50。三男アーネスト
ガラタナの弟。アーネスト視点です。
少し前、生後半年で誘拐された2番目の兄が隣の国で見つかったと連絡があり、こちらに向かっているということだった。
当時の家令から届いた手紙を見た父様は目を見開き絶句した後雄叫びをあげ、母様は喜びで泣き崩れた。
騎士団にいる1番目のイーサン兄様にもすぐに連絡が行き、久しぶりに連休をとって帰ってきた。
我が家に勤めている面々もどこかソワソワしていて、この数日で家の中に鮮やかな花が増えた気がする。
王都のタウンハウスですらこの様子なら、明日テオドール兄様を迎える領地の本邸なんて、当時から勤める人が多いから「おかえりなさいテオドール様」的な横断幕でも作られる勢いだろう。
俺の名前はアーネスト・ケイシィ。カノイ王国ケイシィ伯爵家の三男だ。もう少しで16歳になる。
当然テオドール兄様には会ったことはなく、疎外感がものすごい。
「おかえりなさいませアーネスト様。明日の昼頃までにはテオドール様は国境を越えられると思いますよ」
「ふぅん」
王立学園から帰宅すると見習い執事のジルが聞いてもないのにそう言う。
ジルは19歳で、俺と同じくテオドール兄様には会ったこともないのにミーハー心からなのか浮かれた様子だ。
「喜ばしいことなのですから、表に出されてはいかがですかアーネスト様。それとも興味がございませんか?」
「……喜んでいないわけではない。でも話を聞けば女連れだそうじゃないか。きっとチャラチャラしたアホに育ってると思うぞ。それにこんなときに付いてくる女なんて頭が足りない奴に決まってる。金の無心などあるかもな」
「酷い言いようですね。テオドール様は被害者ですよ?
……っていうか坊っちゃん、女連れってだけでその発想って、この前の夜会で令嬢に囲まれたのがトラウマにでもなってんですか?涙目で馬車まで逃げてきましたもんね」
「うるさいぞ! 口を慎めジル!」
「はいはい。あ! それともテオドール様の件もあって今まで過保護に育ってきたから、自分が主役になれなくて拗ねてるんですね!」
「黙れジル!!」
ジルと言い合いをしながらエントランスを抜け、談話室に入ると俺と同じアッシュグレーの頭が2つ。
珍しく父様とイーサン兄様がソファーに座り向かい合っていた。
「おや。おかえりアーネスト」
「おかえり」
「ただいま戻りました。父様も今日は帰りが早いのですね」
「明日の相談をしているんだよ」
俺も兄様の隣に座る。
兄様は背が高く、体つきもしっかりしていて格好いい。
寡黙で滅多に笑わないがまたそれも格好いい。
王宮第一騎士団の副団長で本当に凄く格好いい。
俺の自慢の兄様だ。
「イーサンには国境検問所までテオドールを迎えに行って貰うんだがアーネストはどうする」
「兄様が行くなら俺も行きます!」
「そうだろうと思ったよ」
クスクスと笑った父様は兄様程たくましくはないけれど、背は高いし顔もいい。王宮では文官として沢山の部下をまとめあげている……と聞く。(よく知らない)
「本当ならジーギスの顔を知っている私が行きたいんだけどね。明朝の議会は抜けられないんだ」
「任せて下さい父様!俺がしっかりテオドール兄様を連れてきます!」
思わず前のめりになった体を、落ち着け、と言うように兄様が肩を掴んで元の位置に戻し、大叔母様と一緒に写っているジーギスというじいさんの写真を俺にくれた。
「ジーギスからの手紙によれば、テオドールは私によく似ているそうで会えばすぐわかるとのことだ」
と、言うことは、俺にも似ているのか。
まだ見ぬ兄様に少しだけ親近感がわいた。
「明朝王都を出発だと忙しくなるから、少し休んだら出て今夜は本邸に宿泊しなさい。私も明日議会が終わり次第、アメリアを連れて本邸に行くから」
国境検問所から本邸、本邸から王都は大体同じくらいの距離だ。テオドール兄様は馬車で来るらしいし、父様母様も昼頃に王都を出ればテオドール兄様の帰宅に間に合うだろう。
「では、準備して参ります!」
俺はまだ話があるらしい父様と兄様に一声かけて談話室を出た。
「ジル、俺と兄様の馬を出しておいてくれ。これから本邸に向かう」
「かしこまりました」
俺は自室に戻り、身軽な服装に着替えた。
「イーサン兄様と遠乗りなんて久しぶりだ」
正直、テオドール兄様が帰ってくることよりもイーサン兄様と一緒に要られる方が俺は嬉しい。ついつい顔が綻ぶ。
俺も学園を卒業したら騎士団に入りたい。
騎士団は格好いい!それに憧れの兄様もいる!
っていうのもあるけれど……思い出すのも恐ろしい先日の夜会。
兄様は警備の方に回り参加していなかった。
動機が不純だと言われてもいい。俺は夜会に参加しない大義名分が欲しい!!
