85。三男アーネスト4
引き続きアーネスト視点です。
屋敷に帰ると、玄関のポーチに両親、イーサン兄様、テオドール兄様、騎士団員5名、使用人と勢揃いで、丁度騎士団員の5人が帰るところだった。
小さい頃に遊んでもらったヴァレリオ団長と団員の人達にお辞儀をして見送った際に「兄さんが戻ってきて良かったな」と言われた。
ジルからおかしな話を聞いていなかったら、ありがとうございますと、すんなり受け入れられた言葉なんだろうけれど、やたらと焦燥感に駆られた。
嫌な予感のまま屋敷の扉を最後にくぐる。
エントランスを見渡すが、セノオは居ない。
「お帰りアーネスト」
「た、只今戻りました。父様、イーサン兄様がテオドール兄様を見付けたというのはどういうことなのですか?」
「待ちなさい、紹介が先だよ。テオドール、これが弟のアーネストだ。9つ下の15歳で、王立学園に通っているんだ」
「よろしくアーネスト。色々教えてもらえたら嬉しい」
父様がテオドール兄様の左肩を軽く叩くと、ぎこちない笑顔で嬉しそうにテオドール兄様は笑う。
なんだその気持ち悪い笑い方は。
兄様の笑顔は標準装備で、今朝まではセノオに向けたもの以外、喜びなどの感情はそこから感じることは無かった。
ジルと同じ様な、この半月の事が無かったかのような振るまいに愕然とした。
皆で俺を揶揄っているのか?
「兄様、本気ですか? テオドール兄様を見付けたのはアッカリー家のジーギスで、国境検問所までイーサン兄様と俺で迎えに行ったじゃないですか! 賊退治をしたり、領地の孤児院の庭で散髪をしたり! 本当に覚えていないんですか!?」
俺の話す真実を聞いたテオドール兄様は、一瞬焦点が定まらないような呆けた顔になった。
「何を言っているんだアーネスト。すまないテオドール、こんなことを言う子では無いのだが……」
「父様! 信じてください!」
「いえ。あの……すまないアーネスト。突然耳鳴りがしてよく聞き取れなかったんだ。もう一度言ってくれるか?」
突然耳鳴り?
申し訳なさそうにしている兄様を、訝しんで睨むと俺の両肩に母様の手が置かれた。
母様の口許には笑みが浮かび、少しばかり怖かった。
「母様、これは一体どうなってるんですか」
「王都の砦を守る騎士団に用があってイーサンと騎士様が向かった所に、立ち尽くすテオドールを見付けたそうよ」
「立ち尽くす?」
そんな筈ないだろ。本当に皆どうしたんだ。
テオドール兄様を見ると困ったように眉を下げた。
「テオドールはこの5年の記憶が無いようなの。どうして自分がカノイに居るのかもわからないって…」
「5年って」
セノオを兄様が見初めた時間丸々じゃないか。
まさか皆がこんな状態だからセノオは出てこれないのか?
「母様。セノオは部屋ですか?」
「セノオ……? 誰かしら」
「────っ!」
まっまてまてまて!!! おかしい! おかしい! おかしい! おかしい!
娘が出来たとあんなに喜んでいたのに!
「テ、テオドール兄様これはどういうことなんですか! セノオはどこに行ったんですか」
テオドール兄様の両腕を取って、下から睨み付けるように問うと、兄様は少し怖がっているような、距離のある目で俺を見た。
「すまないアーネスト。誰のことを言っているのか俺にはわからない」
嘘、だろう?
「セノオですよ!? 兄様があんなに溺愛していた」
「止めろ。何を言っているんだお前は。テオドールの事を何か知っているのか?」
イーサン兄様が俺の腕を掴んで、テオドール兄様から引き離した。
「知っているもなにも───皆で一緒に……過ごしたでしょう?」
皆が俺を心配そうに見ている。
何で皆忘れているんだ。何で俺の記憶だけが違うんだ。
不安から一歩後ろへ下がった俺をイーサン兄様が支えてくれた。
何かセノオが居た証拠になるもの……。
「じゃっ、じゃあこれに見覚えはありませんか!!」
控えていたジルから俺の鞄を奪うように取って開く。
良かった。あった!
