48。音楽会
ガラタナ君視点です。
焦げ茶色の木造ドアにはまる菱形のガラスから、先程声が聞こえたガーデンを覗く。
立ち飲み用の足の長いテーブルが十個。椅子とセットになっているテーブルが同数置いてあるのが見えた。外部からも客がくるからか、夕食時に居た宿泊客よりも席が多い。
音楽会の準備が着々と進んでいるようだ。
「トラブルでもあったかな」
座ったままのヴァントレイン教授がそう言った。
少しドアを開けてみると「中止か」「向かっている」「待とう」「サックスならできる」など、聞こえてくる言葉からメンバーが揃わないんだなということは易々と想像できた。
「音楽会やらないのかな」
セノオが俺の胸の位置に顔を寄せて、少し開いたドアから心配そうに向こうを覗き見た。
セノオは本当に楽しみにしていたし、俺だってセノオと一緒に楽しみたい。
「えっガラタナ??」
「何か手伝える事はありませんか?」
ガーデンには5名の男性。そのうちの一人はチェックイン時にカウンターに居たホテルの従業員だ。
俺は扉を開けてガーデンに足を踏み入れ、男性たちの中で腕組をしていた年長者だろう人に話しかけてみた。
「君は?」
「宿泊客です。音楽会を楽しみにしていたので何か出来ることは無いかと」
男性らは顔を見合わせ、どうしようかという表情を浮かべた。
「楽器が出来る人はいないかな……実はサックスとウッドベースを担当している2人がカノイを出国するとき書類にミスがあって、今、馬車で谷越えをしているから音楽会には間に合いそうに無いと早馬で知らせが来たんだ」
設置されたステージにはピアノ、ウッドベース、ギター、サクソフォーン、トランペットが置いてあった。
「楽器はやったことない……」
「私も音楽の才能はないとはっきり言われたことがあります」
セノオとジーギスさんはしょんぼりと肩を落とした。
それをみて男性は苦笑いを浮かべた。
「気を使って貰い申し訳ないが、今夜の演奏は中止になると思う」
「あぁ。俺はウッドベースなら出来るぞ」
後ろからゆっくりやって来た教授が挙手した。
「───っえ!?」
「俺は一応貴族だぞ。一通りの楽器は出来るがウッドベースは性に合っていたようで、今でもたまに触る」
そう言って教授は微笑むが、こう言っては何だが楽器が出来るようには見えなかったので、予想外の発言にジーギスさん以外の人が驚いた。
「今、谷越えしてるってことはメンバーは音楽会が終わる前には来るんだろう? 繋ぎで出てもいいぞ」
「ありがたい申し出なのですがサックスも居ないので」
「だから俺がサックスやるって!」
「ハリー、お前がサックスやったらピアノは誰がやるんだ」
ハリーと呼ばれた若い男性が名乗りをあげたが、他のメンバーに一蹴された。
「ピアノ……なら俺がやりましょうか」
「え。ガラタナできるの?」
「さぁ」
「さぁって……」
心配そうな顔から怪訝な顔に変わったセノオを見て和み、年長者の男性に視線を向ける。
「ちょっとピアノに触らせて貰ってもいいですか?」
「あ、あぁ」
ピアノの鍵盤蓋を開けた。触るのはこれが初めてだ。
ピアノは村のバイト先のバーで伴奏者が弾くのを眺めていたのと、魂で旅する前、オーナーのレストランにヘルプで入ったときに端で弾かれるのを見ていたくらいだ。
端から順番に鍵盤を押し、全ての音を出した。
「ガラタナ、大丈夫なの??」
心配そうにセノオが近くにきてピアノを覗く。
「────よし。覚えた」
「え?」
正しい指の動きなんてわからないけれど、とりあえず記憶の中にある音と、今押して覚えた同じ音が鳴る場所を、記憶のリズムとタイミングが合うように叩く。
言うなればただの完コピだ。
「────付け焼き刃ですが、こんなもんじゃ駄目でしょうか」
鍵盤から指を離し、周りを見渡すと目を丸くした面々がいた。
……失敗だったか?
「ハリー!彼に曲をしこめ!!」
「はい!」
にわかに慌ただしくなり、大丈夫だったようだと安心する。
教授は楽譜を渡されメンバーと音あわせをし始め、俺はハリーさんに指の動きを教えて貰い、何曲か丸暗記した。
幸い、カノイ南部の音楽は俺の育った国の音楽とも似ていて、覚えるのが楽だった。
1時間ほど練習し本番を迎えた。
予想以上の客の入りに立ち飲みテーブルが数卓増やされた。
椅子席の前列は招待客らしく、セノオはジーギスさんと2列目の端に座っている。
赤いスーツに黒のネクタイやリボンを付けたバンド衣装に着替え、登場すると満員の客から拍手で迎えられた。
セノオが必死に他の人より早い速度で拍手してくれている。
小動物のように見えてつい口許が緩む。なんだあれ可愛すぎだろ。
「ガラタナ君は流石落ち着いているね」
いささか表情が固い教授が話しかけてきた。
教授のサイズの衣装は無かったので、教授自前の黒いスーツにセノオが赤い布でチャチャっとそれっぽくアレンジしてくれた。違和感無く仕上がっていてセノオに惚れ直した。
「ピアノは配置が後列ですし、村では女性歌手としてバイトしていたので、人前には割りと慣れています。セノオには内緒ですけど」
「……底知れないな君は」
人差し指をたてて口に当て、内緒のジェスチャーをすると、教授は苦笑いを浮かべ、ピアノの前にあるウッドベースの椅子に座った。
ハリーさんの煽るようなサックスソロが始まると、会場の熱は一気に上がる。
練習時、ハリーさんから「まるっきし俺と同じ音で気持ちが悪い」と言われたのを自信に、淡々と鍵盤を捌く。
1曲ごとに曲の説明やトークがあって、合間合間で笑いが上がる。アットホームな音楽会。
固かった教授も中盤でソロをこなす頃にはアドリブを入れられるくらい楽しそうにしている。
ウッドベースの低音と教授の体格がマッチしていて後ろ姿がやたらとカッコいい。
セノオをチラリと見ればキラキラした目でこちらをみていた。酒が入っているせいもあるだろうが、音楽と場の空気にのまれているんだろう顔が赤く、たまに隣に座るジーギスさんと興奮気味に会話をしているようだ。
そんな姿が嬉しくて俺は夢中で鍵盤を弾いた。
だから気付けなかった。
俺がピアノに向いている間、セノオが時折寂しそうにしていることに。
読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字ありましたら申し訳ありません。
次回はカノイに入国予定です。
また読みに来ていただけたら嬉しいです(*^^*)
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