77。粛清
本日2話投稿です。
「セノオちゃん!」
「────っ!」
夫人に肩をゆすられ、ハッと我に返った。
その瞬間、窓の音は止んだ。
「アメリア、イザベラ! 人を呼ぶから窓には近づかないで!」
そう言うと、ポートマン子爵夫人は部屋にいたメイドと共に外へ出ていった。
レベッカ様が私のソファの横に立ち、心配そうにしている。
スカーレット様は既に窓際のソファから離れてレベッカ様のお母様の所へ避難していた。
「申し訳ありません……ぼうっとしてしまって」
「風かしらね。危ないからこっちにいらっしゃい」
夫人が私の二の腕を掴んできたので体重を預けてソファから立ち上がった。優しく手を握られると、自分の体がものすごく冷たいことに気づく。
窓……もしかして私がやったのだろうか。さらに血の気が退いた。
力の事は言えないし、申し訳ないけれど風ということにしといてもらおう。
「セノオちゃん、何か……言われたのね。酷い顔色よ」
「あ、い、いえ」
顔色が酷いのは窓の事もあると思うけれど、言われた事を言うべきだろうか。でも、夫人もお茶会を楽しんでいたし水を指すのは気が引ける。
第一にスカーレット様のは私が売られた喧嘩だ。私が一言いってやりたい。
「あの、夫じ──」
「アメリア様、スカーレットが孤児院の子どもへの差別的な発言をしたのですわ」
「もしかして先日の散髪の件かしら? それで?」
レベッカ様があっさりと夫人に言ってしまい、詳しく話されてしまった。レベッカ様はおっとりした印象のブルーム夫人に姿こそ似ているが、性格はかなり違うようだ。
レベッカ様の話を聞いていた夫人から次第に黒いオーラが漂いだした。
「なるほど。で? セノオちゃんは何故言い返さなかったのです?」
「……夫人、あの」
「夫人ではなくて」
「───お、お義母様」
「なにかしらセノオちゃん」
ニッコリと笑う夫人が怖い。
「私に発言の許可を頂けませんか?」
夫人もレベッカ様もキョトンとして目を合わせた。
もしかして私が平民で許可がなければ話せないということを忘れていた?
階級に無頓着にも程がある。
夫人は眉間に指を当てて目をつむった。
「そうね。そうよね。うっかりしたわ。スミス子爵家の者にセノオちゃんが勝手に反論しなくて正解だったわ。面倒なことになるところだった。発言を許すけれど私の後にしてちょうだい」
夫人が振り返り、ツカツカとスカーレット様に近寄る。
「スカーレットさん」
その口許にはどこから出したのか品の良い扇が添えられている。小物効果か、黒いオーラが更に増した気がする。
「レベッカから聞きました。我が領の孤児院について随分と調べていただいた様で感心したわ。さすが将来領地をサポートする立場だったアーネストに婚約を打診してきただけあるわ」
「────っ」
婚約……え、何それ。
スカーレット様は見るからにたじろいだ。
「貴女がそんなに弱い立場の人間に興味がおありだとは知らなくて、ごめんなさいね。ケイシィ領にいくつ孤児院があるのかご存知かしら? その全てに伯爵家から寄付をし、領民の許可を得た上で必要な金額を回しているのをご存知……あぁ愚問よね」
知らない。とは言えないだろう。
婚約を申し出るなら相手の領地の事は知らなければ恥ずかしい。それでなくてもケイシィ家はガラタナが捨てられた状況から孤児に対しての思いやりが強く、他の領と比べても孤児院への対応が手厚い。
少し調べれば直ぐにわかる。
扇で掌をパチンパチンと叩きながら、一歩ずつスカーレット様に近寄る夫人……いや。オカアサマ。
後ろ姿しか見えないけれど、きっと恐ろしい形相をしているんだろう……スカーレット様の顔色がそれを物語る。
「セノオちゃんの孤児院への対応は既にケイシィ伯爵家が認めたことよ。我が領の子ども達のために動いてくれたことを主人もとても喜んでいたのよ。アーネストから今後そのような支援もすべきだと言われてね」
「アーネスト様は……領地運営に興味ないはずでは。学園では騎士になるとそう……」
「そうだったのですけどね。一から勉強を始めたらしいの。テオドールか、セノオちゃんか。誰の影響かはアーネストしか知らないけれど、ケイシィ家としては喜ばしいことだと思っているのよ?」
お義母様の扇がバサッと美しく開かれ、夫人の口許を隠す。
「スカーレットさん、貴女はどの立場でケイシィ領の政策に口を出すつもりなのかしら。ケイシィ領民は領そのもの。彼らを侮辱した件については正式にスミス子爵に謝罪を要求するからそのつもりでいて」
「───っあ、あの女が! 悪いんです!!」
ビッ! とスカーレット様が指差した先にいるのは私。
……え、私?
