67。青空茜空
青空の下、大きな木の木陰。
フワリと大きな布を広げメイソン君に掛ける。
「メイソン君……少し痛いかったらごめんね。これでするの初めてだから」
「……別に気にしなくていい。無理ならしなくていいし」
メイソン君の左耳脇の髪を撫でながら、慣れない手つきで指を動かしてみた。小指を掛けるところがないから上下しにくい……けど、できる。
「うぅん。する……頑張ってみるから我慢してね」
そう言って微笑むと、前に座るメイソン君が振り向いて目が合った。
「……セノオ。何か言い方がヒワ───」
「黙れメイソン!!!!」
「ブッ!」
メイソン君が何かを言いかけたとき、スパァンとチョップがメイソン君に入った。
「痛ぇなアーネスト! 絶対お前も思ったろ!!」
「おっ! おもっ! 思うわけ無いだろうが!!!」
「嘘つけムッツリ野郎!」
「なんだと!?」
「ちょっ!? 2人とも! 私、鋏を持ってるんだから危ない!」
「───っテオドール兄様! いいんですか!? なにも言わないんですか!?」
アーネスト様は、私とメイソン君がいる直ぐそばのベンチに座り少女の髪の毛を編み込んでいるガラタナに向かって叫んだ。
「理容師が髪を切るだけだろう。一々騒ぐな」
「~~~~~兄様もイライラしてるじゃないですか!!!」
ガラタナは冷たい微笑みを浮かべアーネスト様を一瞥した。
アーネスト様はブツブツ文句を言いながらガラタナの隣に再び腰を下ろした。
私たちはガレットのお店を出たあと、孤児院へと向かった。
孤児院の院長はガラタナが無事に帰ってきたことに涙を流して喜んでくれたけれど、イーサン様がメイソンのことを報告すると、一転、鬼のような顔で激怒した。
そして、その怒りが消えた頃に、私のお願いを院長に言ってみると、ニコニコと了承してくれた。
そんなに広くはない孤児院の庭。
大きな木の下で青空散髪を開始した。
周囲には何が始まるのかと20人ほどの子ども達が輪を作っている。
「髪を切らせて欲しいと言われたときは何事かと思ったけれど……」
「本当にごめんね。メイソン君は笑顔が素敵なのに髪の毛で隠れちゃうのは勿体ないと思ったの」
「……素敵ねぇ。俺、本職に髪切って貰うのは初めてなんだけど、ハサミ変わるとそんなに違うもんなの?」
「これは工作鋏だし、研いだ様子もないからちょっと引っ掛かかるかな」
「あぁ。だからいつも痛いのか」
いつも私が使っているものは家だし、トルネオ王国王都で買った新しいものは、お父さんの家。
仕方がなく孤児院でハサミをお借りしたら、裁ち鋏と工作鋏と剪定鋏を並べられた。
カット鋏は無いよね。そりゃそうだ。
「持ち方も違うんだな」
「本来なら輪には親指と薬指だけ刺すように入れて、親指だけ動かすんだよ」
「へぇ」
メイソン君は可愛らしい中性的な顔立ちなので、前髪はあまり短くはしない予定だ。今は目に掛かっているけれど、掛からない程度に揃える。
量は割とある。柔らかくて全体に軽くウェーブがかった髪。
ヘアクリップは無いので手持ちのバレッタで代用する。
髪の生え方を考慮しながら霧吹きで湿らせて、全体を梳いていく。
女の子が気を利かせて大きめの鏡を借りてきてくれた。
ありがとうと言うと恥ずかしそうに鏡で顔を隠してしまった。
「ふふっ可愛い……」
「……上手いもんだなセノオ」
「これで食べてるからね」
「手に職つけるとやっぱり強いよな……」
考え込んだメイソン君を放っておいて手を動かす。
後ろはうなじが見えるくらい短く。横から見て後頭部が丸くなるように作る。
トップはある程度長さを持たせて、サイドは前髪とおかしくない程度に長さを合わせ、耳が完全に見えるくらいにした。
「こんなもんかな? 面接とか仕事に行くときは前髪を横に流すといいよ。はい。カッコいい」
パンパンと軽く肩たたき、ケープがわりに巻いていた大きな布を取ると、周りの子ども達から、わぁっと歓声が上がった。
ただ髪の毛を切っただけなのだけど、トルネオの町でラビ君相手に戦ったガラタナを思い出して少し誇らしい気持ちになった。
「どうだ?」
