69。知ってること知らないこと
引き続きケルト視点です。
「……どういうことでしょうか」
真っ直ぐ僕を射抜くような視線をジエンタさんは投げ掛ける。
「ケルトが掘ったところに埋まっていたビンの中身は、コレと同じもの」
ジエンタさんは術具が入っている缶を顔の横に持ち上げてヒラヒラと振る。
「力を水鏡に転送するための術具よ。しかもこの湖の中には力が既に相当量溜まっている。1ヶ所でも術具をズラせばこの村は簡単に消し飛ぶ」
穴の中のビンに視線を戻すと背筋が冷たくなった。
「セリナさんが何者かというのは……」
「この湖に溜まっている力はセノオのモノに良く似ているけど別物。感じから言って親族。でもケルトは魂も見えないくらいの普通の人間だとすれば、コレを溜めていたのは母親ということよ。こんなもの溜めて何をしたかったのかしら……」
そんな話聞いたことがない。
「彼女の両親など、もっと前の人の可能性はありませんか」
「その線も無くはないけれど、そこまでセノオの力から離れたモノではないの。セリナの両親は何をしていた人?」
「わかりません。数年前に他界したとだけ」
「ずっとこの村に住んでいたの?」
「わかりません。あの家はセリナさんとセノオさんが住むために僕とセリナさんで買ったもので、その前はもっと村の中心の方に住んでいましたが……」
「じゃあ──」
「わからない。わからないんです」
質問の1つ1つが胸に刺さる。
セリナさんが隠していたわけではない。
僕が聞かなすぎたんだ。
僕は彼女が傍に居ればそれで良かった。
「あら? ガラタナちゃんじゃない?」
「───っ」
振り向くと、湖岸の脇を通る道に懐かしい顔があった。
確か、隣人の……エレナさん…?
「おはよう! 帰ってきていたのね! 王都にはどうだった?」
彼女は道をそれて斜面を気をつけて降りながら、こちらに歩み寄る。
僕は彼女に気付かれないように掘った穴を足で埋めた。
「ケルト、彼女は誰。この姿のガラタナを知っているようだけど」
「隣人のエレナさんです」
小声でジエンタさんに情報を渡す。
「おはようございますエレナさん。実は忘れ物をしてしまってセノオを王都に置いて戻ってきたんです」
「あらそうだったのね! すぐ王都に戻るの?……そちらは?」
ジエンタさんの演技力に驚いた。いつもの上から投げ掛けるような話し方はお首にも出さず、まるでガラタナ君が居るようだった。
エレナさんは完全に信じ込んだようだ。
「王都の大学で働いているテオと申します」
胸に手をあてて軽く会釈するとエレナさんは驚いた様に笑った。
「ガラタナちゃんのイイ人? カッコいいじゃない!」
「違います。知り合いです」
肘でツンツンとジエンタさんの腕をエレナさんが突っつく。
気安い……ガラタナ君はちゃんと村に馴染んで生活していたんだなと安心する。
「あら残念。セノオちゃんは? 王都でいい人出来たんじゃない?」
「……どうしてですか?」
「あはは! そんな怖い顔しないで! 過保護ねぇ! そうなったら面白いなって思っただけよ!
セノオちゃんのお母さんも突然王都で旦那と子ども作って帰ってきたからね。セノオちゃんもセリナをなぞるように生きてるしもしかしたらってね」
ジエンタさんの目が見開かれエレナさんを凝視する。
「───セリナさんのことを知っているんですか?」
「え? えぇ。彼女の方が少し上だけど幼馴染みだし。彼女が小等科卒業まで一緒に学校もいってたのよ」
エレナさんは「セリナはそりゃぁもうモテモテでね……」と懐かしそうに語る。そりゃぁそうですよ。僕の妻は大変美しい。
「まぁ男運は悪かったけどね。あんなのに捕まっちゃって……」
「ぐ……」
僕たちの夫婦生活はイレギュラーだ。この辺鄙な村では確実に受け入れられないものだろう。
「セノオの祖父母はどんな方だったんですか?」
「……あの人も美人だったけど浮世離れした感じの人でね。乳幼児だったセリナを連れて王都から引っ越してきたって聞いたわよ?」
母親の話しか出てこないということは、セリナさんもまた母子家庭で育ったということか。
「美人薄命とはよく言ったものだけど、2人とも亡くなるには早い年齢だったわ」
昔を思い出しているエレナさんを全く無視し、ジエンタさんは顎に手を置き、考え込んだ。
「ちょっとしんみりしちゃったわね。ガラタナちゃんとテオさんはすぐに王都へ?」
「……」
ジエンタさんに答える気配はない。仕方がない。
「いえ。もう少しやることがあるので村に居ます」
「……2人であの家に? 恋人ではないのよね?」
エレナさんから「何かしたらただじゃおかない」というような氷の視線を受けた。
ガラタナ君は愛されてるらしい。
影とはいえ、娘の体のジエンタさんに何かしようとは思わない。
「心に決めた人が居ますから」
両手をあげ微笑みながら目を瞑ると、エレナさんはフッと笑って、手を振りながら家の方に戻っていった。
「分からなくなったわ」
「……?」
「ここに力を溜めてセリナが何かをしたかったのか。それともセノオの祖母がセリナを力から隔離するために仕掛けたのか」
話しかけられていると思ったが、ジエンタさんは思考を整理するように独り言つ。
「前者なら、もう力は使いこなせる筈だし、何をするにしてもこんな面倒なことしない。コレだけあれば国を滅ぼすのも余裕」
セリナさんがそんなことを?
大輪の薔薇ではない、かすみ草のように儚げな笑顔を浮かべる彼女。
外見のそれには似合わぬ豪胆さに僕はもう彼女しか見られなくなった。
“ケルト”と彼女が呼ぶ声を今でもちゃんと覚えている。
セノオさんと3人で笑いあった日々を僕は知っている。
「セリナさんがそんな危険思考を持っているはずがない」
しっかりと目を見つめ、ジエンタさんにそう言えば、彼女はスコップを持ち、さっき僕が埋めた穴をまた堀り始めた。
「ならこれは祖母の仕業ね」
「───え……そんな簡単でいいんですか?」
「私はセリナを知らないし、元旦那のケルトが言うならそうなんでしょ?
それにコレほどの力を持って術を使えるなら、セノオの力に気付かず野放しにしておくのはおかしいし」
スカートがふわりふわりと揺れるのを一切気にせず、ザクザクと掘り進めていく。
「……あなたはどうしてセノオさんにそんなに親切なんですか? リリアンナにも優しくしていただいたようですし」
「そんなつもりは無いわ」
「ですが」
「グダグダ言ってないで!ケルト自分で掘りなさい!あんたの元嫁と娘の問題なんだから!!」
力強くスコップを渡され、ジエンタさんは湖岸の傾斜に腰を下ろし傍観の姿勢をとった。
その顔には少し朱を帯び、僕も自然と笑みがこぼれた。
読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字ありましたら申し訳ありません。
次はセノオに戻ります。
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