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皇帝陛下の旧式戦艦   作者: 夕月
プロローグ
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端緒

 1922年6月、アメリカ合州国はワシントンD.C。

 当初の予定より4ヶ月ほど遅れて、ようやくワシントン海軍軍縮条約が締結されようとしていた。

 遅れの原因は約一国、調印を渋りに渋りまくった参加国がいたことである。国内で「そんな条約など無視してしまえ」「国際協調のためにも調印を」と意見が真っ二つに割れ、議会が収拾のつかない大混乱に陥った事、ようやく収拾をつけても今度は建艦比率を対米6割から7割に引き上げる要求でもたついたこと、そしてもう一つ、予定通りに調印してしまうと、国の威信をかけた新型戦艦を完成間近で破棄する羽目になる、という理由だ。最後のは、表向きには秘密。

 何を隠そう、極東の島国、神州大日本帝国のことである。


 しかしそろそろ限界が来た。日本がゴネているあいだにアメリカも「メリーランド」につづく新鋭戦艦「コロラド」を完成させてしまい、大英帝国連邦もそれらに対抗する新型艦の建造許可を要求してきた。日本の戦艦「陸奥」も完成し、‘対米7割派’をなだめすかす事にも成功しつつある。これ以上引き延ばしてしまうと、せっかく大戦が終わり、全世界(敗戦国除く)が平和な世を謳歌できるというのに水を差してしまう。いや、もう十分差した。

 ときの海軍大臣加藤友三郎は現段階を以て調印を決意。そして今大日本帝国首相全権委員として、米英仏伊の代表とともに文書を纏め上げているところである。

 

 この文書で、私が推し進めた八八艦隊計画は完全にお釈迦になる。加賀、土佐、紀伊、天城、赤城…彼女ら建造中の主力艦たちの運命、そして未来の皇国海軍の道筋が、私の手に委ねられたようなものだ。加藤は内心そう考えながら、しかしそれにあまり未練を感じる事もなく、着々と草案を纏め上げて行った。

 おかげで現地アメリカからは「アドミラル・ステーツマン」と加藤を評価する声も上がっている。来米当時は強硬派ゆえ更迭された前任者(名前はここでは伏せる)のおかげで「蝋燭男」呼ばわりされていたのとはえらい違いだ。これでしばらく建艦競争に歯止めを効かせることができるだろうし、特に日本にとっても悪い話ではない。対米6割の埋め合わせ?なに、どうとでもなるさ…


 事態が急展開を迎えたのは、調印式を2日後に控えた日の夜明け前。一人の連絡将校がこの世の終わりのような表情で会議場に「突っ込んで」きたときのことである。

 あれは確か、英国代表の…

 彼の名前を完全に思い出す前に、その口から「一大事」の内容が明かされた。

「本日6月21日未明、チャンネル諸島沖にてにて突如所属不明の大型艦一隻が出現、急行した英国海軍駆逐艦4隻をすべて撃破し、セントジョージズ海峡を依然北上中!我が方は不明艦に停船指示あるいは破壊を試みるものの、悉く撃破されつつあります!すでに〈HMSロイヤル・オーク〉が大破、戦線を離脱した模様!」

 

 とたんに議場がざわつき始めた。大戦終了後5年と経たないというのに、わざわざ天下の大英帝国に喧嘩を売るとはどこのどいつだ。しかも、話を聞く限り「強い」。そしてその艦は、一体何処へ向かっているのか?もはやこの場に軍縮条約について語らう者は誰一人として居なくなった。

 チャンネル島。チャンネル島と戦艦。そういえば1年ほど前にその辺りで、英国によって撃沈処分された戦艦がいたような…。

 加藤はそのような割とどうでも良いだろう雑念を振り払い、喉まで名前の出かかっている英国将校からより詳細な情報を引き出そうとした。

「君、その艦の国籍に見当はついているのか?わが軍でない事を祈るが」

 将校はそれに答えようとしたが、どう答えて良いものかと逡巡しているようだった。

 やがて彼の口から、耳を疑う情報が流れだした。

「艦容は…最初に邂逅した駆逐艦〈ルックアウト〉ほかあらゆる艦からの報告によると…」

 感動詞を一つ挟み、彼は続ける。

「ドイツ帝国海軍、バイエルン級超弩級戦艦に…酷似していた、と…」

 

