夜
「ぅう、寒ぃ~」
深夜の見張りはこたえる。
しんしんと降る雪は被ったフードと両肩の上に積もっていき、身体の熱を奪う。
白く吐き出される息が顔を濡らす。
歯の根が合わない。
手や足の感覚が無くなっていく。
見張りの間、酒は呑めない。珈琲の、いや白湯の一杯でもあればと思う。
防壁の上に立つ敵の見張りも、自分と同じ様に凍えているのだろう。
どうせ夜襲など無い。そう思うと何の為に見張りをせねばならないのか?
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──また雪が降ってきたわね。
雪は誰の上にも平等に降るわ。
塹壕で震えている貴方の上にも……
……王宮で眠っている王様の暖かい部屋の窓にも。
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「まったくだぜ」
眠気覚ましに使っている通信宝珠から女の声が流れる。
敵側の策略だ。
惑わされるな。
傍聴を禁止する。
そんな事を上から云われても、他に何が出来る訳でもない。
女の紡ぐ言葉の合間には音楽が流れる。
おそらくは宮廷付きの楽師が弾いているのだ。気分が落ち込む様な台詞の後には物悲しい曲が、小粋な洒落を効かせた台詞の後には陽気な曲が。
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──戦は夏にするものよ。
貴方はせっかくの秋の収穫を口にもしないでお腹を空かせて戦うのね。
そしてお腹を空かせたまま死ぬんだわ。
雪に埋もれて。
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あぁ、そうだな。その通りだ。
「おい……交替だぞ」
「あぁ、ありがてぇ。凍りそうだ」
交替に来た奴も耳許に手製の宝珠をあてながらやって来た。
「くそっ、厭な女だ」
「あぁ……だが好い声だ」
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──雪と泥にまみれて突撃突撃、命令する将軍は気楽なものよね。
……貴方は泥に半分埋もれて凍ってしまうのに。
きっと春になったら貴方の腐った死体のせいでこの辺りは臭くなるわ、おぉ厭だ厭だ。
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「こいつどんな女だ。馬鹿にしやがる」
「へっ、お貴族様なんだろ。こっちは泥まみれ垢まみれで、もう充分臭ぇよ」
「きっと凄ぇ佳い女だぜ、売春宿にゃ居ねぇ様な」
自分の寝床に戻る途中、塹壕の中で震えながら『彼女』の声を聴いている連中のお喋りが聴こえてきた。
「いっぺん面を拝みてぇぜ」
……あぁ、俺もそう思う。