「メイソンお兄ちゃんかっこいい!!」
「リナも可愛いぞ」
ガラタナに髪を結って貰っていた女の子が頬を赤らめて誉めてくれた。リナちゃんというその子もガラタナによって可愛らしく仕上がっている。
微笑ましく見ていると、腰の辺りにドンっと何かが当たった。
「ねぇ! お姉ちゃん俺もやって!!」
10歳くらいの男の子だった。
それもまたおかっは頭……。
「何で男の子はおかっぱが多いの?」
「院長が坊主かおかっぱにしか切れないから」
すごい2択……坊主の子はもれなくカミソリ傷がある。
こう言ってはなんだけれど院長は手先が器用では無いのかもしれない。
「いいよ! 座って!」
「やった!」
それから次から次へと希望者が増え、夕方帰宅の時間になるまで青空散髪は大盛況だった。
ちなみにガラタナの髪結い屋さんも好評で、仕事終わりにデートだという職員の女性までも並んでいた。
「お疲れ様セノオ」
「久しぶりに切ったから少し不安だったけれど喜んでもらえたみたいで安心したわ」
一仕事終えてベンチに座ったまま、気持ち良さそうに腕を伸ばしているガラタナの隣に座った。
「それにしても思いきったね」
「あはは……勿体ないなって思ったら、いてもたってもいられなくなっちゃって……聞けば、就職が出来なかった腹いせにスリをしたっていうじゃない? 他の子はまたおかっぱになっちゃうだろうけど、メイソン君はとりあえず就職が決まれば自分で美容室なりなんなり行けるだろうし、きっかけになればなって」
茜色に染まる空を見てホッと息をついた。
「就職が決まるかなんて中身の問題だろう? 外見なんて関係ないのではないか?」
ガラタナの向こう側にいるアーネスト様が同じように空を見ながら問うてきた。
「……もしアーネスト様がお店を経営していて、1人だけ採用したい。でもそこに同じ実力の2人が現れたとしたら、どちらを採用しますか?」
「────あ、そうか……」
アーネスト様は目を見開いてこちらを見た。
貴族として生きてきた彼には未知の世界なんだろうな。
「ましてや、中身を初対面で見抜けるような人はいません。
見目を良くするのは生きていく上での武器になります」
「……そういう……支援の仕方もあるんだな」
アーネスト様は再び空に向かって顔をあげた。
少し大人びて見えて、カッコいいと思ってしまったのは内緒だ。
ドンという音が響いた。
「っ!? 痛っ! 兄様何するんですか!!」
背中を押さえながらアーネスト様が立ち上がった。
ガラタナが背中を叩いたらしい。
「エールだよエール」
「はぁ!?意味のわからない言動をしないで下さい!」
ガラタナは嬉しそうにお兄ちゃんの顔をしていた。
「ふふっ」
「セノオも笑うな! 何なんだもう!」
そう言ってアーネスト様も笑っていた。
少しすると、院内からイーサン様と院長が出てきた。
院長は子ども達の様子を見てとても喜んでくれた。
それにも安堵し、馬車に乗り帰路についた。
部屋に戻り、着替えてターニャさんが淹れてくれた紅茶を飲んでいると、ドアがノックされ、同じくラフな格好に着替えたアーネスト様がいた。
「どうしたの?」
「俺は明日王都に戻る」
「そうなんだ。学校があるもんね」
「だから! その……兄様から貰った髪飾りを預けてくれないか? 王都で銀細工師を探してみる」
「──っ本当!? ありがとう!!」
「あっあぁ!」
急いでドレッサーの引き出しを開けて、巾着を取り出しアーネスト様に手渡した。
バラバラになったのを見たくなくてあれから開けていない。
「確かに預かった」
「……直らなくても大丈夫だから」
そう言うと「嘘をつくな」と頭を遠慮なしにワシワシと撫でられた。
「よろしくお願いします」
「あぁ」
後ろ手でヒラヒラと手を降り部屋に戻るアーネスト様を少し頼もしく感じた。
読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字ありましたら申し訳ありません。
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