47。その旅路の宿で
ガラタナ視点です。
王都を出発し馬車に乗って2時間弱がたった頃、夕刻の鐘が鳴り今日の宿がある町についた。
この町より先は険しい谷沿いの細い道を通らなければならない為、夜間に馬車が通ることは滅多にないらしい。
トルネオ王国からカノイ王国に抜ける国境の町まではまだ1日半かかるそうだ。
「本日の宿はこちらです」
馬車の外から声がかかり、扉が開いた。
ヴァントレイン教授が先頭を行き、俺はセノオより先に降りてセノオに手を差し出した。
ホテルは2階建て。20部屋ないくらいの中規模な建物。
小さな煙突が3つついた黒い屋根。赤いレンガの壁に白い窓枠。あちこちに花が咲く可愛らしい宿。
すぐ裏に幅5メートル程の川が流れていて、石造アーチ橋がかかり、部屋からの眺めも良さそうなのが外から見てもわかる。
「キレイな宿だね。ケルトさんの家に似てる」
「アハハ確かに。村と同じくらいの田舎だから村にあるような民宿を想像してたけど全然違うね」
セノオとの会話をジーギスさんは聞いていたようで微笑ましそうに笑った。
「この町は特に名所等が無いので、私達の様な、夜に谷を越えられない人向けに商売している方が多いのですよ」
「詳しいんですね……ジーギスさんはケイシィ家と今でも付き合いが?」
この町を通るのはカノイに行くかトルネオに行く人しかない。
名所も無いような町の特徴を知っているということは、2国間をそれなりに行き来をしているということだ。
「ジーギスとお呼びください、ガラタナ様。
ケイシィ家に勤めさせて頂いている間に、アッカリー家に使いに行くことがありまして、何度かこの町には宿泊しましたが、トルネオ王国に身を移してからカノイに足を踏み入れることはありませんでした。
ですが旦那様は私を見放すこと無く度々連絡を下さいます。アーネスト様……ガラタナ様の弟君が産まれた際も写真を送ってくださいました」
「弟……もいるんですか」
「はい。ガラタナ様の御兄弟は2つ上のイーサン様、9つ下のアーネスト様がいらっしゃいます」
話をしながらホテルのロビーまで移動すると、ジーギスさんはチェックインをしにカウンターに向かった。
白に近いベージュの壁紙に、へリボーン張りが印象的なフローリングのロビーには10脚程のカジュアルなデザインの椅子が置いてある。
教授がセノオを先に座らせて教授も俺も腰をおろし、カウンターにいるジーギスさんを眺めた。
初めは俺もセノオも教授もジーギスさんを警戒していたけれど、柔らかい物腰と細やかな気遣いの彼に大分慣れてきた。
あの人は本当にいい人なんだろう。
戻ってきたジーギスさんに各自部屋の鍵を貰うと、教授が先に歩き出したので後に続く。
「あの、ジーギスさん。少しお聞きしたいことがあって」
「はい。何でしょうかセノオ様」
「あ。様はやめていただけますか?慣れなくて……すみません」
「では……セノオさんでよろしいでしょうか」
「はい!」
後ろを歩いていたセノオが同じく後ろにいたジーギスさんに話しかけていた。
その後の会話はセノオが声を落としたから聞こえなかったが、話終えたセノオはとても安心した顔をしていた。
一体何を……。
ロビーを一望できる かね折れ階段を上り教授とセノオがそれぞれ部屋に入るのを見届けた。
「ジーギスさん」
「はい。何でございましょうかガラタナ様」
「先ほど、セノオと何を話していたんですか?」
声を落としたと言うことは聞かれたくない事なんだろうけど……女々しいのは百も承知だ。
「先ほど……あぁ。ガラタナ様……いえ。テオドール様の婚約者の有無を」
「婚約者!?」
予想だにしなかった答えに思わず声を荒らげてしまった。
ジーギスさんは微笑みを絶やさない。
「え? いるんですか??」
「いらっしゃいません。旦那様と奥様は恋愛結婚ですので、自身の子ども達にも好いた方と添い遂げて欲しいと、本人が望まない限り宛がうことはなさいません」
「良かった……大体、生後半年で婚約者なんて居る筈が」
「生まれる前から婚約者として宛がわれている家同士もありますので、セノオさんが心配なさるのも的外れではありません」
