58。その気持ちに名前をつけるなら
ガラタナ視点です。
セノオに手を貸し、馬車に乗り込んだのは少し前のこと。
先には父のノアと弟のアーネスト。
後にはイーサン。
まるで護送されているかのようにケイシィ伯爵領までの田舎道を行く。
「魂で旅していた時にカノイには来たの??」
「いや。海岸沿いと大きな湖を目指していたからカノイには来なかったよ」
「それにしては流暢にカノイ語話してるよね。いいなぁ。私のはトルネオ訛りがあるらしいよ。アーネスト様が言ってた」
「育った国の言葉と少し似てるんだ。それに働いていたカフェのオーナーがね……外国の客は少ないけれど居ないわけではないって、そりゃぁもう熱心に……」
当時を思い出して遠くを見てしまった。あれは……授業とかいう生易しいレベルじゃない。拷問だった。今でも身震いする。
「何ヵ国語話せるの?」
「育った国の周辺の国なら大体。日常会話くらいなら叩き込まれたよ」
「おぉ……有能!」
パチパチと手を叩き嬉しそうにするセノオ。
穏やかな天気と同じように交わされる穏やかな会話。
忘れているのか、言わないでいてくれるのか……。
“流されている”と言われた事に関して、あれから何も聞かずにいてくれている。
正直ありがたい。俺も今の気持ちをきちんと理解できている訳じゃない。
セノオにバレていたことに正直戸惑った。
その通りだったし、自覚もあった。
俺は孤児として育ったけれど、弟や妹、姉や兄のような家族と似た存在はいた。
でも親のような存在は身近には居なかった。
特に不便は無かったけれど、当時、遠くから眺める親子はとても温かそうで酷く羨ましかったのを覚えている。
15歳以降、何かと面倒を見てくれたオーナーは、やりたいことの邪魔になるからと、あえて結婚も子どもも望まない人だった。(孤児に対してその発言は明け透け過ぎるだろうと思ったが俺は逆に好感が持てた)
サバサバしていた彼女は母親というよりかは、まんま上司って感じだった。
10年以上振りに会ったという、セノオとケルトさんのやり取りは散々なもので、セノオは塩対応だったが、それでも2人の雰囲気は温かかった。
セノオを溺愛していると言っても過言ではない愛情を垂れ流すケルトさんだが、基本的にセノオの成長の為になるような事、1人で出来る事には手を貸さない。
セノオだって塩対応の中にもきちんとケルトさんを敬う気持ちが出ている。
そんな2人に羨ましさも感じたし、ケルトさんに息子だと言われた時は、俺も仲間に入れるんだと、ただただ嬉しかった。
そんなときジーギスさんに出会い、ケルトさんから両親は俺を捨てたわけではないと聞き、少しだけ会ってみたい気もした。
その思いが出てしまったんだろう。ジーギスさんからの問い掛けに自分がテオドールだとあっさり認めてしまった。
そんな心の機微をセノオは察知し、カノイ王国行きを提案してきた。
俺もいい歳だし、今さら親なんて……と思ったのも本当だったのだけど、不安たっぷりな顔をして、それでも真剣な顔を作ったセノオは、何かあれば俺を拐うと言ってくれた。
どうしようもない愛おしさが込み上げて、頷く他に返事はなかった。
そして今日の昼。セノオが目覚め、イーサンが呼びに来て向かった先、応接室に居たのは父親だった。
彼は目を大きく見開き、俺を見た。
「テオドール……良かった……」
そう言い目頭を押さえ、立ちあがり俺の目の前に彼は立った。
「すまなかった。早く見つけてやりたかったが、立派に大きくなって……」
俺の両方の二の腕を掴み、涙目で俺を見上げる。
その外見から確実に俺はこの人の子どもなのだと感じるし、何より纏う雰囲気が同じで父親なんだなと納得した。
でもそれだけだった。
少し話してもそれは変わらず、感動も親近感も湧くことは無かった。セノオに出会ったときはハッキリと喜べたし舞い上がっていたのに……。
親には確かに憧れがあった。
でもなぜこんなに冷めた気持ちでいるのか……自分がわからなくなった。
セノオを連れ、再び応接室に戻ったときもやはりその思いは覆らなかった。
そして出された1ヶ月の提案。
1ヶ月……それで情が湧けば少しは変わるのだろうか。
教授にも後押しされてその提案を受けた。
ガタン!と馬車が揺れてセノオとの会話が止まっていたことに気付いた。
丁度良い気候と揺れに段々と瞼が重くなっていたセノオは、大きな揺れで一瞬で覚醒したようだ。
そしてまたウトウトと瞼が閉じていく。
それを見ているだけで幸せな気持ちになる。
「……なぁに?」
半覚醒の状態なのかいつもよりセノオの声が甘い。
「ん?」
「笑ってるから……何か楽しいことあった??」
嬉しそうに顔を綻ばせる。
その可愛らしい頬を撫でて、メチャクチャにしたい気分になったが止めておいた。
「セノオはどんなときにケルトさんを父親だと感じる?」
「どんなとき……って」
セノオは目を瞑って動かなくなった。寝たかな? と思ったが
「……ないなぁ」
あり得ない返事が返ってきた。
「ケルトさんをお父さんだと思わないの?」
「うぅん、お父さんはお父さん。常にお父さんだから……どんなときって言われると困るかな」
ヘラヘラと笑みを見せるセノオを俺はポカーンと見るしかなかった。
「あぁ……でも子どもの頃は憧れてたかも。会うの楽しみだったし」
「大人になってケルトさんと会ってみてどうだった?」
「……何に憧れてたかわからなくなった」
「ふっ」
「ガラタナ?」
あまりにもシンプル。
「ははっはっあははは」
「え? なに?」
「くっくく、あーだめだ腹いてぇ」
腹を抱えて笑う俺を見て完全に起きたセノオは、手を前に出してオロオロするばかりだ。
いい歳だし親なんて今さら……とか言いながら結構俺は期待していたんだな。
親の存在は人生が変わるような特別な何かだと子どもの頃の様にどこかで思っていた。
大人の保護が必要な年齢だったら、もっと感動的な出会いになったのだろう。勝手に期待して、意に沿わないから不満を抱いた。
何て理不尽でバカらしい。
俺にはもう大切な人がいて、場所があって、やりたいこともある。
親を目の前にして冷静で居られたのは俺の親離れも完了しているということなのだろう。
オロオロと、宙に浮く手を捕まえキスをした。
「っ!!」
「大丈夫。俺は大丈夫だよ」
2度、セノオから言われた「大丈夫?」にはっきりと答えを出せた気がした。
読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字ありましたら申し訳ありません。
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