兄様と並んで早足で馬を走らせ、日が落ちてすぐ位には本邸に付くことが出来た。
やはり本邸には横断幕らしき布がエントランスに置いてあって兄様と俺は見ない振りをした。
翌日はスッキリとした水色の空だった。
本邸を朝一で出て、フラメル伯爵領に入る。
領主とは仲の良い関係なので、屋敷に寄り、軽く挨拶をして国境にある検問所を目指した。
着いたのは丁度昼過ぎ。馬を厩舎に繋ぎレンガ造りの建物に入った。
「アーネスト、そっちは平民専用だ」
沢山の人が入っていく1階の扉に入ろうとしたら兄様に止められた。どうやら貴族と平民で場所が違うらしい。
兄様は中央の立派な階段を上っていき、検問をする扉とは違う関係者以外立ち入り禁止と書いてある扉に入っていった。
第一騎士団副団長の兄様には、この国に入れない場所なんて滅多にない。
俺は……まぁただの三男なので扉の外で椅子に座り待っていた。
平民の入り口とは違い、人もまばら。
空をボーッと眺めて、脚を組み、爪先をフラフラとしていると、誰かが階段を上る音が聞こえた。
アッシュブロンドの肩までの髪。女は大体髪が長いから初めは男かと思ったら、ワンピースを着ていた。
白い大きな襟と茶色のリボン。薄い桃色のヒラヒラした膝くらいのスカート。一目見て良い生地なのがわかる。
その子のブラウンの瞳が階段から座っていた俺に注がれ、驚いたような顔をした。
あ。可愛い。
派手さは無いけど、俺の知り合いの中でも群を抜いて可愛い。
年の頃は同じくらいだ。
何に驚いたんだ? 人がいるとは思わなかったんだろうか。
ここには椅子は3脚しかない。
1つ開けて彼女が立った。
「あの……こちら座ってもよろしいでしょうか」
「えっあ、どうぞ!」
どうする。声も可愛い……それに、座った瞬間良い匂いがした。
あの夜会の女たちとは違う、石鹸? わからんが自然な香りだ。
ちらっと見えた後頭部には少し大人っぽい髪飾り。
シルバーに黄色い石。
色合いが俺と一緒で何だかソワソワする。
いやいやいやいや。何考えてんだ俺。
と、とりあえずここには俺達2人しかいないんだ。近い距離にいるし話しかけてもおかしくはない……はず。
「……あの」
彼女の肩がビクッと震えた。
「待ち合わせ?」
「はい。一緒に旅をしている人を待っているんです」
「ふぅん。カノイの人……ではないよね? 話し方がトルネオ人っぽい」
カノイとトルネオは昔からの友好国で、言葉は違うけれど、お互いの言葉は国語と同じように学校で習う。
だけどトルネオ人が話すカノイ語は少し独特な訛りがある。
彼女は少し頬を赤め「すみません」と俯いた。
あ。そりゃそうか、面と向かってお前は訛っていると言ったようなもんだ。
「いや、あの! ごめん!」
「いえ。私はトルネオでも田舎の出身で……今回初めて国外に出てカノイの方と話すのでお聞き苦しかったら申し訳ありません」
「へぇ学校で習っただけでそこまで話せるのは凄いよ」
素直に感心すると、彼女は、はにかんだ笑みを浮かべた。
かっ……可愛い!!
彼女がまともに初めて話したカノイ人は俺。ということにも少し浮かれた。
下から来たってことは彼女は貴族ではなく、待ち合わせの主は貴族か。侍女か何かかな。
彼女の情報を少しでも集めたいけれど、何故か話はカノイ語の発音講座になっていった。
「違う。その発音は唇をもっと出して……こう指を一瞬押す感じで」
「こうですか??」
俺の真似をして人差し指を唇の前に持っていき、必死で言う通りの発音を出す彼女。
何だろうこの穏やかな感じ。凄く癒される。
「アーネスト、何をしているんだ?」
「いっ! イーサン兄様!」
彼女に夢中になっていたら背後から来た兄様に全く気がつかなかった。
「彼女も人を待っていると言うので話をしていただけです!」
「──アーネスト様……イーサン様……」
小さな声で俺達の名前を彼女が復唱した。
「どうかした??」
「あ、の……ケイシィ伯爵家の……ご子息様で……」
「そうだが。君は?」
彼女は立ち上り一歩下がって最敬礼をとった。
「申し遅れました!わっ私はケイシィ伯爵家の次男……テオドール様の連れのセノオと申します!!」
「────っ」
彼女が、テオドール兄様の???
「セノオ?何してるの?」
その時、彼女の後ろの扉が開き、父様と似た顔が現れた。
読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字ありましたら申し訳ありません。
アーネスト視点楽しかったのですが、次回はセノオ視点に戻り、少し前の時間軸から始まります。
また読みにきて頂けると嬉しいです(*^^*)
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