60。ガラタナ劇場
「それじゃあセノオの父様はテオドール兄様が看取ったのですか……」
夕食時、ガラタナ劇場は未だ続いている。
物心ついた頃から始まり、オーナーとの出会いを経て、今はお父さんが馬車の横転事故で他界したあたりだ。
魂の入れ換えの件を伝えずに現在まで……どうするつもりだろう。
「あぁ。セノオの父、ケルトさんは母親が亡くなったばかりの娘が心残りだ。と、最後に言い残して……。
彼の手にはセノオの村の湖の前で撮った家族3人の写真が握られていたんだ……」
おぉ。そうきたか。
「じゃあテオドール貴方は、その意思を継いで……」
夫人が目を潤ませながらガラタナの話に耳を傾ける。
「はい。でも俺にはどうすることも出来ないと、一時は事故現場を離れて住み処に帰ろうと思ったのですがどうしても彼の遺言が気になって……グループの仲間に言えば確実に引き止められるでしょうから、誰にも言わずにセノオに会いに行くことに決めました」
まるで真実であるかのような表情で淡々と語る語る語る。
もう無関係であるかのように私は遠い目をしたまま食事を続けた。
「事故現場に戻ると、既に片付けが終わっていて手がかりは、救助の時に見たあの写真だけでした。
セノオの村にある湖はかなり大きくて、俺はそれを海だと勘違いして、似た風景を探し大陸の海岸沿いを4年弱旅しました」
「4年!? 何でそこまでして見ず知らずの人の遺言を……」
アーネスト様は食事を口に運ぶのを止めて怪訝そうな顔をし、ガラタナは「それを言わせるのか……」的な苦笑いを浮かべた。ガラタナ劇場は体が戻っても表情1つまで気を抜かない。
「写真の中のセノオに……一目惚れしたんだ」
「ブッ!!!ゴホッゴホッ!!」
吹いた。
「大丈夫か?セノオ」
口に食べ物が入っていないときで本当に良かった。
心配そうにこちらを見てくるアーネスト様に笑顔を作り、ナプキンで口を押さえジロリとガラタナを睨むと、食えない微笑みで返された。
完全に面白がっている。いつかボロが出るからな……覚悟してろ。
「素敵。ねぇあなた……」
「あぁ。流石は私の子だ。私もアメリアに一目惚れだったんだよ」
伯爵夫妻はお互いを見つめうっとりしている。
一瞬で食堂が甘い雰囲気になった。
というか素敵……? 素敵なのか?
どこの誰かもわからん女にただ惚れただけで大陸一周するとか狂気の沙汰。確実に病んでるでしょうに。
「いくら一目惚れでも……4年。女なんて他にいくらでも寄ってきたでしょう兄様」
「アーネスト。その言い方は嫌だわ。いくら女性が苦手だからって虫か何かの様に言うのは止めて頂戴。それに誰でも良いなんてそんなはしたない真似テオドールに限ってありえないわ!ねぇ! セノオちゃん!」
「は、はい! ソウデスネ!」
イエ……貴女の息子さん、来るもの拒まずな女性関係だったようですよ。
なんて言えるはずか無い……もう夫人に同意するしかない。
「そんなつもりで言ったわけでは……すみません……母様、セノオ」
アーネスト様は少し唇を前に出して不服を表しながらも肩を落とした。
もちろんだけど、ガラタナは女関係については伏せて話している。
ガラタナは夫人の発言に動じず笑みを絶やさないが、何となく伯爵とイーサン様はその辺気付いているようで顔を見合わせて苦笑いしていた。
まぁ、モテるだろうなこの親子は。若いときには色々あったんだろう。
うん。ガラタナ。女性関係2人にはバレてるよ。
「そ、それで、どうなったんだい? テオドール」
伯爵が空気に耐えられなくなったのか話を戻した。
「あぁ……えぇと、大陸一周しても当然見つからず、今度は対岸が見えないほどの大きな湖を回ることにしました。しらみ潰しにあちらこちらの湖を見て回り、そして1年後、トルネオ王国カイヅ村につきました。その時辺りは暗く、宿でもとろうと湖の側を歩いていると、一軒の理髪店のドアが開き、セノオが出てきました」
「まぁ~!!!!それで!?セノオちゃんにはどうやってアプローチを?」
夫人は乙女のように胸の前で手を組んだ。
「セノオは驚いた顔をして、俺をテオさんと呼びました」
皆がバッと私を見た。
巻き込まないで欲しい……本当に巻き込まないで欲しい。
「セノオちゃんはテオドールだとわかっていたの??」
夫人がガラタナ越しに、どうして? という顔でこちらを覗き込んできた。
「い、いえ!! 私の知り合いにテオというガラ……テオドール様そっくりな方が居まして…」
「あぁ。ジーギスから聞いた彼だね。セノオさんはその彼をお父さんと呼び、彼はセノオさんを娘と呼んでいたと聞いたが……」
ほらほらほらほら!!!ボロが!ボロが!
