79。ネタばらし
長かったので2つに割りました。
今日はもう一本投稿します。
お茶会が終わり、お義母様と屋敷に戻ると不機嫌な顔のガラタナと難しい顔をした伯爵がエントランスにいた。
「只今戻りました」
「あぁ。おかえりアメリア、セノオさん。2人共とても美しいね。まるで女神か妖精のようだよ」
「ありがとう。嬉しいわ」
「あ、ありがとう……ございます」
伯爵は歯の浮くような台詞を当たり前のように吐くが、お義母様は言われ慣れているのか、まるで気にせず伯爵に近付く。
強い。
「あなた、何か問題でも? 顔が強張っているわよ? それにこんな早くに仕事が終わるなんて」
「……あぁ、少しな」
ハッキリしない伯爵の物言いにガラタナの眉間のシワが更に深くなる。ガラタナに近寄り小声で問う。
「ガラタナ。何かあったの?」
「……明日の陛下への謁見にセノオも同行することになったそうだよ」
「「──は?」」
私とお義母様は目を見開き、本当に同じタイミングでハモった。
「ちょっと……まってあなた。セノオさんを陛下にって、なぜ。意味がわからないわ。どういう派閥が動けばそういうことに」
伯爵の腕に手を添えて、お義母様は信じられないといった口調で問い詰める。私も同じ気持ちだ。本気でやめて欲しい。
「……昼に宰相からセノオさんも同行するよう仰せ付けられた。陛下ご自身がそう仰られたそうだ」
「俺は反対です。セノオが陛下の御前になんて荷が重すぎます」
賛同を意味するようにコクコクと全力で頷くと、伯爵が何か言いたげに私をまじまじと見つめる。
「2人もケイシィ領に入るまでのことを正直に全て私に話してくれないか」
「───っ」
ガラタナが先日語ったこの5年間の事は嘘が混じっている事に伯爵は気付いているようだ。
「本当の事って? この間話してくれた事が全てではないの?」
「……トルネオでセノオさんが暮らしていたのは、ガラタナという名の女性だった。それにテオというテオドールに瓜二つの男性は確かに存在しているが、最近髪や肌の色などが変わってしまったと報告が入っている。それまでは私達の知るテオドールそのものだったと」
そう伯爵が言い終わるや否や、ガラタナに腕を引かれてその背中に隠された。
後ろからガラタナを伺い見れば、伯爵を睨むその視線は血の繋がった父親を見つめるモノではなかった。
背筋がゾクリと震える。
お義母様は不安そうに眉を下げ、私たち3人を順に見つめていて、胸がギュッと締め付けられる思いがした。
「──セノオ」
ガラタナの手をきつく握る。
「ガラタナ、話そう? ケイシィ家の人達は皆信用できると思う。今日もね、お茶会でお義母様が私を守ってくださったの。それに、短い間だけど屋敷の人達や領地、領民の皆を見て、お義父様がどんな人かだってわかってるでしょう?」
「だけど……」
心配そうな顔。ガラタナは私の事になるといっつもこうだ。宝物を守るように仕舞い込もうとする。
でも……もう私はそんなに弱くない。
パチン!
両手でガラタナの頬を叩いた。
ガラタナの目が驚きで開かれる。
「セノ……」
「ガラタナのご両親が私達を悪いようにする筈がない」
「───っ」
伯爵夫妻に向き直り、唖然とするガラタナの前に一歩出る。
「お義父様、お義母様。私からお話させてくだ──」
グッと右肩を引かれ、ガラタナの体に背中が当たった。
「俺から話す。セノオは巻き込まれたようなものだから……俺にもかっこつけさせて」
小さな声で自信なさげにそう言い、困ったようにガラタナは笑った。
2人でお義父様を見つめると、お義父様は目を瞑った。
「……フェアではないな」
「「?」」
「口外は禁じられていたんだが。テオドール、セノオさん。私が宰相から聞いた話を、一言一句違わずに君達に話すことを約束しよう」
再び目があうと、元通りの優しいお義父様に戻っていた。
「では、話の続きは書斎で──」
その時、ガチャリと玄関が開いた。そのに立っていたのはイーサン様と見たことのない騎士様だった。
「───父上がなぜ……何かあったのですか」
「イーサン! 貴方まで……お仕事はどうしたの!」
「いや、仕事中なんです。これをセノオへ届けるようにと宰相から言われて」
宰相様という言葉にビクリと肩が揺れたけれど、イーサン様に急いで駆け寄る。
隣の騎士様はイーサン様と同じデザインの騎士服を着ている。同僚……腕章を見ればイーサン様より線が1本多い。イーサン様は副団長だと言っていたから、もしかして団長……?
