71。その煩悩の差
ガラタナ視点です。
セノオに触れられなくなって3日が過ぎた。
3日しか経っていないのに、俺のセノオ不足もかなりのものだ。
イーサンとアーネストが王都に帰り、セノオの食事の席が、母の隣で俺の斜め前になった。
いつもより更に上品に食事を取る小さな口にどうしても目が行く。小さくパンをちぎる手を取り、抱き寄せて、その口に首に全てにキスを落としたい。俺のものだという印をつけたい。
1日3度ある食事のうち、必ず1回はそんなアホな妄想を繰り広げる。煩悩がやばい。
なぜこんなことになっているのか。
それは全くセノオと2人っきりで会えないからだ。
朝食後の休憩では父か母かセノオの専属メイドが常に寄り添う。
昼食後、執務室にいたオースティン叔父が間髪置かずにやってくる。
夕食後も朝と同じ……。
初日以降セノオが部屋に訪ねて来ることもなく、結婚の意思がある恋人とはいえ未婚女性の部屋に行くことも憚られる。
おまけに今朝、トルネオにいるジエンタさんに通信具で連絡を取ると「セノオの力が溜まりすぎていて暴走が怖いから、セノオの現状と無意識に使っているということを教えた」と言われた。
村の湖にセノオの力を転送して溜めることにしたことも事後報告を受けた。
ジエンタさんの作った通信術具を使うとセノオの耳には耳鳴りのような音で伝わるらしい。その『力』というものに関してセノオには出来るだけ関わらせたくないと思って、あえてジエンタさんとの連絡を絶っていた間の出来事だった。
今朝早く、確実にセノオが寝ている時間に繋いだらこの有り様だ。
なぜセノオは言ってくれなかったのか……なんて一瞬思ったが言えるはずもない。2人の時間が取れないんだから。
果たしてこれは一緒に居るということになるのか?
色々な雑念を振り払うようにオースティン叔父の執務室でペンを走らせる。
家庭教師から学力は中等科卒業程度。言語、数学、地理など科目によっては高等科卒業程度と言われ、オースティン叔父の事務仕事の簡単なモノを任されることになった。
叔父に、出来た書類を渡して確認してもらう。
デスクの横に立って何気なく外を見れば、庭の端のガーデンの四阿にセノオ達が小さく見えた。
楽しそうだ……伯爵家に来てから、セノオの所作はかなり美しくなった。もとよりセノオの立ち居振る舞いは綺麗だったが更にだ。
指導されている姿は見ない。
見て覚える職人肌のセノオは本人も気付かないうちに色々なものを吸収していく。
カノイにいたいと言われたら……いや。まさか。セノオに限ってそんなことはない。
頭を左右に振り、考えを飛ばす。
「よし。出来てるな。そっちの束が終わったら兄上の所へ行ってサインを貰おう」
「はい」
オースティン叔父は目頭を指で挟んで、グリグリと揉んだ。
「それが終わったら今日は終わりでいいぞ」
「ですがまだ……」
「思った以上にテオドールが使えるからな。頑張ってるご褒美だ。まだ陽は高いしデートでもしてこい」
「ありがとうございます!」
セノオとデート……単純なもので俄然やる気が出た。
2倍速で頭を動かし、チェックをしてもらい、叔父と一緒に父の書斎に向かうと、中から笑い声が聞こえた。
「ん? 誰かいるな。客が来るとは聞いてなかったが……この声は義姉上か?」
「──ちょっ!叔父様何を!」
叔父はノックも無しに書斎の扉をこっそりと少し開けた。
「テオドール。セノオちゃんもいるぞ」
「え?」
その名前を聞いただけで鼓動が大きくなった。
その時、扉が叔父によって一気に開かれ、母に抱き締められるセノオの姿が目に入った。
「何をしているんですか?」
目の前の叔父を差し置き声を出してしまった。
しかも俺がしたかったことを母にされていて、つい引き吊った笑顔が出た。
「ノックも無しに何事だい? オースティン」
「一応今日分の仕事が終わったからサインを貰いにきたのさ。領主が居ると楽でいいね!……それにしても随分楽しそうな状況だね兄上」
「そうだね。女性が仲良さげなのを見ていると心が和むよ。書類はデスクに置いておいてくれテオドール」
「はい」
悪気もなく堂々と入室して1人掛けのソファーに座った叔父の後に続き、一礼して入室し、セノオの後ろを通り、言われた通りデスクの空いている所に書類をおいた。
振り返るとセノオが母の方に少しズレて座り直し、場所を開けてくれた。
極上の笑顔。あー。だめだ。可愛い。
「テオドール。君にもこれを渡しておくよ」
「なんです?」
「孤児院からのお礼の手紙だよ。セノオさんとテオドール当てに」
応接セットのローテーブルにシンプルな白い封筒が置かれた。セノオの前にも置かれている。開くと色とりどりのお礼の言葉が連なっていた。
微笑ましく見ていると、一番下に黒で「俺はアーネスト派」と書かれていた。
……名前はないが。メイソンあの野郎。
「テオドール。来週なのですけれどセノオちゃんを数日王都に連れていくわね。お茶会に同席してほしいと思って」
「王都……出来ればセノオと離れたくないのですが」
「ちょっガ…テオドール様!!」
セノオの手を取り、口を付ける振りをするとセノオが真っ赤に染まった。セノオ不足が少しだけ解消された。
「テオドールも行くかい?」
「え……俺もですか?」
「大丈夫だろう? オースティン」
父が組んだ指の背の上に顎をのせてニコニコと笑みを浮かべ、叔父も微笑んだ。
「実はね。陛下がテオドールを連れてきて欲しいと言っているんだ」
「は……?」
陛下……って。
思わず目が点になる。
「国王陛下。陛下とは学友でね。テオドールが拐われたときはそれはそれは心配して下さって捜索に助力してくださった。
テオドールが見付かったときに報告を上げたら、時間をとってくださると仰ってね」
つい先程、日取りの書簡が届いたと嬉しそうに父は言う。
母と叔父を見れば、何処かの国で見た赤い牛の張り子人形のように首を大きく縦に振った。かなり嬉しそうだ。
謁見は誉れあることなのだろう。
だが。
面倒臭い。
あまりに非現実的な話に遠い目をしそうになる。その時、セノオの手を握る左手に手が添えられた。
手の主に目を向ければ、困ったように微笑んでいた。
同じ価値観って大事だと思う。
押し倒しそうになる(頭の中では押し倒した)のを律し、謁見について了承した。
聞けば陛下は多忙で、数分で済むらしい。
父母叔父はまだ話があるからと、俺とセノオへは2人して書斎から出された。
それにしても……国王陛下ねぇ。
伯爵家は俺の意思に従うと言っていたが、外堀を着々と埋められている感じがして不快だ。
顎に手を当て、人差し指をトントンと動かしながら廊下を歩く。
「あの、ガラタナ」
「ん、何?セノオ」
少し頬を赤らめたセノオ。安定の可愛さ。
はた……と我に返る。
待ちに待った2人っきりだった。
読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字ありましたら申し訳ありません。
次はデートです。
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