「そ……そうですか」
ケルトさんが貴族社会に今さら馴染めないと言っていたが、まさにだな。
「……私も1つ質問をさせていただいてよろしいでしょうか」
「はい」
「セノオさんはガラタナ様にとって大切な方のようにお見受け致しますが、その……10代半ばほどのセノオさんとガラタナ様はどのような経緯で……その若さでの年齢差は貴族社会では珍しくもありませんが、市井ではあまり聞かないもので……出過ぎた質問でしたら申し訳ありません」
「セノオはあぁ見えて20歳なんですよ」
「はっ!? たち…たっ大変失礼致しました!」
微笑みが一気に崩れた。相変わらずセノオの外見年齢ギャップの反応は凄まじい。
「本人も気にしている様なので、そのように対応してもらえると助かります」
「はっはい」
「俺はわけあって、つい最近まで大陸中を旅していました。その中で助けてくれたのが…安らぎをくれたのが彼女だったんです」
自分の口許が揺るんだのがわかって咄嗟に手で口を隠した。
「……本当に、旦那様によく似ておられる」
「え?」
ジーギスさんがそう言ったとき、セノオの部屋の扉が開いた音がして振りむくと、セノオが出てきて驚いた顔をした。
「ガラタナ!と、ジーギスさん!まだ廊下にいらしたのね」
「どうした?何かあった?」
「部屋に案内が置いてあってね。このホテルのガーデンで夜にお酒を飲みながらの音楽会があるんだって。せっかくだし行かない?緊張しっぱなしで少し気を緩めたくて」
セノオから案内のチラシを受け取る。
夕食後少ししたら…か。ちらっと窓下を見ると、大ぶりの花が咲く煉瓦敷の庭があった。
あそこでやるのだろうか。
「カノイ南部の音楽か。俺の国の音楽とも近いな。いいね行こう」
「えっと、ジーギスさんもいかがですか? ご興味があればですが」
「わ、私もよろしいのですか?セノオさん」
「予定など無いようでしたら是非!」
セノオがそう言い笑うとジーギスさんは「旦那様を差し置いてテオドール様と……」などブツブツ言いながらも最終的には嬉しそうな顔で快諾してくれた。
その後夕食時に教授も誘い、4人で音楽会に行くとこになった。食事が終わって音楽会までの時間ロビーで過ごそうと食堂を出る。
「セノオちゃんとガラタナ君と酒飲みながら音楽会なんてケルトが知ったら面倒そうだな」
「私もテオドール様と共にアルコールを嗜むことを旦那様に知られたらとても羨ましがられるかと思います」
年長2人は後ろを歩きながら賑やかに歩いていて、発案者のセノオも花が飛ぶくらい楽しそうにしている。実に可愛らしい。
「楽しみ?」
「うん! 私お酒はあまり飲まないし、音楽会も初めてなの」
「へぇ。最後に飲んだのは?」
確かにセノオが酒を飲んでいるのは見たことがない。
「……3ヶ月前? トールの家でちょっと遅い誕生会を祝ってもらった時が初めてのお酒だったんだ」
「ト……へぇ……20歳の誕生会で……トールと」
仕方がないことだが、セノオの人生にトールがちょいちょい出てくるのがとてもイラつく。
「ふっ2人じゃないよ!? おじさんもおばさんもお姉さん夫婦も一緒だったよ」
前にトールの話が出るのが嫌だと言ったことがあったせいか、俺の黒いオーラが漏れていたせいか、セノオはかなり慌てている。
「ガラタナ君は意外と嫉妬深いんだな。過去のことを気にしても無意味だぞ」
「旦那様にとてもよく似ておられます」
「────っ自分でも驚くほどなんで、ちょっと黙っていて貰えますか。お二方」
まぁいい。今日一緒に飲んで楽しい思い出を───そう思ったとき、カウンターの奥からガーデンに向かって男性が2名走っていった。そしてすぐ。
「まだ谷を越えていないだと!?」
ガーデンの方から男性の怒鳴り声が聞こえた。
読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字ありましたら申し訳ありません。
次はガラタナの芸披露です。
また読みに来ていただけたら嬉しいです(*^^*)
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