翻弄
明け方、一筋の煙が戦場の後方にまだあがっていた。
補給隊が来るはずの方角である。
あの場所で、運ばれるはずだった大量の食糧が燃えているのだ。
「忌々しい……魔女め!」
おそらく王都を包囲する以前に防壁の外へ出ていた部隊があったのだ。
補給隊へ直接攻撃を仕掛けたのはその部隊ではあるのだが、レスター将軍の怒りはどうしても『彼女』に向かってしまうのだった。
朝日に照らされた戦場は白く輝いている。
昨日泥の黒と将兵達の血と死体で彩られていた大地は、昨夜降った純白の雪が全て覆い隠していた。
そして今日も白いカンバスは荒々しいタッチで塗りたくられる。
──────
────
──夏にする戦を冬空にするという事は……
……可哀想に貴方の国は凶作だったのね。
普通は土地の奪い合いで戦をするけど、口減らしの為に戦っているんだわ。
……もちろん減らされる口は貴方だけど。
──
────
──────
「出鱈目をほざきよる」
「しかしレスター殿、兵どもには確かめる術などありませんからな……」
有効な手口だ。バーモント伯爵は感心した。
収穫が豊作だの不作だのと、国単位でみてとれるのは国政に携わる者だけで、兵などには判別など出来無い。
昨夜補給品の話をされた事で、兵には『凶作』『口減らし』が現実味を帯びてしまう。
自分達は殺される為に連れてこられたのだ、と。
『凶作』に加えて補給されるはずだった食糧が燃やされた。冷たい糧食を喰う兵にはどれだけの重圧か。
続けて流れる重々しい曲が憂鬱感を助長する。
……巧い手だ、とバーモント伯爵は思った。
しかし、今夜はそれだけでは終わらなかった。
──────
────
──今日ファンレターをいただいたの、嬉しいわ。
でも役者やプリマなら解るけど、名も無いお喋りにファンレターなんて、ちょっとどうかしてるわよね……
……贈ってくださったのはレスター将軍だけど。
──
────
──────
「な!?」
「ふ、ふ、ふざけるなぁ!!」
沸騰した薬罐の様な顔でレスター将軍が吠えた。
レスター将軍がそんな事をする訳が無い。それはバーモント伯爵もラウル将軍も承知している。彼等にとって『彼女』の台詞は底の浅い挑発でしかない。
だが兵達には判別の仕様が無い。
──────
────
──レスター将軍は私の国に助力してくださるそうだわ、ラウル将軍と不仲なんですって。
明日はラウル将軍が先手だから後ろから突撃するそうよ。
こちらの軍と挟み撃ちに出来るわね。
──
────
──────
ラウル将軍が口にしていた珈琲を噴き出し、レスター将軍の怒鳴り声が止まる。
バーモント伯爵は思わず顔を両手で覆った。
もちろんレスター将軍が裏切るなど、ありえない。
ラウル将軍と不仲でもない。レスター将軍は単に声が大きいだけだ、長い戦働きで声を張り上げるのが癖になっているだけで。
しかし、知らぬ者には喧嘩をしている様に聴こえてしまうかもしれない。
「ラウル……ラウル将軍?まさか信じはすまいな?儂はそんな真似」
「あ、当たり前です!」
バーモント伯爵は思わず溜め息をついた。
これは、戦にならない。
ほぼ全ての将兵が『彼女』の言葉を聴いた。上に対し疑問を持った者が死地へ向かう事は無い。
「……お二人とも、明日は攻撃を見合わせていただきたい。私はこの機に和睦を進めたいと思います」