94。本当の彼と偽りの彼
前半アーネスト視点。
後半セノオ視点です。
「私のことを何も知らないくせに!!!バカにしないで下さい!!!」
キッチンから聞こえた怒号。
確かにセノオの声だけれど、普段の温厚なセノオとは繋がらなくて呆けてしまった。
「セノオ、大丈夫!?」
ジエンタさんは身をキッチンの方によじり大きな声を出した。そうなって、やっぱりセノオの声だと理解して慌てて腰をあげた。
急いでキッチンの様子を見れば、セノオが顔を真っ赤にして腕を突っ張り兄上を遠ざけていた。
その目には涙が浮かぶ。
「兄上! セノオに一体何をしたんですか!」
兄上は俺の応じること無く、セノオを見続ける。
そんな兄上の肩を引き、その顔を見ればセノオとは真逆の青い顔をしている。
「セノオ、大丈夫か?」
「──うん……昼ごはん作っちゃうね」
兄上の顔を一切見ずにセノオはシンクへ向かった。その背中に若干の恐怖を感じる。確実に怒っている。
母上は怒ると口数が増えるが、セノオは減るタイプなのか。
「兄上、ちょっと話をしましょうか」
「……。」
兄上が何かをしたのは確実で、腕を掴んで玄関へと進む。
簡単に抵抗できるだろう兄上がそれをすることはない。
その様子から多少の反省の色は伺えるが……こちらを見ないセノオの背中から怒りが消える様子はない。
俺が今出来ることは、兄上をセノオの視界から消すことだろう。
「どこへ行くつもり? アーネスト」
「外を散歩してくる。昼食までには戻る」
キッチンへ行くジエンタさんとすれ違い、俺と兄上は外へ出た。
玄関ドアを閉める際、ジエンタさんがセノオの隣に並ぶのが見えた。セノオの事は彼女に任せた方が良さそうだ。
ジエンタさんには散歩と言ったが、兄上とそんなことをする気にもなれないので、人目を避けて家の裏に回る為に生け垣沿いを歩く。
家の南側には吊り看板があり、理髪店の入り口のようだ。
客用なのか軒下にはベンチもある……が、悪目立ちしそうなのでさらに角を曲がり家の裏手に来た。
こちら側は思った通り湖に面していて人目につかない。
完全にプライベートスペースのようで、物干し竿には白いシーツがハタハタと風に吹かれ楽しそうに揺れている。
ちょうど家の影に入るような場所に2人座れるくらいの背もたれの無い古い木製ベンチがあり、少し間を開けて腰掛けた。
「兄上、セノオに何をしたんですか?」
「……すまない」
気持ちいい風が吹き込むのに、まるでジメジメとキノコが生えそうな雰囲気。太股に肘をつき、広げた膝の間で組んだ手を兄上はじっと見ている。
「じゃあ、質問を変えます。兄上はセノオのことが好きですか」
「すまない」
今度は即答だ。
はて。“すまない”というのはこんなに万能な言葉だっただろうか。
「兄上がセノオを好ましいと思ったって俺に謝る必要はありません。俺も兄上に謝ったことなんて無いですし。
セノオの顔が気に入りましたか」
「違う! 確かに可愛いと思うが、好きな顔のタイプかと言われれば違うし、どちらかと言えば年下よりも年上が好きだ」
やっと俺の方を向いたかと思えば……
握りしめた右手が震える。マジで一回殴ってやりたい。このまま兄上をカノイに帰した方がセノオの為かもしれない。
「でも彼女を見た瞬間“あぁこの人だ”とハマったんだ」
これはセノオの術とやらが過去を思い出すように働き掛けているんだろうか……いや、でもこんな半端に働き掛けてるなら、とうに記憶操作の術がそれを打ち消してるはず。
だとしたら、また新たにセノオを好きになった……?
「セノオには気持ちを伝えたんですか」
「付き合ってくれとは言ったが怒らせてしまった」
何故だ。セノオは兄上に告白をする話もしてたんだから、告白されたなら喜ぶ筈だ。
「兄上、もう一度聞きます。セノオと何があったんですか」
「キ……スをしようとしたら、付き合ってないから嫌だと泣かれた」
「はぁ!? 何してんだあんた!!」
「本当だとは思わなかったんだ! トルネオ人が順番を大事にするなんて!」
「ちょっ……じゃあ何ですか!? 兄上はキスを拒まれた上で告白をしたと。最悪ですね」
「言わないでくれ。どうにかしてたんだ」
そりゃあセノオも怒るだろう。
兄上が起きる少し前までしていた会話は、愛人がどうたらこうたらだ。
兄上がこんなに恋愛下手だったなんて……。
「事が事だけに、セノオが許してくれるかはわかりませんが、先ずは謝罪ですね。俺も……できるだけフォローするので頑張って下さい。セノオが可哀想だ」
半年前、初めて会ったときから兄上は余裕のある態度だった。飄々と俺が欲しいものを全て持って前を歩く。記憶を無くしてもそれは変わらなかった。
そんな兄上が、どうだろう。
セノオを怒らせた。それだけで、動揺し猫背になり下を向き、心ここに在らずだ。
でもどうせ要領の良い兄上のことだ。セノオの怒りを何とか沈め、何度かこんなことを繰り返すうちに、セノオがどうして欲しいかなんてあっさり理解するようになるんだろう。
この5年余りを思い出さなくても、結局は2人上手く。
いいなぁ……
「……アーネストはセノオさんが好きなんだろ?」
「えぇ。なんやかんやあって伝わってはいませんが」
「その……伝えないのか?」
「俺は、ズルいんです」
「?」
兄上は太股に肘を付いたまま、下から俺を伺うような視線を寄越す。
兄上の彼女だしと言い訳し、伝える勇気がなかった。
状況が二転三転して、頑張って押せば俺にもチャンスが有るんじゃないかという現状。