「セノオは父親とは離れて暮らしていて、幼少期にテオさんが父親のように接してくれていたそうです。父娘と呼ぶのは馴れ合いの一種だとテオさんが教えてくれました」
「かなりテオドールに似ているらしいね。トルネオ王国の王都の大学に勤めているんだったかな?」
「はい」
「そんなことより私はテオドールとセノオちゃんのことを聞きたいわ。セノオちゃんがテオと呼んだ後どうなったのかしら」
夫人は恋愛話の方が好きなようだ。
捏造された恋愛話……もう他の人の話だと思って聞こう。
テーブルに出された白身魚を無心で食べる。白いソースがとても美味しい。
「テオさんと間違えて家に入れてくれました。それで、自己紹介とセノオの父親のことを説明すると、お礼を言われ客間に案内して貰って、次の日に俺の事情を話すと理髪店で働かないかと言われたんです」
「セノオちゃん、テオドールは迷惑をかけずにちゃんと働くことができたのかしら??」
「あ、はい! 髪結いとして入って貰ったんですが、お客様にも評判がよくて素晴らしかったです」
そう言うと、伯爵夫妻は安心したように笑った。
最初から思っていたけれど、この夫妻は貴族らしくない。
高飛車な所は一切無いし、平民の私に対しても横柄な態度もない。ガラタナの孤児としての話もすんなり受け入れていたようだし……鈍感……では多分貴族としてはやっていけないだろうから、ガラタナから何を言われても大丈夫な様に覚悟をしていたんだろう。
「では2人がトルネオの王都に居たのはテオさんに会うためか?」
ずっと話を聞いていたイーサン様が口を開いた。
「ええ。俺もそっくりさんに会ってみたかったですし。
隣町に買い出しに行ったときに、街外れの遺跡に王都の学者が来ていると聞き、テオさんが居ると確認がとれたのですが、すれ違いで会えず、王都まで行ってみたのです」
「……随分とフットワークが軽いんだな」
「あ、えっと……トルネオは縦長の国ですし東西に移動するのはそれほど苦では無いんです。といっても半日以上は馬車に乗りっぱなしなので中々行く機会も無いのですが……」
イーサン様から疑うような視線が送られてきたけれど、本当のことならいくらでも言える。
「もう! どうしてみんな話をそらすよ! テオドール! セノオさんとお付き合いを始めたのはいつなの??」
「いつ……ということもありませんでしたが、いつの間にかお互いに惹かれ合っていたのは気づいていました」
「────っ」
「共にいて心が休まるのはセノオだけ」
「もういいっもうやめてガラタナ!!」
舌先三寸の申し子の口を慌てて閉じる。
「あらあらセノオちゃんお顔が真っ赤よ~」
「───!」
夫人が楽しそうにからかってくる。ガラタナは中身母親似か!!!
「話を続けても?」
「あっごめんなさいね。どうぞ」
「王都で無事にテオさんと会うことができ、俺達が結婚の意思があるとわかるとアドバイスをもらえました」
「アドバイス?」
「セノオは村で一人で理髪店を切り盛りしていましたが、セノオの両親が亡くなった時点でセノオは未成年だったため、後見にはセノオの伯父……父親のお兄さんがなっていました。
出会ったときにセノオは既に成人していましたが、父親の実家はかなりやり手の商家で、孤児の俺が認めて貰う為にもヴァントレイン子爵の長男カルロさんを後ろ楯にしたらどうかとアドバイスをもらいました。
それからの事は既に存知かと思います」
話が繋がった。
思わず拍手しそうになったけれど頑張って止めた。
そしてふと、イーサン様とアーネスト様の視線に気づいた。
「……テオドール。セノオが当時は未成年というのは」
「そのままの意味ですが。セノオが理髪店の店主になったのは15歳。トルネオでは20歳で成人扱いなので15歳だったセノオに後見が付くのが当然だと思いますが」
「あ、いや……そうではなく」
イーサン様は戸惑うように視線を逸らした。
あ、これは……
「セノオは今何歳なんだ」
アーネスト様がズバリ聞く。やっぱりか。
「……つい数ヵ月前に20歳になりました」
「───!!!い……5つも……上……」
既に聞いていたのか伯爵夫妻は動じない。
イーサン様は私を凝視し、アーネスト様は余所を向いて何やらブツブツ言っている。
ガラタナ劇場は私の年齢ギャップを持って幕を閉じた。
読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字ありましたら申し訳ありません。
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