53。長男イーサン
ケイシィ家長男イーサン視点です。
後半暴力的なシーンがあります。
「怖くはないか?」
「はい!気持ちいいです!ありがとうございます!」
馬車を引き連れ、末弟のアーネストと共に畑ばかりの田舎道を馬で走る。
俺の前で横向きに足を揃えて乗る、セノオという少女はテオドールの大切な人なのだそうだ。
本邸に向かう最初の休憩地で、テオドールからセノオを馬に乗せてほしいと頼まれた。
24年ぶりに会った弟。
誘拐されてからのことはまだ聞いてはいないが、ぬくぬくと伯爵家で育った俺とは比べ物にならないくらい大変な思いをして育ったのは目に見えている。
出来る限りの願いは聞いてやりたいと二つ返事で了承した。
「イーサン兄様、走りにくかったらセノオは俺の馬に乗せますよ」
「テオドールから頼まれたのは私だからな。この先の森の崖沿いの道を越えたら休憩だ。セノオを乗せたかったら次の休憩でテオドールに聞いてみると良い」
「……いくらお付き合いがあろうと、セノオはテオドール兄様の所有物ではないですよね。セノオはどう??」
「え~っと……」
「女性を困らせるなアーネスト」
「ちぇー」
休憩前は馬車に寄り添っていたが、今は私の隣に並んでセノオのことを何かと気にかける。
女性恐怖症気味のアーネストにしては珍しく、セノオが気に入ったらしい。
テオドールはそれを気にしてセノオを私に託した様だ。
セノオはアーネストと同じ年頃だし心配なのだろう。
俺とはかなり歳も離れているから変な気は起こさないだろうとテオドールは踏んだのだろうな。
まぁ。実際そのとおりだ。
「カノイ王国は、トルネオと同じように水資源豊かなのですね」
この辺りは農村部が広がっていて、合間合間に用水路が張り巡らされている。それを見てそう思ったのだろうか。
「そうでもない。この国の水は6割以上トルネオから来ている」
「え? そうなのですか」
「100年ほど前までのカノイの王はトルネオの水源を奪う戦を度々仕掛けては、物資豊かなトルネオ王国に惨敗を喫していた。トルネオは度重なる戦にケリをつけたいと、勝利した際に、カノイの王が掌中の珠のように育てた幼い姫を人質として要求した。敗戦続きだったこちらもそれを飲むしかなかった」
ずっと、話していた私を見ていたセノオだったが、何かを考えるように俯いた。
「……お話を遮ってしまって申し訳ないのですが、それはリリー姫のお話でしょうか」
「知っているのか?」
「トルネオ王国に人質として来たリリー姫はその逆境に負けず、戦の原因にもなった河川、灌漑工事の研究を始め、十数年後、毎年莫大な被害が出ていた南部にある暴れ川の改修工事に筆頭として着手し成功させたと……簡単にですが学校で習いました」
「あぁ。その後、姫はその功績を認められトルネオとカノイの橋渡しとなり両国に平和条約を結ばせ、トルネオの河川からの灌漑工事を取り付けたんだ。リリー姫は沢山のことを成し遂げ50を前に亡くなった。灌漑工事は着工から50余年で完成し、今のカノイ王国に至る」
「続きの話があったのですね……初めて聞きました。リリー姫のおかげで今の友好国になっているわけですね」
「カノイではここまでが有名な話だが、トルネオは自国でのリリー姫の話だけが広がったのだな」
遠くを見つめる先には、どこまでも続く田園の合間に流れるキラキラと光る水。
「……見られなかったのか……美しい国を」
セノオは小さな声でそう呟いた。多分、独り言なのだろう。だがこの距離ではすべて聞こえてしまう。
リリー姫の武勇伝は本や芝居になり、逆境に立ち向かう教訓として語り継がれてきた。マイナス要素なんて一切無い物語だったのだが……そうだな。見たかっただろうな。
この国の根底を作った彼女が見ることが出来なかったこの国を守る。
そう思うと帯刀している剣がやたらと重く感じ、騎士として身が引き締まる思いがした。
「イーサン兄様」
「何だ」
「いえ。今日の兄様はよくお話になるなと思いまして」
「そうだな。妹が居たならばこんな感じかとは思っていた」
いや。居たならばというのはおかしいか。
弟の嫁になるのならゆくゆくは義妹になるのか。
テオドールかアーネストどちらかと結婚しても義妹。
妹という言葉に反応したのか、少し恥ずかしそうなセノオと目が合った。
兄様と呼ばれることになるのか……悪くはないな。うん。私は妹も欲しかった。どちらでもいいから頑張れ弟達。
しばらく走ると森に入った。道を行き交う人の気配は無い。
左にそびえ立つ崖の手前で、アーネストとジーギスに停止を促し、セノオを馬から降ろす。
「どうしましたか? 兄様」
「アーネスト、お前も馬から降りてセノオと共に馬車の影に居ろ。ヴァントレイン子息とジーギスも誘導しろ」
「兄様! なんなのです!?」
戸惑うセノオを背に隠したアーネストが声を荒らげる。
「何かありましたか」
突然の停止を不信に思ったのかテオドールが馬車から出てきた。
「テオ……いやガラタナ。剣は握れるか?」
「……喧嘩程度なら」
ガラタナは不意に崖の上と森に視線を送った。何も伝えてはいない筈だが理解したらしい。
ジーギスから護身用の剣を受け取り、勝手を確かめるように数度振って私の横に並んだ。
その様子はあまりにも慣れていて胸が痛んだ。
その時崖の上から4人。森の中から6人。
頭に布を巻き口許を隠した男達が立ち塞がった。
父に聞いていた人数より少し多いが、ガラタナは戦力になるだろうし問題なさそうだ。
「女と荷物を黙っておいていけ」
リーダーらしき男が後ろで声をあげると、ガラタナの殺気が振り切れ、私を待たずにスタートした。
彼は売られた喧嘩は積極的に買うらしい。
剣先を下げ、身を低くし走り出す。
突くように伸びてきた敵の切っ先ををフラー部に正確に当て、滑らせる様にずらし、バランスを崩した相手を足払いで転倒させたところに、別の相手が叩くように剣を降ろすのを身を翻しながら勢いよく避け、その反動を利用して軽く飛びながら後頭部に激しく踵を入れた。
グッと鈍い声が漏れ踞る敵には目もくれず、先に転ばせた奴が身を起こそうとするアクションがみえると同時に男の脛椎を思い切り踏んだ。
鈍い音がした。死んではいないようだが……。
「次は誰だ」
彼の殺気に敵が怯んだのがハッキリわかった。
……滅茶苦茶な動きを簡単にこなす彼を唖然としてみていた。
決まった型はなく縦横無尽に動き回る。
彼は喧嘩といったが……そんな無粋なものではなく、野生動物の狩りを見ているようだ。
気が付くと3人目が地面に伏した。
「ははっ」
ルール無用のそんな世界で生きていたのかと乾いた笑いがでた。
「兄様! 俺も戦います!」
セノオを教授に引き渡したのかアーネストが戻ってきた。
「お前はダメだ」
「学園で剣術は習っています! テオドール兄様より」
「ガラタナとは場数が違う。アレは私も手子摺るだろう」
「─────っわ……かりました」
アーネストが下がるのを横目で確認した。
「カノイ王国、第一騎士団副団長イーサン・ケイシィ。参る!」
抜刀し1人2人と殺さない程度に沈めていく。
あと4人……
そう思った時だった。
「教授!!!」
悲鳴のようなセノオの声が響き渡った。
読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字ありましたら申し訳ありません。
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