「セノオ、これだ」
「あ、はい。ありがとうございます」
両手で抱えるサイズの薄い白い箱を受け取る。凄く軽い。
「開けてもいいですか?」
「良いのではないか? セノオへと言われたからな」
イーサン様も中身はわからないようだ。婦人が箱の下を持ってくれたので、そっと蓋を開けると美しい白いドレスと装飾品と靴の一式がキッチリ分けられて入っていた。
「綺麗ね、これ絹よ」
「……これを着てこいと言うことか」
「父上、これは一体……」
困惑した声をあげるイーサン様の肩をお義父様が中に入るよう押した。
「イーサン、少し時間はあるか? 我が家のこれからにも関わることだ……テオドール、セノオさん。イーサンも話に立ち会っても良いだろうか。口外はさせない」
2人でコクりと頷くと、イーサン様は外の騎士様に先に城に戻ってもらうよう伝え、私達はすぐに伯爵の書斎に移動した。
伯爵夫妻の正面に私達が座り、イーサン様は入り口横の壁にもたれている。
それから必要な事だけをガラタナは話した。
父の馬車の事故のこと、魂で旅をしたこと、私との出会い、旅立ち、体が戻ったこと、テオは私のお父さんだということ……私の力のこと。
お義母様とイーサン様は、初め信じられないような面持ちでいたけれど、私たちの様子から受け入れてくれたようだ。
伯爵は「……セノオさんが……そうか」と目頭を揉みながら俯いた。
そして伯爵から話された内容は信じられないものだった。
お祖母ちゃんはカノイから逃げて、お母さんも私と同じ力を持っていた。
そんなこと聞いたこともない。
「セノオさん、私は今すぐにテオドールを連れてトルネオに逃げて欲しいと思っている。ビクターの事だ、テオドールを餌にセノオさんを誘き寄せる位は簡単にやるだろう」
伯爵は淡々と話し、お義母様もイーサン様もそれに頷く。
「で、ですが、私達が逃げたとわかったら伯爵家に疑いがかかりませんか? そんなの嫌です」
ガラタナは勿論だけれど、伯爵家の人を餌にされても私はホイホイ引っ掛かる自信がある。
「私達は大丈夫だよ。セノオさん」
「こう見えても要所要所のパイプは太いの」
オトウサマとオカアサマが頼もしく笑う。
「ですが父上、国境を越えられるかが問題です。あの宰相がそれを許すでしょうか。既に国境検問所に人を置いている事も考えられます」
「まぁ、確実にそうだろうな」
イーサン様の発言に伯爵夫妻は押し黙った。
「……あ。セノオ。ジエンタさんから教えてもらったんじゃ無かった?」
「え……あ!」
それは領地で、白い小鳥のジエンタさんから、私の今の力だと1度しか使えないと言われ教えてもらった術。
忘れないようにと本邸にいたときは毎晩詠唱の文言を復習していたのに、ここぞというときに忘れるなんて。
「転移の───」
ドンドンドン!!!!
私の声を遮るように誰かが走る音がして、書斎の扉が激しく叩かれた。
「旦那様! 旦那様大変です!」
「……どうした」
扉の横にいたイーサン様がすぐに扉を開けると、そこにいたのは私をお世話してくれているアリスさんだった。イーサン様を見たアリス様は助けを乞う様にイーサン様にすがる。
「イーサン様!っ騎士様が!」
「アリス、落ち着きなさい。どうしたんだい」
お義父様が優しくなだめるように声をかける。
「今、エントランスに騎士様が沢山いらしていて!!執事長とメイド長が対応しているのですが、その……旦那様に謀反の疑いがあると!!」
「……切られたか」
小さな舌打ちをしながらお義父様が立ち上がり、壁に掛けてあった剣をとったその時、アリスさんの後ろに、さっきイーサン様が先に城に戻ってもらうよう言った筈の騎士様が立っていた。