 会議場は悲鳴のようなざわめきに包まれた。他の参加者が思いのたけを口にする中、加藤は一人思い出していた。1年前、チャンネル島沖で撃沈処分された、哀れなドイツ戦艦。あの「スカパ・フロー一斉自沈事件」の生き残り。プロイセン帝国、最強にして最後の戦艦…

「バーデン」

 彼が件の英国将校の名を思い出すことは、終ぞ無かった。


―――――


 グリニッジ天文台が日付をまたぎ、暫く経った6月21日午前4時ごろ。

 ルックアウトほかL級およびアドミラリティM級からなる4隻の駆逐艦はポーツマスを出港し、単縦陣を組んで朝からの航行訓練に励んでいた。

 彼女らは1913年前後、世界大戦を間近に控え建造された、排水量1000t弱の一世代前の駆逐艦であり、この度の軍縮条約を目途に退役が決まっていた。22隻が建造されたL級のうち残りは3隻となり、ルックアウトはその一隻である。彼女にとって、これが最後の航海となる予定だった。

 

 夏至なので英国の朝は早く、もう日が昇っている。そんな折、一隻が左舷側に大型艦影をひとつ認めた。彼我の距離は最初20km弱ほどだったが、どうやら相手は面舵をとり、こちらに向かってくる。艦影からするに大方リヴェンジ級かエリザベス級か何かだろう。まさか衝突はしないだろうが、念のため注意を促してやろう。嚮導艦ノンサッチから次の指令が下った。

「全艦汽笛一斉吹聴、それと各種信号も送れ」

 信号手が手旗、発光信号を用い、こちらの国籍、所属、艦名、衝突しそうなので注意する旨を伝える。

 しばらくのち、汽笛の反響音の次に返って来たのは…発砲音だった。


 艦隊周辺に4本の巨大な―15インチ砲クラスの―水柱が上がった。完全に狙われている。

「どういうことだ!アイツ撃ってきやがった!」

 ルックアウト航海長ケインズ大尉は、当然の疑問を口にした。誤射か?それはない。相手はこっちの信号を確実に「認識してから」撃ってきた!

 信号手は依然狂ったように発行信号機を叩き続けている。こちらとて応戦したいのだが、あいにく手持ちの4インチ砲では射程外であるし、そもそも大型艦相手にどれだけ効果があるか。魚雷なら各艦装備しているが、現在の混乱した状況下では効果が薄い。最善の手段は出来る限り速力を上げ、態勢を立て直す事だ。

 発砲炎。それを認めるや否や艦長が「面舵一杯!」を叫んだ。戦隊指令がまだ「各艦自由回避」の命令を下してない以上これは艦長の独断専行だったが、ケインズは反射的に舵輪を回転させる。排水量1000tの船体は容易く言うことをきき、大きく傾きながら右に曲がった。

 幸いにして先ほどの砲火はルックアウトを狙ったものではなかったが、艦長曰く「悪いことと良いことが同時に起きた」。

 まず嚮導艦ノンサッチが直撃弾を受けた。30ノットで動く小舟相手に、見事な砲撃手腕であった。おそらく過貫通を起こしたのだろう、爆発自体は水中で起こった。しかしノンサッチの船体は前4分の1ほどで真っ二つに折れ、順調に沈みつつある。そして艦橋がどこにも見当たらない。艦橋クルー他司令要員は、全滅したとみられる。

 これで先ほどの勝手な回避行動を咎める者はいなくなった。これが艦長の言う「良いこと」らしい。指揮系統は大混乱であったが。

 「全艦隊に告ぐ。こちら駆逐艦ルックアウト。現在本艦は国籍不明の大型艦一隻より攻撃を受け、嚮導艦ノンサッチが撃沈された!ただちに救援を…」

 再び艦周辺を水柱が取り囲んだ。もう二隻居たはずの僚艦は片方が居なくなっている。逃亡したか、それとも…

 どうやら相手の艦の副砲射程にも入ったらしく、水柱はさらに割増されていた。ここまでの猛攻を受けておいて、まだ本艦には直撃弾を一発も受けていない。ケインズは内心で、先ほどから適確な回避指示を下し続けている艦長、サットクリフ中佐に忠誠を誓った。


 それにしても…

 大戦も終わって間もないというのに、この大英帝国に―相手が大英帝国であると分かった上で―喧嘩を売ってくる、このような有力な大型艦を擁する勢力とは?

