57。髪飾りの在処
1ヶ月というお試し期間が決まり、再びケイシィ伯爵家本邸へと向かう為、準備を始める。
御者を勤めていたジーギスさんは昨日のうちにアーネスト様と伯爵家へ行った。
老体ということもあり伯爵家待機となっているので、イーサン様が新たな御者の手配をすると言って自警団詰所を出た。
教授は本邸まで付いていくと意気込んでいたけれど、怪我が心配なため、フラメル伯爵と共にトルネオに引き返すことになり、私とガラタナは教授を見送るため詰所の前にいる。
「ガラタナ君。これを渡しておくから何かあったら使うといい」
「ありがとうございます。助かります」
ガラタナが伯爵から紙を受け取り微笑んだ。
「何? それ」
「ジエンタさんお手製の呪術道具だよ。機会があったらセノオにも使い方を教えるね」
「あ……」
そういうと、ガラタナは私にその紙を見せること無く本に挟んで鞄に戻した。
私が寝ている間にでも使ったんだろうか。ちょっとくらい見せてくれてもいいのに。
「じゃあまたトルネオで」
「はい。お父さんとジエンタさんによろしくお伝えください」
「道中お気をつけて」
軽く挨拶し、教授は手を降りながら馬車へ乗り込んだ。
私はもう成人だけど、保護者のような教授が一緒にいてくれた安心感はかなりのものだったようで、不安からガラタナの手を自然と握っていた。ガラタナも応じてくれ、馬車が走りだし消えていくのを無言で見ていた。
「ガラタナ、大丈夫?」
「何が?」
「カノイに来てから……ううん。トルネオ王都の貴族街でジーギスさんに見つかってから少しおかしいから」
「おかしい?」
「テオドールだって認めたのも、カノイに行くことを決めたのも、1ヶ月のお試しを決めたのも、何だかガラタナは雰囲気に流されている感じがして」
「──っ」
握られた手に力が入ったのでガラタナの顔を覗き込めば、ガラタナは困ったような表情をしていた。
「セノオは──」
「テオドール。少し良いかな?」
詰所の重そうな木のドアが、ギギィと音を立て、そこから伯爵が顔を覗かせた。
「あ。はい。セノオもおいで」
「あー……私はもうちょっと外の空気を吸ってるよ」
「何かあったら一声必ず掛けて」
「うん」
そう軽く返事をすると、ガラタナは何度かこちらを振り返りながら詰所に入っていった。
つまり、私は1人だ。
ヘアコームを探すチャンスは今しかない。
「ここからどのくらいかかるんだろう……」
教授が行った方向で合っていると思うけど。
そちらに向かって歩き出したその時だった。
「セノオ。どこにいく?」
「────っ!!」
声がした斜め上を見れば、詰所の2階からアーネスト様にバッチリ見られていた。
「散歩に!!」
そう答えるとアーネスト様はヒラリと2階の窓を越え、アッというまに私の前に立った。
「テオドール兄様には言ったのか?」
「───……」
言えるはずがない。
「あの!」
「な、何だ!」
アーネスト様の目をしっかり見て前に出ると、アーネスト様はたじろぎ、一歩下がった。
「昨日、盗賊に襲われた場所に行くにはどのくらいかかりますか?」
「は?」
「その……実は大切なものを無くしてしまって……盗賊に襲われたときに落としたのかもしれないと思いまして」
「馬でなら行けない距離ではないが、歩いて行くとなると本邸へ出発する時間がずれ込むぞ?」
「──そう……ですか…」
私にとってはとても大切なものだけれど、みんなを巻き込んで探しに行くのも何か申し訳ない。
先に行っててくださいって言ったらガラタナには確実にバレる上に、気にしないでとか言われそう。
諦めるしかないのかな……。
教授の馬車が消えた方を見てため息をついた。
「髪飾りか?」
「うっえっ!?」
「薔薇の銀細工に黄色い石がはまった……」
「そう! それです!!! どこかでみましたか!?」
アーネスト様はガシガシと頭を掻いてポケットに手を突っ込みハンカチを出した。
私が目を丸くしていると、アーネスト様は丁寧にハンカチを開いた。
「え……」
その中には無惨にもバラバラになったヘアコームが集められていた。
「昨日、盗賊に縄を掛けたあと自警団が馬で来て、すべてが終わって引き上げるときに見付けた。地面に落ちていたから馬に踏まれたんだろう。セノオのだったと記憶していて持ってきたんだが……」
ハンカチごと私の掌にヘアコームが乗せられる。
ガラタナと同じ色合いだと言われたプレゼント。
心臓がバクバクとうるさい。
目の奥が熱くなったのを必死で堪えた。
ここで泣いたらアーネスト様を困らせてしまう。
「……ハンカチは後程お返ししてもよろしいでしょうか」
「あ、あぁ」
胸の前でギュッとハンカチを握り、アーネスト様に向けて笑顔を作った。
「拾って頂いてありがとうございました」
頭を下げ、詰所に戻ろうとアーネスト様の隣をすり抜けようとしたとき、腕を掴まれた。
「似たものを贈ってもいいだろうか!!」
「え?」
「代わりにはならないだろうけど……」
「……アーネスト様にそこまでしてもらうのは……それに、これはテオドール様に貰ったもので……」
こんなバラバラになったヘアコームだけどガラタナに貰ったと誰かに伝えるのはやっぱり少し恥ずかしく、顔が火照った。
「兄様から……いや、俺からは、そう!友好の証しに!」
「友好……でもそんなことは恐れ多くて、お気持ちだけで十分です」
「俺からのものは受け取れないか?」
「────っ」
ションボリと耳を垂れた犬に見えた……。
というかその顔で落ち込まないでほしい。なんせ私はその顔に弱いことはかなり前から自覚している。
「……本当に安物で、かまいませんので」
仕方なしにそう言えば、アーネスト様の表情はパッと明るくなるが、それは一瞬で今度は怪訝そうなものに変わった。
「俺の友好の証しはそんな安いものではない」
「ひっ!!いや!本当に!怖くて頂けないです!!」
「……くっはははっ」
本気で怯える私を見てアーネスト様は声をあげて笑った。
「……もしかして私、揶揄われました?」
揶揄われていいたのなら一体どこから……困惑して俯くと、横に垂らしてあった髪に触れられ、勢いよく顔を上げた。
「───っ!」
「あ!すっすまない!!兄様と同じものだとちょっとなと思って……そのピアスの穴は空いているか?」
「あ、いえ。トルネオは女性が体に傷をつける事を嫌う文化なので……」
「そうか、まぁいい。考えておこう」
そう上機嫌で言うアーネスト様と一緒に詰所に共に戻った。
アーネスト様とはすぐに別れ、荷物があるベッドの部屋にいき、鞄から小さな裁縫道具を出し、自分のハンカチで簡単に巾着を作ってバラバラになってしまったヘアコームを入れた。
カノイに銀細工を直してくれるところがあればいいけど……。
巾着を両手で握りしめて眉間につけ、目を瞑った。
「早く直してあげるからね」
そっとカバンの中に入れ蓋を閉めたとき、コンコンと部屋の扉がノックされる音が聞こえた。
「セノオ、馬車の準備が出来たからそろそろ出発するってさ」
「はい! 今行く!」
ガラタナの声に弾かれたように立ちあがり、カバンを持ち上げた。
私はその時、鞄の中から“カチャ”と音がしたことに全く気づかなかった。
読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字ありましたら申し訳ありません。
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