それでも俺が二の足を踏むのは──
「兄上、セノオと付き合うなら、結婚するなら、カノイ王国を捨てなければなりません」
「どう、いうことだ」
まっすぐ兄上を見つめると、俺につられたように兄上の背中も伸びた。
「セノオをカノイ王国に貴族社会に連れていくことは出来ません」
「……なぜ」
「詳しくは話せません。セノオの信頼を得られれば彼女が話すかもしれませんが、これ以上は俺からは無理です」
「……。」
「兄上、どちらかです。家族の居るカノイ王国か、セノオの居るトルネオ王国か」
セノオが欲しい。
でもセノオが……兄上が教えてくれた領地運営の夢も捨てられない。
結局、俺は決めることが出来ずに中途半端にここに居る。
「そうだなぁ……」
兄上は考えるのを放棄したように天を仰いだ。
「俺はセノオさんと共に居たい」
それはあまりに呆気ない、ポロっと簡単な返事だった。
「──ほ、本気ですか? たった小一時間一緒にいた女性の為に領地を領民を家族を」
「俺は彼女じゃないとダメな気がする」
今まで落ち込んでいた奴の発言だとは思えない。自分のことを棚にあげて、呆れたように兄上を見る。
兄上じゃないと……か。
彼女の全ては余りに穏やかで、怒りも喜びも悲しみも確かに兄上にしか引き出せない。
ククッと喉から笑いが漏れた。
「アーネスト?」
完敗だ。
認めるしか無さそうだ。
「兄上とセノオはお似合いだと思いますよ」
─────
「キスくらいさせてやれば良かったのに。形だけでも以前に戻れば術を破る切っ掛けになったかも──ほら、殻、剥いたわよ」
「うん……。前にガラタナも“付き合ってない人とそういう関係になれる”って言てたし、私も出来るかと一瞬思ったけど、無理だった。ガラタナの女遊びには付き合えない」
滅多にキッチンに立つことの無いジエンタさんから、ツルンと剥けた茹で玉子を3つ受け取った。
その代わりとばかりに酢、油、卵が入ったボールと泡立て器を渡すと、ジエンタさんはシャカシャカと小気味良い音を立てて混ぜ始める。
漁をするために身体を強化する術が掛かっているジエンタさんにはマヨネーズ作りなんてお手の物だ。
「そうね。セノオにそんな真似出来るわけ無いわね。ごめん」
「ううん。心配してくれてありがとうジエンタさん」
自身を落ち着かせるように、ゆっくりとした口調で話すように心掛けるけれど、カッティングボードの上の茹で玉子の白身を刻むナイフの勢いを殺しきれず、どうしてもダンダンと大きな音が立ってしまう。
大きな声を出したとき、ガラタナは直ぐに身を引いた。アーネスト様が直ぐに来たからっていうよりかは、私が拒否したことにショックを受けたような、そんな感じだった。
反省の色も見えた。ギリギリ防いだし、流すのが大人なんだろうな。あと数ヵ月もすれば21歳になるのに、いつまでも子どもっぽい。
はぁ、と深いタメ息がもれた。
私が知っているガラタナとは違いすぎる。
あんなに嘘臭い笑い方はしなかったし、突然キスをするようなことしなか──いや、してたか?
バケットを水平に2等分するナイフが止まる。
してたな。
会わなかった数ヵ月でいつの間にかガラタナを紳士然とした素晴らしい人のように美化してなかったか私。
基本的にガラタナは笑顔を標準装備としてるし、たまにフォローを間違えるような抜けたところもあったし、基本的にキス魔。スキンシップ過剰な方だった。
影セノオに入っていたときだって我慢はしていたようだけど、口に手を突っ込まれたり結構際どいのもあった。
「セノオ大丈夫?」
「う、うん」
私が突然動かなくなったので、ジエンタさんが顔を覗き込んできた。咄嗟に笑顔を作ると、またシャカシャカと美味しい音が聞こえてくる。
バターを塗り、レタスとフライにした魚を乗せておく。
チラッとシンク脇を見れば、ガラタナが置いた懐中時計がカチカチと正確に時を刻んでいる。
確かこれを買ったときはドS顔で何を買ったか追い込まれたおぼえがある。
割りと欲には積極的な人だった。
「ガラタナはどんな人だった?」
「え? ん~そうねぇ。セノオを溺愛してたイメージしかないわ」
「なにその恥ずかしい印象」
「事実よ。普段はまともなのにセノオと一緒にいるとアホになる」
「……」
歯に衣着せぬジエンタさんに苦笑いしかでない。
火遊びだったのか、本気だったのか……もう一度冷静に判断してもいいのかもしれない。
マヨネーズのボールを預かり、細かく刻んだ茹で玉子とピクルスを混ぜ、揚げた魚の上に乗せると、横からジエンタさんの手がサンドイッチに伸びて、蓋になるバケットを被せた。
「ちょっと落ち着いたみたいだし、ちゃんと話し合ってきなさい。後はやっておくから。喧嘩なんかしてない方が食事は美味しいしね」
「──うん」
「裏にいる気配がするわよ」
「ありがとう」
エプロンを脱ぎ、ダイニングテーブルに置いて、店に続くドアを開けた。裏に行くなら店から行った方が早い。
しんと静まった店を抜け、鍵を開けてドアを開く。
「「!!」」
そこには狼狽えるガラタナが居た。
読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字見つけた場合は直します!
台風酷いですね。全く眠れませんでした……
これ以上被害が広がらないことを祈ります。
また読みに来ていただけたら嬉しいです!
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