 ケインズは頭の中で、思い当たる全ての艦影を目の前の大型艦―前後に主砲塔を二基ずつ、中央部に二本の煙突を配した―と照合した。やはり、エリザベス級ぐらいしか思い至らない。それは他の殆どの乗員にとっても同じだった。

 あるいは、我が国の戦艦が反乱を起こしたか、何者かによってジャックされたか。

 いずれにせよ、ここまで明確にこちらに殺意を持っているのだ、反撃をすべきである。 


「雷撃を敢行する」

 残ったもう一隻の駆逐艦ローフォードは、三番砲に副砲弾を受けつつも戦闘行動を続けており、こちらの雷撃戦の提案にも即座に応じた。現在完全に同航戦。測的照準よし。

 L級駆逐艦二隻のもつ魚雷兵装は21インチが4本ずつ、合計8本。それらが「敵艦」に向けて放たれると同時に、ケインズは避退の面舵をとった。なおも砲撃は止まない。魚雷が目標に到達するまでの間、地獄のような体感時間が過ぎる。

 ルックアウトはとうとう1番砲に直撃弾を許した。水平に当たったため艦の内部まで被害が及ぶことはなかったが、艦橋のガラスは全てひびが入った。割れなかっただけましだが。さらに悪いことにはローフォードもやられた。艦尾を引きちぎられ、水中に引きずり込まれてゆく。救助に戻れるだろうか、いや、現実的ではない。自殺行為だ。

 

 やがて―

 イギリス海峡に二つの爆発が起こった。片方は、沈みゆくローフォードが放った方の魚雷によって生み出され、「敵艦」の艦腹を食い破った。そしてもう片方は…ルックアウトの艦尾側で至近弾となり、艦底にもぐりこんだ「敵艦」の主砲弾が引き起こした水中爆発であり、ルックアウトのプロペラシャフトをへし折り、行き足を完全に止めた。

 

「畜生…」

 ケインズ他艦橋に居た2,3人がつぶやいた。

 「敵艦」は身動きの取れなくなったルックアウトには目もくれず、1kmほど先を悠々と進んでいる。針路は…ああ、シリ諸島―セントジョージズ海峡方向である。

「おい、ありゃエリザベスじゃないぞ」

 抜群の視力を誇る見張り員が叫んだ。確かに、エリザベス級にしては寸詰まりで、主砲塔も角ばっている。英国海軍の優美なそれではない。まるで、今はなきドイツ帝国の戦艦のような…

「バイエルン級だ」

 サットクリフ艦長がつぶやき、艦橋内がざわついた。ケインズにとってはその名前が、現在前を通り過ぎる艦影とこれ以上ないほど結びついた。最も有り得ないはずの選択肢であるのに。確か2隻居たはずのバイエルン級のうち1隻はスカパ・フローで自沈し、もう片方は心中しようとしている所を我々が阻止し、その後チャンネル諸島沖で、そうだ、この辺りで…標的艦として撃沈処分したはずであるのだ。

 寒気がした。まるで氷山の近くにでもいるようである。目の前の「バイエルン級」には、今はなきローフォードが空けた破孔が、朝日に照らされていた。


 


 

夕月です。無謀にも架空戦記に挑戦します。ガバガバ知識ですが、何卒よろしく。

本文中の「前任者」とやらは実在しない人物です。個人の名誉とかそういう意図ではないので、「誰だそんな無能海軍相は」などと調べたりしないでください。それっぽいのは出てきそうだけども。

他看過できないミスは遠慮なくご指摘ください。

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