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ホントのカラダを探しています  作者: keitas
トルネオ王国編
7/101

7。大切なもの。

セノオの過去です。

 トルネオ王国においての義務教育は、5歳から12歳まで通う小等科のみ。基本的な教育を身につける。

 その後、中等科、高等科、大学に進むのは自由だ。


 私セノオの最終学歴は“小等科卒業”だ。


 父は村から40キロほど離れた王都にある民俗資料館の学芸員だった。資料館近くの大学で教鞭をとったりもしていたらしい。

 母は大好きなこの村で理容師をしていた。

 金銭面が原因で進学しなかったわけではない。

 母のように理容師になりたかった。母は私の憧れだった。


 小等科を卒業してからは母に弟子入り。

 お掃除や雑用などから始まり、お客さんの髪を洗わせてもらえるようになったのは半年後。髪結いを初めてしてたのがその半年後。切らせてもらったのは14歳の時。隣のエレナさんが「切ってもいいわよ」と名乗り出てくれた。

 中々評判もよく、理容師として調子にのり始めた15歳。

 母が病気で他界した。


 父は王都で働いていたので母とは完全に別居だった。

 数年に一度会える程度。最後に会ったのはリビングにおいてある写真の時だ。

 いつの間にか両親は離婚していたようで、父親らしいことをしてもらった記憶はほぼ無い。事故で他界したらしい。

 葬儀にも呼ばれたが、父の少し前に母が病気で他界しており父は母の葬儀に来なかった。

 まだ大人になりきれなかった私は、ほとんど会ったことのない父のことは父とは思っていないと葬儀には参列しなかった。


 私は一人になった。

 王都にいる父の親戚から一緒に住まないか。との打診があったが、母との思い出がたくさんあるこの家から出る気はなかった。


 理容師として既に店に立っていた私は同じ生活を続けた。営業時間はもちろん母がいつも置いていたハサミの位置。コームの位置。家のマグカップの位置。雑誌の位置。写真立ての位置。細かいところまで同じにした。


 母を忘れたくなかった。


 同じでなければならない。

 その思いは自分に呪いをかけた。

 月のモノも次第に来なくなり、15歳で成長がとまった。


 友人たちはどんどん大人になっていくが、焦りなどは無く、何も変わらないことへの安堵の気持ちが強かった。


 そして20歳になりガラタナさんが現れた。


 出会ってから1日も経っていないが、彼がこの家に居ると多少朧気(おぼろげ)だった母の記憶が鮮明に甦る。


 朝、階段をのぼって私の部屋のドアを少し開けこちらを伺う母。

 離婚した後も父との家族写真をリビングで眺めていた母。

 シーツのシワをパンパンと伸ばしながら干す母。


 当然といえば当然だ。私は母似だと言われて育ってきた。

 私より大人に見えるガラタナさんは、写真などで見た母の若い頃にそっくりだ。影なので全体的に黒いけれど。


 私がガラタナさんをすんなり受け入れられたのもそのせいだと思う。


 ガラタナさんが元に戻るために協力したいと思った気持ちは嘘じゃない。


 でも体が戻ってしまったら……また一人になったら

 私は耐えられるのだろうか。








読んでいただきありがとうございます。

誤字脱字ありましたら申し訳ありません。


次回は、セノオとガラタナ街に買い物へ。

また読みにきて頂けたら嬉しいです(^^)

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