ごわかったな。

 舎密院庁舎のある一室で、弓削島はしばし職務から解放され、一息入れる事が出来た。

 今回の事件について、英国は本格的な事実調査を始めるに当たり、協力してくれる人手を欲していた。白羽の矢が立ったのは、形式上同盟関係にあった大日本帝国。科学的な考証が必要ということで、この舎密院からいくらかの調査団を派遣して欲しいという要請が来た。

 彼に与えられた任務は一言で言うと「人選」。つまり派遣するのに適当な人材を探し、指名し、業務内容を説明する。紙面通達だけではなく直接本人と会って話を聞くと言うのは、弓削島個人のやり方であった。

 つい先程までも指名者との面談をしていた所であった。しかし今回の相手は派遣に対し露骨に不快感を表し、こちらの説明にも終始納得がいっていないようであった。舎密院にはまだ珍しい、若い女性の天文台研究員で、名前を鶴舞橘花つるまいきっかといった。べつにか弱い女子だと思ってなめてかかっていた訳ではなかったのだが、ともかくこれからの女性の模範となりそうな、自分の意見をきっちりと表明する、悪く言えば気の強い女性だった。

 しかし自分の判断に誤りはないはずだ。彼女含め全ての指名者には、何としてでも調査団に同行してもらわねばならない。

 

 しばらくして、弓削島のもとに職員が一人、紙切れを持ってやってきた。彼の秘書官である。

「英国大使館のサー・エリオット大使から会談の申し入れです。合わせたい人が居ると」

「たぶん魔法省の役人だろうな。すぐ会おう、付き添いを頼む」

 そういって出がけの支度をする弓削島に、秘書官が語りかけた。

「あの若い女性が仰っていた鶴舞女史ですね。本当に彼女を派遣するのですか?あまり乗り気ではないようですよ、終いには私の()()にまで文句をつけていました」

 そこら辺の書類を適当にカバンに詰めながら、弓削島は肯いた。なかなか一筋縄ではいかなさそうな人材であることは自分だけの感想ではないようだ。

「君は自分でお伺いを立てたお導きに自信がないのかい?」

「いいえ、まさか」

「それなら案ずることは何もないだろう。今回の調査団の人選は、あらゆる()()の結果に基づくものだ、成否は本人の所属に関わらない」

「ええ、それが我々()()()のやり方。科学者の方々には申し訳ないが、従ってもらうほかありません」

「よろしい、では出発しよう」


 確かに陰陽師は政治の表舞台からは身を引いた。しかし、「完全に姿を消した」訳ではない。

 明治初めの妖怪騒ぎは「殆どが」民衆の流言飛語であった、というのは事実であるが、逆にごく一部、「本物」が紛れ込んでいたのである。科学者にそれへの対処は不可能。そこで、彼ら陰陽師はひそかにそういった非科学的存在への対処に従事し、近代国家日本の治安を人知れず守っていたのである。

 彼らの普段の職務はこれまでと変わらず天文・暦法・占術そして物の怪対処。人選も例外ではなく、主に人相占いやら易経やら、そういった「前時代的な」判断基準を基にする。科学の世を生きる現代人には受け入れられない存在かもしれないが、致し方ない。

 そんな陰陽師たちの所属する舎密院の秘密部署である「舎密院非科学研究所」、通称「陰陽寮」が、表向き科学的調査という名目の、今回の欧州派遣の主宰部署であった。


 

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