セノオの髪飾りが入っている巾着を取り出す。
これまで無くなっていたら、もうどうしようもなくなっていた。
兄様の独占欲の塊のような、シルバーに黄色の石の髪飾り。
テオドール兄様がくれたものだとセノオが言っていた。これを見れば思い出すかもしれない。
水色の巾着の口を開けて、掌にザッと中身を広げ──
「!! なん、で」
コロリと出てきたそれは、馬に踏まれて確かにバラバラだった髪飾り。
……まるで新品のように元に戻っている。
「一体どうしたんだいアーネスト。これは?」
父様が固まっていた俺を覗き込み、髪飾りをヒョイと持ち上げ、「見たこと有るものかい?」とテオドール兄様に渡す。
指で摘まんだ髪飾りを、テオドール兄様はマジマジと見る。
「これ、は……」
「何か思い出しましたか!?」
「アーネストと同じ色だね。付き合っている人にあげるのか?」
「は?」
俺の掌に、あっけなく髪飾りが戻された。
そして、父様から「あ」という言葉が漏れた。
「その黄色の石、もしかしてこれもアーネストのものかい? 書斎に落ちていたんだ。女性のサイズだと思うんだけれどアメリアがつけるにしては少し可愛らしいかなと思ってね」
父様が俺の掌に、黄色の石が花の形に配置された指輪を置いた。
「あやいやだ!! いつの間にそんな方ができたの!?」
「嬉しそうだねアメリア」
「だってあなた!! 初めての娘になるかもしれないのよ!? それにあの女性不信のアーネストがよ!?」
父様母様が何か騒いでいるが、そんなことはもうどうでもいい。
セノオ何やってんだ!! 絶対大切なものだろ指輪!!
「アーネスト」
「あ゛!?」
セノオへの憤りそのまま兄様に返事をする。
「その子と上手く行くといいな」
“兄”のお手本のような笑顔に無性にイライラした。
「────っ! 良いんだな!? 俺と上手くいっても良いんだな!?」
もう! もう知るか!!! あんなに大事に大事にしていたセノオを何でみんな忘れるんだ!!
皆をエントランスに置き去り、セノオが使っていた客間に向かう。もしかしたら皆の記憶が無くなったことに怯えて部屋にいるかもしれない。
セノオが使っている部屋に入るのは抵抗があるけれど仕方がない。
「セノオ! 入るぞ!」
中には誰の姿もなく、全てが綺麗に片付けられている。
「いない、か……」
セノオがトルネオから来たときも大した荷物はなかった。もしかしたら荷ほどきをしていないのかもしれない。
そっとクローゼットを開くとセノオが持っていた旅行鞄がすみに置いてあった。
またひとつセノオを見付けたとホッとした。
ここに置いておいたら誰かに捨てられてしまうかもしれないと、自室にセノオの鞄を運んだ。
「アーネスト。大丈夫か?」
ノックと共にイーサン兄様の声がした。
「突然、兄が増えて混乱する気持ちもわかるが──」
全て忘れてしまったイーサン兄様におかしなポイントを気遣われる。
扉を開けて兄様の顔を見ると、あからさまに安心した顔をされた。
「イーサン兄様、家出の少女が保護されていたりしませんか」
「ん? いや。夕方の時点ではそんなものは無かったと思うが」
「そう、ですか。俺は大丈夫なので父様母様と一緒にいてあげてください」
そう言って、まだ話したそうな兄様を余所に扉を閉めた。
全て置いてどこに行ったというんだ……。
飛び出したとしても少女に見えるセノオが夜に一人で歩いていたらすぐに自警団に連れていかれるだろう。
路地に迷いこんだ? 本邸の廊下で迷うくらいの方向音痴だから考えられないこともない。
迷路のような王都で迷ったら見つけるのは至難の技だ。
治安の悪い所もあるしな。
そもそもの話として、セノオが屋敷に居づらくなったからって家を飛び出すか? 子どもでもあるまいし。セノオは社会に出て立派に働いている大人だ。
まて。冷静に。落ち着け。とりあえず現状をまとめよう。
今日起こった不思議なこと。
1。謎の光
2。セノオの存在を消すように記憶が変わっている
3。髪飾りが直っている
4。セノオがどこにもいない
まるで神隠しにでもあったかのような……。
不思議な力が働いているとしか思えない。
現状を打開する術が一切浮かばない。
トルネオに帰ったというのは無理があるよな。何せ荷物が置きっぱなしだ。
荷物がなくても帰れる方法があるのか?
そう言えば、あのおっさんはなんて名前だったっけかな。
トルネオの子爵の息子。トルネオの民俗学の第一人者で大学教授。
賊に腹を刺されたおっさん。
ヴァ、ヴァ、ヴァ、ヴァン……トレイン?
権威あるあの人なら上手く手引き出来ないだろうか。
俺は机に向かい、ペンを取った。
読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字ありましたら申し訳ありません。
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