90。狭間の人
ガラタナ視点です。
オーナーと転職の話をした帰り道、目の前で馬車が横転した。
馬車が横滑りする轟音、悲鳴、助けなければと体を動かした瞬間、俺は別の場所にいて、ガタイのでかい奴等に囲まれていた。
「は?」
呆然と立ち尽くす俺に、その男たちのリーダーの様な男が話しかけてきた。
言語から、ここがカノイ王国だということがわかる。
男たちの服装から国に属する……騎士のような奴等だということも察しがついた。
彼らが言うにはここはカノイ王国、王都の外れだという。
母国で馬車の横転事故を目撃していた俺が、なぜカノイ王国にいるのか。
「テオドール……」
彼らの中の1人、俺と同じ色彩を持つ男が俺に向かってそう言った。
人違いだと訴えても離してもらえず、無理矢理逃げようかとも思ったが、戦闘のプロを複数人相手にするのは流石に部が悪い。
イーサン。兄だと名乗ったその男は、俺の耳を確認した後、数人の仲間と共に、俺をカノイ王国のケイシィ伯爵家へ連れていった。
護送されるようにエントランス脇の部屋に通され、中年男性が入室してきた。
目を見張った。
その男性は俺が年をとったらこんな感じになるだろうという容姿や雰囲気をしていた。
慌ててイーサンを見やれば「父上だ」と言う。続いて入ってきて紹介された美しい婦人、母さんは俺に縋って泣いている。
貴族というのには抵抗があったけれど、孤児として育った自分に家族がいたことは素直に嬉しかった。
俺が誘拐された経緯が語られ、見つけられなかった事の謝罪、今までの生活の事などを聞かれ、ありのままを話した。
俺の全てを聞いた伯爵家の人々に同情の色は無く、楽しい話は楽しいように、悲しい話は悲しいように、まるで今まで俺が過ごした国は留学先か何かであったかのような雰囲気で、ここまで生きてきた俺を否定することは一切無かった。
それどころか、感心したような、自慢したいような顔でさえいてくれた。
感動した。家族というのはこんなにも温かいものだったのかと。
そして喜びも束の間、話していくうちに時間のズレがあることに気付いた。19歳の筈だった俺は、24歳なのだと告げられた。
5年間の記憶がない。
思い出そうとすると霞がかかったかのように、頭がぼうっとする。
それにしても19から24なんて一番遊べるイイ年齢だ。一気に歳をとったことに悔いしかない。
これまでもそこそこ遊んでは来たけれど、まだまだ楽しいこといっぱいあった筈だったのに。
というか、結婚して子どもがいてもおかしくはない年齢なんだけど……俺の性格上家族を置いて身一つで他国へなんてそれはないだろう。
そんなことを考えて、無表情でいると母さんが俺の二の腕を擦ってきた。目が合えば心配そうに眉を下げた。
無くなった5年間を思い悩むより、この人達の事を考え、共に過ごすことが有意義なのではないかと思った。
世話になった騎士団の方々をエントランスで見送る。
その直後、玄関のドアが開き、少し幼い頃の俺に似ている弟のアーネストが帰宅した。
キョロキョロと辺りを見回し、誰かを捜しているようだった。状況から、アーネストが捜しているのは俺だろう。俺達はかなり似てると思うんだが。わからないのかな?