「テオドール様がいながらアーネスト様を誑かすから! ……忠告して差し上げようと!」
は? 急になに? 誑かす? どうやるのそれ。このペタンコボディでどうやるのよ。胸パット何枚入ってると思うのよ。
横にいるレベッカ様と目が合う。イヤイヤイヤ。ないない。
首をブンブン振る。生きてきた中で多分一番早く振った。
そうよねぇ? といった顔をされた。
「アーネストが勝手に想っているだけだと思うわよ。それに誑かされて良い方に転がるなら万々歳ではなくて?」
「お義母様、アーネスト様が私を想っていること事態が間違いだと思います」
そう言うと、お義母様とスカーレット様に冷たい目で見られ「……不憫ね」と溜め息をつかれた。
呆れられた雰囲気が漂っているけど……そんな気配アーネスト様から感じたことはない。
「アーネストが何を言ったか知らないけれど、貴女、テオドールとセノオちゃんのイチャイチャを見たらそんなこと言えなくなるわよ。テオドールを連れてくるんだった」
「───っ叔母様! 叔母様も何か言ってください! お父様に話が行けば叔母様だって責められ」
それまで傍観を決めていたブルーム夫人が溜め息をついた。
ブルーム夫人はお義母様をチラッと見て頷く。
「スカーレット……これ以上身内の恥を晒さないで頂戴」
「……叔母様」
「わかっているの? 呼ばれてもいないお茶会に無理を言って参加させて頂いた上に、正式な招待客に暴言を吐いて不快にさせポートマン子爵家に泥を塗り、ケイシィ伯爵家に喧嘩を売ったのよ?
この事が旦那様に知れたら、貴女を連れてきたブルーム侯爵家もケイシィ伯爵家とポートマン子爵家に謝罪しなければならないし、元々、私は一度貴女の参加を断っているの。
スミス子爵家も侯爵家に謝罪をすることになるわ」
「そんな……」
スカーレット様はもう顔に色がない。
「何とかしてよ! だって叔母様はお父様には逆らったことなかったじゃない!」
「そうね。でも大切な友人の家族を傷付けるのなら話は別よ。スミス子爵家が爵位を大切にするのなら私は侯爵夫人として立ちまわるわ。これからはそのつもりでいなさい。お兄様……子爵にもそう伝えて」
「───っ」
何だかもう……ボコッボコにされたスカーレット様が不憫になってきた。
話がもうお家レベルになっていて私が口出せるような問題じゃなくなってきているけれど……多分私の知らぬところでブルーム侯爵家VSスミス子爵家の火花が散ることになるんだろう。
その後、ポートマン子爵夫人が戻ってきて、ガラスが割れた原因と安全性が不明の為、お茶会は解散ということになった。
何だか申し訳ない。
エントランスでポートマン子爵夫人と使用人の方達に謝罪されながら屋敷を後にする。
「そういえば、セノオちゃん」
「何でしょうか、夫……お義母様」
「スカーレットさんに言いたいことがあったのではなくて?」
「────っ」
門まで歩く短い小道、スカーレット様はブルーム侯爵家の2人の後ろでトボトボと歩いている。
それは私達より2メートルほど先で……完全に声が届く距離だ。
もちろん彼女は振り向き、こちらを見る。
こ、このボロッボロの状態の人にまだ何か言えと。
オカアサマは中々の鬼だ。流石ガラタナの母親だ。
「──何よ」
スカーレット様は私と目が合うと、姿勢を正し……いや、偉そうな態度をとった。
「セノオちゃん。責任は私がとりますから何とでも言いなさい」
オカアサマはご立腹なようだ。顎で指しながら小声で暴言を催促してくる。
相変わらずこちらを上から睨み付ける、綺麗に着飾った人をじっと見る。
「私は貴女のことが嫌いです」
「わっ私だって! あなたなんか!」
「でも全部は嫌いじゃないです」
「は?」
「大部分は嫌いですけど、確実に負け試合で虚勢を張る姿は可愛らしいと思います」
プッと婦人方とレベッカ様から笑いが漏れた。
「───っ馬鹿にして! 平民のクセに!」
「アーネスト様が好きすぎて周りが見えなくなりすぎるところも可愛らしいと思います」
「なっ! どっ! ばっ!」
白い肌が真っ赤になって、口をパクパクしている。
“何言ってるの貴女!どれだけ人をバカにすれば”的な感じだろうか。
「誉めているんだからその通り受け取ってくださいよ」
「うっうるさいわね! 黙りなさい!!」
レベッカ様は顔を伏せて笑い始めた。
「可愛らしいスカーレット様に1つお教えしたいことが」
「貴女ね!! 黙れと言っているのがわからないの!?」
「私はテオドール様が好きですし、万一、アーネスト様が私を好きでも、私はもう20歳なのでアーネスト様とは年齢的に釣り合いませんから、威嚇するだけ無駄です」
スカーレット様の大きな目が更に大きく開かれた。
「お、おばさんじゃないの!!!!」
「失礼な。トルネオでは成人したてです」
生まれて初めての貴族のお茶会は、淑女らしからぬスカーレット様の叫び声と、レベッカ様の爆笑で幕を閉じた。
読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字ありましたら申し訳ありません。
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