その後アーネストと話すとまた思考に霞がかかり、耳鳴りがした。まるで話を聞いてはいけないと言われているような不快感。
誰かを知らないか。とか、髪飾りに見覚えがないか。だとか、次々に話されるアーネストからの問いに、全てわからないと首を振っていたら、どこに地雷があったのか、怒って屋敷の奥に行ってしまった。
アーネストは15歳だと言っていたか。
4つ下か……あ。違う。俺は24歳だから9つ下だ。
家族に反発する歳だと聞いたことがある。出来るのなら仲良くしたいが、アーネストは顔を合わせる度にそんな感じだった。
自室だと案内された部屋には荷物が置いてあった。
俺好みのデザインのトランク。開けてみると、服、下着が数着と財布、経済の本。
本をパラパラめくれば模様が描かれた紙が落ちてきた。円の中央には血痕のような茶染みが2つ。
良くわからなかったので、後で誰の物か聞こうと思ってクローゼットのすみに置いた。
それから俺は、荷物のこともすっかり忘れて伯爵家に、家族に馴染もうと励んでいた。
おいおい任されるだろう領地運営の書物を自室で読んでいると、ふいに窓に目が行く。
ボンヤリ白く光るものが見えた気がした。
ザワリと一瞬背筋が冷たくなったが、好奇心が勝って直ぐに窓を開けた。
白く光る鳥。
撫でると嫌がる……いや、嫌がってはいない。照れているようだ。照れる鳥って何だよ。
人懐こい鳥が可愛らしく、グリグリと頭を撫でていると、鳥が室内に入ってきた。
「あっこら!」
よりにもよって鳥が着地したのは、俺が無くした5年間を知るだろう懐中時計の上だった。
洋服以外の唯一の私物だ。急いで時計を持ち上げると、鳥は俺の横をすり抜け夜に消えていった。
傷など付かなくて良かった。安堵の溜め息をついて、少し早かったけれど就寝した。
その日から、たまに夢にあの白い鳥が出てくるようになった。
『忘れないで』と鳥が話す。安心させるようにまた頭を撫でようと手を伸ばすけれど、触れようとした瞬間にいなくなる。
なんとも欲求不満がたまる夢だ。
次の日からアーネストの謎の質問攻撃は途絶え、そのかわり、トルネオ王国に行きたい行きたいと事ある毎に両親に言うようになった。
その必死さと、理由を聞くとこれ見よがしに慌てることから、トルネオにはアーネストの想い人が居るんじゃないかと屋敷の者全員がそう思っていたが、手紙をやり取りしている気配もなく、証拠が出ないと母さんが嘆いていた。
伯爵家に来て2ヶ月が経ち、俺はケイシィ領へ移り住んだ。
叔父のオースティンに挨拶をし、試験を受けて、叔父の簡単な仕事のサポートをするようになった。
少しずつ慣れてきた頃、アーネストの長期休暇に合わせてトルネオに家族旅行に行くが一緒にどう? と、母さんから手紙が届いた。
トルネオには行ったことがないし、アーネストの想い人も気になった。是非一緒に行きたかったが、目の前に積まれた書類の山を見て、一瞬で無理だと悟った。
そんなことも忘れるような仕事で忙殺される日々が続いた。
だが、ある日叔父の執務室へ行くと書類の山が無くなっていた。
叔父はニヤニヤと下衆な笑みを浮かべながら1枚の紙を手渡してきた。
「今、兄上達はトルネオに行っているだろう?3週間ほどの滞在なんだが、この日にアーネストが1人旅をすると義姉上から連絡が来た」
手渡された紙には、父さん達の旅行の日程が書いてあり、叔父の言う5日後には赤い丸が書いてあった。
「あぁ。もしかしてアーネストが好きな人に会う日ですか?」
「テオドール、ちょっと行ってこい」
「は?」
「お前、こっち来てやたらと馬の騎乗練習してただろう? 5日もあればアーネストと合流できる。相手の顔見てこい」
呆れた。前々から思っていたが、伯爵家はアーネストへの愛が屈折している気がする。
確かにアーネストを揶揄うのは楽しいが……うん。でもまぁそれが仕事だと言われればやるしかない。
決して馬で出掛けるのが楽しみなわけではない。うん。
男の1人旅の準備なんて簡単なもんで、数分で荷物をまとめて馬に乗った。半日で国境検問所まで着き、馬を休ませながら、谷を越えた。
春の麗らかな気候、野宿でも一向に構わないが何かあったら送り出した叔父に迷惑がかかる。
適当な宿をとり、適当な飲み屋で飯を食った。
慣れない馬の旅は結構疲れるものらしく、ベッドに入った記憶はあるが、いつ眠ったのかわからないほどだった。
深夜、意識が浮上し、薄く目を開けるとオイルランプの橙の光が見えた。
「──」
誰かを呼ぼうとした。
誰を……?
わからない。
また深い眠りに落ちた。
読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字あればのちほど直します。
今日はもう一本投降します。
またお付き合い頂ければ嬉しいです。
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